11thキネシス:未来開通にて見通し良く季節も変わる
.
吊り下げられた幾つものデザインランプが、仄かな明かりで店内を浮かび上がらせている。
高級中華のレストランなのだろう、落ち付いた内装に重厚な調度が置かれ、床に散らばる料理も非常に豪華だった。
「うー……ぅうーん」
先に目を覚ましたのは少女の方、姉坂透愛だ。なにやら温かい物の上に寝ており、目の前には真っ黒な布地が見える。
はて何故自分はこんなところで寝ていたのか、と寝ぼけ少女は状況を思い出そうとしていた。
すると徐々に、
「ふわッ!?」
それが誰かさんの身体の上だと気付くや、姉坂透愛は飛び跳ねて密着していた何者かから距離を取ろうとした。
そして、自分が下敷きにしていた相手の顔を見て、目を丸くする。
中性的な細身の身体に、身に着けている黒いロングコート。やはりこの時期では暑いのか、コートの下は薄手のシャツ一枚で、それも
フードは外れ、先ほどまで隠されていた顔が
少し長めの黒い髪に、今は閉ざされている切れ上がった瞳、スッキリとしている面立ち。
それは、クラスメイトの影文理人だった。
「寝てると女の子みたい…………」
何故こんなところにいるのか、という疑問が最初に湧くが当然なのだが、まずそんな事を
どうにも、今まで一緒にた黒コートの中のヒトと、クラスで孤立している友人の存在が結び付かない。
だが思い返せば、時々聞こえた声や、頭の中に直接聞こえたセリフの感じは、確かに影文理人のモノであった、と。
ここで、理人がカッと目を見開き飛び起きる。
「サイコチャージ! 飛べッ!!」
姉坂透愛へと手の平を向けたかと思うと、そのすぐ後ろにいた殺人料理人を
「フリック!!」
視界の中で別の料理人に指を押しあてると、
無傷で残っていたテーブルや料理を薙ぎ払い、その料理人は別の料理人に激突し、壁を突き破りどこかに消える。
「リフレクター! 跳ねろ!!」
正面口から飛び込んで来た獅子舞ファージの群れは、
完全崩壊した店内に、一時の静寂が戻る。
半ばへし折れる太い柱、砕ける分厚い木材のテーブル、大穴があいた床に天井に壁、と加わった力の大きさを物語っていた。
目が覚めたらもう危機一髪だった影文理人は、ビックリのあまり動悸が収まらず、息も荒い。
とりあえず、もう敵はいないか。
集中力を維持する理人は、周囲を見回していたところで耳を押さえてしゃがみ込む姉坂透愛と目が合い、自分がフードを被っていない事に気付き、そっと被り直していた。
「ちょッ!? ダメだよ! いまさら隠しても誤魔化されないからね!?」
『違います私はリヒターなんて言う名前の日本人じゃありません、あフードを引っ張らないでお願いしますフードは許して下さい』
こいつ何事も無かった
正体バレした動揺を隠し切れない陰キャは、
正面に回ろうとする姉坂透愛と逃げる理人で、ふたりはグルグル回転していた。
そのふたりが、真上から落ちて来た巨大な影に踏み潰される。
「ッ……!? サイコシールド!!」
「ひあッ――――!?」
というような光景を見た瞬間、理人は姉坂透愛を
自分の開けた壁の穴から外に飛び出すと、そのまま路地裏から上に飛び上がる。
店を踏み潰して来たのは、やはり寺院から出て来たアゴヒゲ武人の巨像だった。
「無事だったかリヒター、彼女も無事のようだな。
どうやらあの『グランファージ』、そちらの彼女にご執心のようだ。
キミ、アレがいた場所で何かニオイや痕跡を残すような事をしなかったかね?」
大分コートも
何のことか、と戸惑う小脇に抱えられた少女だが、思い返すと致命的な心当たりがあり、真っ赤になって沈黙せざるを得なかった。
人間には生理現象というモノがあるのだ。
適当な場所を探す余裕も無かったのだから、と弁解したいできない。
「……まぁ重要なことではないだろう」
という英国紳士だったが、それは察してしまったという態度で、あまり少女の救いにはなっていなかった。
「リヒター、基本的にファージはそれほど高度な知能を有していない。特に歴史の浅いアンダーチャイナタウンで発生した個体では、複雑な行動パターンも持ち得ないだろう。
アレも通常のファージより強力ではあるが、行動パターンは至極単純だ。彼女の痕跡を覚え、それを追っているに過ぎない。
オーバーフローを起こさない限りファージはオーバーワールド側には出ないが、アレは今の習性上、我々が出れば追って来る恐れがある。そうなれば、小規模なオーバーフローだ。
面倒だが、ここで排除するしかあるまい」
「難しいですか?」
「実際、オーバーフローからたった5年であれほどの個体が育つのは異常だ。
あの巨体でよく動き、頑強なのが面倒だな。足を止めて火力を集中し、破壊し尽くすという組み立てで行くべきだろう。
リヒター、足止めを。できるかね?」
「やるだけやります……!」
ここで倒してしまう
巨像が槍を振るい、一帯の建物を薙ぎ払った為だ。
幻の中華街が、たった一撃で瓦礫の山と化す。
まるで怪獣映画のような破壊力を間近で目にし、抱えられている少女が心底から震え上がった。
だが一方で、思いのほか力強く自分を抱える腕が、頼もしく感じられる。
「ダウンフォース!」
そして、理人は
しかし、先ほどは
巨像は地面を陥没させながらも、理人と姉坂透愛の方へ踏み込んでくる。
「やっぱダメか! ならば、フリック!!」
理人は
粉砕されたコンクリート塊、軽ワゴン、派手な大型の看板、キッチンの業務用シンク、鉄の門柵、あらゆる物が浮き上がると、四方八方からヒゲ巨像へと殺到した。
だが徐々に投げ付けた物が砕けて質量を減じ、適当な塊が無くなっていく。
終いには理人も建物を丸ごと投げ付けるので、周囲が更地になっていく有様だ。
「ヤバッ……みんな粉々になってきた」
「ね、ねぇ影文くん落とし穴は!?」
「は!?」
そこで唐突に、脚をバタバタさせる姉坂透愛がそんなことを。
なに言ってんのこの
最後の建物を発射する理人は、この隙を使い
巨像の足下を
「フリック! も一歩踏み込め!!」
マンホールのフタ数枚を水平に飛ばし、巨像の膝裏に連続で直撃させると、相手は狙い通りよろめいて片足を一歩分前進させる。
「ダウンフォース! 踏み抜け!!」
そのタイミングを逃さず、理人は
巨像の全重量が乗る地面を崩落させ、足を落とし膝を付かせるのに成功した。
「よしッ――――!!」
と思わず快哉を上げる理人。
そうして膝立ちになった武人の巨像が、理人と姉坂透愛に槍を投げ付け、ふたりは真っ二つにされてしまう。
「――――テメェ!!!!」
そんな
槍を振りかぶった巨像の背後に出ると、掌を叩き付け全力の
「ヴォーテックス!
そうして、ギュバンッッ!! と。
直径にして約3メートル、凄まじい力で
一点に向かい、螺旋を描いてどこまでも収束し続ける
更に、圧縮されるその力は逃げ場を求めて前方へと超高速で解放される。
必殺技というほどではないが、破壊力が必要となった場合のことを考えて用意されていた、理人の奥の手であった。
土煙を上げ倒れる巨体を、何が起こったのかよく分からないまま姉坂透愛が見下ろしている。
何がどうなっているのかよく分かっていないのは、それを小脇に抱えている理人の方も同様であったが。
なんとなく確信があったので奥の手をぶちかましたが、ちょっと勢い任せだったと反省するものである。
今まで時々見た数秒先のビジョンが、『
「あ……あッ! か、影文くんまだ動くよ!!」
「ええ!?」
ところが一息つく間もなく、小脇の全校アイドルから警告が飛んできた。
死んだか、と思ったアゴヒゲ武人の巨像が、地面に手を突き立ち上がろうとしている。
よく見ると胴体の穴の中はからっぽであり、内臓系のダメージは期待できそうもなかった。
「影文くん逃げるなら今でしょ!? 早く行こう!!」
「そ、そだね……! もう丸ごとブッ壊すしかないけどそんなの――――」
「すまないねリヒター、遅れた」
真上からマスター・ドレイヴンの声が聞こえたのが、その時だ。
「
理人が見上げると、そこにいたのはイケメンダンディ英国紳士の先生と、無数に浮遊する槍のような巨大物体である。
よく見るとそれらは鉄骨や鉄筋、鉄の棒などを強引にまとめ上げた物らしかった。
「これだけあれば事足りるだろう。頑張ったようだな、リヒター。もう少し高度を上げて身を守っていなさい」
後は、もはや作業である。
品のある紳士が指揮するように手を振り下ろすと、鋼の重量物が容赦なく叩き付けられた。
それも一撃では終わらず、引き戻されて元の位置に戻ると、また投げ付けられる。
あまりに凄まじい爆撃は1分ほども続き、土煙が晴れたその時には、武人巨像は影も形も残されてはいなかった。
◇
夏休みがはじまって、一週間。
影文理人の予定は、またも大きく変更となっていた。
新たに部屋探しが加わった為である。
中華街に存在するアンダーワールド、アンダーチャイナタウンから生還した陰キャ超能力者は、その際に同じく生きて脱出した姉坂透愛を家に送って行った。
『聞きたいことがたくさんあるの!』
と、当時はなかなか放してもらえなかったが。
とはいえ、15歳の高校生女子が24時間消息不明だったので、一刻も早く家に帰らなくてはならない。
後日の再会を約束してその時は家に押し込んだのだが、何せ行方不明ということで警察沙汰にもなっていた為、姉坂透愛も忙しくなり
アンダーチャイナタウンから脱出したその日はすぐに解散となったのだが、3日後に理人には大金が入ってきた。
マスター・ドレイヴンの回収した巨像の槍に、神の鉄と呼ばれる『オレイカルコス』が含まれていた、という話だ。
半分を
なお、
どうせ税務署が関知できない収入であるが。
いきなり一般サラリーマンの生涯年収を稼ぐという中間目標を達してしまった理人だが、ここで思い切って将来の計画を前倒しすることにした。
叔父の家を出て自立するのだ。
これまで世話になった分として2000万円を置いていくと、翌日には理人は家を出た。
今はビジネスホテル住まいだ。
唯一の肉親として保護者の承諾が必要な手続きなど今後も世話になるだろうが、叔父夫婦は大金の出所を疑うこともなく、ホクホク顔で甥っ子を送り出してくれた。
理人が見たことない愛想の良い笑顔だった。
「影文くん今日はどこの物件見に行くの!?」
そう言って横浜駅前の待ち合わせ場所にいたのは、警察と家族から釈放されたばかりの姐さんこと姉坂透愛である。
24時間いなくなっていた件では、
なにせ、アンダーワールドにいた部分は、話そうにも話せないのだ。別に話してもいいのだが精神状態を疑われるのは間違いない。
しかしこの辺は、どうやら理人の
元々アンダーワールド案件はオフィスと警察の上層部が調整するのが決まっており、姉坂透愛も監禁されていただけ、ということだけで話が終わったそうだ。
犯人の特定も進んでいるが、捕まる見込みは薄いだろう。
本人的には、もう警察も拉致の件もどうでもよくなっていたようだが。
なにせ、もっと重要で楽しいことができてしまったので。
「えーと…………横須賀の方、かな。汐浜ってところのマンション」
「どうやっていく? 電車? それとも…………」
「はい……テレポします」
部屋を借りる前提でホテル住まいをしている。
電話でそう近況報告を行うと、姉坂透愛から自分も部屋探しに付いて行きたいと強く求められた。後学の為だとは言うが。
理人が迷いを見せると悲しそうな声を出すのは汚い流石学校のアイドル汚い、と思う。
女子に免疫が無い陰キャラぼっちには、あまりに強大な敵だった。
物凄く期待した笑顔で問われてしまっては、理人の方も期待に応えざるを得ず。
姉坂透愛を伴い駅の地下街へ移動し、カメラの無い場所を探しながら
人目に付かない非常階段の踊り場に来ると、
姉坂透愛とは、夏休み中のイベントスタッフとして同じバイトでも働く予定だ。
マスター・ドレイヴンとの
横須賀の空は青く澄み切っており、海の向こうに真っ白な積乱雲が淡く光って見えた。
アスファルトに炙られた空気がキナ臭く、歪む路面に逃げ水が漂っている。
もう何度か
影文理人の高一の夏休みは、燃え尽きるほど暑くなりそうであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます