15thキネシス:対戦そのものを回避したいがそこに及ばない超能力の限界

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 東京都港区台場。

 総合アミューズメントテーマパーク、電脳都市Eポリス。

 4階VRアクティビティフロア。


 サングラスのような拡張現実ARメガネ、それに連動する銃型コントローラー。

 それらを持って、陰キャ高校生の影文理人かげふみりひととメガネ美人の先輩、姫岸燐火ひめぎしりんかは遅い来るゾンビを薙ぎ倒していた。


「アハハハハ結構ガチ怖いじゃん! 理人くん窓に! 窓に! いっぱい来てるよ!!」


「うわぁあああ!? こ、こわー……」


 足下をオレンジの誘導灯が照らしている、薄暗い通路内。

 内装は、古ぼけて薄汚れたホテル風のしつらえ。 

 そして拡張現実ARメガネの中では、窓や扉から這い出て来る無数のおぞましいゾンビの姿が。

 迫力ある音声と真に迫った映像に、メガネの先輩も笑い声が裏返っていた。


 理人も大分引いていたが、それでもゾンビに連続ヘッドショットを決め次々撃退していた。


               ◇


 影文理人は高校1年生の超能力者だ。

 当然ながら、超能力に関しては隠して生活していたのだが、ある件で姫岸燐火にそれがバレてしまった。

 確信を持ったように笑う一年年上のお姉さんに、いったい何を言われるかと怯える陰キャ超能力者。

 などと思っていたら、何故か週末にデートしようとか誘われることに。


 現状、社会的に死ぬほどの弱みを握られた形の理人は、その求めに「No」と応えるワケにもいかず、こうしてノコノコとアミューズメント施設に来ているのである。


「おめでとうございますお客さまが『デッドマン・ハザードマップ』ハイスコアをマークいたしました! 景品を差し上げておりますがクリアプレイヤーとして写真撮影をお願いしておりまーす!!」


 メガネの先輩が、ゲームに夢中にさせて理人がうっかり超能力マインドスキルを使うのを狙っている、のは分かった。

 それが分かっていて、思惑通りに動くほど迂闊ではありませんよ。

 と、思った陰キャだが、現実にはこの通り。

 拡張現実ARゾンビサバイバルシューティングで、過去最高得点を取ってしまった。

 だって面白過ぎるしホラゲ怖すぎるねん。

 ゲームどころか娯楽にさえ免疫の無い男の子が抗うことなど不可能だった。


 黄色い従業員用のシャツを着たスタッフのお姉さんに、満面の笑みでピースサインを突き出すメガネの先輩。

 完全に超能力でズルをしているので、理人の愛想笑いは大分引き攣っている。

 ゾンビ怖かったので予見視フラッシュフォワードで3秒先の出現位置を把握し、ついでに射撃の着弾位置も調整したのだ。

 そんなもの全弾ヘッドショット余裕である。

 理人は死にたくない一心で余裕など無かったのだが。


 更に、そのゲームがプレイヤーのスコアに応じて難易度が上がっていく仕様だったということを、理人は知らない。


「スゴーいエクステ5Xじゃない! 品薄で全然手に入らないって聞いたのに」


 ゾンビシューティングのアトラクションを後にした理人と姫岸燐火は、同フロアにある休憩スペースに来ていた。

 ここも薄暗く、壁面のディスプレイには施設のCMやゲームのデモ映像が流れている。

 夜の街のネオンのようだ。理人的には落ち付けない。


 そこのベンチに座りメガネの先輩が膝に乗せているのが、店頭に全く並ばないほど品薄な上にネット販売さえ抽選でまるで購入出来ない、ともっぱらの評判になっている、家庭用ゲーム機だった。

 正式名称は『エックスステーション5X』。

 最高得点を出した景品らしい。


「理人くんてどれくらい先の予知ができるの?」


 その代わりに理人は姫岸燐火に『予見視フラッシュフォワード』の事を把握された。


 何のことやら、と意味の分からないフリをしようと思う陰キャ超能力者だったが、これに関しては正直に言った方がよいと判断する。


「……3秒くらい先しか見えませんよ? それから先は色々な形の未来が重なって、もうワケが分かりません」


 我ながら3秒先までしかハッキリ見えないとか使い方が限定され過ぎていると思うし、賭け事などに使えるほど未来が見えると思われても困るのだ。

 ここは大した超能力は使えませんとアピールしておきたいところである。


「へー! それならジャンケンとか無敵じゃない。おねーさんと脱衣ジャンケンやってみる?」


「どうして……」


 ジャンケン。その発想はなかった陰キャラボッチである。そもそも他人とジャンケンをやる機会自体が無いんだよ。

 そして、何故負け確定の勝負を吹っかけてくるのだろうこのメガネの先輩。

 ただでさえ残暑厳しく薄着にならざるを得ないというのに。キャミソールをまくってお腹をチラ見せないで欲しい。


 断固として直視できない現場のネコ的な理人。顔を逸らしているが遠隔視リモートサイトで見てしまうのは男の子の本能として許していただきたい。

 姫岸燐火は、年下の少年をからかいニヤニヤしていた。

 勝ちを確信したのはメガネの先輩の方である。


               ◇


 同階には、格闘ゲームシリーズの最新作の筐体を置くフロアもあった。

 近年のEスポーツ発展もあって、派手な機材や大型の観戦用画面も備え付けられ、大きなスペースを占めている。

 言うまでもなく、理人には縁の無い存在であった。また、殴り合いをするゲームというモノ自体に、苦手意識を持たざるを得ない元イジメられっ子である。


「おー、『ラグナログ』盛況だねぇ。日本でも大会決まったからプレイヤーが増えているっていうし。

 わたしも4まではよくやったけど、5はゲーム機が空いていることがないからほとんどやったことないわ」


「センパイ……ゲームセンターとか行くんですね」


 メガネの先輩が筐体の並ぶ一画を興味深そうに覗き込む。陰キャの肩にのしかかっているので重い。当たっている部分も重いが柔らかいのでやめて欲しい。


 この格闘ゲーム、『ザ・ラグナロク-5thウォーフェアー-』は姫岸燐火もプレイした経験があるとのこと。

 本格的な大会が開かれる日も近く、多くのプレイヤーが特訓にいそしんでいるとの話だ。


「理人くんはやった事は?」


「ないです」


 というワケで、陰キャラボッチの格ゲーデビューが決まった。

 プレイヤー人数は多いが、Eポリスは大型施設だけあって、ゲーム筐体数も多い。

 空いている席もいくつかあったので、メガネ先輩が急ぎ足で理人をそちらへ引っ張っていった。自然に手を繋ぐとかさぁ。


 筐体の前に座らされると、そこにはコントロールスティックとボタンの付いた台に、ゲームの映像が流れるディスプレイが。

 フリーパスカードをスロットに通すと、レースゲームの時と同様に、プレイモードや使用キャラクターを選ぶ画面になっていた。


「って姫岸センパイ、オレ本当にこういうのやった事ないのですが? レバーでキャラクターが動くのしか分からん」


「左右でキャラクターがそっちの方に移動して、素早く二回連続で倒すとダッシュ、上でジャンプ、下でしゃがみ。敵と逆方向に進むと自動でガード。

 右のボタンの手前上下がパンチとキック、上の真ん中が固有武器で、その右ボタンが強力版。

 下の真ん中が『レイジ』っていう溜めたゲージを消費して攻撃を強くしたり必殺技を撃ったりする時のボタン。

 下の一番右ボタンが『ルイン』っていう体力を消費して使うレイジみたいな効果のボタン。レイジと同時に使うとラグナロクって状態になる。体力が1割になるまで減り続くけど物凄く強いし派手になる。けど序盤に使うと次のラウンドからレイジゲージ無くなるし、負けるとラウンド自体消費するのね」


「ごめんセンパイ付いていけない!」


「ストーリーモードなら最初にチュートリアルあるから、とりあえずやってみよう!」


 問答無用で進むゲームと状況に、追い詰められた悲鳴を上げる陰キャである。

 メガネ先輩が早口で要点を説明、してくれているらしいが、理人に理解できたのは武器使用ボタンまでであった。

 この上、攻撃能力を強化するシステムや強力な攻撃を発生させるテクニックがあるらしいが、そんなのド初心者の陰キャラボッチには10年早い話であろう。

 とりあえず、最低限の操作を覚えてプレイしてみるほかなかった。


「ふッ……むッ!」


「理人くん、ここコマンド表あるよ」


「いや無理です……!」


 キャラクターを移動させ、単発で攻撃を繰り出すということしか出来ない陰キャ初心者。対戦中のAIは容赦なく攻撃してくるので必死。

 メガネ先輩が『コマンドが』どうとか言うが、それどころではなく。

 ガードもするのだが、立ち状態では防げない足下への攻撃により浮いたところを、中断攻撃からキャンセルの連続技の直撃を受け、記念すべき第1ラウンドを落とした。

 初プレイの一見さんになんてえげつないコンボ決めてくれるんだこの商売下手AI。


「あれ? なんか普通に負けちゃった。理人くんなら余裕だと思ったけど」


 3秒以内なら対戦AIの動きも先読みできるでしょ? という姫岸燐火の副音声。


「……いやゲームで本気・・出すとか大人気ないにもほどがあるでしょ。

 普通に遊ばせてもらいますよ」


 無論、理人は超能力マインドスキルをそんなことに使うつもりもなく。

 慣れない手付きでガチャガチャレバーを操作しながら、どうにかこうにか四苦八苦しながらAI相手に格ゲーをしていた。


「理人くんコマンド、そろそろコマンドやってみようよ。武器から前前下と同時にまた武器だよ」


「え? え? 一定の? 一定の間隔で押せばいいんですか??」


「なるはやで。でも全部の入力を確実にやるのがお勧めだよ」


「なんでしたっけ? 武器ボタン前ボタン前ボタン下ボタンで武器ボタン!? というか先輩がやればいいのでは」


「理人くんがヒーヒー言いながらやっているのを見るのが楽しいんじゃない」


「本人に直接言うなや」


 画面内で猛攻を受けて倒れる剣持った優男。シグルトという名前らしいが、理人にその辺はよく分からない。

 必死にボタン連打する素人丸出しな陰キャに、密着するようにくっ付いたメガネの美少女が、はしゃいだ声を上げている。

 その姿は、一見して楽しそうに遊んでいる彼氏彼女のふたりであった。

 周囲で対戦に打ち込む野郎どもは、舌打ちせんばかりである。


 しかしそれを、単なるゲームに青春をかけるシングルゲーマーのひがみ、で終わらせられない者もいた。

 これには、格闘ゲームにそれほど思い入れのない陰キャの、配慮を欠いたセリフにも多少の原因があるのだが。


「んお!? なにこれ!!?」


「あー……まぁここ乱入禁止台じゃないしね。アーケードって基本いつでも対戦OKだから」


「え!? 知らないヒトでもいいんです!!?」


 殴って殴り返されてガードしてガードをミスって、という泥仕合中の画面に突如割り込む、『トリックスター! イントルード!!』の派手なエフェクトと文字。

 ギョッ!? とする陰キャを、対戦ゲームの仁義なき洗礼が襲っていた。

 見知らぬ他人に躊躇なく勝負を挑むとか、理人の想像を絶する文化である。

 なお、理人のプレイする筐体と向かい合う台に座ったのは、ダボダボの派手な色のスウェットに、染めた金髪が痛み気味な人相の悪い男だった。


 初心者陰キャのシグルドの前に現れる、天馬に乗ったペルセウス。

 その登場演出が終わり対戦がはじまると、陰キャシグルドは何もできないまま連続攻撃をくらい、開始10秒もかからず敗北した。

 あまりに一方的な流れに、何が何やらと理人も呆然である。


「はー、ザッコ……。ここには本気で腕を磨いているプロゲーマーしかいないんだからさぁ、お遊び的なのはヨソでやってくれないかなー! ねぇ!?」


 天井を仰ぐ対戦台の男の、呆れたようなセリフ。


 次の2ラウンド目も、超コンボをくらい何もできずに即終了。

 飛び込み攻撃、キャンセル通常技、レイジでキャンセルし発動時のショックウェーブで相手を浮かす、メデューサ生首対空レーザーで追い討ち、落ちてきたところを必殺技、という完封まで続く連続攻撃である。


 わざわざ聞こえるような大声で言う嫌味に、対戦乱入してきた相手の悪意は明白だ。

 なんか知らないが機嫌が悪いのがいる、という事で、理人も対戦格闘ゲーム初体験を切り上げようかと考えていた。


「まぁ本気出せないんじゃ・・・・・・・・・仕方ないね。でもロクにコンボ繋げられないまま終わるのは寂しすぎるよ!

 せめてキャンペーンモードクリアしよう」


「もういいんじゃないですかね……? クリアしようと思えば簡単に・・・できるんですし」


 それでも、元気に格ゲーを推してくるメガネ先輩に、困惑気味に眉をひそめる陰キャ。

 姫岸燐火は理人の腕を取り、強引に引っ張るように別の格ゲー筐体へ。谷間で挟んで来るのは何かの技なのだろうか。


 その会話も本人たちには意味が通じているのだが、超能力マインドスキルの存在を知らない者から聞くと、真面目にお遊びの相手なんかしない、と子供を見下ろす大人のような物言いにも聞こえた。


 当然、目のかたきとする者には、よけいに気に入らない話だ。


「別にキャラでやってみよう! ほらランドグリズって姉坂さんに似てない? おっぱいさんだよおっぱい!!」


「コメントし辛いっス」


「ちなみに負けると最後の攻撃の時にちょっと脱げる――――ん?」


 『おっぱい』を連呼し、年下の少年に軽いセクハラをお見舞いする美人の先輩。自分のおっぱいも肩に押し付ける。

 お勧めされる、髪が長くて素直な表情も柔らかな美少女キャラ、という確かに同級生の全校的アイドルに似ているのだが、そんなの失言を引き出す罠にしか思えなかったので、陰キャは沈黙するのみだった。

 無論、肩に感じる柔らかい感触にもつとめて反応しなかった。


 そんなどう見てもイチャ付いているふたりに、雑金髪のゲーマーが露骨に舌打ちする。

 苛立ちを顔いっぱいに浮かべた男は、またしても理人の向かいの筐体にドカッ! と座り込んでいた。


 心理的そして物理おっぱい的圧力に負けて、友人の全校的アイドルに似た美少女キャラクターを選択せざるを得なかった陰キャ。

 ところが、いざ技の出し方とコンボの繋げ方なんぞを練習してみようか、と思ったところで、またしても画面上に『乱入者イントルーダ―!』の文字が躍った。


 また? という気持ちを顔に出す理人が横を見ると、メガネの先輩も眉をひそめ怪訝な顔をしている。

 画面の上には、『乱入お断り台』とのポップが確かに設置されていたが、どうやらハードウェア的な制約ではなく、あくまでもプレイヤーに協力を求めるマナーとしての対戦禁止筐体であるらしい。

 つまりその辺を無視するのであれば、関係ないという事である。


「ったくウゼーんだよ、ボコボコにされたクソザコのクセによぉ。負け惜しみでボクちゃん負けてないもんって女の前でマウントかぁ!?

 いーよ徹底的に現実ってのを突きつけてやるからよぉ」


 相変わらず独り言の大きな、痛み気味金髪ゲーマー。

 しかし、粘着するようなしつこさと身勝手な悪意に晒され、流石に理人もこの時点でムカッときていた。


 故に、超能力マインドスキル思念視サイコメトリーを発動。


 陰キャ超能力者のランドグリズという女キャラに対し、威圧的な痛み金髪は前と同じペルセウスを選択していた。

 ラウンドがはじまると、先の対戦と同じようにペルセウスが隙の小さな発生の早い飛び込み攻撃を起点に、連鎖攻撃コンボを開始。

 そこから下段、足元を叩く蹴りが入り、ランドグリズが浮き上がった瞬間にルインモードに入り後のモーションをキャンセル、間髪入れずルイン状態故の高速連撃に繋げる。


 これが、予見視フラッシュフォワードによる3秒後の光景ビジョン


 理人は最初の飛び込み技をガード、次の下段キックも防ぎ、僅かに溜まったレイジゲージを使い相手のレイジモードのショックウェイブを相殺。

 逆に、出の早いパンチ2連撃から槍の飛び道具技、空中からの強襲飛び込み技、下段足払いと繋げ、再度レイジモードに入り槍の連続突き技から突刺し投げ技に繋ぎ、地面から跳ね上がったところで強武器攻撃を叩き込んだ。

 この完璧なコンボにより、ペルセウスの体力ゲージが3割近く削れる。


「ハアァ!!?」


 素人をいたぶるだけの展開、と考えて疑いもしなかった痛み金髪のゲーマーは、思わず裏返った怒声を上げていた。

 そこからも、陰キャのランドグリズは起き上がりに下段攻撃を重ね、硬直をキャンセルするレイジモード、飛び込み攻撃を近距離から多段ヒットさせ、槍を下に突き出す強上段攻撃のコンボで3割削る。


「んだよこれ……マジざっけんなよ!」


 痛み金髪ゲーマーが本気になるが、コンボを途中で切られ逆にコンボを喰らい、残りの体力も完全に削られラウンド中の逆転は叶わなかった。

 今度は自分が一方的に叩きのめされた形となり、怒りと憎悪で顔は歪み、噛み締めた歯も軋む。

 勢いよく立ち上がり筐体の反対側を見下ろすと、そこに座っているのは先ほどまでと変わらない根暗そうなガキだった。

 明らかにプレイスタイルも上手さも変わり、別人に交代したのかと思ったが。


 いずれにせよ、このまま負けっ放しになるなど許せるワケもない。

 今度は本気でやってやるよ、と声に出さないまま頭に血を上らせた。

 第2ラウンド。2ラウンド先取すればその対戦は勝利となる為、ここで理人が勝てばそれで終わりだ。

 勝負を吹っ掛けた痛み金髪は、絶対に負けられない。


 先行、ペルセウスは開幕と同時にレイジモード、メデューサの首の石化レーザーを放つと、技後の硬直を羽根サンダルの踏み付け技でキャンセル、首狩り鎌の投擲で追撃のコンボ。

 しかしランドグリズはこれらを全てガード、途中でレイジモードも起動し完全に防ぎ切る。

 逆にペルセウスはレイジゲージを使い切り、ランドグリズによる下段、対空、飛び込み上段技のコンボを喰らいダウン。フルセットではなかったが、それでも2割5分ほども体力を削られた。


「クソがよッ!」


 毒づく傷み金髪は、負けるよりはマシと体力を削るルインモードを発動。ガードされるのもお構いなしに高速コンボを叩き付ける。

 更に、レイジモードも発動して奥の手、ラグナロクモードへと入った。

 背景で炎の雨が降り、雷鳴が轟き大地が氷に覆われる。


「っし! イケイケイケしゃオラぁ!!」


 ゲージと体力を犠牲にする圧倒的に強力な状態に、調子に乗る傷金髪は叩きつけるように乱暴にボタンを叩く。

 1フレームの隙間を当て込み、中段下段と攻撃を散らして出の早い打撃を捩じ込むと、メデューサの首、アイギスの盾、ペガサス突撃と次々に大技を繋げていった。

 理人の体力ゲージが一気に半分近くになるが、ここで理人もレイジモードへ。

 レイジ状態でペルセウスのコンボを切り、更にルインモード、ラグナロクモードと立て続けに発動。

 その際のショックウェーブでペルセウスが仰け反った一瞬、慣れた手付きで軽くボタンを連打すると、ランドグリズの強槍突撃、強槍投擲、対空多段攻撃、飛び込み攻撃、敵を槍に引っ掛けて投げ落ちて来たところを槍ビームで打ち上げる多段ヒット必殺技、と完璧に繋げた。


 全ての体力を削り落とされ、ペルセウスが地面に落ちると同時にラウンド終了と、ランドグリズの勝利が宣言される。

 この対戦は途中から観戦用大スクリーンに映されており、高難易度のコンボの応酬に熟練ゲーマー達ですら、「おぉ~」と腕組みで感心の面持ちだった。


「んだぁ!? ふざけんなよクソ野郎!!」


 ただひとり、しつこく理人に絡んでいた痛み金髪の粗野ゲーマーだけは、納得していなかったが。


「なんなんだよテメェは!? 俺をおちょくってんのか!? ああ!!?」


 椅子を蹴飛ばし、顔を真っ赤にした痛み金髪が筐体を回り込んできた。


 調子に乗った女連れのバカに、有無を言わせぬ完全敗北を叩き付け、目一杯それを馬鹿にしてやる。

 相手は何も言えずに、下唇を噛み締めて悔しがるだけ。

 それが当然な結果となるはずだった。


 ところが現実には、ゲームなんかに本気を出さない、と見下した事を言う女連れのクソバカが、正義の鉄槌を与えようとした自分に逆らい、逆に負けゲームを押し付けてくるという。

 これほどの理不尽を許していいはずがなかった。


「ちょお来いやコラァ……! いいからちょっと来い話するだけだからよぉ!!」


 未だ、筐体前のイスに座っている根暗チビの肩を掴む痛み金髪。

 いいから、と自分の都合を一方的に押し付け怒鳴り散らしながら、話をするだけなど誰が信じるだろうか。

 そのまま強引に引っ張り上げようとしたが、その前に陰キャ少年の方が立ち上がっていた。


「……何が気に入らないか知らんけど、あんたがマズイことになる前に帰った方がいいんじゃないの?

 オレに絡んだっていい事ないよ」


 根暗の雑魚が何を言うかと思えば。

 しかし、その全く怯えもへりくだりもしない態度に、短気な傷金髪が更にキレるのも必然だった。

 だから躊躇なく、前触れなく、無言で、真顔になった痛み金髪男が殴りかかってくる。

 野次馬も、少し後退って見ていたメガネの先輩も、アッと思う暇も無かった。


 むろん、簡単にかわす陰キャの超能力者だが。


 一応、理人は周囲の目や監視カメラの存在も考えて大きめに後退。素人の大振りパンチを空振りさせる。

 元イジメられっ子で、今はアンダーワールドのような危険地帯でファージという怪物を相手にしているのだ。この程度は落ち着いて対処できた。

 それこそ、相手をある程度自分の思惑通りに踊らせようと思うくらいには。


 パンチをかわされ前のめりにたたら・・・を踏んだ男は、歯ぐきを剥き出しにし、ムキになり追い縋って来る。


「よけてんじゃねーよクズ!!」


 よろけながらも筐体用のイスを蹴飛ばし、さも当然のように正面から理人の胸倉を掴もうと来る暴行傷害未遂犯。

 理人は3秒後の自分を俯瞰し、このタイミング、と狙い澄まして身を翻し、突っ込んで来る相手をやり過ごした。


 そうして、ドンッガシャン! と。


 思いっきり踏み込み拳を振るった男だったが、それを完全に見切っていたような根暗の動きに反応できず、勢い余ってイスに足を引っ掛けゲーム筐体へと倒れ込んでしまった。

 なおその際、狙いを誤りそのゲーム筐体にパンチを叩き込んでしまい、画面と自分の拳を壊していた。


「ッガァアアアアアアアア!? 痛いってぇえええええええ!!」


 勢いのままに床に崩れ落ち、腕を押さえて転げ回る痛み金髪の暴漢。

 全身強打しているのだが、頑丈なゲーム筐体に力いっぱい叩き付けた拳の痛みの方が勝るらしい。


 そうしてここで、施設Eポリスの警備員も駆けつけてくる。これだけ騒いでいれば当然対応してくるだろう。

 白い制服に紺のズボンという格好の三人組は、迷わず床で悶える痛んだ金髪の男を立たせると、その肩をガッシリ抑え付けていた。

 腕を押さえて腰が引けてる男も、自分がどのような立場に置かれたかを察して喚き出す。


「ちょぉ!? なんだよッ!? オラ離せやッ!!」


「すいません他のお客様のご迷惑になりますので…………」

「少しあちらでお話を…………」


 有無を言わさない様子で、動きを止められる痛み金髪。警備員を振り払おうとするが、相手の方が体格もよく、それは叶わなかった。


「大丈夫ですか? 怪我などされていませんか?」


 一方で、警備員さんの陰キャへの態度は柔らかだった。

 監視カメラか通報によるものか、被害者と加害者の区別はハッキリついているらしい。

 理人も「大丈夫です」とだけ言っておいた。


「なんでだよ!? 俺じゃなくてアイツがさぁ! 俺にちょっかいかけてくるのが悪いんだってぇ!!」


 この期に及んで、大声で叫び散らし責任転嫁しようとする痛み金髪の暴漢。

 自分でなく相手の責任にできれば、あるいはお互いが悪いという流れにできれば有耶無耶にするか自分への責任追及を軽減できる、というスケベ根性である。

 しかし、


「お前がゲームで負けたからって暴力振るって来たんだろ」

「ちょっかいかけたのはアイツだろ? 一方的に絡んでさぁ」

「あんなクズがいるからゲーマーが反社みたいに言われるんだよ。他人に迷惑かけてないでひとりで死ね」

「ゲームで負けてキレて暴れたのお前だろ…………」

「ホント真面目にやってるゲーマーの迷惑だわ」


 途端に周囲で湧き上がる非難の声。

 面と向かって言う者はいなかったが、そこはインドア系が多い故か。

 いずれにせよ、ゲーマーにしてみれば自分たちの風評にも関わる事であり、痛み金髪の男を擁護する意見はなかった。


「ふざけんなよなんで俺だけなんだよッ!? アイツも捕まえろよオイッ! ってーな離せや底辺警備員がぁ!!」


 悪足掻きしながら強制的に押し込まれていく暴漢。

 その去り際、痩せこけた野犬のように大げさに唸りながら、血走った眼で根暗なガキの顔を睨み付けていた。


 そして理人の方は、警備員から「何かあったらご連絡ください」とだけ言われ、特に同行なども求められなかった。

 理人は逃げていただけなのだから、それも当然と思われる。


「ふーん……学校でイジメにリベンジしたって聞いてはいたけれどねー。

 外見からは――――って言うと悪いけど、想像するよりズッとスマートに対処したわね。

 理人くん、慎重なんだ」


 一部始終を近くで見ていたメガネ美人の先輩は、それまでの無邪気な笑みとは異なる、何やら野心的な微笑を浮かべていた。

 陰キャ超能力者は、野良犬のような男を見送ったまま、ノーコメントだ。




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