10thキネシス:見えなくても無いモノにはできない実在の表裏一体

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 今までの生活もあり、うつむき気味に生きて来た陰キャのボッチ少年にして超能力者、影文理人かげふみりひと。 

 理人は、夏休みから超能力マインドスキル先生マスターであるダンディ英国紳士、エリオット・ドレイヴンから本格的な超能力スキルの扱いと、表だって知られていないアンダーワールドのことを教わる事になっていた。

 ところが、その夏休み前日に、理人のクラスメイトで全校的アイドルの美少女女子、姉坂透愛あねさかとあが行方不明になる。


 超能力マインドスキルを駆使して足取りを追う理人とマスター・ドレイヴンは、姉坂透愛が偶然にも横浜中華街に存在するアンダーワールドへ迷い込んだのを突き止めていた。

 姉坂透愛がアンダーチャイナタウンに消えて、既に24時間。

 一般人では到底生き残れない危険な場所と言われる異界へと、理人ははじめて挑む事となる。


               ◇


 だが、駐車場の奥にある真っ暗な空間を抜けると、そこにはたった今通り過ぎた中華街の景色が広がっていた。


「あれ?」


 と、思わず声を漏らしてしまう、コートのフードを上げた陰キャ少年。

 しかし同時に何とも言えない違和感を覚え、キョロキョロと周りを見回していた。


「アンダーチャイナタウンは発生してから比較的歴史が浅いということもあり、見た目にはそれほどオーバーワールド側との違いはない。

 これが歴史の古いアンダーワールドや、明確な意思を持って作り出されたアンダーワールドの場合は大きく異なる世界となるが…………今はそれはいいだろう。

 ある意味、見た目に騙されてはいけない、という良い教材かも知れないね。

 リヒター、ここで見るモノ、出会うモノは基本的に全て脅威の対象と思いなさい。

 仮に同じ請負人アンダーテイカーでも、それは変わらない。いいかね?」


「…………はい先生マスター


 間違って中華街に戻ってしまったのでは? と気が抜けていた生徒リヒターは、先生の渋い声色に気を引き締めていた。

 同じ人間であっても請負人アンダーテイカーは要注意、という部分が仁義なき何かを思わせるが。

 何にしても教え子に緊張感が戻り、ダンディー先生も小さくうなづく。


「だが数少ない利点もある。まずアンダーワールドの収穫物は高値が付きやすい。

 そしてこちらなら、我々超能力マインドスキルの使い手も人目を気にせずスキルを振るえる。

 まずは高いところから手分けして探すとしようか、リヒター。

 それと、『ファージ』にはくれぐれも警戒を怠らないように。すぐに湧いて出てくるだろう。見つけたら存分に練習の成果を発揮してやりなさい」


「はい…………」


 先生マスターが軽く地面を蹴ると、軽やかに飛び上がり建物の屋根へと着地した。

 非常に自然で静かな念動力サイコキネシスの行使。これなら光学遮蔽クローク無しに街中で使っても、誰にも気付かれないのではないか? と理人は惚れ惚れしながら思う。


「ふッ……とッ! おッ」


 とはいえ、感心してばかりもいられないので、教え子の方も念動力サイコキネシスで自分を持ち上げた。

 フライ気味に高く上がり過ぎ、手を広げて泳がせながらどうにか着地する。

 出力は大分上がったのだが、精度の方には未だに難があった。

 マスター・ドレイヴンいわく、それで苦手意識を持ってしまうと超能力マインドスキルの成長に自分でブレーキをかけてしまうので、自信を持ちなさい、との事。

 『自信』とか一番苦手な分野で、理人は軽く絶望した。


「問題無さそうだな。あの道路側が斜面になっている建物の屋上が良いだろう。

 さぁ行くぞリヒター」


「は、はい……! って、先生マスターアレは?」


 教え子のクラスメイトを探しやすい高所へ、と続けようとする先生マスターだったが、そこで理人が自分たち以外の動くモノに気が付いていた。

 それは、建物の上の方にまで上がって来て、空中で長い胴体をうねらせながら高速で近付いて来る。

 渋オジの先生は、『もう出たか』とつぶやいていた。


「リヒター、アレがこのアンダーチャイナタウンの『ファージ』だろう。

 侵入者に例外なく襲ってくる、アンダーワールドの防御機構と推測される存在だ。

 どのような形をしていようと、仮にそれが幼い少女や取るに足らない小動物に見えても、我々に襲いかかる危険なモンスターとなる。

 躊躇なく排除するのだ。さもなくば、自分がこのアンダーワールドから排除されることになるだろう」


 理性的な先生マスターのセリフだが、その中には断固とした意志の熱さが垣間見えていた。

 その先生が片手を上げると、屋上にあった空調の室外機が持ち上がる。

 例えそれが50キロ以上ある業務用だろうと、金属で屋根に固定してあろうと関係無い。

 破壊音を上げ、抗えない力サイコキネシスで浮かび上がる金属の重量物は、英国紳士が前方に手を振ると同時に猛スピードで直進し、接近していた何かに激突した。


 衝突事故そのままの爆音を上げ、砕け散る室外機と落下していく『ファージ』。

 しかしそれで終わりではなく、アンダーチャイナタウンのあちこちから似たような存在は湧いて出ていた。


「リヒター」


「はい! やります!!」


 背後から上がってきた、黄色く長い蛇のような生き物。

 マスター・ドレイヴンにうながされ、理人リヒターも覚悟を決め超能力マインドスキルを発動させる。


 相手の姿に自分の親指を合わせ、見えないライターを着火するように動かし、


「バーンナウト……燃え尽きろ!!」


 という宣言の直後、山車ダシのドラゴンに似た姿のファージは、


 ドンッッ!


 と業火に包まれていた。

 悶え苦しむように激しくうねり天に上るファージは、やがて力尽き炎の塊となり地上へと落下していく。

 自身の『発火能力パイロキネシス』のもたらした結果に、理人は少しの間息も出来なかった。


「ふむ……威力、精度、共に、良い…………。ライターを使うジェスチャーでイメージを補強し、同時に親指は照準として利用する、とても合理的でユニークなアイディアだ。これなら暴発も無いだろう。

 どうやらキミなら十分にやれそうだな、リヒター。遠慮はいらない、全て叩くのだ。

 粗方排除すれば、ファージの出現頻度も下がって行く。探し者もしやすくなるだろう」


「りょ! 了解です!!」


 空中に身を躍らせ、目的地である斜面のあるビルを目指す先生マスター

 一瞥すらしないにもかかわらず、その周囲では群がるファージが次々とひしゃげて落ちている。

 混乱に陥りそうになる理人も、今は姉坂透愛クラスメイトを探すのが最優先だと自分に気合を入れ、先生マスターの後を追い念動力サイコキネシスで飛び上がった。


               ◇


 お腹が空いた。

 乱暴な男たちに連れ去られ、おかしくなった中華街の中を逃げ回るようになって、どのくらい時間が経っただろう。

 ひとりぼっちになった姉坂透愛は、逃げ回った末にお寺のような場所の階段裏に隠れていた。

 我ながら、ここまで無事だったのが奇跡だと思う。


 無人の街ならまだよかった。

 ところが、中華レストランの殺人料理人とヒト喰い獅子舞を皮切りに、出るわ出るわ。

 ある男は、人間のデフォルメしたようなキャラクターの置物の集団に襲われ、散々に体当たりされた末にメチャクチャに潰されていた。

 ある男は、お面を被った人間らしき集団の持つ青龍刀に滅多斬りにされていた。

 ある男は、最後にいい思いをしたいと姉坂透愛に迫ったところで、横から黄色のドラゴンによって空中に浚われていった。


 がむしゃらに逃げた少女の努力もあるが、何より運が良かったのだろう。

 だが、もう走れない。

 飲まず食わずで丸一日逃げ続けた少女は、既に限界点を通り過ぎていた。

 どの店の中にも温かそうな料理がそのまま放置されているが、それに手を出した男がどうなったのかを思い出せば、餓死寸前まで食べようとは思えないだろう。

 あるいは、今がその時なのかもしれないが。


「ひぅ……久遠ちゃん……おとーさん、おかーさん……カナちゃん……家に帰りたいよぉ……」


 膝を抱えてポロポロと涙を落とす姉坂透愛。

 その声も疲れ切り、搾り出せどもかすれて消え入りそうだった。

 夢なら覚めて欲しいと何度思ったか。

 しかし、この悪夢は覚める事なく、またこの上ない現実感リアリティを以って少女に死を予言するのだ。


「死にたくないなぁ……死にたくないよぉ……せっかく……せっかく勇気を出して…………」


 15にして、後悔ばかりの人生だった。

 今でこそ高校のアイドルとまで言われるが、それ以前は決して楽しい日々を送っているとは言えなかったのである。

 輝くような愛らしい容姿、誰からも好かれる明るい性格、それらは努力の賜物だ。

 姉坂透愛は、何があっても、誰に笑われようと、力尽きるまで自分らしく全力で生きようと決めたのだから。


 それなのに、こんなワケの分からない最後なんて酷過ぎる。


「……影文くんにも気付いてほしいなぁ……。前だけ見てれば、誰かが見てくれるんだよ、って…………」


 姉坂透愛は、疲れて眠くなって来た。

 眠って起きたら、この悪夢は終わっているだろうか。

 それはないだろう。

 これは現実なのだから。


 こんな危険な場所で眠れば、寝ている間に殺されてしまうかもしれない。

 そうは思っても、姉坂透愛に、もう立ち上がる力は残っていなかった。

 薄れゆく意識の中で思い出したのは、少し前の自分のように生き辛い思いをしている、俯き気味なクラスメイトの男子のことだ。

 運悪く悪意の的となってしまうが、それでも何かをグッと我慢するように、毎日を生きている少年。

 その彼も、自分のようにフッ切って生きてくれれば。


 そんな事を思いながら、姉坂透愛は階段裏の壁に身体を預けて、意識を手放してしまった。



 ドドンッ! と花火のような音が聞こえて来たのが、その時だ。



「ふぇッ――――ングッ!!?」


 カクンッ、と寝入りばなを叩き起こされたように、ビックリして頭を上げて喉を鳴らす寝起き少女。

 耳を澄ますと、爆発音は絶えず続いていた。

 階段の陰から恐る恐る頭を出すと、建物の壁にオレンジ色の光が断続的に反射しているのが見える。

 またバケモノが何かしているのだろうか、と思う姉坂透愛だが、その爆発には化物とは違う、ヒトならでは・・・・の意志のようなモノを感じ取っていた。


(誰? 助けに来てくれた……? いやそれはないか…………。でも、それなら誰が、何を……?)


 あり得ない希望にすがりそうになる姉坂透愛だが、期待を裏切られた時のことを考えてしまい、その予想を否定する。

 それでも、音の発生元が気になって仕方がない少女は、思い切って階段の上に登ってみる事とした。

 どうせ死ぬなら、いまさら何やっても同じだ、というヤケッパチな思いもあった。


「うわぁ……何あれ?」


 そうして目に入ってきた光景に、思わずつぶやいてしまう。

 漆黒の空、中華街の空中で、次々と火の玉が生まれていた。

 それは、男たちのひとりを空中に連れ去った黄色い龍が、炎に巻かれている姿だ。

 炎の龍となり空中を踊り狂う姿は、状況を忘れさせ美しいと思わせてしまう。


 それらとは別に、姉坂透愛は空を飛ぶふたつの影も捉えていた。


「え? ヒト??」


 こちらも怪物のたぐいかと思ったが、動きの人間臭さが明らかに他とは違った。

 人間らしき影ふたつは、一見して空を飛び回るばかりで他に何もしていない。

 だが良く見れば、黄色の龍はその影に近付くたびに、唐突に爆発して燃え落ちているのが分かる。


 そして、姉坂透愛はハッキリ聞いた。


「ウララララララァ! アキンボー!!」


「リヒター、遠隔視リモートサイトを自分に使うのだ。俯瞰的に自分を捉えれば、死角からの攻撃にも対応しやすい」


 確かな日本語。片方は何やら必死な様子だが、もう片方からは渋く落ち着いた声が聞こえる。

 空を飛んでいる、というのがこの上なく異常だったが、姉坂透愛は我慢出来なかった。


「あ、あのッ! 誰か! 誰か助けて!!」


 それこそ、ここで大声など出せばどうなるかすら、忘れてしまうほどに。


 突如目の前に飛んでくる、人間大のコケシのような人形。全体が赤く塗られ顔の部分だけはデフォルメされた顔が描かれている。

 男のひとりをミンチにした怪物だ。


「あッ――――!!?」


 姉坂透愛も、いつの間にか近付いていたそれらモンスターから体当たりを喰らい、激しく突き飛ばされていた。

 交通事故に近い衝撃を受け、続けて石畳の地面に叩き付けられる華奢な少女。

 そのまま倒れていればどうなるか、直に見て知っていた姉坂透愛はすぐに立ち上がろうとするが、時既に遅く周囲をコケシに囲まれていた。


「ヒッ……!? こ、こないでよぉ!」


 直面する死の恐怖に姉坂透愛が悲鳴を上げるが、人形たちは表情を変えず。

 間も無く細かに震えたかと思うと、ジャンプするように大きく飛び上がり、少女目がけて落下してきた。


「いや――――!!」

「ダウンフォース! 潰れろ!!」


 ところが、真上から圧倒的な力で叩き落とされ、赤いコケシどもはそのまま地面に叩き付けられる。


 頭を抱えた姉坂透愛が見ている先、横倒しになった赤コケシは、立ち上がろうと右に左に微かに動いているようだった。

 しかし、それ以上の力が赤コケシに動くのを許さず、逆に砕けた地面に押し付け続けている。


 少女の頭上に影が差した。

 見上げると、そこに舞い降りてくる黒いフード付きコートの人影が。

 フードの奥の顔は、暗くてよく見えない。

 だが、黒コートの相手は、フードの奥から姉坂透愛を見つめているように思えた。

 見つめ返すと、黒コートのヒトはフードを深く被り直すのだが。


『こっちへ…………この「ファージ」どもを処分する』


「え? え??」


 倒れた姉坂へ手を差し伸べるコートの相手だが、その声は耳にではなく、頭に直接聞こえてくるようだった。

 『ファージ』と言うと、同時に赤コケシや黄色の龍のことを示すのだというイメージも伝わってくる。

 軽くパニックになる姉坂透愛だが、何となく黒コートの相手は信頼出来そうな気がしたので、その手を取った。

 フード付き黒コートは姉坂透愛の手を引き少し移動すると、自分の背に少女を庇い、赤コケシに向けコブシを握りしめる。


『プレッシャーバースト! 爆縮しろ!!』


 直後に、一点に押し潰され、続けて弾け飛ぶ赤コケシども。

 『ひゃぁ!?』と可愛らしい悲鳴を上げる全校的アイドルだったが、黒コートの念動力サイコキネシスに守られ傷ひとつ付かなかった。


 コケシの物らしき破片が、周囲を跳ね回る。

 耳を押さえてしゃがみ込む姉坂透愛は、凄まじい破壊の現象に目を丸くしていた。

 それを成したと思しきフードの黒コートは、転がって来た破片をペキッと踏み潰すと、姉坂透愛の方へと向き直る。


『今までよく無事で…………。ここから出ましょう。外まで送っていきます』


 改めて、しゃがみ込んだ全校的アイドルに手を差し伸べる黒コート。

 念話テレパシーという普通では無い意思疎通にもただただ驚いている姉坂透愛だが、それは不思議と心が落ち着く音色に聞こえた。

 それに、どこかで聞いたような気もする。


 ジーっと姉坂透愛がフードの中を見つめると、相手はフードを目深に被り、顔を逸らしてしまった。

 うん、この反応は人間だ、と姉坂透愛も判断する。


「は、はい……お願いします」


 その手を取ると引き上げてもらう全校的アイドルだったが、ここで再びの既視感が。

 この手、最近どこかで触れた事があるような。

 少し荒れ気味だけど、細くて女の子みたいな男の子の手。

 姉坂透愛の手を握るそれは、何故か細かく震えており。



 やがて振動が大きくなってきたところで、それが握った手だけのモノではないのに気付くことになった。



「リヒター! 今すぐそこから離れろ!!」


 通りの向かいにある雑居ビルの屋上から、渋い声の紳士が黒コートへ向け叫んでいた。

 ほぼ同時に、姉坂透愛が隠れていた寺院のような建物が内側からフッ飛ばされる。

 それら瓦礫が落ち着くのを待つ事もなく、中から長いアゴヒゲを持つ鎧姿の巨人が飛び出してきた。


「なんだこれ!?」

「うわわわわわわ!!?」


 飛び散る瓦礫が空中で止まり、直後に巨人の方へと猛スピードで叩き付けられる。

 黒コートの念動力サイコキネシスだ。

 厳しい顔のアゴヒゲの巨人、その像は腕で顔を庇うような仕草をしたかと思うと、次いで腕を振り払い建物の中から飛び降りる。

 そして、いつの間にか手にしていた、大きな槍。

 強く反った剣を先端に付けたような槍は、跳んだ勢いと共にそのまま黒コートの方へ叩き付けられ、念動力サイコキネシスの防御膜を突破していた。


 だが、姉坂透愛を抱えた黒コートは僅かに早く瞬間移動テレポーテーションで回避する。

 少女に対する抱え方に多少の問題があったが。

 この黒コート、女の子を抱えたことなどなかったので、背後から羽交い絞めにするような格好だった。

 微妙な顔になる全校アイドルに対し、黒コートの方も申し訳なく思う。

 それに、何気にこれがはじめての他人を伴った瞬間移動テレポーテーションでもあったのだが。


「オーバーフローからたった5年でここまで強力なファージが育つなどありえない事態だ。

 リヒター、キミは彼女を連れて先に脱出を。

 わたしは少しアレ・・に用がある。追ってくるようなら、足止めも必要となるだろうからね」


 黒コートが姉坂透愛と瞬間移動テレポートしてきたのは、ロマンスグレーの髪にメガネの紳士がいる、通り向かいにあったビルの上だ。

 そして黒コートと入れ替わるように、コートの渋オジは屋上から飛び降りてしまう。

 しかし、やはり落下はせず空中浮遊するダンディー紳士は、アゴヒゲの巨人像の方へ向かうと、その少し手前の上で静止していた。

 一見何もしていないようだが、何かしているのだろうというのは姉坂透愛にも感じられる。


『すぐに出口近くにテレポートで飛びます。どこでもいいからオレを掴んでください』


 黒コートの念話テレパシーが、再び姉坂透愛の頭の中に響いてきた。

 やっぱり不思議な感覚だと思いながらも、状況を理解するのは諦めた少女は、ただ言われた通り黒コートの片腕にしがみ付く。

 相手の黒コートがビクンッ!? と震えていたが、一緒に瞬間移動テレポーテーションするのにどれくらい密着してなければならないか、など姉坂透愛には見当も付かないのだ。

 絶対置いて行かれたくない、とそれなりに少女の方も必死なのである。


 幸か不幸か、瞬間移動テレポーテーションはキャンセルされる事となったが。


「クソッまた来る……! 姉坂さんちょっと離れて!!」


 何故自分の名前を?

 そんなことを問う暇もなく、姉坂透愛はまたしても戦闘に巻き込まれてしまう。


 ビルの外壁を駆け上って来たと思しき青や赤や黄色の四足獣。

 それは中華街の獅子舞に似た姿をした、アンダーワールドの排除機構、ファージだ。

 このバケモノに、男の頭が齧り取られたのを見ていた少女の心臓が縮み上がる。


「サイコセーバー! 叩っ斬れ!!」


 そんなバケモノが、黒コートの振り下ろした腕の先で真っ二つにされていたが。


「バーンナウト!」


 別の獅子舞ファージは、黒コートのかざした手の先で突如爆発。


「フリック!!」


 また別の獅子舞同士は、不自然に浮き上がったかと思うと互いが猛スピードで激突して空中に放り投げ出される。


「スゴイ……本物の超能力だ……!!」


 邪魔にならないよう黒コートの近くでしゃがんでいた姉坂透愛だが、次々と目の前で起こる超常現象に、興奮を隠し切れないでいた。

 一時期は本気でスプーン曲げ特訓をしていたほど超能力に興味があった幼少時だ。


 フード付きの黒コートが手を突き出すと、その直線上位にいる獅子舞や黄色い龍が切断され、爆散し、叩き付けられる。

 その妙技を一心不乱に見ていた姉坂透愛だったが、


「は!? やべッ――――!!」

「ふぇ!? は? あ! ひゃぁああああ!!?」


 突然黒コートが少女を小脇に抱えたかと思うと、屋上を踏み切り大きく飛び上がった。

 またしても物のような抱え方。せっかくカッコいい場面なのに、この黒コートの人には断固として姫さま抱っこプリンセスリフトなどを覚えてもらわなければなるまい。

 そんなことを考えいてた姉坂透愛だが、別の屋上に着地してから先ほどのビルの方を見ると、そこは轟音を上げて崩れ落ちている最中だった。


 ビルを破壊したのは、寺院から出てきたアゴヒゲの巨人の像である。

 見た目以上に、凄まじいパワーを振るう様だ。

 黒コートが寸前で逃げ出したのは、この巨人像を抑え切れなかった渋メン紳士からの警告によるモノだった。


「リヒター、すまないがキミを気遣っていて対処できる相手ではないようだ。彼女と退避するのに集中したまえ」


「テレポートのマトを絞っている暇がありません……! このまま行きます!!」


「え、ちょ! あのせめておんぶ――――!!」


 姫坂透愛の苦情を無視し、少女を脇に抱える黒コートが念動力サイコキネシスで飛び上がる。


 後方では渋メン紳士が周囲に大量の瓦礫を浮かび上がらせ、それを標的へと高速で投射していた。

 空気を揺らす激震が、絶えず姉坂透愛のところまで響いてくる。


 黒コートの方は一気に出口までは飛ばず、建物から建物へと大きくジャンプするように移動していた。

 やや宙ぶらりん状態の姉坂透愛の眼下で、明かりを灯す中華街の景色が目まぐるしく流れて行く。

 等身大の自由にまま空を飛ぶ感覚。

 この間も、


「バーンナウト! 焼け落ちろ!!」


 姉坂透愛を抱えた黒コートは、近付いて来る黄色い龍を撃墜しているようだった。


 そして、このふたりの真上を飛び越えて来たアゴヒゲ武人の巨像が、中華飯店の建物を踏み潰して着地する。


「ふわぁああああ!?」

「わわわわわ!? んにゃぁあああああ!!?」


 何事かと仰天する黒コートは空中で急減速。空中で足を踏ん張るようにし、大急ぎで後退に転じる。

 この時に落とされかけた全校的美少女は、空中でキャッチされる際にスカートを黒コートの腕に巻き込まれ縞パン全開になっていた。

 どちらもそんな事を気にしていられる場合ではなかったが。


 10メートルはあるアゴヒゲ巨像が、手にした槍を水平に構え、大きく後方に引く。 


「リヒター、ダウンフォースを!!」

「ダウンフォース! 潰れろ!!」


 ここで、追い付いてきたイケおじ紳士が黒コートに指示。

 ふたり同時に念動力サイコキネシスを叩き付け、アゴヒゲ巨像を縛り付けた、


 かに、思われた。


 動きが制限されたと分かると、巨像は槍を地面突き立て、上から押し潰してくる力まで利用し、姉坂透愛と黒コートのいる建物に倒れ込んで来た。


「リヒター!」

「ッサイコシールド! 触れんじゃねぇ!!」


 崩れ落ちてくるような巨体に、黒コートはギリギリで念動力サイコキネシスの防御膜を展開。

 直撃を避けるが、相手の巨体の圧力に負け、ピンボールのように跳ね飛ばされてしまった。




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