30thキネシス:絶対に立ち入るべきではない虎穴であろうとも入る飢えた狼のサガ
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父親の授業の次は、娘から呼び出しを受ける陰キャ超能力者である。
「それじゃ単にリヒターの実習目的だったワケ? いやでも対ESPを睨んだ訓練だったのよね? あの男、何を考えて…………」
金髪ポニテのマッシヴ美女、ミリア・ドレイヴンが深刻な顔で唸っていた。
正直、今も理人には
単に
でもその答えは結局
「ハンマー、それにルーキー! お前ら潜る準備できてんのか!?」
「あーッ、ごめんサム!」
案の定怒られて巻き添え食らう陰キャである。
中央ヨーロッパ、チェコ共和国、首都プラハ。
この地にあるアンダープラハは、年間通して多くのアンダーテイカーが挑戦を行うアンダーワールドだった。
ほぼ確実に、希少なオーパーツがそこに存在する為である。
百塔の街、プラハ。そして、錬金術の都、プラハ。
かつては偉大なる帝国の中心となった歴史もある、繁栄、戦火、荒廃、暗黒の時代を経た過去を持つ都市だ。
その強烈な思念は長い時を経て、安定した
表の世界では消え失せた神秘を、その深淵に今なお
ここアンダープラハでは、過去の神秘に通じた錬金術師達の遺物、その記憶とも言うべき物が手に入るのだ。
抱え切れない黄金などは序の口、万能の霊薬『エリキシル』に代表される秘薬、オレイカルコスや賢者の石といった超物質、溶かせぬ物のないと言われる万物溶解液などの貴重な触媒、あるいはそれらを作り出す秘法が眠っているという。
少なくとも、秘薬の
「ホントこんなぼんやりしたヤツが使い物になるんか? おいハンマー、無駄骨はゴメンだ。時間取られた分金取るからな」
「だから大丈夫だって、すぐ実力は分かるわよ。あとハンマーって言うな」
古いレンガ造りの床を覆い隠した、コンクリートの体育館のような大きな建物。
その中で、31人のアンダーテイカーが装備や侵入手順の確認中だ。
獲物を狙う競合相手でもあるアンダーテイカーがこの人数で組み仕事をするのは、珍しいケースとなる。
スレッジハンマーを肩に担いだポニテの美人は、白いミドルヘアの半袖シスターと話をしていた。
サマンサ・ハンディ。通称『サム』。
美人だが険のある表情に乱暴な口調、手の甲や手の平、腕と、見えている部分には儀式めいた入れ墨が入っていたが、本物のシスターという話だ。
金ポニテのミアを『ハンマー』と呼び、それなりに知った仲と見受けられる。
「よし、はじめるぞ。俺たちの目標はアンダープラハ、深度10キロライン上にある研究室らしき建物を捜索しポーション類を発見する事だ。
フォワード、バックアップ、サポートチームに分かれ連携を取り地図を塗り潰していく。
言うまでもないが、アンダーワールド内は変化が激しく情報はすぐに鮮度を失う。オフィスの情報も最新のモノで3年前と確度は底々。思い込みで行動するなよ」
全員の準備が進んでいるのを見計らい、タクティカルベストを着け背嚢を背負った中東系の男が前に出て話し始めた。
今回の合同作戦のリーダー、アーマンドだ。
他にも、アメリカ系、ロシア系、アフリカ系、ヨーロッパ系、それにフードで顔を隠しているがアジア系、と多様な人種が揃っている。
全員が、火器をはじめとする軍用のフル装備。違うのは、半袖修道服のシスター、ホットパンツのポニテ、黒コートの陰キャくらいのものである。
アンダーテイカーオフィスの旗振りによる、アンダープラハの大深度探索であった。
稀少で桁ハズレな価値があるオーパーツが存在する、年間を通し大勢のアンダーテイカーが探索に挑む、アンダープラハ。
しかし、実際に宝を手にしたアンダーテイカーは、ほとんどいない。難易度が高く、浅い層での探索が限界である為だ。
だが今回、オフィスはポニテハンマーの要請と提案に基づき、この探索の為にチームを編成していた。
◇
レンガ造りの古い階段を地下へと下りて行くと、そこにあったのはプラハの街並みだった。
ただしそれは、古い町並みを残す、などといったレベルの話ではなく、電線も電気もクルマも近代の物は何も無い、大昔の百塔の街の姿である。
「ミリア、ボロディン、先行しろ。ライナス、ボーマン、バックアップだ。遮蔽物の多い地域だ、全員集中しろ。
ルーキー、リヒター、オフィスはお前に期待して俺達を集めたんだ。力を見せてもらうぞ」
リーダーのアーマンドが言うと、先行チーム10名全員の目がフード姿の陰キャへ向かった。
オフィスがアンダープラハへの困難なアタックを主導したのは、
また、初見の面子が多い中でベテラン勢にも受け入れられているのは、オフィスがその実力を保証したからだ。
その本当の
「んぬぅッ!!」
と、唸りを上げる金ポニテのお姉さんと特別製スレッジハンマー。
怪力と金属製の鈍器の直撃を喰らった鎧騎士は、中から黒い液体を撒き散らしながら錐揉みして飛んでいった。
ブスススス! と
「アリー左から来てる!!」
それら騎士型ファージ4体を相手取っていたところに、建物の影から走って来る兵士服姿の新たなファージが。
中東系のリーダーがすぐ近くにいた仲間に警告するが、
『ダウンフォース……!』
5体のファージ集団は、そのまま頭上からの圧力で地面にへばりついていた。
速やかに、アサルトライフルやサブマシンガンでアンダーテイカーがそれらを処理する。
「
「全員状況は? リヒター、ライナスを連れて周辺を監視しろ」
「アーマンド、結晶はどうする?」
「クズ石程度なら放っておけ。それより周囲を警戒しろ」
半袖白髪のやさぐれシスターがのんびりした風で確認するが、ここまでの戦闘で怪我人はひとりも出ていない。
アンダーワールドの中でも屈指の難所、アンダープラハの深度8キロという地点まで特に消耗も無く来られたのは、新人アンダーテイカーの超能力者に因るところが大きかった。
敵の排除能力もさることながら、『
退路を確保する上で無制限には移動できないが、それでも障害物の回避や高所からの周辺調査には、特に大きな力を発揮していた。
「なーるほどぉ? マスターマインドの弟子ってヤツか……。なかなかパワーのあるサイコキネシスを使うじゃないのよ。
アンタがポーション狙いで動いたのも、納得かな?」
「……なんでもいいわ。使えるヤツよ。狩りの最中にマスターマインドのニオイを感じたらブチのめすだけだから」
「アンタも相変わらずだねぇ。じゃーなんでマスターマインドの弟子なんて連れ歩いているのかねぇ」
ニヤニヤ笑う半袖シスターに、むっつり黙り込んで目も合わせないポニテ姉さん。
視線を上に向けると、建物の屋根に飛び上がり周囲の地形とファージの有無を探るアンダーテイカーとリヒターの姿が見える。
アンダープラハ探索チームは、迷路のような裏世界の街を、より深い領域へと破格の速さで潜っていくことになった。
◇
アンダーワールド内は、大地の形すら安定しているとは限らない。不安定なアンダーワールドは、少し目を離せばまったくその姿を変えていることさえもある。
故に、アンダーワールドは出入り口からどれほど離れるか、その『深度』が危険度を判定するひとつの基準となっていた。
そして当然ながら、より深い領域ほど価値の高いオーパーツが
「よし、10キロラインに入った。屋探しするぞ。ライナス、良さそうな箱は」
「9時側と6時にそれらしい建物。9時のは以前にポーションが発見された家屋と同じ特徴が見られる。錬金術師の家、というヤツかもしれない」
「よし、どの道一発で当たりって事はないと考えるべきだろう。この辺は全て調べるつもりで、後は幸運を祈る。
バックアップと合流しキャンプを張るぞ。休憩、食事、装備点検を行い、それから建物内部を調べる」
アンダーテイカーのチーム10人は、後方から付いて来ていた別チームと合流し、ある建物の平坦な屋上に
超能力者が『
そこでファージを警戒しつつ、味気ない軍用レーションで一応の腹を満たす。
ファージを引き付けないよう、食事も装備を整える際も基本的に無言だ。
それが終わると、メンバーを多少入れ替え拠点周りの建物内の探索だ。
超能力者にしてアンダーテイカー、リヒターも2~3人でチームを組み、古風で広大な屋敷の中を探っていく。
基本的にオフィスと他のアンダーテイカーに明かしている
特に、『
だが黙っているだけで普通に『
「うぉうッ!? なんだ!!」
「早いな……。やるじゃないか、ルーキー」
黒フードの陰キャが払うように手を動かすと、廊下の天井から飛び出してくる二股に分かれた大蛇が壁に叩き付けられた。
不意を打たれて反応の遅れたアンダーテイカーふたりが、数テンポ遅れて蛇の頭に弾丸を叩き込む。
頭部を失いピクピク蠢く大蛇は、その二股の付け根の奥に大型の
痩せ形で背の高いアンダーテイカーが、慣れた手つきでナイフを扱い宝石のようなそれを回収する。
大量に沸いて出るファージの物とは異なる、少し高値が付く大きさ、色の濃さ、透明度の結晶だ。
拾い物としてはまずまずの値打ちに、アンダーテイカーもそれなりに機嫌が良かった。
『アリー!? 今どこだ! 北側の大部屋、隠し通路から大量のファージ! 応援に来い!!』
最上階から屋根裏を調べようとしていたアリー、ライナス、リヒター組は、リーダーからの無線通信で予定変更。
3階から道行ファージを薙ぎ倒しながら、1階の書斎らしき部屋に入る。
そこでは、本棚の奥に隠されていた通路を挟み、他のアンダーテイカーと湧いて出るファージが戦闘中だった。
「ぅオラァア!!」
と、勇ましい雄叫びを上げ、ハンマー姉が真正面から騎士のファージを文字通り叩き潰している。黒いエーテル物質が飛び散っていた。
通路入り口の左右に張り付き、リーダーや他のアンダーテイカーが奥へ射撃している。
「ぐぁああ……! クソッ、ドジッた……!!」
「はいはいその程度なら一瞬で直るから黙ってな。今日拾った命を主に感謝するんだね」
テーブルを薙ぎ払い広く取ったスペースには、脇腹を負傷したアンダーテイカーと、その負傷箇所に手を当てている半袖入れ墨シスターがいた。
サマンサ・ハンディは『
治癒は
今はやさぐれた守銭奴シスターであった。
「リヒター! 向こう側を確保するわ! 押し返しなさい!!」
『サイコブラストぶっ飛ばせ!!』
勢い込んで振り返り、フードの陰キャに指示を飛ばすポニテ姉さん。
理人は無条件で言う通りにしてた。
『
そのまま
「よしいいぞリヒター! ボロディンは援護して先に進め! ボーマンはここを確保しろ! 扉に注意しろよ!!」
隠し通路をファージを押し出す勢いで突破すると、また広い部屋に出た。
室内に見られるのは、無数のガラスの管とビーカーにフラスコ、大釜に炉といった道具の数々。
絵に描いたような錬金術師の工房である。
「よっしゃ一発目で当たりだ!」
「まだだ終わってない!!」
「ここでの戦闘はまずいぞ! お宝を巻き込む!!」
「クソッ! 後退だ後退後退!!」
「もう遅いわ! 来た!!」
今回は、錬金術師の霊薬、をアンダーワールドが
隠し通路を抜けた先がいきなりその最有力候補地とあって、アンダーテイカーのチームも焦ってしまう。
万が一にも流れ弾が目的のブツに当たると、ここまでの苦労が水の泡だ。
慌てて元来た通路に退がろうとするチームだが、時既に遅く異常事態の方が先に発生する。
床の石材が急激に隆起したかと思うと、天井を突くほどのヒトの姿を取りはじめていた。
「ゴーレムとでも!? 芸の細かいファージね!!」
ポニテ金髪姉さんの言う、『ゴーレム』。
錬金術が作り出す存在のひとつであり、土塊や岩に
それなりに広いが、10トントラックもかくやというファージゴーレムには、その工房は狭過ぎた。
その中のひとつが床にぶちまけられた直後、特徴的な光を放つ透明な小瓶が一緒に散乱していた。
「おいアレ!?」
「ちくしょうポーションだ!」
よりによって、の状況で最大のお宝が見つかり目を剥くアンダーテイカー達。
広いのに狭い室内には、天井に頭を擦っている石材の巨人と無数の騎士のファージ。
「俺が行く! 援護しろ!!」
「やめろ死ぬぞ! 連中はポーションには興味が無い! いったん退く!!」
「アレが暴れたらあんなポーションなんざ――――!!」
「おいヤバい!!」
アフリカ系が急いてポーションを取りに行こうとするが、中東系のリーダーがこれを押し留める。敵の中に飛び込むなど自殺行為だ。
しかし、既に錬金術師の工房自体が崩れ始めており、脆いポーション瓶がいつまで無事でいられるか分からない。
そんな事をロシア系が言ったならば、ゴーレムの野太い足が、不運にも今まさに光を放つ小瓶を踏み付けようとしており、
黒いフード姿の陰キャがクイッと指を曲げると、それに呼ばれたようにポーションの瓶が空中へと飛び跳ね、それらが指の間に収まっていた。
「うぉおおおルーキー!?」
「よくやったリヒター! 全員撤退する! バックアップチーム! 外に出るぞ!!」
お宝危機一髪に快哉を上げるアンダーテイカー達。
リーダーのアーマンドも露骨に安心した顔を見せ、撤退の指示を出す。
後方に発砲しながら退がるアンダーテイカーと、ポニテの姉さんにコート引っ張られ真っ先に連れ出されるリヒター、ウィズポーション。
屋敷の壁が内側から爆発すると、そこからアンダーテイカー達が外へと駆け出してきた。
「ジョナサン後ろから来るぞ!」
「出てくるぞ! 味方にあてるなよ!!」
草木が枯れ荒れ果てた庭を走り抜け、投げ込まれた装備コンテナを足場に使い塀を乗り越える。
それを、地響きを立て追いかけて来る巨大な人影。
「ゴーレムって事はッ、どこかに『
「探したいって言うならご自由にッ」
半袖シスターとポニテハンマーの姉さんが、軽口を叩きながら背丈より高い塀を飛び越えた。
ゴーレムには命を与える過程で本体のどこかに『
だが現実問題として、重戦車のような暴れる巨体のどこにそんな文字があるのかを調べるのは難しかった。
「グレネードを投げる!」
「放れ放れ足下だ!!」
他のアンダーテイカーもそんな危険を冒す気は全く無く、火力のゴリ押しでゴーレム型ファージを迎撃する。
手投げ弾が至近距離で破裂するが、石材の巨体は全く揺るがず勢いそのままに塀に激突。
派手に破壊して敷地の外にまで踊り出た。
目的の物は手に入れたのだ。
ならば拠点を放棄して一目散に逃げるべきか、と思う中東系のリーダーだが、ゴーレムファージの動きは思いのほか早く、背後を突かれる恐れがある以上放置も出来ない。
「『
「ボロディン! アリー!!」
アーマンドがタクティカルジャケットのマガジンポケットから、黄色いラインがペイントされた弾倉を取り出す。
ファージの
それをアサルトライフルに装填すると、キャリングハンドルを引き弾丸をチェンバーに。
他のアンダーテイカーは火力をゴーレムファージの脚に集中。
射撃の圧力で動きが鈍くなったところを狙い、ファージのエーテル組成を破壊する弾丸がゴーレムへと撃ち込まれた。
ところが、AHED弾はゴーレムを貫通するも、活動を停止させるには至らない。
「おいくたばらないぞ!?」
「アーマンドお前それ弾のグレードはぁ!?」
「グレード3のAHEDだぞ! ワンマガいくらしたと――――!!」
「相手の
通常弾はどれほど打ち込んでも表面を削るだけ。対ファージ弾も相手が巨体な為か決定力に欠ける。
引き撃ちしながらも、止まらない相手に焦りはじめるアンダーテイカー。
屋敷の穴からは騎士型のファージも次々に湧いて出ており、
「んぬッ!」
更に、
『プレッシャーバースト! 起爆しろ!!』
『
それでもゴーレムは噴出す炎の中から身を起こす。爆発の中心にいた為、頭部を失い左腕も無い。
その欠損箇所も、徐々に周囲の瓦礫が寄り集まり復元しているようだ。
だがここで、ゴーレムファージを凝視していた金ポニテの視線が、吸い寄せられるように一点に集中する。
「リヒター! 首回り!!」
吼えるミアが、自分のスレッジハンマーを全力でぶん投げた。
すぐに
襟の位置に当たる『Emeth』の文字へと、正確に直撃させる。
これ要するに文字さえ破壊すればいいんじゃないの? と一瞬思った陰キャなのだが、文字の意味を変えることに意味があるのだろうし、勝手な事して問題になると困るので素直に『E』に当てておいた。
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