スパークワールド

25thキネシス:全てが現実である故に活動するワールドを選ばない

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 世界の陰に潜み、迷い込むヒトを誘うよう無造作に口を開けている裏の世界。

 アンダーワールド。

 かつてそれは、『深淵しんえん』とも呼ばれていた。


 アンダーワールドは、世界に数多くある。

 神話の再現と見紛うかのような裏世界があれば、白昼夢のように表の世界オーバーワールドと瓜二つな裏世界も存在している。

 だが、それら全てに共通して、人間が裏世界を踏破した例はひとつも無い、と言われていた。

 果てを見たという者が、誰もいないのだ。

 一説によると、アンダーワールドはその中心に向かうほど、深く・・なるのだとか。


 入り込めば入り込むほどに深みにハマる裏の世界、アンダーワールド。

 そこは、どんな超一流の請負人アンダーテイカーでさえ、浅瀬を動き回るのがせいぜいである、という現実があった。


 そして、そのアンダーワールドの中央、最も深い場所に何が・・いるのかを知る者は、アンダーテイカーの中でも極一部とされている。


 が、それはともかく。


               ◇


 アニメ調のキャラクターアバターを用いインターネットで動画コンテンツを供給する、いわゆる『Vtuber』というクリエイターたち。

 それに、『個人勢』という分類が存在すると知ったのは、最近のことだ。

 メディアに露出するほどのVtuberというのは、例外なく専門の事務所や企業に所属しているのだとか。

 陰キャ男子の影文理人かげふみりひとが、Vtuberをはじめた友人の女子にそう教えられたのである。


「やっぱ企業勢はすごいねー。やってみると分かるけどさー、チャンネル登録数50万とか100万とかもう雲の上って言うか星辰の彼方ッ! て感じ……。

 アバターも企画も継戦能力もスゴイよ。プロと素人の違いって感じ」


「ふーん…………」


「再生数10万回とかオバケだよぉ。まーあんなの『コガネちゃん』みたいなトップチューバーだけだけどね」


 そのVtuberの友人、姉坂透愛あねさかとあの話に、ところどころおかしな単語の用法を感じている影文理人かげふみりひとであった。


 ところは、横浜と横須賀の境に近い駅の前にある百貨店。

 長いサラサラヘアに愛らしい容貌のアイドル的クラスメイトと、目元が髪に隠れ気味な陰キャは、学校帰りにファーストフード店でオヤツなど食べていた。

 アイドル女子がダブルチェダーチーズバーガー、陰キャは梅ジソポテトである。


 高校1年の夏休み、バイトして作った資金でパソコンや専用ソフトといった機材を買いVtuberデビュー。

 半月ほど活動を続けているということだが、このあたりで現実を知り、やや萎れているというワケだった。

 なお、姉坂透愛の言う『コガネちゃん』とはVtuber事務所『ニジノトビラ』所属のタレント、『山吹コガネ』のことだ。


 だが相手はVtuber界に名を轟かせ、インターネットのみならず地上波のテレビ番組にも出演するほどのトップランナーである。

 しかも、ニジノトビラという事務所も業界トップで、企画力や組織としての支援の力、ショービジネスのノウハウも豊富。

 個人活動のVtuberとは比べられないだろう。


 それに、個人勢でチャンネル登録数5000人到達した『愛坂クリア』こと姉坂透愛もスゴイのでは? と思う、こっそり自分も登録している陰キャである。スパちゃも投げたわ。


 天然ボケ気味現役女子高生Vtuber、そして英語日本語両方でコメントできるバイリンガールなので、海外ニキのリスナーまた登録者は多い。

 なおアバターは、長いピンク髪にヘソ出しセーラー服の少女といったデザインだった。

 なんと、姉坂透愛の自作である。

 セクシー路線は「自分の趣味ではなく他のVtuberのデザインの傾向から導き出したモノ」だ、と強調された。

 非情なビジネスといえよう。


「んで、そーゆートップランカーと同じ事しても見ているヒトもつまらないと思って『ライトもレフトもデッド』ってゲーム配信はじめたんだけど、これがまーまたえげつなく難しい!

 ゾンビの数に比べて弾足りない過ぎるしナイフだけじゃゾンビ一匹も倒せないし、無限湧きするゾンビの大群に追われながら弾探すとかドア開けるボタン探すとかムリゲーだよ! てか開始5分生き残れたためしがないとかクソゲーだよ!!」


「それ確か、だいたいのVtuberのヒトがひっそり投げているクリアさせる気の無い死にゲーってヤツ、だっけ?

 なんでそんなの選んじゃったの??」


「コメント欄で希望が多かったから…………」


 遊ばれてるなぁ、と理人は思った。

 とはいえ、姉坂クリアの配信は炎上もせず和気あいあいとした雰囲気で、一緒にバイトしていた陰キャとしてもホッと一安心。

 少々リスナーに煽られて体当たりで企画に突っ込んで大変な目に遭っている傾向が見受けられるが。

 まぁそれも姉坂クリアの配信の魅力と思おう。

 それと地獄になると分かっていて薦めたリスナーは悪魔だと思う。

 恐ろしい業界じゃ。


「というワケで理人さん……3回配信して結局全く進まないまま雑談配信になって心が折れそうです……。

 理人くんには頼りたくなかったけど助けてください」


「…………え? なにを? どうやって??」


 ひっそり草葉の陰から見守っていた時のライブ配信のコメント欄を思い出し、遠い目になっていた目付きの悪い陰キャ。

 Vtuber業界は修羅の国だと思う。

 そんな事を思っていたならば、全校的アイドルがテーブルに伸びるように理人に頭を下げていた。

 綺麗な髪が汚れてしまうのでやめてもらいたいところ。


「それより……次にやるゲーム実況の希望を募ってみるとか?」


「それはぁ、ゲーム配信見てて楽しみにしていたのにやらなくなっちゃったパターンを自分でやるのはイヤー……!」


 理人も、姉坂透愛が配信はじめたと言うのでVtuberという文化に触れるようになった口。

 参考までに他のヒトの配信も見てみたが、なるほどちょっと全校的アイドルの言いたいことも分かる陰キャである。結構途中でやめちゃうんだよね。

 新人だてらにVtuber愛坂クリアにもこだわりや方針のようなモノがあるのだろう。


 しかし『協力』の内容は先んじて確認しておくべきだった、と後になって思う陰キャ超能力者だった。


                ◇


「はーい、こんクリアー! 今日もセメントでお届けして行く愛坂クリア姉さんだよー! シスコンリスナーのみんなおっはよー!

 そんじゃ今日も、どっちを見ても死ッ! な『レフトもライトもデッド』、やってくぞオラァ!

 の前に~…………シスコンのみんなご存じの通り、姉さんザコ過ぎてここ3回ばかり配信で進展が無いんで助っ人呼んじゃった!

 姉さんの友達の『影浦ダーク』ちゃんだよー! 万雷の拍手で迎えろシスコンどもー!!」


 砂浜にテントが張られ、木々の向こうに噴火する山とティラノサウルスがいるイラスト。

 そんなホーム画面を背景に、長いピンク髪のアバターが配信を見に来ているリスナーに特徴的な挨拶していた。

 愛坂クリアの配信も、すっかり堂に入ったものである。


 だがこの日の配信には、普段はない異物も存在していた。

 画面右にいるピンク髪に対し、左側に現れたのは長めの黒髪にうかがうような目付きの半眼の少女のアバターだ。

 『影浦ダーク』、こと影文理人である。

 中のヒトはアバター同様に目が死んでいたが。


 ところは、あるマンションの一室。影文理人の自宅にて、姉坂透愛が機材持込でライブ配信中であった。

 理人に求められたお手伝いというのは、要するに鬼難易度のゲームの協力CO-OPプレイ。頭数増やして対抗しようという話だ。

 しかし何を思ったか、アイドル女子の友人は、理人参戦に際してもVtuber配信としての体裁を整えるとか仰る。


 一緒にゲームやるだけなのにそういうの必要ありますかね? と素直かつもっともな疑問を呈する陰キャであったが、既にキャラクターデザインも完成済みとのことだった。

 姉坂透愛の描いたイラストを見て、(クオリティたけぇな)という感想しか抱けなかった陰キャの無力感である。


 単なるゲームプレイ配信の手伝いかと思ったら、まさかバビ肉(バーチャル美少女受肉)するハメになるとは。

 超能力者になったりフードで顔を隠す『リヒター』というアンダーテイカーになったり、人生ってよく分からないな。

 これが、超無口ダウナー系Vtuber、影浦ダーク爆誕の経緯であった。


 ちなみに、なんで少女アバターなのよ男でいいじゃん、と投げやり気味に理人も質問をぶつけたのだが、その辺はそっぽ向いて答えてくれなかった。おのれぇ。


[コンクリ]

[コンクリアー]

[さぁ今日も色々な意味で地獄がはじまる]

[今日もいい声で泣いてくれそうですね]

[ドSニキ歓喜]

[ここで新たなる犠牲者!]

[これは分かりやすい陰キャ]

[テンション高い姉さんとの対比がスゴイ]

[増え続ける犠牲者]

[888888]

[友達のキャラデザかわいいがな]

[姉さんがセルフママなのにここで新キャラ]

[姉さん個人勢なのに生産力パないな]

[ダークちゃんマイク入ってる?]

[ダークちゃん姉さんに強制連行されただけなのでは]


 コメント欄も盛況である。

 理人も配信を見ている際にはコメント欄も見ていたのだが、受け手としてこれを見ているのは少し現場気分。

 そして、影浦ダークかわいい、類のコメントには複雑な心境であった。キャラクターデザインがかわいいのであって中のヒトは関係ないのだろうが、と理人は自分を納得させるが。


「本人もカワイイよー! 最初のインスピレーションに任せて一発で決めたデザインだけど、なかなかモデルに近い出来栄えではないかなフフン♪」


 だってのに何言ってんのこの? と、アイドル女子のセリフに信じられないモノを見る目にならざるを得ない陰キャであった。


 最初に言われたのだが、男だとバレるのはNGだとか。

 なぜだ、それはリスナーに対する裏切りではないのか、美少女アバターであるのは100歩譲って受け入れるにしても、リスナーにはバビ肉という真実を知らせるべきではないのか。

 どうして自分がそんなに必死になっているのかよく分からずに理人もそう訴えたのだが、愛坂クリアさんいわく、仮にもアイドル業やっている身として近くに男子の気配を匂わせるのは営業上良くないとかなんとか。


 そんな明らかにいいわけ臭い理由に、超能力マインドスキルなんぞ使わなくても建前か何か裏の理由があるのを察する理人である。


「えーそれじゃね、ライトもレフトもデッド、続きをやっていきまーす。続きったって最初の空港から一歩も出られてないんだけどね!

 でねー、ダークちゃん実はゲーム超つよつよだからヘルプお願いしたんだっけどー……。ほら、正々堂々やって矢尽き刀折れるよりシスコンたちも手段を選ばずクリアするの見たいでしょ?」


[わたしは悲鳴配信一向に構わん!]

[矢尽き刀折れて泣いてほしい]

[しまいには気合だけでどうにかしようとする姉さん好き♡]

[V界の特攻野郎]


 アイドル女子が配信画面をゲームの映像に切り替える。

 コメント欄は相変わらずだ、と陰キャもコントローラーを持ち上げて準備。

 ちょっと姉坂透愛の想定とリスナーの需要がズレてない? と今から心配になる理人だ。


「でもね、ダークちゃんが無双したらもうダークちゃんだけでいいんじゃないかな、むしろクリア姉さんの配信乗っ取られちゃうんじゃないかな、というそこはかとない危機感があるんで、ダークちゃんは原則お手伝いのみ! スイッチやレバー押すのは姉さんだけ、ステージクリアも姉さんだけね! うっかりの場合は仕方ない。ダークちゃん大丈夫?」


「は、はーい……」


 直前に練習しておいた高い声で返事をするバビ肉陰キャ。簡単にボロが出そうなので、極力声は出したくないと思うのは当然である。

 ところが、コメント欄のニキ達のリアクションは少々想定外だった。


[すっごい眠そうww]

[ダークちゃんもうおねむなのかw]

[これでゲーム上手いの? ほんとぉ?]

[ホントに手伝うだけのお助けキャラなんやな]

[ダークってもしか文字通りの黒子なのか]

[もっとお声聞かせて]

[このダウナーな感じは脳髄にクル!]

[大丈夫? 姉さんに強制労働させられてない?]


 一発で野郎とバレるか、とも思ったのだが、まさかの第一関門突破。

 実は理人自身、小柄が祟ってそれほど声も太くないのだが。

 そして、抑え目なローテンションが、どうも寝起きの声に聞こえるようだった。

 だがそんな細かいことはどうでもいいので、後は可能であれば一声も発さないまま配信を終えたい陰キャである。


「うへへへへダークちゃんはこの愛想無いネコみたいなリアクションがクセになるんだよー。

 それじゃスタートするよー! 先生! 先生! お願いします! どぉーれー!!」


[主人になびかないネコ分かり味]

[自分で言うんかい]

[ダークちゃんむりくり連れてこられて尻尾しか振らんのやな]

[ダークちゃんのイメージがネズミ取る黒ネコに固定された]

[姉さんとダークちゃんの悲鳴配信期待します!]


 なにやらとんでもない事言っているVtuberだが、自分じゃなくてアバターの設定の事を言っているのだろう、と理人は自分を納得させるウソを吐いた。それなりに緊張しているので追及している暇も無い。


 既に開始済みのゲームなので、プロローグや導入画面は無い。

 前回までのチェックポイントからのスタート、なのだが、姉坂透愛は最初のチェックポイントから次のチェックポイントにすら到達できていないので、実質的に最初からのスタートに等しかった。

 ここ2ヶ月ほど、理人は家に遊びに来るお姉さんらと一緒に、以前アミューズメント施設で手に入れた最新ゲームマシンで遊ぶことも何度かあったので、コントローラーにも不慣れということはない。

 無料のスマホゲームしかやった事なかったのに、随分事情が変ったと思う。


「さーチュートリアルゾンビだねー。もう何度このヒト達に犠牲になってもらったことか……。

 じゃ、初見プレイのダークちゃんの練習のマトになってもらおうか」


[初見かい!]

[姉さん無茶さすなぁ]

[あ、これはダメですね]

[ここで今日のてかこのLRD配信の成否が決まるなぁ]


 腕前披露、と愛坂クリア姉さんに振られた用心棒の影浦ダークだが、ここでちょっと迷う。

 これ、どこまでやっていいのだろうか。

 超能力マインドスキルが無い陰キャとかアイドル女子以下のクソ雑魚ゲーマーなのでここは当然使うとして、問題はどこまで活躍してよいか、という点であろう。


『オレがゾンビ全滅させて目立つのはマズイでしょ?』


『多分そんな甘っちょろいこと言っていられるような事にはならないんで、ひたすらゾンビ倒しまくって。後、できればわたしを死なさないで』


 その辺もさくっと念話テレパシーで聞いてみると、すわわった目付きと共に返って来たのがそんな答えだった。

 まぁ実際こういう時に使えそうなのは『予見視フラッシュフォワード』くらいか、と思いながら、影浦ダークのゲームキャラクターが前方にいたゾンビ2体に発砲。

 全弾余さず頭部を捉え、ちょっとスプラッタな姿に変えてその場に打ち倒した。

 構え、照準を付け、命中させるまで、目にも止まらぬ一瞬の出来事である。


[ファッ!?]

[いつエイムしたの!?]

[はええ!!]

[初見・・・?]

[さすが用心棒やでぇ!]

[居眠りきょうしろうか]

[チートや!]

[いやマジ半端な上手さじゃないんだがダークちゃん]

[これチート疑わないといけないレベルなんだが?]


 だがやはりやり過ぎたようで、コメント欄には不正なツールを用いたチート行為を疑うモノが幾つか散見された。

 まぁチートといえばまさにチートなんですけどね、と超能力者も言いわけできず。


『どうする透愛さん? このままじゃ疑い持たれたまま炎上しない??』


『うーん……じゃヘッドショット無しで。こかすとか足を止めるとかでお願い。この際クリアは出来なくてもいいや。

 やり過ぎて理人くんの超能力バレするような事の方がマズいしね』


 そのような経緯もあり、陰キャ超能力者は敵を倒し過ぎないようメイン配信者を守り演出面も気にする、という過酷なミッションを背負うことになってしまった。

 これが、地獄の開幕である。


 最初のゾンビ2体を倒した音で、発着ターミナルに溢れ返ったゾンビが一斉に雪崩を打って襲ってきた。そもそもここで心折れるプレイヤーが多いとか。

 一撃必殺を禁止された陰キャは、ゾンビの胴を2回撃って動きを止めた瞬間に膝を撃ちその場に倒す。と普通らしいスタイルを心がける。まだ敵が生きている上に弾も消耗するが、ちょうどいい縛りか、と思うことにした。

 まだこの時は。


「ダークちゃんこっちエレベーター! スイッチ押して1分くらい待たないと来ない上に中からもゾンビ出るから気を付けてねー!!」


 愛坂クリアのキャラクターもゾンビを撃ち倒しながら止まらずに前進。壁にあったエレベーターのボタンを押すと、すぐにそこから離れて動き回りながらゾンビを迎え撃つ。

 ルール上、影浦ダークはストーリーを進めるボタン類は一切押せない。


[ここまで何度やった事か]

[姉さん今日こそエレベーター乗れるか!]

[ダークちゃんやっぱ上手いな]

[ダークちゃんゾンビ倒して後から来るヤツの動き止めるの上手いな]

[チートでこれは無理じゃね]

[スムーズ!]

[そりゃここしかやってないもの]

[ダークちゃん姉さんの方の敵まで撃って外さないんだが!?]

[チートの自動エイムの動きじゃないでしょこれは]

[ゾンビ踊らされてるぞ 芸術的だわ]


 リロードがてらコメント欄を見ると、上手過ぎる影浦ダークのプレイには様々な評価が。

 しかし、チートツールを用いての射撃とは明らかに異なる柔軟かつ臨機応変な動きから、その辺を疑う声はほぼ存在しなくなっていた。


 エレベーターが発着ターミナルに到着すると、愛坂クリアの警告どおりに中からゾンビが溢れ出てくる。

 おまけに、ターミナル全体も敵だらけで全方位から襲ってくる。


「クリアさんエレベーター、こっちは周りを止めとくー」


「オッケーでーす! すぐ倒すねー! タマ取ったらぁ!!」


 愛坂クリアはエレベーターの中に自ら突っ込み至近距離からハンドガンを連射。攻撃されダメージを受けながらも、ゴリ押しでゾンビを駆逐していた。

 影浦ダークは最初にエレベーター内のデブゾンビに一発のみヘッドショットを決め、動きを止めて他のゾンビの障害物に使いサポート。

 その後は、押し寄せるゾンビの足を撃ってその場に倒す。狙い通り、後から走ってくるゾンビの邪魔にもなっていた。


「りッ――――ダークちゃん入って入って早く早く!」


 エレベーター内を血の海にして、アイドル女子が陰キャの用心棒を呼ぶ。

 中に飛び込むと、追って来るゾンビを撃っている間にエレベーターの扉が閉まった。

 一瞬暗くなるエレベーターのカーゴ内だが、階数表示は下階の方へ移動。

 同時に、ゲーム画面にチャプタークリアとスコアの表示が現れた。


「やッ…………たぁああああああ! 苦節4回目にして最初のステージクリアー!!

 あはーん心臓がV8エンジン状態だよー! 生き残ったー!!

 残念だったなまた死ぬのを期待したシスコンどもー!!」


 どこまでも素の状態で喜びを爆発させるアイドル女子。諸手を挙げて勝利者のポーズ。

 声にもちょっと泣きが入っている。

 アバターはカメラがモーションを拾い切れずに半眼の半笑いで止まっていた。


[おめ!]

[888888888]

[行ったなぁ!]

[勝った! 第一部完!!]

[ナイッスー!]

[勝ったなガハハ風呂入ってくる]

[スゲー強引に行ったー!]

[ホントギリギリだな頭おかしい!]

[ここからが本物の地獄だ]

[結局サブマシンガン取れなかったね取れるわけないけど]

[ダークちゃんいてもこれ]

[このまま行かせるのか鬼しかいないのかここは]

[姉さんはいつも通りの鉄砲玉だったね]

[これ姉さん介護されてるのでは……]


 コメント欄でも祝福の声が。

 怒涛の勢いで流れるメッセージ数からこのゲームがいかに修羅場かを思い知る気持ちだが、そんなコメントの中にいくつか不穏なモノが見受けられる。

 リスナーニキの中にはこの先の展開を知っている者もいるのだろうが、確かにまだゲーム最序盤、言うなればオープニングを終えたに過ぎないのだろう。

 弾足りるだろうか、いやどう考えても足りんな、とゲーム画面のユーザーインターフェイスに表示される弾数を見ながら、これどこかで補充できるのだろうかと先行き不安に思っていたならば、


 チーン♪ と。


 一階搭乗手続きロビーに到着してエレベーターの扉が開くと、そこには満員電車もかくやといった密度でゾンビ達がたむろしていた。

 扉の開閉音で一体が気が付きアクティブモードに入ると、連鎖して全てのゾンビがキャラクターふたりをターゲッティング。

 狭いエレベーターに駆け込み乗車して来る勢いで突撃してきた。


 弾足りるとか足りないとかそういう問題じゃねーだろ、と即座に応戦、かつ超能力ヘッドショットの一撃必殺を解禁したが、1分ももたなかった。

 さぁ大変なことになったぞ、と思う陰キャである。


 そこからは戦争だ。


「いやぁああああヤダヤダヤダ! あ゛ー! また死んだデーッド! ダークちゃん逃げてぇ!!」


[逃げてダークちゃん超逃げて!]

[どうにか助け起こしに行くのが健気だけどムリでしょ]

[ナイフで辻斬りのようなww]

[姉さんリスポンまで30秒逃げ切れるか!]


 高速道路、カークラッシュという導入部から脱出しての全力逃走。

 追うゾンビ、湧くゾンビ、倒れる愛坂姉さん、その姉さんの復活まで逃げ切る陰キャ。

 だいたい弾が無い時間の方が長いので、しまいには擦れ違いざまにナイフで斬り付けゾンビ個別にダメージの蓄積を計算しはじめる。

 

「うぉおおおダークちゃんわたしごとやれぇ! うわーホントに容赦なくぶっとばしたー!!」


[非情wwww]

[躊躇なく行ったな]

[草]

[いやこれ姉さんが自分ごと撃てって言う前に撃ってたで]

[爆発の中にいる姉さんの姿がダメだった]

[ヒドイww]


 ヘリポート目指し街中を逃走する中、愛坂姉さんが大量のゾンビのタゲ取ったままタンクローリーの上に追い詰められたので、ダークちゃんはこれ幸いと燃料満載のタンクに弾丸叩き込む。

 周囲のゾンビを巻き込み盛大に爆発するタンクローリー。

 どうせ他のプレイヤーが復活させられるし、と理人も大分形振なりふり構ってなかった。


「ん? うほー! 同接1万!? すごい1万なんてはじめていったー! 1万人のシスコンニキようこそー! うひゃひゃひゃひゃ!!」


「クリアさんはよー弾」


 港湾部、船の並ぶ岸壁をゾンビと追いかけっこしながら全力疾走中。

 フとコメントを確認しようとすると、配信の接続数を示す数値が初の5桁を突破していた。

 過酷なゲームをプレイ中の変なテンションもあり美少女台無しな笑いを漏らす愛坂クリアだが、職人と化した影浦ダークは冷たくたしなめてた。


 これは激戦の末にどうにかゲームを攻略し終え精根尽き果てた後に知った事なのだが、この『レフトもライトもデッド』というゲーム、そもそもゾンビの群れを倒して進むのではなく見付からないように隠れて進むステルス系のゲームだったのだとか。

 最後まで黙っていた鬼畜リスナーどもいわく、『銃は罠』。撃てば音でゾンビが寄って来るし。


 そういう大量のゾンビに囲まれた中を、こっそり潜り抜けたり絶望的な数に追い詰められたりダッシュで逃げ切ったり、というスリルと緊張感を楽しむのが本来のコンセプトらしい。

 そうでなければゾンビ無限湧きなのに弾数制限なんて付けないだろう。ゲーム初心者の陰キャでは気付けないバランスのおかしさである。


 これを、ゾンビと正面から殴り合いながら力尽くで突破したのは愛坂クリア(とヘルプの陰キャ)くらいのものであろう、と伝説の実況プレイ配信になった。

 この怪挙・・に海外にいるゲームの開発者は、


『日本人はイッちゃってるよ。あいつら異世界に生きてるな』


 とのコメントである。


               ◇


「ギギャギャギャギャギャグゲッ――――!?」


 という鳴き声だかうめき声を上げ、倒れたファージに足を取られて後方から突っ走って来ていた大量のファージも雪崩式に倒れていた。

 そんなどうにもならない隙をさらした醜いヒト型ファージに、容赦なく弾丸を撃ち込み殲滅していくアンダーテイカー達。


 赤信号の並ぶ人気の無いゴーストタウンのような大通りに激しい銃声が鳴り響くが、それも僅かな時間で終わった。


「いい手際だな、リヒター。集めて引き付けてスッ転ばせて一網打尽か」


「どんなマインドスキルを使ったんだ?」


 顔見知りの目出し帽の大男、それにはじめて仕事でいっしょになる男たちが軽口を叩きながら、価値ある物を回収していく。

 ゲームのテクをそのまま使ったら上手く行った、とは言えない理人リヒターだった。




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