16thキネシス:ノーマーシーなリアルとファイトのシームレスゲイム

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 電脳都市Eポリスの施設に入る飲食店のテナントは、多岐に及ぶ。

 3階、オープンカフェスペースの全国チェーン展開しているファストフード店では、主力商品であるハンバーガーと某ゲームシリーズとのコラボを実施中だ。場所柄年中やっているのだろうが。


「今のところ分かったのは、サイコキネシスに予知に……ゲームはちょっと予知じゃ説明付かないかなー。

 なんだっけ、物に触れると過去の光景が見える超能力とかあったよね? アレかなー。ゲーム台から他のプレイヤーのテクニックを学んだ、とか」


 だから、本人の前で言うなや。と思う陰キャ超能力者である。


 コーラフロートをストローで掻き混ぜながら、そんな考察を披露するメガネ美人の先輩、姫岸燐火ひめぎしりんか

 ここは取調室なのか。

 そんな錯覚を覚える影文理人かげふみりひとは、フライドポテトを摘みながら黙秘権を行使していた。

 

「どうかな? 合ってる??」


「……内緒です」


 素っ気無く答える年下の陰キャに、分かりやすく膨れっ面になり不満を示すお姉さん。

 子供っぽい表情に、ちょっと親しみを覚えそうになる理人だったが、基本的に猜疑心が強いので警戒も新たにした。


「ぶー、結構ガード堅いねー。もっと仲良くなるには色仕掛けが必要かーにゃぁ~?」


 かと思えば、いたずらっ子の笑みになったメガネのお姉さんが、テーブルに前のめりになり二の腕でおっぱいを寄せて強調するポーズ。

 季節柄、肩出しで胸元も露な薄手のキャミソールということで、その柔らかそうなふたつの膨らみと谷間もクッキリ出てしまっていた。


 ホントにこんな事するヒトいる!? と仰天しながらも、男の子の本能として全力で凝視してしまった直後に、慌てて目を逸らす理人である。

 燐火お姉さんは確信した。効果は抜群だ。


「そぃー!!」

「っとぉ!!」


 その瞬間に、メガネの先輩は自分の服を勢いよく捲り上げ、ピンクのブラジャーに包まれハチ切れそうにたわわ・・・なおっぱいをさらけ出してしまう。


 3秒前。


 テーブルに身を乗り出し全力で手を伸ばす陰キャは、黒いキャミソールの裾をギリギリで掴みメガネ先輩の行動を阻止していた。

 ガタタン! という派手な音が響き、近くのテーブルの客や店員の目線が集中する。

 だが、それ以上の騒ぎも起こらなかったので、すぐに興味を無くされていた。


「アッハ! スゴい完璧に阻止したねー!

 でもー……という事はだよ? 未来予知ではわたしのおっぱいが見えたって事だよねー。

 どうだった? エロかった??」


 はしゃぐ様に言う先輩だが、心臓の方をバクバク言わせている陰キャはそれどころではない。

 自らを省みず、自分を囮か人質のように使い理人の能力を引き出すやり方に、気の弱い陰キャとしても少々腹が立ってきた。


「あのですね先輩……予見視フラッシュフォワードは見ようと思った3秒先が見られるだけの能力です。常に使っているワケじゃないし、今だってたまたま、先輩が何かしそうだと思ってその通りになっただけ。

 この前の校舎から飛び降りだって、たまたま間に合っただけで多分5割くらいで先輩落ちてましたよ?」


 ただでさえ良くない目付きを、一層のジト目に変えて陰キャ少年渾身の抗議。

 ついでに公衆の面前でおっぱい丸出しになっていた可能性も改めて訴えたいが訴えられない。

 いずれにせよ、理人の手札を暴く為のみならず、その上自分を危険に晒し心配する相手の心に付け込むようなやり口は、気に入らないことこの上なかった。


 そんな陰キャの後輩の苦言に、メガネの奥を丸くする姫岸燐火。

 その様子に理人の方がビビってしまうのだが、間もなく先輩はちょっと困ったような下がり眉で微笑んでいた。

 今までのあざとい魅せるような笑みと違う自然な表情に、不覚にも超能力者ドキッとする。


「ゴメンね、ちょっとハシャぎ過ぎちゃったかな。理人くん、ガード堅いと思ったからさー。それがかえって面白くなっちゃったかも……」


 子供のイジメっ子が如きおっしゃりように、口元が引きる思いの理人であった。

 いいタイミングなので、前夜から言っておかねばなるまいと思っていたことも言うことにする。


「…………これ最初に言っとこうと思って今まで言えなかったんですけど、世間にバレたら困るんであんまり派手に超能力は使いませんからね? あとバレたら海外とかに逃げるつもりなんで」


「えーそれは困るなぁ。理人くんで遊べなくなる――――じゃない一緒に遊べなくなるし。わたしは誰かに言いふらしたりしないよー?」


「言い直しても内容がたいして変ってない……」


 釘を刺す陰キャ超能力者だったが、メガネの先輩の再びなイタズラっ子の笑みに立ち込める暗雲。

 それは、黙っていて欲しかったら自分のオモチャになれ、ということですか。

 そんな裏の意味を勘繰ってしまう理人を、姫岸燐火は無邪気な笑みで、次の遊びに誘うのである。


 そして最後に、予告通り2階プライズゲームコーナーのひとつを全滅させた。

 持ち切れないほどぬいぐるみやらグッズを手に入れてしまい、周囲の人間から注目されるわ施設スタッフからは呆然とした目で見られるわと全力で目立つハメに。

 かと思えば、それをやらせた先輩は「特に何かが欲しかったワケでもない」とか抜かしおる。

 手に入れてしまったモノは仕方ないので、サービスカウンターで理人の家に配送をお願いしてしまった。


 なお、念動力サイコキネシスで取るとかズル以外のなにものでもないので、代わりと言ってはなんだが盛大に失敗してウン万ほどプライズゲームに突っ込んでおいた。


               ◇


 東京お台場、『電脳都市Eポリス』を出た頃には日が落ちていた。

 送っていく、という紳士的な陰キャ後輩の申し出を固辞し、姫岸燐火は最寄り駅から『りんかい線』に乗り品川方面へ。

 品川シーサイド駅を降りると、大通りに沿って北にある品川駅へと向かった。

 歩きたい気分なので、公共交通機関は使わない。

 気分が高揚したまま、疲れすら感じない状態だ。

 まるで今からデートだとでも言うように、その足取りも弾むように軽い。


 事実、姫岸燐火にはこれからがお楽しみだった。これほどワクワクする事は、今までなかった。


               ◇


 姫岸燐火は良い子であった。

 優しい父に穏やかな母。物心付いた頃から両親に褒められるのが何より嬉しく、また素直であった燐火は純真に望んでふたりの望む娘であろうとしていた。

 子供心に、理想の家庭であったと思う。

 当時はよく分からなかったが、父は若くして大企業の重役。

 母は在宅で仕事コンサルタントをしながら、家事もよくやってくれていた。

 自分は優しい両親と仲の良い友人たちに囲まれ、幸せな子供時代を過ごせていた。


 それが崩れたのは、父の浮気が発覚した為か。あるいはそれ以前からか。

 正直、燐火にはよく分からない。

 母は父の浮気を責めなかった。燐火が知ったのも、夫婦の会話の中で不意に零れた話の内容からだ。

 そうして気付いてみれば、明るい家庭も、理想的な父と母も、上っ面の見せ掛けに過ぎなかったという。

 燐火が幸せな夢を見ていただけなのだ。


 中学に上がった頃には、両親も取り繕うこともせず、空っぽな家の中の真の姿があらわになる。

 父は常に複数の女の気配を臭わせ、母も派手な格好で外に行く事が多くなった。

 大人に近付き様々なモノが見えてくるにあたり、燐火も自分が円満な夫婦仲を演出する為のアイテムに過ぎなかったのを理解するようになる。


 それでも良い子を演じ続けたのは、何故だったのか。

 理由は、燐火にもよく分からない。

 あるいは、自分も所詮外面を重視する両親の子に過ぎなかったということか。


 そんな空虚な生活に変化をもたらしたのは、高校に進学した直後の出来事。

 これまた上辺だけの付き合いだった清楚系の友人に誘われた、良くない遊びが切欠だ。

 所謂いわゆる『サポート』というヤツである。

 金にもセックスにも興味は無かった、というかむしろ吐き気がした燐火だが、自分と同じく品行方正な仮面を着けた友人の素顔の方には興味があった。

 それは、自分とどう違うのだろうか。


 興味のままに友人と共に夜の街に出て、待ち合わせた男に会った。

 ふたりの内ひとりが、雰囲気と、そういう行為をもっともらしい言い訳で正当化する卑劣さが父に似ていたので、燐火は衝動的にその男に『サポート』を求めてやった。相手は下心を隠しもせず応じてきた。

 知識だけはあったので、気を持たせて寸止めの状態で手玉に取ってやった。


 暫く燐火はこの行為に没頭したが、楽しかったワケではない。

 ただ、それまでの鬱屈、現状を変える勇気も無い自分への鬱憤を、売春サポートなどと誤魔化して少女を買う犯罪者を叩く大義名分に任せて晴らしただけだ。

 実際には晴れるどころか、闇の底に堕ち続けるような錯覚を覚えていたが。


 痴漢を吊るし上げるのも、そんな活動の一環であった。

 女性専用車両を使わず、無防備をよそおい背後から近付く痴漢の犯行現場を押さえる。

 後は煮るなり焼くなりだ。

 裁判沙汰は面倒なので起こしていないが、痴漢加害者の社会的制裁の程を知れば、痴漢がこの世の終わりのような顔をするだけでも十分溜飲を下げられた。



 ところが、ここで全く想定外の大物が釣れる事になる。



 痴漢行為の現場を録画する為に携帯電話スマートフォンで録画していた折に映っていた、奇妙なモノ。

 スカートがよく見える位置から撮っていた、痴漢の後ろ。そこにいた、同じ学校の男子生徒と思しき少年の姿だ。

 カメラの方を向いているが、カメラ目線ではなく手前の男を見ていることから、その中性的な男子が痴漢に気付いていたのは間違いない。


 だが問題となるのは、そこで男子が指を弾くと、離れたところにいた痴漢が膝から崩れ落ちた部分であろう。


 ちょっとした衝撃映像に、繰り返しそれを見て検証した燐火の結論は、本人をして笑ってしまいそうになった。

 とはいえ、痴漢に起こった事と目撃者の男子の行動に関連が無いとは考え辛い。映像にも、ほかに痴漢が崩れ落ちる要因となるモノは映っていない。

 これはいったいどういうことなのか、そしてあの男子は何者だ。

 そんな疑問も、間もなく学校で解ける事となる。


 影文理人という1年生男子にして、本物の超能力者。

 性質タチの悪いイジメグループを唐突に返り討ちにして職員室を騒がせたというのだから、これは本物だろう。

 学生個人が学校という社会に勝つことは、通常はありえない。数の暴力と社会的権力を覆す、特別な何か・・が無い限り。

 それを成し遂げたというのだから、燐火の興味もウナギのぼりだった。

 ではどうやって接触してみようか、と一通り周囲を調べて考えていたところ、偶然にも同じ選択科目の教室にやってきたというワケだ。


 イジめられていた一年生男子、しかもそれが復讐の資格を得た超能力となれば、どれだけ精神が捻じれているか。

 あるいは自分と共感するところがあるかもしれない。

 そんなある種の期待と共に教室で顔を合わせて見たら、思いのほか良い子だった。

 痴漢から自分を助けようとしたことを思い返せば、当たり前の話だったかもしれない。


 警戒心の強い子犬みたいなキャラクターから、いまいちエロいアプローチに結び付けられる気がせず、影文理人への試験・・はアミューズメント施設で行う事とした。

 これ見よがしに超能力を乱用するようなタイプでもないとは思っていたが、その予想通りに慎重派であった。

 それでも、やはり男の子か。ゲームに夢中にさせると結局超能力で何かしてしまうのが迂闊かわいいと思う。


 振り返ってみると、こんなに無心で遊んだのは小さな子供の頃以来か。理人から超能力を引き出すつもりが、燐火も一緒に遊ぶのに夢中になってしまった。

 影文理人、本物の超能力者。

 だが、デートに誘い出す前に比べて、超能力がどうとかは燐火の中でそれほど重要ではなくなっている。

 超能力も面白いとは思うのだが。

 それより、超能力者本人の、人懐っこいくせに用心深くこちらを窺う子犬のような人物にこそハマりそうであった。

 

 新しいおもちゃ、あるいはペットを手に入れた気分だろうか。

 まるで世界の優しさに疑いを持たなかった幼子の頃のように、姫岸燐火は明日からの日常が楽しみで仕方がなかった。



 そんな明るい先行きに足取りも軽いメガネの少女が、背後から強引に腕を取られ、路上駐車のワゴンに引き摺り込まれていた。



              ◇


 品川駅裏手の、ひと気の無い場所であった。

 急な場面転換と衝撃に目を白黒させていた燐火だが、気が付くとシートの上に引き倒されており、目の前には無遠慮に覗き込んでくる粗野な気配の男たちが。

 いずれも20代前半だろうか。Tシャツやタンクトップという薄着で、体格の良い野郎どもである。


「こいつでいいの?」


「どうせもう拉致っちゃっただろ? いまさら帰せねーし」


「でもカワイイじゃん。間違ってても別にかまわなくね?」


「違ってたらやすお君にブッ殺されるだろ。まー次は本物さらえばいいけどさ」


 連れ込んでおきながら、燐火を無視して何やら話し合っている男たち。

 その内容からして、どうやら『やすお君』とかいう人物の意向を受けての蛮行であるらしい。

 燐火には覚えの無い名前だった。


「……誰なの? あなた達。こういうの困るんだけど……。それに、普通に警察に捕まると人生終わらない?」


 なんにせよ、相手が何をしようとしているかは分かる。自分の容姿にはそれなりに覚えのあるメガネの美少女だ。

 大の男3人、運転席と助手席の男含めて5人に囲まれ正直怖いのだが、それでも刺激しないよう冷静に現状の理解を深めてもらい、挑発的にならないようつとめて説得を試みた


「うっせ黙れよ。ウリで男騙して金巻き上げてるビッチが偉そうに言ってんじゃねーよバーカ」


「あーららそれは通報できないねー」


 だが、その物言いで大凡おおよその状況が理解できてしまった。

 姫岸燐火をクルマに押し込んだのは、以前さばらしと暇潰しにもてあそんだ男たちの関係者と思われる。

 金で少女を買う相手にこのようなコネクションがあるとは驚きであった。


「もうヤっていーの? やすお君待つの?」


「やすお君ノータッチだって。このオンナ、ハメて剥いて女優・・やらせて奴隷にするところまで全部俺らだけ」


「はー、まーた安牌だなー、やすお君。じゃ、ありがたく楽しませていただきますよっと」


「おい、ゴム付けろよテメー。きったねーメス穴に突っ込むとかイヤだからな」


 キャップにランニングシャツの男やタンクトップの男が、頭上で勝手に話を進めている。

 当然ながら、燐火の意見や意思など考慮する必要はない。会話を聞かれていても構いやしない。

 ひとりの少女を物として扱う、そんな態度を取り繕う必要さえないと考えているようだった。


 だから、ミニスカートの中の下着にだって、無遠慮に手をかけてくる。


「ちょ……ヤダッ!?」


「うるせーから口にパンツ突っ込んどけ。だいじょーぶだと思うけど」


「やっちゃんの趣味っしょそれ。俺は声出される方が燃えるんだけどなー」


 とっさに手を振り回して抵抗する燐火だったが、筋肉質な男とか弱い少女の力の差はどうにもならず、下半身の布地を簡単に引っぺがされてしまった。

 しかも、丸めたそれを強制的に口に詰め込まれ、上から粗暴な手で押さえ付けられ声も出せない。

 少女の脚の間に自分の身体を押し込む男は、そのまま脚を閉じられないようフトモモを抑え付けていた。


 燐火は身を捩り抵抗するのだが、それはどこか必死さを欠くものだった。

 この状況では逃げられないと、理解してしまっているのだ。

 それに、これが因果応報というヤツであると分かっていた。


 売春男を罠にハメ、痴漢男を吊るし上げる。悪いのは相手だ、という免罪符を振りかざし、八つ当たりの対象にする。

 燐火自身、そんなことをいつまでも続けていたら、いつか手痛いしっぺ返しが来ると分かってはいたのだろう。

 ある女子生徒に警告された通り、その時が来たというだけの話だ。


 だが、


(理人くんには知られたくないな……)


 昨日までは自分の命にさえ価値が見出せなかったにも関わらず、今になってそんなことを思ってしまう。

 せっかく少し人生が面白くなってきたのに、その直後にこれとは。

 内ももを我が物でまさぐる手におぞましさを感じながら、メガネの美少女は諦めの中で、人形のようにされるがままとなっていた。



 そうしてされるがまま、突如開いたワゴンのサイドドアからズルッと外に引っ張り出された燐火である。



「ああ!? なんだテメー!?」

「誰だよ……。あ? 誰かの知り合い??」

「おい勝手に開けてんな!」


 脇から抱えられ、何が起こったのかと目をしばかせるメガネのノーパン少女。

 お楽しみはこれからだ、という時に水を差した邪魔者へ、男たちが歯茎を剥き出し威嚇している。

 肩越しに振り返ると、そこで自分を吊り下げていたのは、お台場で別れたはずの中性的な少年超能力者だった。


「か、り、りひ――――?」


「なにオマエ……そのオンナの知り合い?」


「もしかして、助けに来たー、とかー!? やっべーかっこいいー! ヒーロー参上かよ!!」


「ただブッ殺されに来ただけのバカだろ。速攻ドたまボコして植物人間にするだけだからよぉ」


 ビックリし過ぎて声が出ない燐火だが、状況はお構いなしに、より危険な方向へ推移していく。

 バンを降りてくる、今まで以上に剣呑な雰囲気を放つ男ども。

 手の平の中で折り畳みナイフをチラつかせる者までおり、それが致命的な暴力を伴う行為にも、全く躊躇しないのが窺えた。


 とはいえ、


 タンクトップの無造作な蹴りをかわすと、理人はその脚を抱えて振り回し放り投げる。

 ヒトひとり、それも身長180、体重は100キロ近い男が軽々と空を飛び、街路樹に激突したのを見て、男達はしばしノーリアクション。

 そこから我に返ると、逆上した男のひとりがナイフで腹を突き刺そうと突っ込んできた。


 低い跳躍からナイフを蹴り飛ばす理人は、回転しつつ後ろ回し蹴りでナイフ男の側頭部を一撃。派手に昏倒させる。

 ボクシングの心得があるキャップの男には、大振りのストレートを紙一重でかわし、アゴに一撃。脳を揺らし平衡感覚を奪った上で、首を狩り地面に叩き付けた。


 タックルから胴に組み付き地面に引き倒し、マウントポジションを取り一方的に殴り付ける。

 そんな流れを狙った上下のスウェットだったが、飛び込んだところで顔面へ狙い済ましたかのように入る膝蹴りがカウンターとなり失神。ムチウチにもなった。


 アンダーワールドのファージ、それらとの戦いに比べれば、格闘ゲームに負けて逆上する男も強姦未遂犯も大差無い。


「おまッ……なんだよテメー!? おれ、俺らには顧問弁護士付いてんだからなぁオイ! 訴えてやるからなぁ!!」


 最後のひとり、Tシャツの上にジャケットを着た痩せ犬のような男は、自分たちの行為を棚に上げて、陰キャ少年に喚き散らしていた。

 それを聞き、ポンッとノーパン娘の頭に閃くものが。


「あ……あの自称弁護士が、もしかして『やすお君』」


 サポート希望のSNSに引っかかった相手の中に、やたらと自分が弁護士であるのを自慢してくるエリート意識の塊のような男がいた。

 燐火が最後まで・・・・何もさせないと分かると、胸倉を掴み法的手段に訴える、とまで言った手合いなので、よく覚えている。

 ただ、他の男のように青くなるばかりではなく、怒り狂いながらも暴力を使わないまま睨み付けてくるのが印象的であった。


「な、おい、お……死ねクソアマぁ!!」


 自分たちが散々口にしていた『やすお君』と、メガネの少女が知っている弁護士を結び付けられたのが、マズイ事態だと思ったのか。

 ジャケットを着た瘦せ犬男は、持ち手の長いフラッシュライトを振り上げ燐火へと殴りかかってきた。

 無論それを許す理人ではなく、倒れていたスウェット男の脚を掴むと、瘦せ犬男へ豪快に投げ付ける。

 

 絡まりあった男ふたりは、勢いそのままにバンの正面に激突。揃ってアスファルトに落ち、そのまま動かなかった。

 衝撃によりバンの運転席ではエアバックが飛び出し、盗難防止ブザーがけたたましく鳴り、フロントライトとハザードランプも点滅しはじめる。


「あ、ヤベ……先輩逃げ――――! いや逃げる必要は無いと思うんだけど……先輩、警察に説明できる?」


「…………分かんない。でも今はとにかくここから離れたい、かな」


「じゃやっぱ逃げましょうか」


 状況的に見て、理人は燐火が被害者だと思っている。

 しかし、いわゆる強姦レイプ未遂の被害者としては警察に聞かれたくないこともあるだろうと。

 メガネの先輩も陰キャの後輩の勧めに従い、即座にこの場を離れる事とした。

 だが、


「あッ! 待って理人くん、ちょっと忘れ物!!」


「はい!?」


 その間際、心ここに在らずな様子だった燐火が、急に泡を食ったようにバンの中に飛び込んでいく。

 そこに投げ捨てられていた小さな布地の正体は、理人には分からなかった。




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