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閑散としたファミリーレストランのボックス席。こちらのソファにはW倉W斗とL保L希が、向こうのソファにはG藤が座っている。G藤はマドラーを指揮棒のように揺らし、唾を飛ばしながら何やら小難しいことを語り続けている。それを陶然とした表情で聞くL保。
W倉はG藤との食事にすっかり辟易していた。W倉は文学に疎かった。それゆえ彼には、G藤の語る衒学的な言葉が何やら遠い異星の出来事のようにしか感じられなかった。しかしL希はG藤の言葉を理解している。それどころか、彼女はG藤のことを「尊敬している」とまで言うのだ。
W倉はL希の恋人だった。L希はG藤のファンだった。L希を介し、W倉とG藤は食事を交わす仲となった。しかし内心W倉はG藤のことを嫌っていた。W倉は、この無作法で不気味なニートがL希に悪影響を与えやしまいかと心配していたのだ。またG藤も心の底でW倉を軽蔑していた。G藤はW倉のことを「凡人」と捉えていた。なぜL保さんは私の小説を理解できるほどのセンスの持ち主なのにこのような凡人と付き合っているのだろう。L保さんは自分に自信がないのだろうか?
帰り道。G藤と二手に別れたあと、L希はきらきらとした目をW倉に向けた。
「ね、G藤さん凄かったでしょ。あの人は天才だよ」
こんなに明るいL希を見たのは何年ぶりだろう。いや、そもそもL希に精神が安定していた頃などあったのだろうか。W倉は思わず目を細めた。
L希の生活はほぼ崩壊していた。W倉に感情を爆発させ、すぐさまそのことを泣いて謝り、自傷・自殺を図る。何日も布団から出られない日が続く。自信の無さから幸福を恐れ、より不幸になる方へと無意識的に向かっていく。明らかに彼女は病的な心理に陥っていた。
しかし、G藤の小説だけは彼女に感情を取り戻させた。それは明るい感情でもなければ暗い感情でもなかった。それは一種奇妙なカタルシスだった。そして、W倉はそのような感情のチャンネルを持ち合わせていなかった。
L希はG藤の小説からどのような感情を受け取っているのだろうか。その感情はL希の病状を好転させているのだろうか、それとも……W倉はL希の彼氏として誠実に悩んだ。L希に勧められるがままにG藤の小説を何度も読んだ。しかし悲しいかな、彼は文学への感性を本当に持ち合わせていなかった。彼はただただ、そこに綴られた暗い描写の連続から漠とした不安だけを受け取ったのだ。
「ひょっとして嫉妬?」
W倉がG藤に関して忠告めいたことを口にするたびに、L希はそう言って笑った。
「大丈夫だよ、私が好きなのはW斗君だけだから」
それはそうだろう。W倉はそこに関しては完全にL希を信頼していた。しかし……
ああ、俺はなぜこうも口下手なのだろう。W倉は、不吉な感覚を上手に言語化できない自らを呪った。その「言語化」という一点の能力だけを使って、G藤は俺の彼女を惑わしているのだ。俺はいったいどうすればいいのだろう。
悩みながらもW倉はL希のことを愛し続けた。街灯が冬のアスファルトに二人の影を淡く引き伸ばす。遠くで犬が吠えている。
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