パッショナブルワールド

12thキネシス:熱いうちに叩かれ変貌する素材

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 8月も末となった、ある日のこと。


 アメリカ合衆国東海岸にある某都市では、街の一ブロックが封鎖されるという非常事態になっていた。

 青い回転灯を光らせ道を塞ぐパトカー、縦横無尽に張り巡らされる黄色い規制線のテープ、制服姿や重装備をしている大勢の警察官の姿。

 市民を区画の外に追いやり、マスコミも完全にシャットアウトし、市警当局は事態の収拾に全力を挙げていた。


 解決の目処は、全く立っていないのだが。


「スワット、ラビング班との通信途絶! カメラ映像も切断したまま復旧しません!!」


「ディマット班の方は!? エイカースは!? どこか通信は回復していないのか!?」


「本部長、ホイットマンの班が自分たちで救援に向かうと――――」


「ダメだダメだダメだ! これ以上中の状況が分からないまま行方不明者を出せない!」


 異常の発生が市警に連絡されたのが、今から約24時間前のこと。

 市内の大型商業ビル内で無差別殺傷事件、という通報で警官が大挙して現場に入ったが、間もなくそれら警官含む大勢の死傷者を出す結果となってしまった。

 全ては、想像すら出来ない異常現象によるモノ、としか言いようがない。

 狂った内部構造、一歩中に入ると通じなくなる無線や携帯電話、機械や電子機器の不可解な異常動作、


 そして、モンスターとしか言いようのないバケモノども。


 当初、市警察はこれら一連の事態を武力で以って収拾しようとした。

 これがテロか生物兵器によるものか、そんな原因など今はどうでもいい。

 市内有数の大型商業ビルには、その時点で大勢の市民が取り残されていたのだから。

 ところが、内部に入った警察官は、音信不通のままほとんど出てこない。

 出てきたと思ったら、負傷しているか重傷を負っているか死体になっているかの、いずれかという有様だ。

 市警の誇る特殊警官部隊、SWATスワットも投入したが、偵察すら満足に行えないという。

 行方不明者と人的損害が増えるばかりであり、市警と本部長も打つ手をなくしつつあった。


 そうして手詰まりのまま1時間が経ち、商業ビルの前に張り付いていた本部長に、更に上・・・からの連絡が入る。


「州知事から!? はいパーシー…………いえ現在調査中で…………は? 待ってください『専門家』とは何のことです!?

 我々だってまるで中の状況を掴めていないのですよ!? 既に警察には犠牲者多数! それを全て任せて『全員待機』とは何事です!?

 どういうことか説明も無いまま――――もしもし!?」


 電話の相手に驚く間もなく、その指示に目を剥くパーシー本部長。

 それに抗弁するのも許されず、一方的に通話は切られてしまっていた。

 携帯電話スマートフォンを地面に叩きつけてやりたくなるが、なにぶん私物で高価な物なので、振り上げたところで思い留まる。

 憤懣ふんまんやる方ない思いでたった今命じられた事を思い返していると、ちょうどそのふたり・・・が視界に入るところだった。


 瀟洒しょうしゃなグレーのスーツと、少しくたびれて見えるが作りのしっかりした高級そうなロングコート。

 それを身に着けるのは、痩身ながら堂々とした体躯、髪はロマンスグレーの二枚目な紳士だ。


 その隣にいるのは、コートに付いたフードを目深に被った、少し小柄な人影。

 外見からは、性別も人種も何も分からない。


 いまさらに周囲の警官も、奇妙なふたり組が自分たちのすぐ近くにいるのに気付いた様子。

 集まる視線の中でも、コート姿のそのふたりは、意に介さないように歩いて来ていた。


「アナタがここの責任者かな? 州政府から要請を受けて来た者だ。警察官、消防士、救急隊員全員を建物に近付けないでもらいたい。

 この事態は我々が収拾する」


「なに……? 何だお前達は、警察にも軍人にも、ついでにアメリカ人にも見えないが?」


「それは重要ではないだろう。今起こっている事態はキミ達の手に負える問題ではなく、よって知事は私達に解決を任せた。

 キミ達はそれに従う必要があると考えるが?」


 名前どころか所属すら名乗らないコート姿ふたりに、当然ながら警察の本部長も友好的に接するつもりなど起きなかった。

 とはいえ、州知事から待機を命じられた以上、それを堂々と無視するワケにもいかず。

 また、何が起こっているのか全く分かっていないという現実にも変わりはない。


「…………中にはまだ大勢の警官隊と一般人がいるはずだ。それに、中は迷路だわ怪物が出るわと報告も要領を得ないモノばかり。

 専門家だというなら、いったい何が起こっているのか説明くらいしてほしいものだがね」


「建物内部はすぐに正常に戻るだろう。中の人間を救助したら、その時に彼らから話は聞けばいい。

 行こうか、リヒター」


『はい先生マスター


 皮肉気に言う本部長だが、スーツとコートの紳士は軽やかにかわし、その脇を通り過ぎていく。

 それに付いて足早に歩いていく、『リヒター』と呼ばれたフード付きコートの何者か。

 建物前で立ち往生している重武装の警官達を横目に、ふたりは迷うことなくその中へと入って行った。


「まったく、興味本位でオーパーツなどこちら側に持ち込むからこうなる。だが、今回のアンダーワールドの核は明白だな。

 アンダーワールドでは一瞬たりとも気が抜けないのに変わりもないが…………。今回は一般人も多い、早々に片付けるとしよう」


『分かりました』


 一歩建物内へ侵入すると、この一カ月の間に馴染みとなった独特の空気感を覚えるフードの少年。

 それは、表世界オーバーワールドの落とし穴、世界の陰に潜む裏の世界、アンダーワールドを満たす空気だ。

 そして予想通り、建物の内部も最早まともな姿をしていなかった。

 果てしなく伸び先が見えない廊下、不吉な予感を覚えさせる明滅を繰り返す照明、足元を薄く滞留する粉塵、砕かれた部屋の扉とその先の血肉がこびり付く室内。

 裏の世界アンダーワールドが、表の世界オーバーワールドを飲み込む形で形成されたパターンだ。


 それ故に、最大の脅威も、現世に這い出してくることになる。


「いやぁアアア! た、助けて!!」


 無数に並ぶ扉のひとつを跳ね飛ばす勢いで開き、血に汚れた白いスーツ姿の女性が飛び出してきた。

 次いで、同じ扉から女性を追うようにしてのっそりと姿を表す、白くたるんだ肉を持つ怪物。

 ヒトと同じ五体を備えながら、バランスと細部が決定的に異なっている。

 アンダーワールドの『ファージ』である。



「ダウンフォース……潰れろ」



 フードの少年がつぶやくと、念動力サイコキネシスの重圧に潰され床にへばり付いていたが。


「ふむ……元々オーパーツのあったアンダーアントニアとよく似たファージが誕生しているようだ。

 リヒター、私は核を探す。キミにはファージの排除を頼む」


「ええ!? あ、いえ……先生マスターが集中出来るよう近付けなければいいってことですよね? 分かりました……やります」


 見えない力場に押し潰され、四肢の末端を辛うじて動かす事しか出来ないアンダーワールドの怪物ファージ

 それを覗き込むようにしていたダンディーな紳士は、教え子のフード少年に露払いを指示。

 フードの方はギョッとしていたが、流石にもう1ヶ月も付きっ切りで色々指導してもらっているので、できないとか自信が無いとか言えない。

 これくらいはやってみせねば、と。弱気を押さえて、言われた通りの役割を請け負う事とした。


 ダンディー紳士の先生が一歩踏み出すと同時に、怪物の首がスパっとねられてしまう。やった本人は一瞥すらしない。生かしておく理由もなく、もう用済みということだ。

 フード付きの方もそれに続くが、気になるのは床にヘタり込んだまま呆然としている、キャリア風の女性のことだった。

 先生マスターの方も教え子の懸念に気付いてはいるのだろうが、何も言わない。

 アンダーワールドを形成する核を破壊すれば正常な世界が戻るので、それを最優先するべきであり、またそれが女性ひとりに構うより早く合理的で効率的という事だった。


「リヒター、大勢の人間を救助しなければならない状況において、普遍的な正解というモノは基本的に存在しない。

 最大多数を救う選択肢が正解だという者がいれば、救助する者にとって重要な者から助けるのが正解だという者もいる。

 だがひとつ明確に言えるのは、その選択をするのは救助にあたる当人であり、そして当事者でない者に何も言う資格は無いという事だ。

 キミはキミの選択をしたまえ。それがキミの権利であり、義務なのだ」


「…………はい先生マスター


 迷わず進むダンディー先生の背中。

 フードの少年はそれでも迷ったが、今は自分も教師のやり方にならおうと思う。

 これが逃げの選択肢であったとしても、恐らく後悔はしないだろう。

 それに、犠牲になる人間がひとりでも減るよう、全速力で事態収拾に挑むのも変わらないのである。


 30分後。

 異変を起こしていた商業ビルは正常化され、間もなく警官隊が突入。

 200人以上の人間を救出し、警官と一般人含む25遺体を回収した。

 白いスーツの女性も生きたまま救助されていた。


               ◇


 夏休みが明けた、初日。


 残暑厳しく日差しも強い9月の頭、そこそこ長い休みを堪能した少年少女が、約40日ぶりに高校へと登校してきた。

 休み中に全く会わなかった生徒同士も多く、久しい再会にテンションも否応なく上がっている。


「いやマジで焼けてたんだって、もう剥けたけど」

「引き篭もってゲームとかマンガとかばっか見てたんじゃねーの?」

「なんか部活した思い出しかないよー。海行けなかったー。貴重な高校の青春これでいいのー?」

「予備校だよ予備校。今から受験対策。三大やMARCHに入るにはさぁ――――」


 レジャーや勉強、部活と、夏の過ごし方をお互いに聞かせて話すクラスメイト達。

 あるいはその悲惨さを、あるいはその大変さを口々に語る面々だが、その中でも特に注目を集めるのは人気者の優等生の話である。


「結局家庭教師のバイトにしたんだけどね。日本中で中学受験する子を何人も教えるのは大変だったよ。自分の勉強の復習にもなったけどね」


「えー? 家庭教師ー??」


「スゴーイ、ヒトに教えるくらい頭良くないとできないよねー」


「てかわざわざ京都とか北海道に呼ばれるってスゴくね?」


「給料もスゲー高いんじゃねそれくらいだと」


「お金より経験かな。まぁ有意義だったけど、移動に授業の用意にって忙しかったよ。正直学校が始まってホッとしたなー」


 賑やかな教室の一画。ヒトの良さそうな爽やか男子の花札星也はなふだせいやを、何人ものクラスメイトが取り巻いている。

 平凡な高校生とはレベルの違う夏休みの内容に、周囲は口々に羨望と賞賛の声を上げていた。


「おはよーさま理人くーん!」


 と、ここで教室内に一際明るい声が響く。

 誰もが振り返ってしまう愛らしい容姿と魅力的なキャラクターの主は、全校的にアイドルのような人気を持つ女子生徒、姉坂透愛あねさかとあだ。

 クラスメイトの中には、夏休み中に顔を見られないことを残念に思う者さえ多かっただろう。


 だがここで問題が。


「三日ぶりかな? ずっと一緒にバイトしてたから久しぶりに感じるねー。おっと理人くん、お口動かさないと」


「あ、そうかそうだった。うん、はい、透愛さん三日ぶり」


 誰もがかれる学校一の美少女が真っ先に話しかけたのは、誰もがその存在に気付かないか無いものとして扱っていた排除ハブ対象の陰キャラ男子、影文理人かげふみりひとだった。

 しかも名前呼び。

 三日ぶりで久しぶりな感じってどれだけ一緒にいたんだよ、と誰もが心の中で悲鳴を上げる事態である。


 クラスの中の認識では、影文理人は触れてはならない問題児ハレものであり、教室内で問題が起こった際の責任者・・・、という事になっている。

 このクラスにおいて、影文理人は何かあれば本人の瑕疵かしと関係なく責められ、あらゆる不都合を押し付けても良い、という暗黙の了解が形成されているのだ。

 そして、この同意を表ざたにする者、乱す者、従わない者は、影文理人と同じ扱いを受ける。

 それがルールだ。


 とはいえ、姉坂透愛は夏休み前から、そのルールを無視するような傾向を見せていたが。

 それどころか、夏休みを通して非常に仲良くなっているようにも見受けられる。


「ねぇちょっとどういうこと!? あのの教育はクーの仕事じゃん! ダメフミの――――全力で波風立ててるし!!」


「…………トアが誰と話しても勝手なんじゃないの? てか誰が教育係だ」


 特に姉坂透愛と仲が良かった濡れ髪の女子、鴉葉久遠からすばくおんが小柄なギャル風女子に揺さぶられていたが、本人はその手を素っ気なく払っていた。

 夏休み前なら親友の濡れ髪女子も姉坂透愛の行為をたしなめたのだろうが、今はもう自由にやらせるようにしている。

 ついでに、クラスの優等生に裏から主導される影文理人へのイジメについても、可能な限り距離を置きたいと思っていた。


 その優等生、花札星也は、天真爛漫な笑みを見せる全校的アイドルを、無機質な目で見つめている。

 幸運にも、クラスメイト達も姉坂透愛の方を凝視していたので、そんならしく・・・ない顔を誰にも見られることはなかった。


「よーしホームルーム始めるぞー。もう休みは終わったぞー。全員席に着いているなー」


 やる気の無い覇気も生気も無い担任教師の中年、麻田一生が教室に入ってくると、生徒たちも仕方なく自分の席へと戻って行く。


「明日からは選択授業はじまるぞー。全員移動教室確認しとけよー」


 この日は長期休み明けの初日いうことで、明日以降の授業の注意点や生活上のお知らせのみ生徒に周知させ終了となる。


 そして、理人は帰り際に鼻息を荒くした連中に捕まり、ヒト目に付かない校外の駐輪場にまで連れて行かれると、『最後通牒』とやらを突き付けられる事になった。


               ◇


 影文理人は、浜奈菊千代はまなきくちよという男子に大怪我をさせた、という冤罪をかけられ、これを警察沙汰にされたくなければ400万円を支払えという脅迫をされていた。

 冤罪である以上理人には従う義理も無いのだが、この浜奈という男子は元総理という肩書きの祖父を持っており、警察も検察も裁判所も味方になってくれる望みは薄いという現実があった。


 なお、浜奈菊千代が怪我を負ったのは事実だ。

 どのような手段を以って、前日まで無傷だった浜奈に実際の傷を負わせたのか、理人は知らないし知りたくもない。

 ただ、夏休み明け初日である昨日、ニヤニヤ笑いの男子や薄ら笑いの優等生四人に囲まれた理人は、休み前の脅迫内容を再度念押しされた。

 400万円を支払い示談にするか、さもなくば公権力の力を思い知るか、それとも自ら退学するか。


 そんな理不尽な選択を迫られたので、理人も決断した。


「はい、昨日言ってた400万」


 そう言って、クラス内でハブられている陰キャ少年は、大勢の目がある中で優等生を気取る男子の机に、札束×4をポイッと放った。

 帯付きの新品札、福沢諭吉先生のイラスト入り。それが100枚重ね、4つ分の重量感。

 普通の高校生ではまずお目にかかれない高額紙幣の塊に、周囲の生徒は否応なしに注目せざるを得なかった。


「うぉおああああ!? マジか本物かよ!!?」

「スッゲー! リアル札束はじめて見た!!」

「ウソほんとに!? なんで!!?」

「誰の!? 花札君の!!?」

「何のお金!? ……え? これは流石にマズくない??」


 単純に珍しい物を見た感覚で騒ぐ者、自分の物でもないのに使い道を想像して目がくらむ者、あるいは事情の裏を察して関わり合いになるのを恐れる者。

 言うまでもなく、400万円は大金だ。ヘタをすると会社員の年収より多い。

 それが犯罪に関わる物だとしたら、相応に問題も大きく派手になるだろう。


「言われた通り払ったんだから、脅すのもこれっきりにして欲しいな。まぁ脅し取る事しかできないヤツと違って、400万くらいならすぐに稼げるけど」


 そこで理人は更に、クラスメイトに聞こえるように言い放ってみせる。

 信じる信じないは脇においても、花札星也がガラの悪い生徒と一緒に複数の生徒へのイジメを主導し、暴力を振るったり金品を奪い取ったりするというのは割りと知られた話だった。

 そこに来て400万の札束は、噂話にこの上ないリアリティーを持たせる。

 しかも、1000円2000円の話ではない。

 この額なら警察やマスコミも大騒ぎするぞ、と。

 多少世間を知っている生徒なら、それが魅力的なお宝などではない自分たちを巻き込む地雷であると理解していた。


「は……ははは、イヤだな、影文君これ何? 僕には何の事だか分からないんだけど。これオモチャ? 子供銀行のオモチャのお金なんて学校に持ってきちゃダメだよ。ねぇ? ははは、ははははは」


 花札星也は、基本的に外面の良い優等生なのだ。

 何か不正や悪行をやるにしても、自ら手を下したりはしない。殴るのも奪うのも他の誰かにやらせるし、教師なり職員室なりにも良い子を演じているので、まず目を付けられることもない。

 故に、強制的に舞台に引きずり出され、得意の弁舌ごまかしもキレが悪くなっていた。

 誰がどう見たって、それは子供の使うママゴトのオモチャなどではない。


「いや間違いなく銀行で下ろして来たばかりの本物だから。ほら明細書も。

 あの浜奈なんとかって偉そうな名前の、お爺さんが元総理とか言うヤツを怪我させた慰謝料だ、って言ってた400万円だよ。

 オレは怪我なんてさせてないけど、訴えるって脅されたから仕方なく払うことにしたんだから。

 確かに渡したからね」


「知るかよ! あ、いや……知らないよ僕にそんなこと言われたって。

 何のことだか僕には分からないけど、それならその浜奈君ってヒトに渡せばいいんじゃないかな?

 なんで僕に言うのかな。キミちょっとおかしいよ、やっぱり」


 理人の追撃に、ついに外面を忘れて声を荒げる優等生。

 しかし、すぐに平静な顔を取り繕い、さも当たり前の如く理人がおかしな事を言っている、という内容へと印象操作を試みる。

 教室内の世論は、いつだって自分の味方なのだ。

 当然誰もが花札星也に同調して、陰キャの厄介者がおかしな言いがかりを付けている、という認識にすり替わるという算段だった。


 理人はもうクラスメイトが何を思おうが、どうでも良くはあったが。


「ふーん、浜奈なんとかを切るんだ……。まぁそりゃそうか、これから本物の事件になるんだし、政治家の身内の絡むスキャンダルなんて口先だけの高校生にどうにかできるワケないしな」


「…………は?」


 つまらなそうに見下して言う陰キャのイジメ対象に、またしても怒気混じりな声を漏らしてしまう優等生。

 理人は花札星也の目を正面から見ず、興味が無いようにすぐに逸らした。


「分かった。花札・・じゃなくて、わざわざヒトを脅す為に怪我を作った浜奈何とかに直接渡せばいいんだね。

 元総理の孫が、同じ学校の生徒から400万って大金を恐喝。まだ政治家やっているなら結構大問題になると思うけど、花札は『知るかよ』って言ってた、とそう伝えておくよ」


「ぉぃ……おまえ――――」


 無表情ながら怒りを溢れさせる優等生を、理人は相手にしない。

 テンポ良く札束4つを指の間に挟むと、それをバッサバッサ仰ぎながら背を向けて教室を出て行った。


 実は札束を出す前から、心臓がV8エンジン並みに唸っていた陰キャ超能力者である。ちょっと予見視フラッシュフォワードまで使ってしまった。

 だが、このテンションを切らせたらもう暫くは元に戻せないと思い、頑張ってこれを維持。

 予定通り・・・・、浜奈菊千代なんとかの教室へ乗り込む事とした。


 ちなみに、花札星也が何より許せず口にしようとしたセリフは、


『おまえなんかがなに僕を呼び捨てにしているんだ』


である。


               ◇


 そしてまた、予定通り大問題になった。


 優等生の机に叩き付け、その次に元総理の孫の前に叩き付けた、400万円という高校生が持つには大き過ぎる大金。

 これが十分に校内を騒がせたところで、理人は再び校長室にご招待という流れとなる。

 今回の面子は、校長、担任、学年主任、それにスポーツがりタンクトップの体育教師を加えたモノだった。


 事情説明を求められた理人は、夏休み前に脅迫を受けた経緯を全てをそのまま話す。

 そうしてこれも予想通りに、職員室陣は理人の方を糾弾した。

 ウソだという決め付け、言いがかりだという言いがかり、勘違いや精神の病気だという誹謗中傷、大金を持っているのは盗んできたのだという雑な憶測、脅迫しているのはお前だろうというレッテル貼りまで。

 面倒臭いので、理人はもう反論しない。何を説明したところで、結論ありきの相手の意見が変らないのは分かっている。


 この会話も全て録音していると明かしたらどんなリアクションを取るか、と思うと少し楽しみになる理人だが、これは単なる保険なので最後まで明かさないに越した事はなかった。

 今までイジメ問題や学校側の対応で録音が証拠になったことは多々あるが、相手がこれを素直に認めて問題解決の決め手になったことも、ほぼ無いからだ。

 使うにしてもタイミングと使い方を考えなくてはならない、相手の妨害や話題逸らしといった無効化の手段を回避しなくてはならない、最後の手札である。


「先生の主張をマスコミが聞いてくれるといいですね」


 それに、今はこの一言だけでよかった。

 校長、担任、学年主任、体育教師、いずれもこの一言だけで黙ってしまう。

 学校側の主張いいわけなどどうでもいいのだ。


 犯罪行為としか言えないイジメは、この学校に実在している。大勢の生徒がいれば、誰かしらから情報は漏れるだろう。


 理人は400万円という現金を現実に用意してしまった。

 これが小額かあるいは払えなかったという事なら、脅迫も微罪や未遂という話で大きな問題にはならない。

 だが、この金額ならマスコミが飛び付く可能性は高かった。


 最後に、暴行恐喝犯は総理経験者であり未だ与党に籍を置く大物政治家の孫だ。

 孫と政治家本人は血縁とはいえ違う人間、という理屈にならないのが世論であり国民感情である。

 政治家は、決してこの件が大々的にメディアに取り上げられるのを良しとしない。


 事態は既に動いている。

 無数の生徒の前で札束を晒してみせ、現場をスマートフォンで撮影している生徒も大勢いた。ネット上にも拡散していると思われる。

 マスコミが取材するまでもなく、詳細な情報がSNSにアップロードされた画像に添付されるのも、そう遠い話ではない。

 なんと言っても現生の札束四つ。話題性は十分。知るべき事実もそれだけで十分なのだ。


 などと考えていたら、校長室の電話に着信が。


「………………そういう話は事務室の方へ問い合わせてくれたまえ。失礼」


 受話器を戻す校長の下マブタは、ピクピクと痙攣していた。

 脅迫を受けていた陰キャ少年が札束を出して1時間弱、もう新聞社から事実確認の電話が来たらしい。

 大きく溜息をき、肥満体をシートに押し付け後ろを向いてしまう様子に、かなりマズイ電話の内容だったことが察せられた。

 こうなれば、もう内々でもみ消すのも不可能。

 浜奈菊千代の祖父である元総理にまで飛び火すれば――――確実に飛び火するのだろうが――――、与党から政府、文科省と回り回ってどんな災厄が校長たちに降りかかるかも分からない。

 それ以前に、イジメから生徒が400万円もの大金を恐喝されたという事実が生徒の保護者に広まれば、学校側は説明を求められ盛大に非難されるだろう。


「影文理人君……キミは退学にされたいのかね」


 最悪の事態に担任も主任も体育教師も二の句を告げなかったが、そこで押し殺したような声で校長が問うてくる。

 イジメ被害者である陰キャ少年を黙らせればまだ被害を小さくできる、と考えての精一杯の威圧だったのだろうが、既に校長にも分かっていたのだろう。


「構いませんよ? イジメられていた側を、臭い物にフタをする為に学校が辞めさせる。

 オレは気兼ねなく一から十までを誰にでも自由に話せる。

 今までもニュースでよく見た完璧なイジメ問題のリピートですね」


「もういい出て行きたまえ!!!!」


 予想通りの理人の答えに、校長は今度こそキレて怒鳴り散らしていた。

 その剣幕にちょっとビクッとする陰キャ男子だったが、この夏休みに散々相手してきたアンダーワールドの怪物ファージに比べれば、どうというモノでもない。怖いものは怖いのだが。


 今となっては惜しいという気持ちはあるのだが、理人はもはや学校はいつ辞めても仕方がないものと考えている。

 クラスメイトとも職員室側ともここまで拗れたのだ。残っていても不利益しかないだろう。

 姉坂透愛という貴重な友人はできたが、必ずしも学校に在籍していなければならないというワケでもあるまいし。


 それに、今の理人なら『400万くらいすぐ稼げる』というのも事実だ。

 この夏休みだけでも、先生マスターに付きアンダーワールドに潜ってえげつないほど稼いでしまったので。

 なんなら引き篭もっても一生慎ましく生活していくのは難しくなかった。


「失礼しました」


 と、頭を下げて校長室を辞した理人は、そこで震え交じりに大きく溜息を吐く。

 とりあえず予定通り、やるだけやってしまった。

 ここからの予想は、いくつかある。

 世論に蜂の巣にされる学校、身内のスキャンダルに晒される元総理と躾のなってない孫へのバッシング、メディアに取りざたされるイジメの実態とネットで顔を晒される犯人たち、など。

 あるいは、元総理とやらが自分と孫の為に権力を振りかざし、マスコミを黙らせネットの情報を削除し全ての不都合を封じ込めるか。


 これからどうなるかは分からないが、思いつく反撃は完遂したので、今の気分はそれほど悪くなかった。

 金はある、超能力チカラもある。何があってもどうにかなるだろう。


 そんなネガティブ陰キャ少年らしからぬ楽観的な考えを持っていた理人だが、この後想像もしないアクシデントが降りかかるのである。




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