フェイトワールド

18thキネシス:裏道に慣れ大通りを俯瞰し盲目的な通行人を眺めるそんな視点

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 この世界の陰、エアポケットのように潜み、時としてヒトを迷い込ませる裏世界とでも言うべき異空間。

 アンダーワールド。

 その存在を知るのは人類の中の極一部ではあるが、そういった者達が『アンダーコミュニティー』というひとつの社会を形成する程度には人数がいた。


 アンダーワールドでの活動を生業とする、請負人、アンダーテイカー。

 それらの支援と依頼者との仲介を業務とする国際組織、アンダーテイカーオフィス。

 または、銀行業務、医療行為、必要な物資の製造と販売、オーバーアンダーの世界の法的調整、物品売買、こういった様々な役割を担う裏の事業従事者。


 裏の世界であっても、そこには確かに多くの人々が息づいていた。


               ◇


 フードで頭部を覆った黒いコートの何者かが、殺風景な業務用カウンターと事務デスクの置かれた部屋へ入ってくる。

 北米アメリカ、シカゴ、アンダーテイカーオフィス。

 オフィスの中でも比較的大きなアンダーワールド探索拠点であり、請負人アンダーテイカー同士が互いの姿を確認するのも珍しくない場所だった。


「よお、リヒター!」


『あれ? アランさん』


 狭い業界である。

 顔見知りに会う事もないワケではない。


 黒コートにフードの少年、『リヒター』こと影文理人かげふみりひとに話しかけたのは、目出し帽を被った高身長のたくましい男だった。

 アラン・マクラウド。

 スコットランド出身の請負人アンダーテイカーである。

 なお、以前に顔面を酷く負傷したという事で、その為の目出し帽となっている。


『アランさんどうしてここに? 香港じゃなかったんですか??』


「それな、クソ政府が潜るのに・・・・軍のヤツを連れて行けだ持ち物装備を全部チェックさせろだウゼェこと言い出したんで、さっさとトンズラしてきた。しばらくは北米で地道に稼ぐさ。

 それよりリヒター、『マスターマインド』は一緒じゃないのか?」


先生マスターは急用とかでどこか行きました。オレひとりで仕事できるようになるのもトレーニングの内、だそうです』


 フードの方は念話テレパシーで意思を伝えているので、外から見ると目出し帽の男が一方的に喋っているように見える。

 誰かに盗み聞きされる恐れはないし、声を録音されることもない。表の自分と区別する、陰キャなりの姿勢スタイルだ。


 理人とアランが知り合ったのは、少し前のインドでの仕事の折だった。

 当時、オルチャという遺跡群のある町で、オフィスより緊急に発出された出土品捜索の依頼に、理人リヒター教師マスターであるエリオット・ドレイヴン、それにアラン・マクラウドとそのパートナーも参加していた。


 請負人アンダーテイカーとして、理人もこのふた月ほど多くの仕事をこなしている。

 その中で、他の請負人アンダーテイカーやオフィスの職員と話すうちに、『先生マスター』である渋メン英国紳士がどのような評価を受けているのかも分かってきた。

 どうにも理人の信頼する先生は、この業界では超が付く要警戒人物ととらえられているらしい。

 曰く、フィクサー、モリアーティー、または、悪事の主犯マスターマインド


 今でこそ理人にとっては気の良い目出し帽のにいちゃんだが、知り合った当初のアランは、渋メン紳士の先生に対して敵意を隠そうともしなかった。


「そりゃいいや。リヒターもあんな腹黒い野郎と付き合うのは考えた方がいいぜ? 背中なんか預けられねぇよ。

 でもお前は別だ、兄弟。なんなら一緒にやろうぜ! お前の力は知っているが、俺たちならお前の不足分を補ってやれる。

 1年もあれば、ギリシャの方で島だって買えらぁ」


『ハハハ…………』


 オルチャ遺跡群のアンダーワールド、アンダーオルチャに潜った際には、出現するモンスター『ファージ』の数と勢いが想定外に凄まじく、大変なことになっていた。

 ほか大勢の請負人アンダーテイカーも対処し切れず大惨事となるところだったが、これを挽回したのが理人リヒター超能力マインドスキルだ。


 この活躍で、理人リヒターはアンダーテイカーとしての階級を上げ、クラス『E』から『D』に。

 ついでに、目出し帽のにいちゃんからも懐かれた。

 その時に、『次は香港のアンダークーロンでひと仕事だ』とか聞いた覚えがあったのだが。


「リヒターがここに来たのはタマネギ狩りだろ? もう落ち着いてきたか??」


『いえ、オレは先生マスターからその支援依頼を勧められたんで、アンダーシカゴの「タマネギ」? の事は、よく知らないんですよ。

 小耳に挟んだ感じ、オーバーフローは回避したみたいですけど。怪我人も出なくなってきたし』


「お前がセイバーを請け負ったなら、他の請負人アンダーテイカーはラッキーだったな。

 俺たちもタマネギ狩りで稼ぎに来たんだが、こりゃもう終わりか。

 どうだリヒター、ここが片付いたらカリブに行かないか? アンダーラトーチュには間違いなく海賊船が眠っているはずだ。こいつを見付け出せば、例えばラム酒の瓶なら一本10万ユーロは固いぜ」


『へー……え? 1300万円以上? ラム酒ってそんなにするんです??』


 アンダーシカゴは禁酒法時代の街並みが再現されているが、そのあちこちでタマネギに似た植物が繁殖している。

 この中には様々なモノ、マネキンのようなギャング型ファージやオーパーツが入っており、またこれの数がアンダーシカゴの危険度を示していた。

 オーバーフロー。裏世界アンダーワールド現世オーバーワールドを侵食する現象。

 シカゴのアンダーワールドにはその兆候が見られた為、何人もの請負人アンダーテイカーが依頼を受けて来ていたワケだ。


 なお『セイバー』とは、主に人命救助の依頼を請け負ったバックアップ要員のことを意味している。


「どうよリヒター! 上手いことお宝見つけたらそのままボートで南の島でアバンチュールッだぜぇ!?

 なぁ行かないか!」


『ええーと…………』


 明るく陽気に、熱心に誘ってくれる目出し帽のにいちゃん。

 生来ヒトの良い陰キャであるからして、それを断るのも悪い気がする理人である。

 でも学校あるんだよなぁ、と。


「こらアラン、無理強いしないの。リヒターはまだルーキーなのよ。先輩が都合良く使うものではなくてよ」


「まさか! そんなつもりは全然ないさハニー。どっちかというと宝探しより、俺はこいつリヒターと仕事をしてみたいのさ」


 そんな『No』と言えない日本人の陰キャに助け舟を出したのは、絶世の美女と言って良いプラチナブロンドの人物ヒトだった。

 モデルか俳優のような美貌とスタイルに、落ち着きのある大人の女性である。

 ナターシャ・リンクイスト。

 目出し帽のにいちゃん、アランの恋人という話だ。


 アランとナターシャ、ふたりは請負人アンダーテイカーとしてもチームを組んで活動していた。

 チラッと聞いた話によると、目出し帽のマッチョにいちゃんの方が大西洋条約機構NATOのどこかの国の元特殊部隊で、プラチナブロンドのお姉さんは某国政府で秘密のお仕事をしていたとか。

 これがどんな経緯で請負人アンダーテイカーになったのかは知らないが、今はふたり自身の為に大金を稼いでいるのだという。

 死者行方不明者の多い業界にあって、『レディキャッスル』と言えば中堅どころの請負人アンダーテイカーとして有名だった。


「レディキャッスルと……あっちの陰気なのはなんだ?」


「知らないのか……。マスターマインドの弟子って話だ。あっちこっちでたいそう稼いでいるって話だぜ」


「マスターマインドの……。じゃヤツもマインドスキルを……?」


「オフィスからシカゴ戦のセイバーに指名されるくらいなら、実力はある……か」


 オフィスのカウンター前待合スペースでは、何かの処理待ちや待ち合わせなどでたむろしている請負人アンダーテイカーたちがいた。

 スーツ姿や作業服姿と、一見して街中に普通にいそうな人々である。

 それが噂し合っているのは、雑談に興じる黒いフード付きコートと目出し帽とプラチナブロンド女優の、3人のことだ。


 目立つ外見に、恋人同士という異色の実力派コンビ。

 それに、悪名高きマスターマインドの弟子にして、新たな超能力マインドスキルつかい手。

 多くの請負人アンダーテイカーは、割の良い依頼や高価なオーパーツを狙う競合相手でもある。

 いずれ障害となり得る3人が固まっているとあっては、誰もが注目せざるを得なかった。


 そんな視線の中、他の請負人アンダーテイカーとは違う理由で、廊下の角の暗がりから黒いフードの少年をジッと見ている者があった。


                ◇


 電動キックボード、という物である。


 前後に2輪を装備したボードに、手持ちハンドルを付けた乗り物。ヒトはこのボードの上に立って乗る事になる。

 バッテリー駆動で、法律上は原動機付き自転車、所謂いわゆる原チャリと同じ扱いとなっていた。

 その為、筆記のみであるが運転免許試験を受けて、合格することが必要。

 道路交通法上必要な、ナンバープレートや方向指示器ウィンカー、バックミラーの装備も必要となる。

 一方、この電動キックボードは新たな日常の移動手段として普及を推進されている世情であり、当初は必要とされていたヘルメットの着用などが不要とされていた。


 運転免許試験に合格した理人は、すぐさま代理店に行き電動キックボード本体を購入すると共に、この辺の手続きも済ませてもらった。

 お値段は7万円ほど。

 当然ながら移動の足として欲したモノであるが、その運用に関しては、ちょっと変ったことを考えている。


 学校に行く為、早朝から最寄の駅へと走った。電動キックボードを使った移動は、快適である。

 まだ残暑も厳しく、アスファルトが熱を照り返し空気も暑いが、向かい風のおかげでそこそこ涼しげ。

 夏服陰キャの乗ったボードは、車道をスイスイと軽快に走り、坂道も軽々上っていく。


 実は、そこまでの馬力はない。

 念動力サイコキネシスを用いたバフであった。


 実際のところ、理人が欲しかったのは高速移動してもおかしいと思われない見た目・・・であって、必ずしもキックボードである必要はなかったりする。

 とはいえ、動力を持ちコンパクトに折り畳めて持ち運びも容易な電動キックボードは、完全に用途に合致したマストなアイテムであったが。


 学校に到着すると、賑やかな生徒同士の雑談の声に混じり、威勢の良いセミの鳴き声が響いていた。

 とはいえそれも、アブラゼミからクマゼミなどに種類が変わってきており、季節の変わり目を感じさせている。


 教室内での理人の立場は、相変わらずだ。誰も関わろうとしない、居ないモノとして扱われる陰キャラボッチ。

 しかし、夏休み明けにクラスの裏の支配者である偽装優等生に面と向かって逆らい、目の前に札束を叩き付けて顔を潰したという事もあって、イジメの対象にするような者はいなくなった。

 不満の捌け口から、透明人間にクラスチェンジである。

 もはや陰キャの方もクラスメイトには何の期待もしないので、どうでもよいことではあるが。


「おはよー影文くん」

 

 もっとも、何事にも例外というモノはあった。

 このクラスの場合、姉坂透愛あねさかとあという女子生徒がそうだ。

 長い髪の可憐な容貌を持つ、校内随一の美少女。

 ある一件で下の名で呼ぶような仲になったが、クラス内の同調圧力にも流されず、以前から理人を気にかけていた、

 そして親交は今も続いており、理人もこの義理は大事にしなければと思っている。

 少し前に大変なことになったが。


「はーいホームルーム始めますよー。全員席に着いてくださいよーっと」


 背中を丸めた痩せ型の男、担任教師の麻田一生がボソボソと独り言のように挨拶しながら、教室に入ってきた。

 元より全てにやる気が無かった担任だが、夏休み前に学校を揺るがしたイジメ問題の対応で、更に生気というモノを無くしている。

 自業自得なので理人は同情しないし悪いとも思わないが。


 イジメなど、どこにでもある。学校のみならず、職場、趣味のサークル、家庭、奥様の井戸端会議にもだ。

 しかし、理人は脅迫により要求された現金400万円を実際に用意したことで、『イジメ』と矮小化された問題から『犯罪』という本来の姿を暴き立てた。

 これにより事態を揉み消せなくなった学校は、県教育委員会、保護者、文科省、マスコミ、そして警察から散々に追求され、校長以下職員室はその弁明に引き摺り回されていた。


 だが結果として、学校側は『再発防止に努める』という定型句の発表のみを各方面に行い、特に責任などは取らずに済ませている。

 これに関しては、イジメ首謀者のひとりの祖父が元総理大臣という経歴であり、現在も政権与党に大きな影響力を持つのが無関係ではないだろう。

 と、テレビなどニュース媒体で取り沙汰されていた。


 これも、決定的な証拠が出てこなければ単なる疑惑に過ぎない、とされた・・・話。

 また、弁護士を通じて恐喝に関わっていた生徒が全面的に非を認めている、という発表がされており、これを以って幕引きにしたい思惑もうかがえる。

 夏休みが始まれば、メディアも新たな話題や問題を取り扱うようになり、問題の本質が放置されたまま世間の興味も薄れてゆくのだ。


 こういった経緯で、担任教師や職員室は、今は大人しくしている。

 問題児を刺激しない、触れようとしない、問題を隠そうとも解決しようともしない、ただ放置して如何なる態度も示さない。

 我関せずで見て見ぬ振りをしているだけだ、という、ある意味最も度し難い行為だろう。

 沈黙は現状の肯定と同義だが、しかしその責任までは問われないというのがどうしようもなく歪んでいた。


 仮面優等生、花札星也はなふだせいやも同じなのだろうか、と。フと理人は教室の一画が気になる。

 イジメを主導し、他の生徒を操り自分は決して手を下さない主犯。

 その本質は、僅かにも刃向かう者を踏み潰さずにはいられないという、自己優位性への固執と、思い通りにならない存在に対しての偏執、そして我慢の効かない幼稚な精神性だ。

 そんな病人がこのまま黙っているとか理性的な行動を取れるものかねぇ? というのが、理人の素直な感想だった。


 なお、『謝罪した』というアナウンスこそされたが、今のところ誰ひとりとして被害者に直接謝罪はしていない。

 誰に、何の謝罪をしたのだろうか、と思う当事者である。


               ◇


 昼休み後、選択科目の教室に向かう途中、いくつかの掲示板の前を通り過ぎた。

 そこに大きく、ある生徒達の顔写真が貼り出されている。

 生徒会長選挙のスローガン入りポスターだ。


「高校生になると、生徒会の選挙も本格的だね……。中学の時なんか、みんなやりたがらないから押し付けあって罰ゲームみたいになってたよ?」


「給料出ないし仕事ばかり押し付けられて権限無いしなぁ……。まぁ本当にやりたいヒトだけが出るということなんだろうけど」


 それらを横目で見ながら、感心したような溜息交じりで言う全校的アイドル女子と、大人社会の目線でそんなことを思う陰キャラボッチである。

 理人としても、この美女子と並んで歩くのにも大分慣れた。なにせ家に泊まりに来るような関係なので。

 誰かさん・・・・と競うようにして入り浸り、ラフな格好でソファに転がりテレビを見ていたり、風呂上りに扇風機の前に陣取ったりとやりたい放題の我が家同然状態だった。

 もうひとりも似たような有様で、現在の影文家はちょっと大変なことになっている。

 女子に対する理人の見方も大分変わった。

 洗濯物のパンツがどうとか気にしているのは最初の1週間くらいだった。


 選択教室前の廊下に出ると、その先で顔見知りの姿を確認することになった。

 影文家乗っ取り犯の片割れ、2年生のメガネ美人、英語科教室の先輩、姫岸燐火ひめぎしりんかだ。

 だが、余程・・のことがない限り落ち着きのある余裕の態度を崩さない先輩が、今は水分を失った花のように萎れている。

 原因は、メガネの先輩と会話しているもうひとりの女子にあると思われた。


「あれ? あのヒト……ポスターのヒトじゃない??」


「多分……。えーと、名前なんだっけ? 生徒会長候補の…………」

 

 生徒会長候補は三人。ポスターも3枚横並びとなっていた。

 その中の唯一の女子、黒い長髪を中分けにした、いかにも真面目そうな生徒。

 それが、知り合いのメガネの先輩と話している人物だった。

 古風な日本人的美人である。


「――――だから、見かけたらもう関わらないって約束しているのよぅ。話の途中からメチャクチャ怒鳴られて駅員のヒトが来たりする事もあるけど」


「自業自得でしょう。でも、身から出た錆びとはいえ暴力を振るわれることだけはないよう気を付けなさいね。

 …………正直な気持ちとしては、アナタが後戻りできないようなことになる前に、あんな行為をやめることが出来てホッとしています。

 わざとらしい取り繕った顔でもなくなりました。今の方が自然ですよ」


「そんな顔に出てたかしら? これでもいいヒトのフリは得意なつもりだったんだけど」


 会話内容はよく聞こえない理人と透愛だが、燐火と会長候補が知らない仲ではないのは察せられる。

 ふたりがいるのがこれから授業を受ける教室の前なので、邪魔するつもりがないアイドルと陰キャも、必然そちらに近付くことに。


「おはようございまーす、燐火センパイ」


「燐火センパイ、おはようございます」


 ちょっと距離を測りながら挨拶する全校アイドルに、特に生徒会長候補に気を使うこともない陰キャ。

 なお昼休み後ではあるが、イベントスタッフのバイトを経験してから、日の最初に会った時の挨拶はおはようございます、以降はお疲れさまですがふたりのデフォルトだ。


「あー透愛ちゃーん理人くーん、タスケテ生徒会長候補にイジめられてる」


「人聞きの悪いことを言わないでください」


 萎れたメガネの先輩が泣き真似などして全校アイドルに抱き付いていた。

 理人の家でもほぼ素の状態で過ごしているので、すっかり仲良くなっている。

 そんなメガネの先輩を胡乱うろんな目で見つめている、生徒会長候補の女子ヒト


 しかし、その目が1年生ふたりの方へ向くと、陰キャを視界に入れた瞬間に少し見開かれていた。


「アナタは……姫岸さんと同じ英語科の方ですか。もしかして、実用レベルの英語が出来る1年生の子、というのは……?」


「そう、英語科とか1年だと不登校になっちゃうような生徒も出てくるのに、このふたりはそういうの全然無し。

 理人くんなんかは、わたしより実用英語できるんじゃないかな? イギリスの方も問題無しでしょ」


 理人から見て、生徒会長候補のセリフはどこか取って付けたように

思えた。

 超能力マインドスキルは関係ない。取り繕うような様子から、それがうかがえる。

 普通に受け答えするメガネの先輩も、それに気付いているようだ。

 原因も、だいたい想像がつく。


「理人くん、透愛ちゃん、知っているかもしれないけどこちら、河流登真昼かりゅうとうまひるさん。次の生徒会長に立候補しているのね」


「はい、はじめまして、理人さん、透愛さん。私の主張に同意していただけたら、一票を入れてもらえると幸いです。

 私が生徒会長になったら、誰もがわずらわしげに目を逸らすイジメ問題などにも正面から取り組んでいきたいですね」


 静かに会釈する、品の良い生徒会長候補の先輩である。

 やはり、イジメ問題の渦中にあった陰キャ男子の顔は知っていた様子。

 だが、直接それを言わず、生徒会長選挙に絡めてそのことに触れるというのは、理人に気を使っているようだ。

 真面目なヒトなのだろうと思う。


 予鈴が鳴り次の授業の時間を告げると、会長候補の和風美人も陰キャやメガネの先輩の前を辞していく。

 この学校において、苦行、難関と呼ばれる英語選択の授業だが、これに関して陰キャには問題は無かった。

 英国紳士の先生マスターとの会話は、基本的に念話テレパシーの注釈入りクイーンズイングリッシュである。

 英会話の受け答えに問題が無いのだから、後は読み書きを覚えるだけ。意味を理解し、反復できるのなら記憶するのも早い。これも先生マスターのエリオット・ドレイヴンの言葉だ。


 少し理人が気になったのは、イジメ問題の発覚もあり選択科目がはじまった直後は大人しかったエセ優等生が、徐々に持ち前の調子の良さを見せはじめたことである。





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