19thキネシス:社会の縮図の中でも性質と規模を変えない問題のフラクタル構造

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 宗田亮そうだりょう

 生徒会長候補にして当選の最有力と目されている人物。

 身長182センチ、短い髪の側頭部を後ろに流し、他を逆立てているお洒落系男子だ。

 ボクシング部員だったが夏休み前に引退。全国大会に出場しベスト8に入った実力者だが、ボクシング継続の意志は無いとのこと。

 美形というよりは精悍な顔付きをしており、物事をハッキリ言う明るく爽やかな頼りがいのあるスポーツマンである。

 友人も多く、クラスや部活の生徒からも人気は高かった。


「でもさー、ボクシング続けると部長にされそうでさ。ボクシング嫌いじゃなかったけど、それはメンドいし。

 それに、別に青春の全てを捧げるってほど好きだったってワケでも、ねぇ?

 面倒なのは生徒会長もそうだけどさ、こっちはほら、箔が付くじゃん。全校生徒で一番偉いって、なんか良いよね。

 それに生徒会室が自由に使えて、副会長とか書記の子とか自由に選べて、生徒会の予算とかもあんでしょ? 幾らくらいかな。花札君知ってる?」


 そんな完璧な好青年にも、裏の顔はあったが。


「そうですねー……ちょっと聞いた話だと、学校から出るのが確か700万くらい。それと、今年は前年度からの持ち越し金があるはずですから、1000万くらいですか」


「んマジでッ!? スゲー豪遊できるじゃん! 俺学校の近くに引っ越そうかな!!」


「あはは……でもこの予算から行事の費用や各部活の予算も出さないといけませんし」


 ところは、料理や裁縫といった技術を学ぶ家庭科実習室の隣、家庭科準備室。

 本来ならば調理部の部室となっている時間帯だが、今は爽やか生徒会長候補とエセ優等生の優雅なラウンジとなっていた。

 宗田亮の指の間には、校則で厳格に禁じられている健康を害するとされる大人の嗜好品が。

 そのニオイと煙が制服に付かないように、花札星也は微妙に立ち位置を動かしていた。

 換気扇があるから室内に煙が充満することはないが、もしも教師に知られれば築き上げてきたクリーンなイメージが台無しである。


「他の部の予算かー……。いらなくね? この料理部・・・とかさー、結局俺たちが部屋使ってるじゃん? 天文部もそうだしさぁ。星を見て何の意味があるの? って感じ」

 

 調理部・・・の部屋を勝手に使っているのはボクサー会長候補なのだが、それを料理部・・・が無駄にしていると言わんばかりの身勝手な発言。

 これが宗田亮という男子の本質だが、少なくともそれを外面の良さでカバーすることは知っている。

 花札星也の、同類というワケだ。


「まぁ確かに、あまり実績のない部活の予算や、予算を使い過ぎている部から削って節約はできますね。同好会にすれば、部費も出す必要ありませんし。

 その分をもっと実力のある有望な部に回せば活躍も期待できます」


「だよな! いいじゃん花札君会計やってよ! ホントは役員は全員女の子にしてハーレムするつもりだったけどさー、デキル男なら花札君でもいいや」


 予算の節約、の部分しか聞いてないな、と花札は思う。事実そうだった。

 元人気ボクシング部員の会長候補は、この上なく上機嫌だ。

 

「いいよねー、高校2年なんて一番遊べる時期じゃん? 楽しくなりそうだわ」 


 宗田亮は、もうバラ色の高校生活のことしか見えていない。

 ボクシング部で人気と実力・・を得た、次は生徒として考えられる最大の特権と、そして金だ。

 だが、それらを得るには、ひとつ障害があった。


「ていうかさ、女子で生徒会長とか、なんかおかしくね? 普通男がやるもんだよね?

 やってもさぁ、せいぜい副会長とかでしょ。女のリーダーってだけでさぁ、生理的に言う事聞きたくないって思うヤツもいると思うんだよ絶対。

 そうでなくても生理とか妊娠とかで仕事できない期間もあるし、そもそも女ってすぐ感情的になって性格的にも向いてない。身体の作りから違うんだしさ、仕方ないじゃん?

 最近よく男女平等とか聞くけどさー、俺間違っていることは間違っていると思うんだよねー」


 屈託の無い笑みで、自身の差別意識を臆面もなく出して来る宗田亮。

 そこに、後ろめたさの影は微塵もない。


 誰からも爽やかなスポーツマンと思われている会長候補は、ハッキリと女性を下に見ていた。

 先天的にも自分勝手な性格をしていたが、同時に外面というモノを冷静に見られる男でもある。

 一般的に、批判されるような内容を口にしない程度の分別はあった。


「やっぱり女子はさー、立場をわきまえた娘じゃなきゃいかんだろ。ヤマトナデシコっての? あれ正解。

 国の偉い人がさぁ、夫婦の名字を別にしたらダメとか、女の方が給料低いとか、そういうのにはキチンと理由があるんだなぁ。花札君もそう思わん?」


「かもしれませんね。いずれ合理的な形に落ち着きますよ」


 同意を求められるエセ優等生は、特に肯定も否定もしない曖昧な回答に徹した。

 花札星也には、女性だから、と言って下に見るような考えはない。


 自分以外は、基本的に全てバカだ。


 だが、今はこの身勝手な会長候補にいい顔をしておく理由があった。


「そうそう『合理的』ね。女の子は安定した実力を発揮できる男に尽くすのが合理的だろ? マネージャーだってそうじゃん。逆はないよなー。

 だからさ、女の子が生徒会長になるのはおかしいって言ってんの。

 空気読んで遠慮して、自分から辞退するのがホントでしょ。なんでまだ候補やってんの?」


「人気がありますからね、河流登先輩は。真面目で面倒見も良いので生徒、教師のどちらからも信頼されてます。周りから持ち上げられたのでは?」


「本人が降りられないってなら、その周りからをどうにかすればいいんじゃね? なぁ花札君」


 偽りの優等生、花札星也のもうひとつの顔は知る人ぞ知る事実ところだ。だがその多くは見て見ぬ振りをし、関わり合いになろうとしない。

 また、教師も優等生の良い面だけしか見ようとしないので、イジメを訴えてもまともに取り合わない。

 そして、爽やか生徒会長候補、宗田亮も、花札星也の正体を知っていて放置しているくちだ。

 関わらない、興味も無い、自分の世界とは関係ない出来事。


 そして、そのまま自分と一切無関係に、勝手に自分の役に立って欲しいと自分本位に考えている。


「……選挙はひとりじゃできませんからね。手伝うヒト達も大変だ」


「そうだなー、ダメなヤツのサポートとかマジ報われないもんなー。

 …………ブハハ、アレな、悪代官となんとか屋のミーティングみたいな。

 まぁ花札君、頼むわ。何とは言わないけど。誰かに聞かれているとも思わないけどなー」


 何も確実な事を口にはしない、陰謀の密談のような会話。

 これを滑稽に感じ、爽やかボクサーが思わずといった様子で噴出ふきだしていた。


 花札星也がイジメの首謀者として、素行の悪い生徒を複数人飼っている・・・・・のは、知る人ぞ知る事実ところだ。

 自己中スポーツマンの会長候補には都合のよい便利屋であり、またエセ優等生としても、どれほどくだらない俗物でも自分が来年生徒会長となる踏み台という認識であった。


               ◇


 両親にかえりみられなかった陰キャの超能力者、影文理人かげふみりひとは、高校入学までの何年かを叔父の家で生活していた。

 父と叔父は不仲だったようで、その子供にとっても居心地はよくなかった。


 しかし、良き教師マスターとの出会いでその超能力マインドスキルを爆発的に成長させた理人は、現世オーバーワールドと隣り合う裏世界アンダーワールド内で貴重な資源を回収出来るようになった。

 これを売却し少なくない蓄えを作った理人は、高校1年性にして自宅の購入に踏み切る。

 新築、東西の個室にバルコニーを持ち、内廊下の出入り口タイプとなっている70平米、広々3LDK。


 最近は美少女ふたりにほぼ占領され気味であるが、まぁいいかと思ってしまう陰キャの男の子であった。


「理人くん、あーん。んー……ちがうよー、超能力でー」


「手で届く距離でしょうよ……。超能力マインドスキル使うのはいいけど、手足の代わりにすると鈍りそうだから自重したいところです」


「理人くんわたしは手でいいよ!」


「話聞いてた?」


 テーブルを囲み夕食をるのは、家主の陰キャと美人なメガネの先輩、それに全校的アイドル女子の三人である。

 姫岸燐火ひめぎしりんか姉坂透愛あねさかとあ、ふたりは雛鳥のように理人手ずからホタテフライを食べさせれとご所望の様子。

 まぁ、念動力サイコキネシスを使うよりはいいか。

 理人は誤魔化された。


 なお、メガネ美人の先輩に超能力バレした件は、全校的アイドルにも伝えてある。

 本人からは、「そんなことより理人くんと姫岸先輩の仲が気になる」とほぼスルーされたが。

 姫岸燐火の、その後の爆弾発言のせいだ。


「楽しいよねー電動キック。わたしも原動二輪免許取っちゃおうかなー」


 食後のコーヒーをすすりながら、壁際に立てかけてある小型の乗り物を眺める爆弾先輩。

 それは、ハンドルとタイヤの付いた乗り物。電動キックボードである。

 学校から帰った後、姫岸燐火もこれを試乗していた。マンション敷地内なら免許なくてもOK。

 その乗り心地は、いたくお気に召したようだった。


「でもなんで2台?」


 と、首を傾げて言う姉坂透愛。

 立てかけてある電動キックボードの横には、もう一台新品の物が置いてある。


「オレの場合、壊すかもしれないから一応ね…………」


「あー、理人くんの場合はアレ地力で動かせちゃうのね。それなら電動じゃなくてもよかったんじゃない?」


「動力の無い足こぎでスピード出すと、いざって時に言いわけが出来なさそうだったんですよ」


 移動の足が欲しいと思って購入した電動キックボードではあるが、その気になれば理人は光より速く移動できる。

 電動キックボードを使うのは、高速移動がおかしく見えないようにする偽装に過ぎなかった。

 しかし、念動力サイコキネシスで加速させるというのは機械本来の性能を無視するということでもあるので、必然的に壊れる可能性が高まる。

 何にせよ、まだ試験運用の段階、ということだ。


「今度の連休さー、ふたり乗りでどこか行こうか♪」


 ニヤリ、と笑うメガネの先輩には、理人の方針はあまり関係なさそうであるが。


「理人くんならふたり乗りで余裕だよねー。わたしは理人くんに掴まろっと」


「センパイなら……筆記で一発合格できるんじゃないです? 理人くんにもう一台の方を借りれば……」


「男の子に抱き付いて乗るのがエモいんじゃなーい。そうだ透愛ちゃんも一緒に乗ればいいんじゃない?

 三人くっ付いて乗るとかやーん恥ずかしいくらい青春しちゃってるー!」


 警戒心もあらわな全校的アイドルの気持ちに気付いているのかいないのか。

 若人わこうど三人で小さなボードに乗るシーンを想像して、ひたすらはしゃぐメガネの先輩である。

 処女喪失は理人で、発言以降、姉坂透愛の警戒心は常にマックスだった。

 小型犬がネコにうなっている状態で、姫岸燐火はそんな可愛い後輩の意図に気付いて、からかっている節さえあったが。

 根が素直なので、姉坂透愛の方もあっさり懐柔されていた。


「実際、連休どこか皆で遊び行かない? 理人くんちでゴロゴロしているのも楽しそうだけどー」


 ひとしきりクネクネ悶えていたメガネさんだが、満足したのか上ずった声でそんな事を仰る。

 9月の中旬から下旬にかけては、敬老の日や秋分の日といった連休が控えていた。

 夏休み後の学生生活に疲れた少年少女にしてみれば、一回休みを入れる待ち遠しい連休となっている。


「理人くんお仕事は? 海外のお仕事ってどうなったの??」


「あれ? もう終わった。今後は特に予定はないけど……個人的にはちょっと精神修養? とかしたいなぁと。お寺とか」


 理人の超能力マインドスキル、それに請負人アンダーテイカーの事は、姉坂透愛も承知している。

 ここしばらくはシカゴのアンダーワールドに潜っていたことも、万が一のことを考えて話しておいた。

 ちなみに、姉坂透愛と姫岸燐火は、割と情報を共有している模様。


「『精神修養』~って、超能力の?」


「オレの場合、細かい操作があんまり上手くならないんですよね……。先生マスターは慣れだって言うんだけど、自分なりにもなにか出来るんじゃないかと思って」


「それで、『お寺』ねぇ…………。あ、河流登かりゅうとうさんちは確かお寺さん・・・・だわ。覚えてる? 英語教室の前で会った、生徒会長に立候補している、あの。

 彼女お寺を『お寺さん』って言うんだよ。かわいいよねー」


「へー、あの先輩ってそうなんだー」


 陰キャ超能力者は、未だにその能力を伸ばしている最中だ。

 だが、念動力サイコキネシスの馬力や発火能力パイロキネシスの火力が上昇する一方、自分の超能力マインドスキルには繊細さがいまいち足りない。

 ダンディ先生の超能力マインドスキルを見ていると、どうしてもそう思わざるを得ないのだ。年季と言われてしまえばそれまでだが。


 超能力マインドスキルは、純粋に精神の技術。

 ならばこの辺を鍛えてみればどうか、と考えるのは、自然な成り行きだろう。

 その結論がお寺なのだが、しかしメガネの先輩から思わぬ情報が得られた。


「ってもいきなり修行させてくれ、とか言えませんよね」


「うーん、実際わたしもそれほど仲が良いワケでもないしなぁ。聞いてみる?」


「いえまぁ、おいおい自分で考えます……」


 真面目そうな和風美人の生徒会長候補、河流登真昼かりゅうとうまひる

 偶然にもご実家がお寺ということだが、よく知りもしない後輩がいきなり修行がどうとか言っても困惑するだろう。

 でもどうしようかな、と思いながら、美人なメガネさんに曖昧な返事をする陰キャ。

 実際問題、精神を鍛えるったってどうしていいか分からないのだから、理人自身いまいち気分も乗らないというのが実情だった。


 そのようなワケで、とりあえず9月の連休は海に行くのが決定した。


                ◇


 話題のルーキー、『リヒター』は売れっ子請負人アンダーテイカーとなっている。

 非常に高いレベルの超能力者で、オフィスにおける依頼達成率も高い。

 当初はその師匠にあたる人物、『マスターマインド』への警戒から何かと距離を置かれていたが、今ではオフィスから指名で仕事を依頼されるほどになっていた。

 その先生マスターであるダンディ英国紳士、エリオット・ドレイヴンからは、


理人リヒターの自由にしていいが、まだ自分の力量を超える事態を処理できるほどではないのを忘れないように』


 とのアドバイスを受けているが。

 そこを含めて、オフィスとよく相談しリスクマネジメントもしろ、という事だと生徒は理解している。


「ありがとうございます、リヒター様。神殿井戸の水、確かに確認させていただきました。これにて依頼完了となります。

 依頼情報の処理も完了しております。報酬と実績内容をご確認ください。報酬は全て口座振込みでよろしいですか?」


『はい、それでお願いします』


 壁に大きな窓が張られた、いくつもの丸い商談用テーブルが置かれる開放的なスペースだった。

 トルコ、イスタンブールにあるアンダーテイカーオフィス。

 中東とヨーロッパ、黒海と地中海、アフリカとロシア、それらを南北にのぞむ文化と人種の坩堝るつぼ

 伝統的な球形の屋根や鋭い塔といった建物や、近代的な建築物が隣り合う水辺にある大都市。

 フードで顔を隠すコート姿の陰キャ超能力者は、この地で一仕事を終えたところだった。


 井戸の底から水を汲んでくる、という依頼内容だったが、その井戸が深さ5キロメートルとなると、話は単純ではなくなる。

 しかも井戸に降りるには迷宮ダンジョン内を通り抜けなければならず、構造の複雑さと内部に巣食うモンスター、『ファージ』を排除しながら進むしかない。

 アンダーワールドの濃密な“マナ”を溜め込んだ神殿井戸の水は貴重品であり、これを汲んでくるのに年間ひとりふたり死者を出すのが実情だった。


 縦穴から直接水面まで降りられる理人には、大した問題にならなかったが。


「これで50万ドルかよ。たまらねぇな。また頼むぜリヒター! こんな仕事ならもうちょっとお前の取り分を増やしてもいい!!」


「今回はマジで美味しかった……。次はもうちょっと大胆に行けるな」


「あの特殊容器ってヤツが小さ過ぎる! これならひとり1リットルといわず50リットルくらいイケたろ!!」


「バーカ欲かくなよローランド。そういうヤツから真っ先に死んでいくんだ」


 とはいえ、アンダーワールド内は問答無用で何が起こるか分からない危険地帯であるのに変りもなく、今回の仕事も多分に漏れず複数人によるパーティーを編成して実行されていた。

 全員、銃火器や軍用装備に身を固めたプロの請負人アンダーテイカーだ。

 理人が念動力サイコキネシスで全員が10階層ごとにロープ降下するのを支援し、壁に張り付き襲ってくるような厄介なファージを撃退する。

 手段としては超能力無しでも行けただろうが、やはり理人の能力による支援は圧倒的だった。

 結果としてひとりの死者も出さず、中央の縦穴を使うという危険極まりないルートで、通常の100分の1以下の所要時間で依頼を達成している。

 請負人アンダーテイカー達も上機嫌だった。


 依頼終了の事務処理を終えた後、フード付き黒コートの姿はイスタンブール市内にあった。

 どこから瞬間移動テレポーテーションしようか、などと思いながら、水の青い美しい水辺の道をブラブラと歩いていく。

 そのすぐ横では何艘もの船が行き交い、空にかかる橋の下を大型船が通り抜けていくところが見えた。


 仕事が終わったらさっさと帰るところだが、その前に少し土地を見て回るのが理人のちょっとした楽しみだ。

 伯父の家からすら出られなかった自分が、今はこうして世界中を飛び回っているのを思うと、不意にめまいに似た非現実感に襲われる。

 自力で買った家に帰ると、だいたい全校一の美少女か愛嬌のあるメガネの先輩がゴロゴロしていた。

 あまりに出来過ぎた生活に、もしかして自分はイジメの末に殺されて、都合のいい夢でも見ているのでは? と思ってしまうのだ。


 もしそうならいっそ普通に死ぬよりダメージでかいな、などと黄昏たそがれる理人の目に、色とりどりな商品を並べる市場の通りが見えてくる。

 なにかお土産でも買っていこうかな。

 気分を変えてそんなことを思いながら、人通りの激しい中に入っていくと、


 グイッ、と肩を掴まれ脇道に引っ張り込まれたかと思えば、フードの頭のすぐ上に、鉄の塊が突き刺さっていた。


 ドゴンッ! という派手な音と共に、砕けて穴が開くコンクリの壁。

 あまりの事に、フードの奥の陰キャもビックリ。

 一応引っ張られた時点で予見視フラッシュフォワードにより見えてはいたのだが、頭の真上にスレッジハンマーを突き立てられるというシュールな絵面を理解し難く、どう反応していいか分からなかったのだ。

 こういう意味不明な状況は脳が処理出来ないんだなぁ、と一応念動力サイコキネシスで防御しながら、どこか他人事のように思っていた。


「……マスターマインドの手下、リヒターね?」


 と、ここではじめて下手人の方に気が向く。


 詰問する声は、同年代の少年に比べると背が低めな陰キャからして、やや上の方から来た。

 相手は身長170前後の女性、長い金髪をポニーテールにして流している。頭に『絶世の』と付けても良い美人だが、キツい目で睨まれてる理人の感想は怖いの一択。

 上はショートジャンパーに薄手のタンクトップ、下は股下の短いふともも剥き出しのホットパンツというよそおい。

 露出が多いが、それ以上に引き締まった筋肉質な身体が目立った。

 それも、単に肥大した筋肉などではない。

 理人も他の請負人アンダーテイカーを見てきた上でよく分かる、完全に戦闘用の身体付きだ。

 エルフのような容姿でオークのようなスタイル、とかいう感想がチラリと頭を過ぎる陰キャである。


 そんな戦闘民族に路地に連れ込まれ、壁際に詰められ頭の上にスレッジハンマーが身長測定状態。

 しかもここは裏世界アンダーワールドじゃない現世オーバーワールドだぞどうなってんだよ、と理人も対応に困った。


「答えなさい……! アンタはマスターマインドと繋がっている、そうね!?」


 更に、それより理人にとって大きな問題となるのは、目の前のお怒り美人の目的が、先生マスターである英国紳士であるらしき点だろう。

 ちょっと噂話を聞くだけでも先生、『マスターマインド』ことエリオット・ドレイヴンが相当あちこちから目を付けられているらしいことは分かっていたが、教え子の方つまり理人リヒターに手を出してくるのは初パターンである。


『…………誰?』


「こっちが質問しているのよ。マスターマインドが弟子? 笑わせるわ。

 あの男が誰かを傍に置く時は、決まって何かに利用する時。目的の為にはその相手が生きようが死のうが知ったことじゃない。今まで何人が使い捨てにされてきたか。

 アンタはあの男の何に協力しているの? 今度は何を企んでいるの!?

 あんな男の言う事を聞いていると、アンタも全てを失うような目に遭うわよ」


 陰キャの念話テレパシーには答えない筋肉質美人は、嘲笑うかのように理人を見下し口の端を歪めていた。

 だが、学校では何度も今のように壁際に追い詰められ、加害者たちから見下されてきたのだ。


 その経験から言うと、このマッスル美女は理人を見ていない。


「アンタはあの男に何をさせられているの!? 答えなさい!!」


 しかし、急に切れ長の目を吊り上げたかと思うと、陰キャのフードを引き剥がしに、その手をかけようとした。

 咄嗟に、それは困る、と。


『ダウンフォース……!』

「ふぐッ――――!!?」


 理人は念動力サイコキネシスを発動。

 見えない瀑布にでも打たれているかのような重圧がかかり、フードに手が届く寸前にマッスル美女が膝から崩れ落ちた。


 ところが、これはちょっと陰キャ超能力者には予想外の結果。

 アンダーワールドの上級ファージならともかく、人間が下向きの念動力サイコキネシスを受けて地面にへばりつかないとは。


『どこの誰だか知らないが、ウチの先生マスターのことをとやかく・・・・言われる筋合いはない、な……。

 それにね、先生マスターがオレを使って何をするにしても、十分なモノをもう貰っているんで。

 命がけで借りを返すくらいは織り込み済みなんだよ』


 逞しい美女を見下ろし念話テレパシーで言う、フードの奥の暗闇。

 重圧に耐える金髪ポニーテールの方は、その闇の奥に、またも違う誰かを睨み付けていた。




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