3rdキネシス:イメージという曖昧な認識と知られざる明確な現実
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電灯のスイッチをオンオフできる程度の超能力者、
学校生活では、
その原因が理人本人の決して社交的でも明るくもない性格にあるのだ、と言われてしまえば、その辺りの理由は現在の住居に求められるかもしれない。
故あって叔父の家で世話になっている理人だが、扱いの程は決して良いモノではなかったのだ。
「夏休みはバイトか。それはいい。お前の生活費もバカにならないからな。家でゴロゴロしてないで、少しでも稼いで返そうってのは殊勝な心がけだぞ」
未成年である影文理人がアルバイトをするには、学校と保護者による許可が必要になる。
それを相談したら、叔父は当然のようにバイト代の使い道を決めていた。
理人が生活全般を叔父に依存しているのは事実である。
だから、バイト代を徴収するのも正当性があると言われれば、反論のしようも無かった。
なお、イジメの件は以前に学校側から「理人の言いがかり」ということで連絡を受けて以来、全く聞く耳を持っていない。
以って、恐喝で要求された金額をバイトで稼ぐ、という手段は問題を解決するどころではなく、問題を複雑にした。
◇
「では解決手段はふたつだ。ひとつ、実力で思い知らせる。ふたつ、望みどおり現金をくれてやる。どちらもキミには簡単なことだな」
「その……失礼ですけど、オレはアナタが日本語を理解できているのかが不安になってきました」
「そうだな……私の事は『マスター』か、あるいは『マスター・ドレイヴン』と呼びたまえ。
キミは……そう、『リヒター』がいいだろう」
「え? リヒター…………ってオレのこと? 冗談でしょ?」
メガネをかけたロマンスグレーのダンディおじさん、『エリオット・ドレイヴン』を名乗る英国紳士は、自身のネーミングセンスにご満悦の様子だった。
そして、会話が通じているんだかいないんだか判断できない陰キャ少年は、『
自分は100%日本人であって、ドイツ人じゃない。
いつものように学校で灰色の時間を終えた理人は、終業後にある廃墟にやってきていた。
関東の湘南にあるアミューズメント施設跡地で、閉園後に解体や売却もされず放置されている山の中の廃墟だ。
ここに、テレポーテーションで連れて来られたのだ。
目の前の情報、自分がどこにいるのかという認識を強引に切り替えられるというのは、かなり脳に負担をかけるのだというのをはじめて知った理人である。
普通の人間は、一生しない体験なのだろうが。
「というか『実力行使』とか『金で解決』とか……それって超能力で、ってこと、です? そんなことに超能力なんて使っていいんですかね??」
「ならばリヒター、キミはこの能力を他にどんなことに使おうというのだね。
この世の中で言う
「え? まさか
超能力の『
そんなこと言っていいのか、と目付きが更に怪しくなる陰キャ少年だったが、これからその超能力を教えるという本人が言うのだから、つまり公認ということなのだろう。
悪の道に手招きされているような錯覚も覚え、理人の不安は増す一方だった。
「目的が明確であれば、そこから必要とする手段を想定しやすい。大金を稼ぐというのも実に分かりやすい動機だろう。
ではどうするか。何が必要か。リクエストはあるかね? リヒター」
「え? あ……そうですね、まずその『リヒター』って呼び方の再考を求めたいところなんですけど。
それに超能力でお金儲けったって、具体的に何をどうすればいいかさっぱり…………」
「ふむ、まずキミも気にしていた通り、大衆や国家に露呈するような手段はダメだろうね。大きなトラブルに発展する。
で、あるならば、『マインドスキル』を使っているのを悟られないか、それ自体を隠蔽する技術が必要になるだろう」
「まいんどすきる?」
「超能力の今風の呼び方だ。
「あんだーていかー??」
「
だがそうだな、まずはキミ自身のマインドスキルを伸ばすところからはじめてみようか。
サイコキネシスは最も単純で応用の利くスキルだ。単純に物を動かすだけではない、自分を動かし空だって飛べる。発火、発電、光学遮蔽、防護幕、これら外へ力を加えるスキルは、基本的にサイコキネシスの発展形だ。
自分の身体を動かす延長としてサイコキネシスを使えば、それがマインドスキルによるものか否かを判別することは著しく困難となる。
また、
そんなことを言いながら、ダンディー
ところどころ錆び付き、風で頼りなく揺れている籠も、そのいくつかが失われている。
それが、マスター・ドレイヴンがゆっくりと押すように手を動かすと、連動するように観覧車も回転を始めていた。
ギギギー……という耳障りな音が、無人の施設内に響いている。
その不気味さと力強さに、理人はただ圧倒されていた。
この
廃車を軽々と浮かしてみせる
理人には確認のしようもないが、
マジックハンドにも劣る弱小サイコキネシス使いの陰キャ少年とは、パワーも能力数も桁違いであった。
「では次はキミのスキルを見せてくれ」
だから、
存在意義すら不明なほどの力しか持たない、陰キャ少年のサイコキネシス。
風で動いたのか
「まず最初に言っておきたいのだが、キミはサイコキネシスとテレパシーを、それに恐らく他のスキルも同時に使っている。
しかも方向を集束し切れていない。
その為に出力も大分無駄になっているようだ」
空き缶を見ながら1分ほど間を空けたダンディ
「同時に……って、オレがですか? え? オレって他の能力も使えるの??」
「キミは私を助けてくれた時も、サイコキネシスとテレパシーを同時に使っていたよ?
私のコートを引っ張りながら、『危ないクルマが来る』と警告してくれたのだが。
アレは無意識だったということかい?」
考えてみれば理人は、ティッシュペーパーや家の電気のスイッチに
少なくとも、使った相手から感想を聞いたことは一度として無い。
「つまり……サイコキネシスに絞ればもっと馬力が上がるってことですか?」
「当然そういう理屈になるが、スキルの出力を上げるには他にも幾つか方法がある。
マインドスキルは、その名の通り精神の技術だ。これはある人物からの受け売りだが、本来は能動する意識体、つまり人間のような知的生命体が当たり前に持っていた能力だという。
この、意識という誰でも持つ能力で、世界を動かす法則へと働きかける。だから、冷戦の前後に考えられていた「超能力は脳の力」、というのは間違いだ。
精神が、マインドスキルを発動させる。
故にリヒター、スキルの出力はそのまま精神の力が反映されるのだ。自信、集中、信念、それらがマインドスキルを飛躍的に高めることになる。
マインドスキルの、
自信とか信念とか言われても、自分には一番欠けている要素だと陰キャでネガティブな少年は思う。
そんな諦めの早い現代っ子の内心を見透かしたか、ダンディ
「まぁ精神論というのも、私自身あまり好きではない理屈だがね。偉そうな事を言っても、ろくに訓練もしてこなかった。
そもそも、マインドスキルは精神力をイメージで形にするモノだが、このイメージというモノも本来は曖昧なものだ。
リヒター、キミは友人や知人の顔を明確にイメージできるかね?」
「え? えーと……で、出来ない、のが普通ですか?」
「もちろんだとも。大抵の人間は、ヒトの顔など事細かに覚えていたりはしない。部分部分の特徴を無意識に記憶しており、顔を合わせた時にその特徴点と一致するかを判別しているに過ぎないのだ。
イメージというのは、輪郭は明確ではなく時と共にボヤけていってしまう……。それが脳の優れた機能でもあるがね。
再生頻度の少ない記憶からデータを軽量化、圧縮化し、長期に渡り再生の可能性を担保しつつ容量の最適化を図るのだから。よく出来ている」
マスター・ドレイヴンはそこで言葉を切り、僅かな間虚空へ視線を投げた。
心など読めないが、それが何かを想起し、イメージを呼び起こしていることくらいは理人にも分かる。
話を戻すが、と前置きし、物憂げな顔が似合うダンディーが講義を再開した。
「マインドスキルを効果的に用いるには、イメージを明確にすることだ。
先ほど言った通り、はっきりイメージしているつもりでも、人間のイメージなど曖昧なモノだからね。
だがそれを補強することは出来る。
簡単なのは、ジェスチャー、それに発声による条件付けだ。
…………ここへ来い」
そう命じられた相手は、
更に、手前で浮いていたベンチは、マスター・ドレイヴンが回す手の動きに合わせて回転し、座面を手前に向けて地面に降りる。
そこに、極自然にコート姿のダンディが腰掛けた。
「ではキミの番だ、リヒター。もう一度言おう。キミのマインドスキルは非常に強力だ。実際に体験した私が言うのだから間違いない。
後はそれをどう使うか。
キミの純粋な実力を、今ここで自覚するのだ」
パンパン、とマスター・ドレイヴンが自分の座るベンチを叩いて見せた。
どうもそれを、この状態のまま動かして見せろ、という意味らしい。
それっきり、ダンディ
悠然と腰掛けたまま、不出来な教え子のやりようを見ている。
だからそんな自分には自信なんてモノは無いしヒトひとり乗ったベンチを動かす力なんて無いんですよ。スマホすら持ち上げられないのに。
と、言いたい理人だったが、それでも心のどこかで
この程度の
世間の目があるから使えない、ティッシュペーパー一枚持ち上げる程度にしか使えない、そんなのは言い訳だ。
暴力を振りかざす者に報いを、理不尽を押し付けてくる者に反撃を、そう思ったことも一度や二度ではなかった。
だから、ただ一度。
この一瞬だけ。
これほどの超能力を持つ
「…………フリック!」
ただの一念。
理人は視界の中でベンチに人差し指を押し当て、全力でそれを振り抜いた。
結果として、ベンチが猛スピードでブッ飛び、海賊シーソーの制御ボックスに激突し、劣化したプラスティックのベンチ諸共粉々に砕け散った。
「…………ええ!?」
これには、やった当人も完全に想定外でビックリ。
気が付けばベンチが目の前から消えていて、直後の轟音で何やら遊園地の機材がバラバラになっている、と。
目を丸くする陰キャ少年に理解できたのは、それだけである。
「え? ちょ……ま、マスター!? え??」
しかし、ベンチにはダンディなおじさんも優雅に座っていらしたはず。
ダッシュする理人は、砕けて広がった木材やら金属片やらの中に、コート姿を探そうとしていた。
だが、どう見てもヒトひとりが埋まっていそうな堆積物は見当たらない。
「お見事。お見事……。まだポテンシャルの全てを発揮したワケではないのだろうが、第一歩としては上出来だろう」
ではどこに行ったのか、と思っていたところで、パンパンと手を叩きながら地面に降りてくるコートダンディであった。
どうやら宙に浮いていたらしい。
ホッと安心する
「それで、どうだったかな? 手応えの方は。
それとあの『フリック』というのは?」
「あの、スマホ……携帯電話です。液晶をタッチしてスライドする時の、あの動き……。ジェスチャーと聞いて思い浮かんだのがアレで、サイコキネシスにも使えるな、と思ったんで」
液晶画面を
パッと理人の頭に浮かんだのも
今の世代の常識、ということか。
と、ダンディ紳士も納得したように頷いている。
「キミは再び自分の力を証明した。だがまだ入り口に立ったに過ぎない。
キミのスキルは今とは比較にならないほど伸びるだろう。
では次の
「……はい、分かりました
あとその『リヒター』ってのは――――」
陰キャなネガティブ少年のままではあるが、理人は静かに自分の
無敵の力、全てを可能とする万能感。そこまで
居場所のない家、針のムシロのような学校、理人の人生はそれほど変っていないし、
たとえこの怪しい紳士に乗せられているとしても、今はこの勘違いを信じたいと思うほどに。
だがこれが、
そして、理人の想像を絶する旅も、ここからはじまった。
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