4thキネシス:確固たる意志の貫徹は必ずしも自主性とは一致しない
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陰キャの超能力者、
JRから私鉄に乗り換え湘南方面へ。
当然ながら朝の通勤通学ラッシュに加わるひとりとなるので、基本的に電車の中はいつも満員だ。
身体を押し付け合う会社員や学生、湿気が多くなる車両内、近くなる誰かの顔から吹きかかる息、携帯で通話する声、漏れてくる音楽の音、総じて居心地の良い空間とは言えない。
ここで一日に使う体力の何割を消耗するのだろうか。
なんか離陸で半分くらい燃料を使ってしまう戦闘機みたいだなぁ、などと若さのないネガティブな事を考えてしまうのも、恐らく理人のせいだけではなかった。
とはいえ、そんな朝っぱらから精神と肉体を消耗させる空間にあっても、理人はそれほど悪い気分でもなかったりする。
家にも学校にも失望して暗い毎日を送っていた陰キャ少年であるが、ここ最近は生きる目的というか、人生の目標のようなモノも出来たのだ。
まだ登校中ではあるが、早く学校を終えて
もう今から思っていた。
などと常になく鼻息を荒くしていたならば、痴漢の現場に遭遇した理人である。
(なんと……!?)
是非も無く横向きで吊革に掴まっていた理人から見て、車両の左右4箇所にある、ドアのひとつ。
そこで、同じ高校らしき制服の女子が、ドアに押し付けられていた。
メガネに三つ編み、真面目そうな女子生徒で、理人より上の学年に見える。
実際に何をされているのかは分からなかったが、ビジネススーツを突っ張らせた大柄な男の身体で半分隠されるようになっており、男の手は女子生徒の下半身辺りで目立たないように動いていた。
女子生徒の横顔は、硬く冷たい。
「うごわぁ!?」
そして唐突に、女子をドアに押し付けていた男がヒザから崩れ落ち、奇声を上げて床に倒れた。
理人のサイコキネシスだ。
誰の目にも見えない念動の力で、ヒザ裏を蹴っ飛ばしてやったのである。
少し前はスマホを持ち上げる力すらなかったが、今ならこの程度の芸当は可能だった。
当然のように、周囲から
バツが悪そうに立ち上がる男は、そこで誰かを見つけたかのような小芝居をしながら、人混みをかき分け逃げていく。
間もなく乗換駅の横浜となり、一斉に降車していく乗客たち。
慣れない行為でドキドキしながら平静を装う陰キャ少年と同様に、ぶら下げるようにスマートフォンを持つ三つ編みメガネの女子生徒も、ホームへと流れて行った。
◇
今のところ、教室で超能力を活かせるような方策は思い付かない。
理人の境遇は相変わらず、一部の人間から虐げる対象とされ、それに関わるのを良しとしないその他大勢からは存在が無いものとされている。
分からないのは、なにやら先日来クラスどころが全校一の美少女とも名高い
「影文くんて選択はどうしたの? もう決めた?」
「は……? え、と、ふ、普通科じゃないかな……。英語とか出来ないし」
急に話を振られても、相変わらず理人はまともな受け答えが出来なかった。
普通の女子と話す経験すら無いのに、明るく可愛い人気者女子との会話とか寿命が縮む。ダークサイド的に溶けそう。
姉坂透愛も他の女子に呼ばれるとそちらに行くのだが、油断するとまた奇襲攻撃的に話しかけてきたりするので、心臓にも良くなかった。
完全に迷惑とも言い切れないあたり、理人にもどうして良いか分からないのだが。
「おーい今日のホームルームで集めた来期からの選択コースの希望用紙、英語科の希望者が全然いなかったぞー。
卒業後は世界に飛び出してやろうって気概のあるヤツはいないのかー?
ウチの学校は国際社会で活躍する人材を積極的に育てていくって言ってんだからなー。ダメだぞーこんなんじゃー」
下校前ホームルームにて。
痩せ型の50代、担任教師の麻田一生は、棒読みのお題目でクラスの生徒に文句を垂れ流していた。
何にしてもやる気が無い熱意も無い事務的に連絡事項を教壇の前で話すだけ、そのクセ根拠なく偉そうな態度を取る。
と、生徒人気もいまいちの教師だ。
理人は、ハッキリとこの教師を嫌っている。
6月に仮面優等生、
挙句、理人の叔父に「虚偽の訴えをし同級生を陥れようとした」などと事実の確認もせず注意を行っている。
これで、理人に対する叔父の評価は「お荷物」から「面倒を起こす厄介者」にアップグレードされた。
「どのクラスからも最低4人は英語科の生徒を出すことになっているからなー。
誰かがやる、なんて根性じゃダメだぞー自分から動かないと。
誰も英語科に移るって決めずに黙っていればホームルーム終わるなんて考え甘いからなー。
英語科に行くヤツ出ないと帰さないからなー」
この教師のセリフに、クラスからは少なからず不満の声が上がった。
早く帰りたい、または部活に遅れる。
夏休み後から始まる、選択科目。
生徒は、普通科、技術科、または英語科のどれかを選び、特定の時間に専門性の高い授業を受けることになる。
どれを選ぶかは、当然ながら生徒の自由だ。
担任の言う「最低4人出すことに~」というのも、職員室が教師に、教師が生徒に押し付けるノルマに過ぎなかった。
ホームルームの解散をチラ付かせて選択科目の希望変更を迫るのも、当然ながら問題である。
「おーい英語科はエリートコースなんだぞー。年末にはイギリスの姉妹校への短期留学もあるしウチの学校の代表として行くんだぞー、チャンスだとは思わないのかー。
内申にもいいし就職や進学にも有利だぞー」
都合のいい事ばかり並べ立てる担任だったが、英語に対する精神的敷居が高い事を別にしても、英語科の難易度の高さは全校で有名だった。
この学校の昼休み後のコマは、月曜から金曜まで全てが専門科目となっている。
特に英語専門の時間は学校側が無駄に力を入れている為、会話から筆記から全て英語。目に触れるモノ一切を英語に統一するという徹底振り。
課題は多く、当然それらも全て英語。
無闇やたらと学校側が国際交流を推進しているので、海外の学校や外国からのゲストが関わる難易度の高い課題もしばしば入ってくるという。
そして基本的に、一度選択コースを決めたら在学中の3年間は変更ができない。
「英語科って毎日課題出るんでしょ? 遊べないじゃん」
「普通の英語の成績も厳しくなるんだって……。普通にどっちも大変なのに、罰ゲームかと」
「英語とか普通の授業だけで十分だっつーの」
「俺技術科で3Dプリンタとドローンやりたいんだよね」
この学校の学生生活を決める、非常に重要な選択であるのは誰にでも分かっていた。
本当に英語の勉強をしたい生徒以外には選ぶ理由のない選択コースであるし、本来はそうあるべきである。
偉そうにお為ごかしを説く担任に対して、自らの選択を変更しようという者が出るはずもなかった。
「影文クン英語科にしようかどうか迷ってるって言ってたよなー。影文クンが変えればいいんじゃね?」
ところが何故か、理人が英語科の選択を検討している、という本人もあずかり知らない話が湧いて出てきた。
「はぁ!? 言ってないし!!」
驚いて即否定する理人。これは既成事実化しようとする企みだとすぐに分かった。
根も葉もない流言の発進先を見れば、そこには予想通りニヤニヤしながら理人の方を見ている連中がいる。
だがそいつらは、言うなればファ○ネルに過ぎないのを理人は知っていた。
「なんだよー言ってたろー。英語勉強したいけどどうしようかー、とか言ってたよな?」
「言ってたな。言ってた言ってた」
「英語選択にするって言ってたのになんで違うのにしてるんだよ。ウソつくなよ」
言っていない事をいつの間にか言った事にされ、しかも嘘を
いつもながら、会話も理屈も通用しない。
この手の輩は、声の大きさと数の暴力で
何を言っても無駄だとは分かっていたのだが、それで座して思い通りにさせるほど理人は諦めが良くなかった。
「誰かがやらなきゃいけないなら影文でいーじゃん。どうせ暇なんだろ?」
「こういう時にやりまーすっていうのが普通だよなー。ノリわりーな。だからハブられるんだよ」
「早く帰りたいんだよ。
「多数決で投票すれば?」
「投票で決めれば公平だよな」
誰に投票するか決まっている出来レースに公平も何も無いのだが。
担任としても、投票で生徒の進路を決めるのは流石に問題があると分かっていた。
だから、この圧力を黙認するどころか、自らも利用する事とする。
「影文ー、お前やらんか。お前内申良くないぞー。ここで内申良くしておけ」
「…………いいえ、普通科にしたいと思いますんで」
「なんだよ断るなよ」
一瞬、頭に血が上ってサイコキネシスで吹っ飛ばしてやりたい誘惑に駆られる超能力者である。
その内申の悪さはお前がウソを調べもせず鵜呑みにしたせいだし、内申を人質に選択コースを変えさせようとか教師としてどう考えても問題があるあろうが、と。
それでも、理人はただ控えめにお断りして自分の希望を主張しておいた。曖昧にするとそこに付け入れられるので。
誰かの、さも理人が悪いと言わんばかりな
屈するべき弱者が明確な態度を示したことで、教室内の圧力は更に高まるのだが。
「空気読めよお前以外いないじゃん」
「これもう決まりでしょ? 先生が誰にするって決められないの?」
「こういうの協調性っていうの? 和を乱すヤツは困るよなーマジで」
「みんなが迷惑しているんだよさっさと変えるって言えよ」
「お前が英語科に変えればいいだろー。他のヤツに押し付けてんじゃねーよ」
恐れていた通り、不都合を押し付ける先が見つかりさえすれば、後は数の暴力がそこに集中するだけだった。
こうなると思ったから、理人もはっきり拒否したのだが。
「影文ー、お前これが民意ってヤツだ。社会に出たら自分のワガママを抑えて民意に従うのが大人の態度だぞー。だから……もうお前でいいな?」
もはや教室全体が、理人を英語科に追い込む空気である。
本来は生徒の暴走を抑えるべき立場の担任も一緒になり、『民意』本来の意味を取り違えて使い、それを正そうともしない。
ただの意地に過ぎないとしても、理人は絶対死んでも自分からは負けを認めたくなかった。
「はいッ! 私英語科にします!!」
そこに、誰もが想像しなかった人物から声が上がる。
イスから腰を浮かせ手を上げているのは、キュッと
「トアあんた何言ってんの!? あんた英語どころか日本語さえ怪しいのに!!?」
「おかしくありませんー! ジョーちゃんがラノベ文法知らないだけだよ! 私英語好きだし選択コース英語に変えます!!」
「姉坂さんやめておいた方がいいって! 英語漬けにされて時間が無くなるって先輩も言ってたし!!」
「おいふざけんなよ影文ぃ!!」
「そうだよ影文君が英語科行けばいいじゃん! 姉坂さんが行く事ないよ!!」
よく一緒にいる濡れ髪女子などの友人、姉坂透愛が好きな者などは、必死な様子で姉坂透愛を止めていた。
そして、これに関しても理人の責任にして責める者がいた。
理人の方もビックリして腹を立てている暇が無かったが。
なお担任としては人数さえ集まればそれでよかったので、何も言わなかった。
「あ、それじゃあ僕も英語科に移ろうかな。先生、僕も英語科に希望変更します」
「おー、花札行ってくれるか。花札なら英語も問題無いだろうしなぁ」
更にここで、偽装優等生もが思い付いたように選択コースの変更を申し出ていた。
担任としては何も考えず諸手を挙げて歓迎する事態だ。
「えー花札君まで!?」
「僕は英語嫌いじゃないし、誰かが行かないとね」
「花札君えらーい!」
「どこかの自己中とは大違いだわ」
爽やかな笑みで献身と自己犠牲の精神を見せる優等生に、周囲の女子から黄色い賞賛が上がる。
同時に、当たり前のように理人は当て擦りされていた。
負担の大きな英語科の生徒数を満たす為のスケープゴートにされかかり、かと思えば何故か突然アイドル的女子がそちらに進路を変更し、これに付いて行くようにクラスの人気者も英語科への変更を宣言するという。
何がなんだか分からないまま、気が付いたら理人も本人の意思確認無しで、英語科の生徒としてホワイトボードに名前が記載されていた。
断固拒否しようかとも思ったが、同じく書き記された『姉坂』の名前に、ついに理人は拒否できなかった。
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