14thキネシス:ネコが釣り竿を握っていると知っていてもチーズに抗えないネズミの本能

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 ちょっとのっぴきならない事態となり、前夜は眠れなかった陰キャ超能力者、影文理人かげふみりひとである。

 眠いし目の下にクマは出来るし、俯き気味の陰キャラぶりにも磨きがかかるというモノだ。

 しかし、本日は日曜とはいえ、残念ながら二度寝などできなかったりする。

 理人には、出かける用事があるのだ。


 まだ新しいモダンな6階建てマンション、その最上階の一室から、少し急ぎ気味に出てくる陰キャ。

 扉の前に表札などは無いが、そこが自分だけの家だと思うと、まだ何とも言えない込み上げるものを感じる。

 夏休み中に見つけたこのマンションだが、なんと賃貸ではなく分譲でお値段約5000万円なり。


 高校生の一人暮らしとしては分不相応この上ないのだが、なにぶん金はあったし、大事な来客を想定すると家賃3万円のアパートというのもどうかと思ったので、考えた末にこうなった。

 一緒に物件廻りをした全校的アイドル少女の反応の良さもあったのだが。

 入居して即行遊びに来て、女子に免疫の無い陰キャの精神を疲弊させていった。


 ウィン……というオートロックされた機械音を確認し、理人は小走りで新居を離れる。

 瞬間移動テレポーテーションは使わない。誰かに目を付けられてしまう危険性があり、また不自然な行動や現象は街中に無数にある監視カメラで捉えられてしまうだろう。身元がバレないように、常に気を付けているのだ。

 常にどこかにレンズの目がある現代社会において、超能力マインドスキルというのは決して無敵でも万能でもない。


 小奇麗で洒落たエントランスホールを出ると、道路を急ぎ足で駅へと向かう。

 超能力マインドスキルを使えない表用・・に、原付か何か移動の足が欲しいと思っているところだ。金銭感覚も、ちょっと壊れてきているかもしれない。


 電車で移動しながら、新規に購入した携帯電話スマートフォンで時刻を確認。

 予定の時間までギリギリか。行きたくないのに待ち合わせ時間には間に合わせなければならない、この板挟みなプレッシャー。

 そもそも行ってどうしようというのか自分は。

 答えが出ないまま一晩を過ごし、こうして徐々に目的地に近付いてしまい、ジリジリとあせがれるこの感覚。


 そんな逃れ得ぬ運命に背中をゴリ押しされる思いをしながら、緊張の陰キャは待ち合わせ場所に到着してしまった。


「あれー? なんか普通に来たねー。まぁ、わたしみたいに他の誰かにバレちゃうのも困るか。理人くん・・・・、今日はよろしくねッ」


 東京お台場、ゆりかもめ『お台場海浜公園』近くの商業施設、『シーサイド』内のカフェで待っていたのは、学校の先輩、姫岸燐火ひめぎしりんかである。


 どうして先日に陰キャの超能力マインドスキルを暴いてくれたメガネ美人の先輩と、このような洒落た場所で落ち合う運びとなったのか。

 呼び出したのは、姫岸燐火の方である。

 超能力のことを知って何を言い出すかと思ったら、日曜日に遊びに行こう、とか唐突にワケの分からないことを。


 かと言って拒否すれば何をするか想像も出来なかったので、否と言える理人ではなかったのだが。


「で……なんでこんなところに? なんの御用です??」


「遊びに行こうって言ったじゃーん♪ 理人くんと一緒に遊ぶのは、他のヒトより全然面白そうだ、か、らッ!」


 片足立ちのアイドルポーズでキメて見せる姫岸燐火。

 あれ? こんな先輩だった? と思う後輩だが、改めて思い返すとこんなだったかもしれん。 

 そして、『理人と』遊ぶ、というより『理人で』遊ぶという副音声が聞こえたような気がするのは、陰キャラボッチの被害妄想なのか。

 ニコニコなメガネお姉さんさんを見るに、そんな不安が拭えない後輩である。


 もっと不安に思わなければならない問題は他にもあるのだが。


「んもーそんなに警戒しないでよー。本当に理人くんとデートしたかっただけで、秘密を握ってどうこうとか考えてないのよ?」


「そですか……」


 分かりやすく無邪気な表情を作る先輩に、言外の圧力というモノを感じる理人だった。

 デートとか言われても全く心躍らないという。

 陰キャ少年は少し大人になった。


 そんな警戒感丸出しの子犬のようになっている理人に、姫岸燐火が嗜虐心を募らせていとは知る由も無い。


 曰く『デート』ということでやってきたのは、東京お台場にある総合アミューズメントテーマパーク、『電脳都市Eポリス』である。

 大型の建物が丸ごと娯楽施設となっており、時のハイテクを応用したゲームの筐体や体験型アトラクションが豊富に取り揃えられていた。

 ちなみに入場500円、いち日フリープレイパスが3500円(未成年)となっている。


「わたしが連れ出したワケだしね。ここはお姉さんが奢ったげよう」


「夏休みにバイトしたから余裕なんで大丈夫です」


「えー? 遠慮しなさんなよー。何も怖いことはないよー? ンニ゛ェ~ンニ゛ェ~」


「それなんでしたっけ? 家畜とコミュニケーションを取る……って家畜扱い!?」


 妙な響きの声を出すメガネ美人に、色んな意味で警戒しジリジリ距離を取る陰キャ。

 逃げたい、逃がさない、という互いの思惑くらいは透けて見えるし、相手にそれを知られているというのも分かっているのだ。


 何にしても受付のヒトの邪魔になっているので、早々に決める必要があった。


               ◇


 プライズゲーム、という分野がある。

 プライズ、つまり景品を取得する為に、クレーンやアームを動かし欲しい物を引っ掛ける、または落すといったゲームの筐体である。


 Eポリス3階フロア、入場して間もない位置にあったプライズゲームの集中する一画。

 キャラクターの人形、子供向けのロボット玩具、洒落た小物や生活雑貨、高価な電子機器が景品としてガラスの向こうに積まれ、照明に照らし出されていた。


最初は・・・これ! 理人くんにこれやってもらおうって決めてた!」


 陰キャの肩をガッシリ掴んで腕をぶんぶん振り回すメガネ先輩。

 理人はされるがままとなっていた。


「え? まぁ……はい、意味は分かりましたけど、これオレがやるとズルというか詐欺みたいになるのでは??」


 一瞬、超能力マインドスキルのこと自体トボけた方がいいか、と思ったのだが、これに関しては先日にがっつり見られているので諦めるとして。

 こういうところに呼び出された時点で大凡の予想はできていたモノの、初っ端からコレかよと、という思いの理人である。


「プライズゲーム上手いヒトの才能と同じようなもんでしょ? 今日はここの景品全滅させるからね!!」


 恐ろしい事を仰る、と陰キャの超能力者は震え上がった。そんなの才能で誤魔化し切れないだろ。


 そして、恐らくプライズゲームだけでは終わるまい。

 このヒト今日一日超能力マインドスキルで遊び倒す気だろう。

 予見視フラッシュフォワードなんて用いずとも、理人はそんな未来が見える気がした。


               ◇


 とはいえ、仮に本当に念動力サイコキネシスで景品を絶滅させるにしても、ゲットした戦利品の山はどうするの?

 そんな当然の疑問を陰キャが呈したことで、メガネの先輩はプライズ攻めを後に回すことにしたようだ。

 でもやめる気はないんだ、と理人の眼差しは乾燥していた。


 超能力者バレして何を言われるか、とビクビクしながら言われるがまま来てしまったが、実は理人はこのような場所ははじめてである。

 小さな頃から、遊園地やアミューズメントスポットのたぐいには連れて来られた覚えが無い。

 親は常に、自分のプライベートが大事だと語るヒト達だった。


 今の理人は、当然ながら遊んでいられるような精神状態ではない。

 だが、それでもヒトを楽しませ興味を持たせるべく趣向を凝らし計算して仕立てられた施設の中は、陰キャ少年の目を引くモノばかりだ。

 そんな場合ではないのだが、正直面白そうで仕方がない。コンピュータゲームなど学校のパソコンかスマホに入っていた単純なモノしかやったことなかったので。


「スッゲ迫力…………こんなのあるんだ」


「あー、ラピッドホイール。理人くんレースゲームとか好き?」


「レースゲームっていうよりは、運転に興味があります……。移動に便利そうだから原付欲しいと思ってるんですけど」


「そうなの? 理人くん、二輪から先に免許取っちゃうと、自動車免許取る時にもまた筆記テストが必要って知ってた??」


 運転席型のゲーム筐体を見てつぶやく陰キャ。

 理人は知らなかったが、それは家庭用機コンシューマーでも同シリーズの複数タイトルがリリースされているレーシングゲームだった。


 座る者がハマり込むように固定されるバケットシートと、その頭部の左右に配置されたスピーカー。

 当然ながら、目の前にはハンドルと、もはや実写と見分けが付かない高精細映像のディスプレイが置かれている。

 デモプレイ映像の中では、海沿いの洒落た街中に作られたコース内を、派手なクルマが甲高くタイヤを鳴らし爆走していた。


「やってみればいいじゃない。一日フリーパス買ったんだから、遊ばないと損だよー」


 これに対して興味無い風をよそおう陰キャだが、メガネの先輩は誤魔化されなかった。

 チャンスと見て娯楽に不慣れな理人へ強くお勧めする。

 一日フリープレイパスのカードを購入したので、こういったゲームマシンも一日遊び放題だ。

 つまり元を取ろうと思うと、使わないともったいない。


 というワケで、ゲームとはいえはじめて座る運転席に、戸惑いの陰キャ少年である。

 左側にあるカードスロットにフリーパスのカードを差し込むと、目の前のディスプレイがエントリー画面に切り替わった。


「グランプリとタイムアタックの右と左に、オンラインモードとローカルモードがあるのね」


「ど、どう違うんです?」


「他の車とレースして優勝狙うか、ひたすらタイム縮めるか。と、オンラインでほかのプレイヤーと競うか、自分ひとりで気軽に遊ぶか、じゃないかな」


 若干混乱する陰キャのゲーム初心者に、シートの横からアドバイスする美人の先輩。

 何気に距離を詰めてアピールしている姫岸燐火なのだが、理人の方はそれどころではなかった。


 タイムアタックもなにもまともに走らせられるかも疑問な為、誰もが遊ぶであろうグランプリのオンラインモードでゲームスタート。

 画面が切り替わると同時に、BGMがアップテンポへ。プレイヤーの高揚感も煽った。

 『参加者を待っています』の表記が出て15秒のカウントダウンが終わると、映像はドライバー視点のレースサーキット上の物へと変っていく。


「理人くん、シフトレバーの操作分かる? ドライブに入れないと前に進まないのよ? 操作説明出てるけど」


「……先に説明見ときゃよかった」


 何となく、アクセルとブレーキとハンドルだけ知っていればいいのか、と思っていた陰キャは、運転というモノは思いのほか慣れが必要だ、というのをこの時はじめて知った。


               ◇


 Eポリス5階フロア。

 窓辺から明かりをいっぱいに取り入れているレストランで、理人と姫岸燐火は一休みしていた。

 まだレースゲームで遊んだだけなのだが、既にちょっとグッタリしている。

 当初の懸念をすっかり忘れて、全力で遊んでしまった陰キャであった。


「一回目はぶつかったり曲がらなかったりだったけど、二回目は理人くん凄かったね。わたしはゲームのプロじゃないけど、完璧な走りに見えたよ」


 メガコーラをストローで回しながら、ニンマリをした笑みを見せる頬杖付いたメガネ。

 三つ葉サイダーを飲みながら、陰キャの方は窓の外へと目線を逸らしていた。


 超ゲーム初心者で運転のこともよく知らない理人のプレイは、当然ながら散々なモノとなった。

 減速しないでコーナーに突っ込み曲がり切れず激突する、コーナーリング中に車体の後ろが滑って逆方向を向く、ライバルカーとるのに集中してコーナーを曲がるの忘れる、と。

 実に初心者らしい内容ではあったが、ゲームの凄さに反比例した無様なプレイに、理人は物凄く情けない思いだった。


 そんな思いをして引き下がれるほど、理人も無気力にはなれなかった、という話。


 二回目のプレイ。

 レースゲームは本日が初という少年は、オンラインのランキングで全国6位に付けた。

 完璧なスタートタイミング、アクセルワークとブレーキを用いる高度なテクニック、繊細なハンドリング、ライバルカーの動きを読み切る臨機応変なライン取り。

 コーナーリングのミスは、一回のみ。それも、次の周回では全く無くなった。


「どうやったのかな? コンピュータゲームじゃサイコキネシスは関係ないよね?

 少し予習・・してきたんだけど、電子器機やプログラムに影響を与えるようなモノはちょっと思い出せないし。となるとー…………」


 メガネの美人さんの後ろに、獲物を前脚で転がして遊ぶネコ科の大型動物が見える気がする。

 何の事やら、という態度の迂闊な陰キャは、クリンチ状態だ。


 理人が用いたのは、思念視サイコメトリー予見視フラッシュフォワードのふたつ。

 メガネさんの言うような、電子機器やプログラムに直接作用する超能力マインドスキルなどは使っていないし使えない。


 ドライビングテクニックどころか普通の運転技術すら無かった陰キャは、レースゲームの筐体に残る過去のプレイヤーの思念を読み取り、その辺に学ぶ事を思い付いた。

 無意識にプレイしているユーザーが大半であったが、それでも動作や感覚といったモノを模倣するだけでも、十分過ぎるほどの技術を習得することが出来た、と思われる。


 そして、自分の運転の結果がどうなるかを知りたければ、1秒先を見れば事足りる。

 どのタイミングでどれだけコーナーに切り込めばいいか、ライバルカーがどう動くのか。

 見えているのだから、後はそれを回避すればいいだけの話だった。



 理人も、ちょっとムキになり過ぎた、と深く反省するモノである。



「もしかして理人くん……予知とかもできる? テレパシーも使えたりして。お姉さんが今なに考えているかわかるかなー?」


「…………オレだって是非知りたいですけど、生憎あいにくテレパシーと読心能力は別モノだそうですよ?」


「って事はテレパシーまでは使えるのね。英語に強くなったのはその辺が理由かなー」


「ノーコメで」


 自然な流れの会話に見えて、確実に探りに来ているのを感じる超能力者。超能力マインドスキルなくても分かる。

 こうやってゲームに夢中にさせボロを出すのを狙う戦略か。と、いまさらながらに理人も気付いていた。

 だが、知ってどうするというのか。何かに利用する気か。もう帰りたいが、機嫌を損ねるのも怖い。


 理人は、他人に超能力マインドスキルの事を知られた以上、最悪の場合は学校を辞め姿を消し請負人アンダーテイカーとして裏の世界で生きていこうと考えている。

 それまでは、もう少し状況を見て、メガネ美人の先輩の真意を見極めようと考えていた。

 だから絶対に、これ以上ゲームに夢中になってうっかり超能力マインドスキルを使ったりしないのだ(キリッ。




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