2ndキネシス:歩き難くて仕様がない今の道と新たなる道への誘い
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ごく小さな超能力しか持たない、あってもなくても大差ないような
その日常は、決して明るく希望に満ちたモノではなかった。
登校し、教室に入っても、理人に視線を向ける者はいない。
そういう暗黙の了解があるのだ。
理人に関わる者もイジメの対象とされるので、巻き込まれないように見て見ぬフリをする。
そうして、イジメられる者を徹底的に孤立させるのである。
理人の机と椅子、席には特に何もされていない。そういう目立つ事はしないのが、イジメの首謀者の手口だった。
ただ教室にいても、理人はいない者として扱われる。
直接手を出すのは、常に誰の目も無い場所で、と決まっているのだ。
誰とも言葉を交わさないまま、目付きが悪い少年は自分の席に着く。
面白くない辛い学校生活ではあるのだが、今の理人は昨日のことで頭がいっぱいだった。よく寝れなかったし。
◇
謎のダンディ英国人、エリオット・ドレイヴンと知り合ったのが昨日のこと。
ただでさえ外国人とまともに話したことなどなく緊張を強いられるというのに、その相手は自分と同じ
エリオット・ドレイヴンは日本語を話していたが。
同じ、とはいえ理人とエリオット・ドレイヴンの共通点は、超能力を身に付けているという一点のみ。
だが、中身の方は違い過ぎた。
英国紳士の見せた超能力は、理人の柳の枝を揺らす程度のサイコキネシスとは桁が違ったのだ。
しかも、
『先ほどのを見て確信したよ。キミは良いセンスをしている。適切にトレーニングを行えば、私以上の遣い手になれるだろう』
親しみのある微笑でそんな事を言う、超能力者の英国紳士。
そんなこと言われたって別にこの超能力をもっと強くしたいとかそんなこと考えたことないんだが。
はじめて遭遇した、自分以外の超能力者。
いきなり素性を知られたという危機感。
どう捉えていいか、受けていいのか断っていいのかも分からない申し出。
そんな難題を突如突き付けられる事となり、とても寝られたものではなく、朝から理人の頭はグラグラしていた。
「おはよーう! いやーいざウチ出ようと思ったらウ○コの方が先に出そうになって遅刻するかと思った!!」
「朝っぱらからなに口走ってんだこの残念美少女が!?」
そんな頭に響く、大音量の馬鹿話。寝不足の頭に効く。
そして信じ難いことに、発言の主は全校一の美少女とも名高い、
普通の感覚なら大きく騒がしいと感じる声、品の無い不快な内容、と反感を買いそうなところだが、この相手には許されている節がある。
前席からツッコミを入れている濡れ髪の友人も、心底怒っているワケではなかった。
「影文くんもオハよ! 今日もクールガイ!!」
「あ、はい、いえ、どうも…………」
朝っぱらから極めて明るい姉坂透愛は、いない者として扱われているはずの陰キャ男子にも普通に挨拶してくる。
コミュニケーション能力に劣る理人には、どう対応していいか分からなかった。
挙動不審のまま、ボソボソと意味不明の言葉を垂れ流すのみである。
「トア……あのさ、挨拶する相手は選んだ方がいいよ。誰かを勘違いさせるかもしれないし」
「んー? 勘違いって? 見かけたから挨拶してるだけっしょ?」
教室では影文理人に関わってはいけない、という暗黙の了解がある。
だが、言外にそれを忠告する友人に対しても、
空気が読めないのか、あるいはトボけているのか。
通常ならば、味方でなければ敵、と見なされるイジメの環境であっても、この少女の場合は黙認されてしまう。
そういうキャラクターなのだろう。
実際、愛らしく愛嬌のある容姿と表情、明るく親しみやすい性格と、この相手に嫌われたいと思う者はまずいないだろう。
艶のある長い髪、制服の上からでも分かるホッソリした肢体ながら、胸や腰にはついつい目が行ってしまいそうになる発育具合。
発言、行動、仕草、と感情表現も豊かで、溢れるエネルギーが光を放つようだった。
こんな女子がいるんだな、と思った理人も、話をしたり知り合ったりなどという高望みはしないまでも、特定の人物と同じクラスになれたことを生まれてはじめて幸運だと思ったものだ。
「や、おはようみんな。先生に捕まって遅れちゃったよ」
同じクラスには、理人の目下最大のストレス原因もいるのだが。
「おはよー花札君」
「えー花札君なんで?」
「選択授業の人数割りで、ちょっと相談を受けてね」
「あはは、なんで先生が花札君に相談するのー?」
少々後発で教室に入ってきたのは、好青年で顔も良いクラスメイト、花札星也である。
無論、擬態だ。理人はイヤというほどそれをよく知っていた。
外面が良いので、クラスの中でも優等生を演じているのである。
実際にはクラスの人間も、気付いている者は多いのだろうが。
なお、このエセ優等生が表立って理人のイジメに関わることはない。
その辺は直接的にやらず、自身に非がないように小細工に徹していた。
「ああ、影文くん。夏休みはバイト頑張るんだって? 応援しているよ」
「はぁ?」
親しげに話しかけてくる優等生に、思わず感情丸出しの声を漏らしてしまう目付きの悪い陰キャ。
バイトせざるを得ない状態に追い込んできたのはこのろくでなしなのに、なに言ってんだコイツ。
花札星也という仮面優等生が、このように神経を逆撫でする行為が好きなのは知っているが。
檻の中に閉じ込められた生き物に対し、自分は絶対に安全なところから挑発し、相手が怒り苦しむのを見るのを楽しむ。
理人は花札星也と目が合った一瞬、それが愉悦により三日月のように歪んだのを見逃さなかった。
「花札君なにそれ?」
「夏休みはバイトに全力を尽くすんだって。いいよね高校生らしくて」
「へー……まぁ他に友達もいないんじゃ、やる事も無いだろうし?」
本人不在で勝手な事を話している優等生とその周囲。
ここで理人が、事実を訴え花札星也の本性を暴露する可能性も、相手は分かっているのだろう。
だが、このイジメがはじまった直後にクラスメイトの前でそれをやった結果、事実の確認も無しに一方的に理人は嘘吐き扱いされている。
その時点で、この学校における影文理人の評価は決まってしまったようなものだった。
花札星也というイケメン、好青年、優等生は、甘いマスクに一見正しそうな理屈、正論、綺麗ごとで完全武装している。
重要なのは何が正しいか間違っているかではなく、その属性なのだ。
かっこ良くて優しくて好感の持てる花札星也は正しくて、なんか暗くて目付きも怒っているみたいな影文理人は間違っている。
これが、このクラスの
そして、大勢が固まった以上、マイノリティーが何を訴えても無駄だった。
何にしても例外はいたようだが。
「わたしもバイトでお金貯めようと思ってたんだ! 影文くんは何やるの!?」
「は? い、いやまだ決めてない…………」
唐突にクラスの輪から飛び出し陰鬱少年の前に来る美少女。
机に手を付き身を乗り出してくる姉坂透愛が、ある意味で理人は恐ろしかった。ご本人様同様自己主張の激しい胸が目の前に。
見てはいけない、でも露骨に顔を逸らすのもなんか悪い。
どもる理人は、まともに返事も出来なかった。
「それならわたしも影文くんと同じバイトにしようかなー……なんて。一緒に決めよっか?」
「あ……あの、多分死ぬほど忙しくなるしお勧めできない…………」
怖いこの
しかし一瞬、中堅サラリーマンの月給並みの金を稼がなくてはならないしかも自分のモノにならない地獄のアルバイトであるにも
「姉坂さん、それなら僕とリゾートバイトに行かない? 夏休みは親戚のホテルに行くつもりなんだ。身内贔屓みたいだけど、信用がある分他より給料も割高だよ」
そこに仮面優等生が口を挟んできたので、妄想も終了した。
しかし、やや性急な様子に一部クラスメイトが
「えー? 花札君のご親戚のところだと、お互いに仕事以外で気遣いしちゃいそう。仕事は仕事、プロとして集中できる方がいいんじゃないかな?」
「いやー、そういうのは多分無いよ。身内でも仕事はキッチリやるのが当然でしょ?」
「それなら遠いリゾートより近場の方がいいよね! ねぇ影文くんはどこでバイトする予定?」
「決めてない全然……どうしよう」
「海の家とか夏は良さそうだよねー。夏しか出来ないし。海も近くて良くない?」
「それなら僕も海の家でバイトしてみようかなー。ははは」
「花札君は親戚のリゾートバイトでしょ?」
理人でなくても、花札星也が姉坂透愛に好意を向けているのはすぐに分かる。
ところが、どれだけクラスの人気者が手を突っ込む角度を変えて絡もうとしても、クラスのアイドルは微妙につれない態度。
その皺寄せは陰キャの方に向けられ、花札星也の理人を見下す目は、苛立ちと嫌悪に満ちていた。
とはいえ、理人はこれを珍しいと感じてしまうのだが。大体いつも嘲笑の目付きなので。
ただでさえ貴重な夏休みに理不尽な労働を強いられる上、悪意は無いのだろうが妙に迫ってくる全校的ヒロインに、八つ当たり気味なプレッシャーで追い討ちまでかけてくるエセ優等生。
私生活の大問題まで抱えるハメとなった現在、これ以上問題を増やして欲しくない理人だった。
そしてこの日の放課後、理人は珍しく花札星也から直接蹴られた。
◇
「キミは……不遇な学生生活を強いられているようだな」
いつも通り最悪の気分で家路に付いていると、駅を出て少し歩いた人気のない路地で、先日と同じように渋い英国紳士が現れた。
思いやるような押さえた声の響きの中に、呆れのようなモノを感じるのはネガティブ少年の被害妄想なのだろうか。
知られたくない事を当然のように知っているというのも、先日の説明を聞けば納得できる話ではあった。
半信半疑ではあったが。
「見てたんなら分かるでしょう……。オレにそんな強い力があるとは思えませんけど?
自分でイジメもどうにか出来ないような男ですよ」
「超能力で素の力は問題ではない。まぁ全く無関係というワケでもないのだが…………。
だがキミが非常に強い潜在能力を持つのは本当の事だ。そして、キミはその能力を正しい事に使う資質を示した。
だからこそ、私はその能力を伸ばしてやりたいと思うのだよ」
ロマンスグレーにくたびれたコートの似合うダンディ、エリオット・ドレイヴンは、桁外れに強い超能力者だった。
理人自身超能力者ではあったものの、まさか本当にこれほどの超能力を使う人間がこの世に存在するとは思わなかった。
ティッシュペーパーを摘み上げる程度の力しかない自分が同じ超能力者だとは、恐れ多くてとても言えないだろう。
そんな超能力者が、なんの気紛れかイジメられっ子の陰キャ少年を鍛えたいという。
少し前に、このダンディ超能力者がうっかり事故死するのを防いだ為、とは言うが。
「あの……多分スゴく光栄なお話なんでしょうけど。それに考えたんですけど、オレは大した事したワケじゃないし、教えてもらっても大したお礼できないし、お時間取らせるのも悪いかな、って…………」
色々考えた末に、理人はその申し出を丁重にお断りするつもりだった。
実のところ、昨夜はあまりその辺の検討も出来なかったのだが。
自分と同じ、と言うかそれ以上の超能力者が存在した事や、そんな相手に見付かってしまった、という事実で不安や混乱が渦巻いていたので。
そもそも、理人はこのダンディ超能力者を信用することが出来なかった。
会って間もない謎の人物を信じる方が、人間の危機管理能力的に問題があるとさえ思う。
理人にとってエリオット・ドレイヴンは、超能力を使う怪しい人物である。
こうなると、偶然の出会いだったのかも怪しい。
使える超能力に読心能力などは無いらしいが、それも信用できるか分からなかった。
心まで読まれていたら理人に打つ手無しだが。
「それに、この社会で超能力なんて使い道が無いでしょ? 万が一政府なんかに知られたら面倒な事になるだろうし。
そこら中に監視カメラがあるし、顔認証や歩行パターンから個人特定してくる科学捜査を誤魔化せるとも思えないし。
そういう心配はないんですか?」
かといって面と向かって、あんたは怪しくて信用できないから関わりたくない、とも言えないチキンな陰キャ少年である。
そこで、自身ではなく環境的に無理という方面から是非も無くお断りするのだ、という体でいくことにした。
そこで大丈夫だと言い切られてしまっては、それ以上固辞する理由もなくなってしまうのだが。
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