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改行。
改行。
改行。
機関銃のような力強いタイピングで、G藤は小説を書き進めた。時刻は深夜零時。早くも完成が目前に迫っている。G藤は文字が指先を伝ってノートパソコンに雪崩れ込んでいくような感触を覚えた。おお、気持ちいい。文字の奔流だ。G藤はディスプレイに飲み込まれるような前傾姿勢で変換キーを叩き続けた。
そしてついに完成の瞬間は訪れた。G藤は念入りに上書き保存をクリックすると、深い満足感に浸りつつ背もたれに身を預けた。
書き上げた。ついに私は、読者に自殺を促すような第二の『ウェルテル』を書き上げたのだ。私は読者の命を犠牲にして巨匠となるのだ。G藤は天界を飛び回るようなまったりとした高揚感を覚えた。
念入りな推敲を終えると、G藤はいつも使っている投稿サイトにその小説をアップロードした。すると数分以内にL希からコメントが寄せられた。
『新作だ!!!!!時間があるときに読みますね~わくわく』
そのコメントを読んだ瞬間、G藤の胸中の高揚感は奇妙にも凪いでしまった。部屋の空気がゲルのように重い。無音が恐ろしい。
G藤は音楽をかけた。交響曲だ。いつもG藤はこれを聴くことによって自らの誇大妄想を養っている。しかし今日に限っては誇大妄想が少しも膨らまない。なぜだろう。
理由は分かりきっていた。小説を削除しよう、G藤はそう思った。しかしすぐさまG藤は思いとどまった。称賛のコメントが大量に送られてきていたのだ。すでにこの小説は多くの人の目に触れてしまっている。撤回したところで、影響力を無にすることは出来ない。
私は凡人なのだろうか。この小説の読者が一人も自殺しなかったら私は凡人だ。読者のうちの誰かが自殺をしたとしても、その事実に心を痛めてしまったら私は凡人だ。私は心を痛めずにいられるだろうか。もし仮に、L保さんが自殺をしたとしても。
……いや、ありえないありえない。L保さんが自殺? たしかにL希さんはさまざまな苦痛を抱えている。しかし、世の中にはL保さんよりも弱い人間が大勢いる。そのような人間が自殺するべきだ。そしてそのような人間の自殺によって私は偉大な作家となるのだ。
G藤は、失われていた高揚感を取り戻しつつあった。先ほどまで雑音でしかなかった交響曲が急に美しく感じられる。おお、これだ。L保さんは自殺などしない。私は偉大だ。そう、私は偉大なのだ!
G藤が宙に勝利の拳を掲げた瞬間、彼のスマートホンが鳴り始めた。電話だ。
「もしもし、G藤です」
電話の相手はW倉だった。W倉は、意識的な冷静さを感じさせる声でG藤に要件を告げた。
「L希がオーバードーズをした。今俺は救急病院にいる。すぐ来てほしい」
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