9thキネシス:知られざる知られようもない誰も知らないまま終わる話
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大きな円形の建造物、横浜スタジアムの隣にある公園を出て道なりに東へ進むと、徐々に派手な看板や通りの装飾、真っ赤な灯篭の姿が現れ、異国情緒を
横浜の海沿いにある公園、山下公園から少し内陸に入ったところに、中華街は存在していた。
「うわー…………なんか、こう言っちゃアレなんですけど、街が丸ごとテーマパークみたいになっているんですね。ホントに中国みたい……いや中国行ったことないんですけど」
「リヒター、キミは来るのは初めてかい?」
「はい、そういう場所があるんだって話だけ。中国人のヒトが住んでいるって、それだけだと思ってました」
観光や娯楽に縁の無い陰キャ少年、
そんな無邪気な教え子を、微笑ましく見守るダンディ英国紳士、エリオット・ドレイヴン。
しかし、ふたりは中華街に遊びにきたワケではない。
行方不明になった理人のクラスメイト、
今日の午前中、夏休み前最後の学校に出て来なかった学校のアイドルは、前日の夜から家にも帰っていないという話だった。
偽りの優等生、
これにより姉坂透愛が中華街に呼び出されたという事実を掴んだが、それを聞いたエリオット・ドレイヴンは、嫌な予感を覚えていた。
◇
中華街に到着したものの、理人の先生は先ほどのような調査活動をはじめようとはしなかった。
ただ、教え子に付いて来るようにだけ言う。
途中で物凄くビッグサイズなゴマあんまんを買ってもらった理人は、それをハグハグしながら言われた通り黙って付いて行くのだが。
飲食店が密集する狭い通りを歩いている途中、夏場でもコートを脱がない先生が、フと右に進む方向を変えていた。
料理のメニューが描いてある看板の陰に消えた
見ると、看板の先には非常に細い通路のようなモノがあった。
時刻は7時半過ぎ。きらびやかな店の明かりと対象的に、その通路は酷く暗い。
「こちらだリヒター。ここを通り抜けなければいけない」
「は、はい
見る間に奥へと入って行く先生に、慌てて自分も身体を滑り込ませる
途中、暗過ぎて平衡感覚を失いかけるが、見た目よりもあっさりと、そこを通り抜ける事が出来た。
その先にあったのは、何とも所帯染みている小さな中庭のような空間である。
四方を薄汚れた壁に囲まれ、中央には洗濯物を干す竿と物干し台が。
壁の上にかかっている小さなLED電球だけが、そこを浮かび上がらせる光源だった。
紳士な先生の姿を一瞬見失ったかと思う理人だが、コートの後ろ姿がある建物の中に入って行くのをギリギリのところで目視する。
ここはいったいどういうところなのだろう。
そう思いながらも、フード付きコートの少年も先生を追い恐る恐るその中へ。
小走りで先生に追い付くと、そこにはパッドPCで映画を見ている、ふくよかなおばさんがいた。
「下の様子はどうかな、
「『マスターマインド』……。最近は日本を飛び回っていると聞くけど、ここには用は無いだろう?
嫁さんと娘さんは元気かい?」
パッドから目を離さないおばさんと、素っ気ない挨拶しかしない
友人と言うワケではなさそう。
そして、奥さんのことは知っていたが、お子さんがいるという話には何故か胸がざわつく教え子である。
ちなみに、会話は英語。内容は、
「あんたがこの辺をウロウロすると、偉い方々がピリピリするのさ。何をしに来たんだい、マスターマインド。
引退してまで北京の神経を逆なでしに来たワケじゃないんだろう」
「少し確認してもらいたいことがあるだけだよ、大姉。最近……いや、昨日の夕方から夜にかけて、下に迷い込んだ一般人がいるかも知れない。
それを知りたいんだ」
「はー? ヒト探しの依頼かい。あんたが探しているのはもう10年近く前の行方不明者だろうに。
まぁいい、そういうことなら他人事じゃないからね」
パッドPCを置いた貫禄のあるおばさんは、何も言わずに部屋の奥へと引っ込んで行く。
ダンディ先生の方も許可を取らず、一段高くなっている居間を回り込むようにして、その奥へ。
理人もそれに付いて行くしかない。
テーブルや座布団、または中国のタンスだろうか細工の細かい家具の置かれた居間を横切ると、目の前に現れたのは幾つものディスプレイとキーボードの置かれたハイテク空間だった。
あまりのギャップに、陰キャ少年は思わず振り返って居間の景色を再確認してしまう。
小さな出入口ひとつ挟んで、そこは全く違う空間だった。
「よっこらせっと…………さて? 昨日の午後から深夜あたりかね。わざわざ奥まったところにある入口まで来るヤツなんて、地元は当然観光客にだっていないがね」
貫禄のおばさんは、身体を重そうにしながら操作卓のイスに座る。
その前に置かれたキーボードを叩くと、正面を覆うように配置されたディスプレイの映像が切り替わっていた。
表示されているのは、どこかの監視カメラ映像らしい。
左下のタイムコードは、先日の午後を示していた。
おばさんが別画面のインターフェイスを操作すると、映像が倍速から4倍速に変化していく。
斜め上から見下ろすどこかの工事現場らしき場所に、変化は見られない。
これはいったい何が起こっているのか、
パッと複数人の人間が表示されたと思ったところで、おばさんが映像を止めていた。
「おやまぁ……戻すよ」
よほど人通りの無い場所なのか、何事にも動じなさそうなおばさんも声のトーンを落としている。
倍速で逆再生させ再び人影がカメラの前を通り過ぎると、今度は通常の速度で映像を再生。
ヒトの集団が映像のフレームに入ってきたところで、停止させた。
映像の中には、髪の長い制服姿の少女の姿も、ハッキリと映っていた。
「…………は? 姉坂さん??」
「悪い方に当たってしまったか……。正直、こんな偶然はありえないと思ってはいたが」
あまりにも想定外の人物の姿を見て、ポカンとして言う理人。
「女を連れ込むのにここを使ったようだねぇ……。男どもの方はガラが良くなさそうだが。探しているのはこの中にいるかい?」
貫禄おばさんの言う通り、映像の中で姉坂透愛は、10人以上いる男たちに腕を掴まれ強引に連れて来られているように見える。
そこで気付いたが、中には見覚えのある暴力的な坊主頭の姿もあった。
これを見た以上、もはや理人も遠慮などしていられない思いである。
「
「うん…………リヒター、キミにはアンダーワールドが世界各地に点在していると教えたな。ここもそうだ。
アンダーチャイナタウン。この街の下には、アンダーワールドが広がっているのだよ」
だが、ようやく明かされた事実には、流石に付いていけなかった。
◇
中華街、上海通りとシルクロード通りの間にある、小さな駐車場。
その奥にある暗く湿った通路から、更に脇に折れた先に、木々に覆われ工事用の覆いに隠された場所があった。
誰も来ない、ヒト通りなど皆無な場所。用が無ければ誰も近付かず、またそもそもその奥に用があるような何かも無い。
ある一部の人種以外は。
「これは、アンダーワールドを直に経験してから話そうと思っていた事だが――――」
そんなごく一部の人種、
「アンダーワールドは、その成立から安定している場所と、していないモノがある。ここにあるアンダーチャイナタウンは自然発生したモノで、残念ながら安定しているとは言い難い。
ここに住み、集まる人々の思念やエネルギーとでも言うべきモノを吸い込み続けて、その危険度を増していく。
そうして最後に起こるのが、アンダーワールドの決壊、オーバーフローというワケだよ」
アンダーワールドが形成される原因は、様々だ。環境要因による自然発生、何らかの工作あるいは
英国紳士のダンディ先生が言うには、中華街は繁栄の末に自然とアンダーワールドを発生させた、前者によるモノだとか。
だがその発生原因に関わらず、外部からエネルギーを得て蓄え続ける仕組みを持つ種類のアンダーワールドは、いずれ容量を超えて外に溢れることになる。
オーバーフロー。
それはアンダーワールドが、今現在理人たちがいるオーバーワールドを侵食する現象だという話だ。
「ここアンダーチャイナタウンは、5年前にオーバーフローを起こした。そう聞いている。わたしは関わっていないがね。
確かその時は、方々で活動する
「『アドバンスド』、ですか?」
「人類の中から生まれた、超人類の総称だよ。これも、いずれキミにも話す事になるだろう」
15でこの世の全てを知った気にはなっていないが、それでもこの世界闇が深過ぎないかな、と思いながら、理人は先生に続いて駐車場の奥へと入った。
超能力者である自分の言えたことでもないのだが。
「5年前のオーバーフローを鎮圧したことで、アンダーチャイナタウンの状況は比較的落ち着いているはずだ。先ほどのアンダーテイカーオフィスもそう判断している。
皮肉な話だが、鎮静化したアンダーワールドは
だがそれでも……一般人には十分過ぎるほど危険な場所だ」
威厳のあるおばちゃんの家は、実はアンダーワールドを仕事場とする
おばちゃんも、見た目通りの一般人などではない。
特に中華街のアンダーテイカーオフィスは事情が特殊らしく、中国政府に属する人間でもあるのだという。
このような、オフィス、
アンダーワールドの入り口を覆う
最近誰かがここを潜ったという痕跡だ。理人は十数分前に、誰がやったかを知ったのだが。
その中には、理人の探している学校のアイドル、姉坂透愛もいるはずだ。
既に24時間。
ただの女子高生がアンダーワールド内で生きている見込みは低い、と
「リヒター、わたし自身これが5度目のアンダーチャイナタウンだ。それほど有効なアドバイスはできない。
だが、アンダーワールドは例外なく危険な領域だ。こちら側の常識は通用しないと思っていい。
決して油断せず、入った以上は生還するのを常に第一の目標と考えなさい。
例え何を犠牲にしてもだ」
これまでになく強い口調で言うマスター・ドレイヴンに、
常に穏やかで紳士的な
何か強い後悔を滲ませる、そんな実感の籠る教え。
この
そんな気持ちを新たにし、理人は真っ暗やみの中へと歩みを進めて行った。
◇
スマートフォンの方に、親友の鴉葉久遠から『中華街でゴマ団子食べようよー』というメッセージが入ったのが、先日のこと。
鎌倉在住で少し遠いのだが、夏休み前ということで気分も盛り上がっていた姉坂透愛は、ふたつ返事でそれに応じていた。
ところが、待ち合わせ場所に親友は来ず、しつこく絡んでくるナンパらしき男たちによって、姉坂透愛は強引に連れ去られる憂き目となる。
『ヤダー! 離してよ! 離してってば!!』
『いいねーチョーかわいーじゃん。ねぇ処女?』
『これ再生数メチャ稼げるんじゃね? スマホのカメラじゃもったいなくねー』
『誰か警察! 警察呼んでください!!』
『ほら暴れんなよっと』
『痛ッ――――!!?』
暴力に優れた10人以上の男に囲まれては、15の少女にできることなど何も無い。
助けを求めて姉坂透愛も暴れたのだが、関わり合いになりたい者もおらず、助けは来なかった。
姉坂透愛を掴む男達は、通りから駐車場に入りどんどん人気の無い方へ入っていく。
誰の目も無くなれば、どんな目に遭わされるかは少女にもだいたい想像も付いた。
それは大の男に寄って
ところが、事態はある意味でそれ以上に悪い方向へ進むことになる。
『あ? あれ? ……俺ら、駐車場から中に入ってったよな? なんで外に出てんの?』
『あー? なんだよ反対側に出たのか? これじゃ
『だからさー、青姦なんて言ってないでホテルとかどこかやり部屋とかに適当にさー』
『つかなんだったのあそこ? ただ立ち入り禁止にしてただけ??』
男達は人気の無い場所で姉坂透愛を
元々、自己中心的でワガママな男たちが、美味しい思いをしたいが為だけに群れているような連中だ。
協調性も、お互いに助け合うような気も無い。
不平不満を垂れ流しながら、落ち着いて行為に及べる場所を探すべく、ダラダラと歩き出した。
異常に気付いたのは、それから間もなくのことだ。
無人の中華街。営業中であるにもかかわらず、店員も客も見当たらない飲食店。
そして、聞こえるのは自分たちの声と、機械の発する微かな動作音のみ。
『なにコレ? ドッキリ? なんかハメられた??』
『避難訓練とかじゃねー?』
姉坂透愛を掴まえたまま、緊張感無く異常の繁華街を
誰もいないなら別に構わない、と店先の食べ物に勝手に手を出すほど。ある意味豪胆といえる。実態は単なる考え無しだったが。
『あんだこりゃ? この看板なんかおかしくね? 中国語ってこんなんじゃないだろ』
『テメー中国語なんて知らねーだろ』
『なーこれさー、誰もいないならもう適当な場所でヤッていーんじゃね?』
『マジか! 俺レストランで制服店員とヤってみたかったんだよなー。やっべマジ滾る』
ある男が店先の看板を見て首を傾げる。中国語なんて分からないのだが、それは崩れた日本語とどこかの文字が混ざったような、意味不明な表記になっていた。
中国語が分からなくても、何となくそれがまともな文字ではないという気はする。
他の男たちはそんな事を気にせず、何も考えずにとりあえず下の欲を満たそうと考えはじめていた。
その案に異論を挟む者はなく、たまたまその時横にあった中華レストランの中に入る男たちと、成す術なく連れ込まれる姉坂透愛。
カウンターテーブル上にある
『イヤだ! ホントにヤダ! ヤダ許してッ!!』
『うるせーなー、もう諦めろよ』
『いや、俺嫌がられてた方が燃えるわ』
『お前のツラなら女はみんな嫌がるだろ』
『ざけんな殺すぞ』
素手で水餃子や焼売を摘まみながら、姉坂透愛をテーブルに押し倒す男たち。
何ひとつ抵抗を許されないまま、少女の視界が真っ黒に染まる。
それは、何の救いも見出せない本当の絶望を経験する人間にしか見られない光景だった。
だがここで、店の奥から白いコックシャツ姿の料理人が、分厚い中華包丁を持って現れる。
『は? おいおいヒトいるじゃん……。なんだよ』
『た……たすけ――――!!?』
我に返ったように白ける男達。姉坂透愛も助けを求めようとしたが、間髪入れず男のひとりに口を押さえ付けられてしまう。
ボディービルダーのように筋肉質な料理人は、無表情のまま男達に近付き、
『あはは、スイマセンなんか誰もいないと思ったんで』
『料理食べちゃってさーせんw、お金払うんであ』
その手にした中華包丁を、ニット帽を被った若い男の頭に振り下ろした。
銀色の刃がほとんど頭に食い込み、倒れるニット帽の男。
他の男たちは、
悪ぶっていても、所詮は街のチンピラレベル。実際の
『え? どういうこと? 端枝??』
『は、はは……スゲーずっぽし入ってんじゃん。ハロウィンの仮装みでッ』
だが、男たちが現実を受け入れようと受け入れまいと、現実の方は容赦なく襲ってくる。
声を震わせ後退っていたランニングシャツの男が、背後から何かに頭を噛まれていた。
大口をあけて頭の上半分を
生き物というには、どこか作り物感が強い。
『い、痛……え? 何これ、俺どうなって――――??』
『う……うぉああああああああああああ!!?』
『しゃべっ――――!?』
『マジで!? マジで死んでんの!? おいウソだろ!!?』
ランニングシャツを赤く染めた男が床に引き摺り倒されたところで、他の男たちもパニックになった。
そうしている間にも、別の男が背中に包丁を振り下ろされて妙な声を上げて倒れる。
他の人間を付き飛ばしながら、悲鳴を上げて逃げ惑う男たち。
もはや女どころではなく、姉坂透愛は放置された。
『へ?』
事態に全く付いて行けず、テーブルの上に腰かけた状態で呆然とする美少女。
すぐ近くの床に転がる死体にも、現実感が無い。
一瞬だけ助けられたのかと思ったが、包丁を引き抜いた料理人がギョロ付く目を向けて来た段となり、姉坂透愛も全力で店から逃げだした。
それが、昨日のことである。
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