17thキネシス:対処出来ない脅威に終わらないディフェンスを強いられているのだ

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 姫岸燐火ひめぎしりんかが暴漢に襲われてから、1時間と少しの後。

 陰キャの超能力少年とメガネの先輩の姿は、あるマンションの一室にあった。

 影文理人かげふみりひとの新居である。


 当初、理人は姫岸燐火を家に送っていくつもりだったが、当人の方がそれを嫌がったのだ。

 曰く、家には誰もいない。父も母も、家には寄り付かない。空っぽな家に、ひとりで居たくない。という訴えだった。

 いつもと違う俯き気味で言うメガネの先輩に、それも無理からぬ事だろうと理人も納得する。

 故に、一般常識的にはマズかろうが、夜の夜中に年上の少女を自宅に招き入れたのだ。


 なお、家に帰るまで、燐火はほぼ無言で理人の腕に縋り付いていた。


「えーと、とりあえずご飯と……お、お風呂? まぁ、もしよければどうぞ…………。あ、でも代えの服が無いか」


「…………お風呂借りていい? スッキリしたい。服は今着ているのでいいから。どうせパンツはいてないし」


 陰キャとて、女性を家に入れて風呂を勧めるのが世間一般的に何を暗示させるか知らんワケでもない。

 ましてや、メガネの先輩は無理やりそういう事態になりそうだった直後。

 腫れ物感覚で慎重に言葉を選ぶ理人に、燐火の方は少し張りを取り戻した声で応じていた。

 でも最後の一言ノーパンは必要だったろうか? と陰キャは思うものである。


 先輩がお風呂に消えた直後、少し考えた理人は外へダッシュ。今家にある材料ではたいした食事は作れないし、野郎と違って女性が着替えも無しというのはやっぱりよくないだろう、という結論に至った為である。

 まだ営業している百貨店に瞬間移動テレポーテーションで向かい、婦人服売り場の店員のお姉さんに女性下着と着替え用の服、それに寝巻に使える服のチョイスを丸投げ。

 ついでにコスメの店舗に迷惑な突撃を敢行し、ここは若い少女向けじゃない、多分女子高生向けじゃない、と2件ほど営業スマイルでお断りされ、結局ドラッグストアのテナントでお勧めされたのを片っ端からご購入と相成った。


 買い物に時間をかけてしまったので、再びダッシュして瞬間移動テレポーテーションで家に帰る。

 玄関を開けると、ちょう姫岸燐火がお風呂を出るところだった。


「あのー先輩、一応服とか買ってきました。多分好みには合わないと思うけど…………」


「ありがとう! やっぱり綺麗な服の方が気持ちイイよね」


 ノックして浴室前の洗面室から声をかけると、メガネの先輩の声と共に少し扉が開き、中からニュッと腕が伸びて来た。

 まだ濡れている生々しい素肌の腕に、いけないモノを見た気がして陰キャの心臓が跳ね上がる。

 間も無く出てくる燐火の姿は、ブラウンのスラックス(ズボン)にカットソーのTシャツという、全体的に柔らかい生地の服装だった。

 ブラのサイズは当然ながら理人に分かるはずもなかったので、店員さんが勧めてくれたフリーサイズのスポーツブラをそのまま買ってきた。


「フフー、理人くんはこういう地味で大人しい目な格好が好み? わたしに似合うかな」


 イタズラっぽい笑みで、陰キャの前でクルリ一回転して見せるメガネの先輩。

 率直にカワイイと思います、なんて言えない純情少年であるが、それよりもまたちょっと元気を取り戻したようなので安心した。


「女子の服なんかさっぱりなので、店員さんに決めてもらっただけです。それと、こっちも店員さんに見繕ってもらいました。多分、女の人には必要でしょ?」


「あ、スキンケアの助かるー。ファンデとかは自分のも持ってるけど。でも理人くん、服もそうだけど結構お金――――――」


「超能力でがっつり稼いでいるからこれくらい平気です。先輩、ご飯は食べられそうですか? 家に大したもんがなかったので、こっちもほぼ買ってきただけですけど」


 服と一緒に買った化粧品の類を見せると、既に持っている物とそうでない物があったとの事。

 そりゃそうだ手荷物の中に化粧品くらいあるだろう、と理人はやや自分の勇み足を恥ずかしく思ったが、お泊り用品関連では無駄にならずにすんだというので、よしとする。


 ダイニングのテーブルに、買ってきた料理と飲み物を並べた。

 アスパラ根菜オニオンソースサラダ、エビやホタテやイカからなる海鮮フリッターセット、手毬寿司と筑前煮重、明太ポテトマヨネーズグラタン、サイコロステーキ入りガーリックライス、フカヒレ上湯シャンタンンスープ、ついでにデザートのミニケーキ4つ。


「フフ……男の子のチョイスって感じ。でも美味しそう。いただきまーす」


 我ながら子供っぽい節操のないメニューだ、とは思っていたので、美人の先輩に微笑まれると陰キャの方も恥ずかしい。

 デパ地下のちょっとお高いお洒落な料理だけあって、味は良く燐火にも好評であったが。

 実は理人も、貧乏性でこういう総菜は全くと言っていい程縁が無かったので、あまりの美味しさにビックリしている。


「…………一瞬冷蔵庫の中身でスクランブルエッグとベーコンとか朝食みたいなの作ろうと思ったんですけど、買って来たのでよかったぁ」


「理人くんの手作りならそれはそれで嬉しい気がする……けど、理人くん、ご両親は?」


「いませんよ? ここはオレのひとり暮らしですから。まぁ……超能力は儲かりますねぇ」


「なんか……イメージが違うかも。ここにひとりで、ってスゴイね」


 改めて、室内を見回し溜息を吐くメガネの先輩。手にはイチゴヨーグルトムースのケーキ。


 理人の購入した部屋は、70平米を超える3LDK、11畳のリビングダイニングキッチンと個室3つ、その部屋に面したバルコニーが東西にひとつずつあり、新築である。

 男子高校生がひとりで住むような部屋ではない。

 家族と住んでいるのだろう、と燐火が思ったのも当然だ。


 これは、請負人アンダーテイカーの仕事で大金を稼いだ理人が、これまでの窮屈な生活環境への反動と、品の良い英国紳士の先生を招く上で貧相な部屋にはしたくない、などの理由で勢い余った結果であった。


「色々あって……少し前まで伯父の家でお世話になってたんですけど、生活の見通しが立ったんでひとり暮らしをはじめたんです。

 だからここには誰も来ません。来たのは……先輩でふたり目」


 そう言われて部屋を見てみれば、なるほど確かに所々生活感に乏しい部分が垣間見られた。

 大きなテレビが置かれていると思ったら、電源ケーブルやアンテナ線配線はフローリングの上に剥き出しのまま。

 テーブルやソファの配置は、広い部屋に対しどこかかたより、放置されたような余白が大きい。

 キッチンの食器棚はほぼ空だった。ふたりか三人分と思しき、白い食器がいくつかあるのみ。

 部屋の隅に円盤型の掃除ロボが3機並んでいるのが、掃除やる気無いと全力で言っているようでおもしろい。

 大きいだけで、男子のひとり暮らしの部屋だ。


 だが、こんな大きな部屋をどう埋めていいか分からないでいる寂しさのようなモノを感じるのは、少年の境遇を聞いた燐火の思い込みなのだろうか。


               ◇


 今夜はひとりになりたくない、とメガネの先輩が言うのも当然の事だと思うで、理人も今夜は泊まっていってもらうことにする。

 異性を部屋に上げひと晩を過ごすのがマズいのも重々承知だが、今の状態の姫岸燐火を家に帰すのもかわいそうだし、まぁ部屋は3つあるから別々の部屋で寝ればよかろう。

 と、思っていた。


 なのに、同じベッドで寝るとか困るのだ。


 理人の自室以外のふた部屋は、いつでも客間として使えるように寝具と調度を入れてある。鏡台、テレビ、小型冷蔵庫、サイドテーブル、ベッドの下には掃除ロボットも入れてある。

 今夜はここを使ってくださいね。

 そういう話になるのは当然の流れであったが、ここでメガネの先輩が、


「ひとりになりたくないの…………」


 と遠慮がちに理人の服の裾を摘まむもんだから、童貞の陰キャにいったいどんな選択肢があるというのか。


 結果として、年上で美人の先輩(メガネなし)と同じ布団の中にいるワケである。

 母親と一緒に寝ていた記憶すらないのに、これどうすればいいの?

 友人の全校的アイドルのクラスメイトに応援を頼もうか、とも思ったが、時間も時間であるし、今のメガネの先輩の事情を他の人間に知られるのもどうだろうと。

 そんな八方塞がりな限界超能力者は、同衾する年上の少女に背を向け、一晩耐える覚悟をするのみであった。


 夜明けまで4時間。起床までは、恐らくもう少しかかるか。

 当然、理人は眠れない。後ろの方がメチャクチャ気になる。

 このまま4時間以上ジッとしているのか。緊張するけどそれはちょっと暇だな。スマホとかイジってちゃダメかな。


 かような事を頭の中でグルグルと考えていたならば、


「ねぇ理人くん……起きてる?」


 不意に、背中の方からささやくような呼びかけが聞こえてきた。

 一瞬、寝たフリをしていた方がいいのか、と混乱する陰キャ。

 しかし、無視できるほどの胆力も無く。


「はい、まだ寝てませんけど……」


「助けに来てくれたよね。でもどうやって?」


 そして、姫岸燐火のもっともな疑問に、応えたのを少し後悔した理人である。

 何となく助けは間に合ったのだから過程は問わない的な空気だったが、そこを追求されると後ろめたくもあった。


「うー……実はアレです、遠隔視リモートサイト。先輩を見てました。それで分かった……」


「なんで見てたの?」


 当然、そういう話になるだろう。


 超能力を隠しておきたい陰キャにとって、それを知るメガネの先輩は潜在的な脅威であった。

 姫岸燐火は今日のことを『デート』などと言っていたが、実際にはそれが理人の超能力を測る為のイベントであったのは、お互いに分かっていたことだ。

 見事に策にハマって、ゲームに夢中で超能力ダダ漏れだった迂闊な陰キャであるが。


「そうだよね……。理人くんから見たら怪しい女だもんね。実際、便利な子の秘密を握った、っていう気持ちが無かったとは言えないし。

 そりゃ監視して当然ね…………」


 落胆するような声の燐火だが、それは理人に対しての思いではない。

 両親ヒトを見限り、良い子の仮面で周囲を欺き、破廉恥な男の罪悪感に付け込みもてあそんできた自分のような女が、いまさら誰かに信用されたいなどと言うのがおこがましいのだ。

 そんな最低な自分に、資格など無いのは分かっている。


「なのに……たすけてくれてありがとう。すごくうれしい」


 それでも、こんなに優しくされるとすがってしまうほど、幼い燐火は弱り切っていた。

 子供の頃に親という存在を喪失してから、こんな風に誰かに親切にしてもらったことは、なかったと思う。


 背中の方にいるメガネ無しの先輩が、鼻を啜っている音が聞こえる。

 女の子に泣かれたことなどないので、陰キャの方は内心パニックだ。やっぱり寝たフリしておけばよかったと思っても後の祭り。

 しかも、何やら後ろで動きを感じたかと思うと、先輩が身を寄せて来ている様子。

 硬直する理人にくっ付く燐火は、それからもしばらくグスグス言っていたが、


「ごめんね、こんな…………」


 と、寝言のように囁いた後は、静かな寝息を立てていた。


 どうしていいのか、自分に何ができるのか、と真剣に悩む陰キャだったが、超能力マインドスキルを以ってしてもどうしようもないと判断し、ただ黙って傍にいる事とした。


               ◇


 翌朝。

 いつの間にか理人は眠っていたが、先に起床して男子生徒用のワイシャツを着たメガネの先輩から「見て見てー肌ワイ♪」とかやられたので、一瞬で目が覚めた。

 朝っぱらから心臓に悪いことだが、元気にはなったようである。

 ワイシャツの下には何か着ていたと信じたい。


 そして月曜、英語科の教室で会う姫岸燐火は、一見していつも通りの明るい先輩に見えた。

 だが理人は、デート以前よりメガネの先輩との距離が大分近くなった気がする。

 半分押し退けるようにして無理に同じイスに座り密着したり、フトモモに直接座られたりと、近いなんてもんじゃない場合も多々あったが。


 年上のお姉さんにオモチャにされて、陰キャラボッチの超能力者に打つ手なし。

 美人で愛嬌のある先輩がメチャクチャ親しげにしており、周囲の生徒は疑問を顔いっぱいに出していた。


 このように距離感ブレイカーに振り回されていた陰キャ童貞であるが、ある時ソッとささやかれた事がある。

 曰く、理人の超能力者としての秘密を、自分以外の誰にも知らせるつもりはない、とのお話。

 それはありがたいのだが、


『理人くんに嫌われるより、好かれる女の子になりたいしね♡』


 とはどういう意味なのか。


 秘密の暴露をチラつかされて敵対する、とかで嫌いになれなくなった以上、美人の先輩と距離を取る理由も無く、事態はより複雑化した。

 『好き』云々とかバカ正直に取ることなど到底不可能な、15年間女子とろくな接触をしてこなかった童貞陰キャラボッチ。

 そんな青少年を惑わすのはやめて欲しいものである。


 こうして、学校の先輩に超能力バレした件は、ひとまず問題無く落ち着いた。

 しかし理人の知らないところで、姫岸燐火はしばらく過去の清算に奔走することになる。

 サポートや痴漢の証拠を、相手に返却するのだ。

 もともと、これを使い金品を巻き上げたり脅迫に使ったりするワケではなかったが、当然ながら弱みを握られた相手からの反応は極めてよろしくない。バックアップが存在する可能性を考えれば、疑念は晴れないだろう。


 それでも、新しいおもちゃ、もとい可愛い後輩の男の子がしんどい時に遊んでくれるので、がんばれたのだという。

 それを、理人に言いはしないのだが。


「理人くん、今日また・・泊まりに行っていい!?」


「ええ……? 先輩、いや知っての通りオレはひとり暮らしだから別に構わないんだけど……。

 この前はともかく、女子が男の部屋で寝泊りするってどうなんです??」


「襲っちゃう? 襲っちゃう? わたしはいいよ? 理人くんなら」


 白昼になんて事を言い出すんだろうこのヒトは。童貞の陰キャは恐れおののいた。

 からかうように言うメガネの先輩が、本気であるとは思っていない。というか思いたくない。色々と困る。


 理人としても、それが本音だとちょっと嬉しいなぁ、という気持ちはもちろんあるのだが。


 他方、目を丸くし若干怖い表情で陰キャを凝視しているのは、全校的アイドル女子のクラスメイト、姉坂透愛あねさかとあであった。

 サラサラなロングヘアがザワザワと揺れ動いているように見えるのは、理人の気のせいなのか。一種の超能力マインドスキルなのかもしれない。


「え? 理人くん、姫岸先輩がおウチに泊まったの? なんで? どうして? いつの間にそんな事に??」


「い、色々あったんですよ……。非常事態でそういう事になっただけで、姫岸先輩がウチに泊まったからといって特別何かがあったワケでは――――」


 実際何もなかったのだが、何故か自分でもいいわけ臭いと感じてしまう陰キャだった。

 そうですよね男女がひとつ屋根の下で一晩過ごすって普通そういう行為を疑われて然りですよね自分の認識は間違ってなかった。


 ところは、理人の隠れ家的スポット、校門に近い校舎脇の小さな階段。

 全校的アイドル、陰キャラボッチ、メガネの先輩の並びで昼食の最中だったが、そこで先ほどの「お泊りしたい」発言である。

 両手に花、と言うよりは、即死トラップに挟まれている心持ちだ。


「でも姉坂ちゃん、わたしもう理人くん以外で処女喪失する気ないよ?」


 だというのに、ここでハイオクガソリンをブッ込んでくる姫岸燐火である。


 口をOの字にして固まる全校的アイドル。

 それに、言葉の意味は分かったが、その発言によりどんな事態を招くかを考えたくない窮地の陰キャ。


 この後、理人はギリギリと腕を掴まれながら、姉坂透愛にこの辺の事情を問い詰められる事となる。

 そんなの自分が聞きたい、と腕が痛い陰キャは思ったが、それを口に出す度胸はなかった。

 なんならメガネの先輩に直接訊いてくれんかな、とも思う。

 姫岸燐火は、ふたりの後輩の初々しい様子を見てニマニマしていたが。


 それから、理人の家には全校的アイドル女子と、メガネにショートボブな美人の先輩が頻繁に泊まりに来るようになった。

 姫岸燐火は遊びに、姉坂透愛は不順異性交遊の監視だとか。

 プライベートな空間とは無縁の生活をしてきた陰キャだが、新生活となった今も落ち着くのは当分先のようである。




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