緋色の刀 ーあるいは一人の修羅ー

助手

第1話

俺は一人の修羅なのだ。

魔物を狩り始めて数年、だんだんと自分をそう思うようになっていた。

今まで幾たびも魔物を葬ってきた、鳥も馬も、狐や蛙も。

一匹でも十匹でも変わることなく、自分の腰に差した刀で屠ってきた。

「どうぞお気をつけてくださいまし、この先はなんでも妖怪が出るだとか」

そんな事を通りがかった茶屋の娘から聞き、妖怪が出るという所までやってきた。

「ふむ」

魔物が出没することが書かれたいくつもの立札を横目に三叉路を進んでいく。

しかし、そこは荒れた道と両脇を埋め尽くす竹林が広がるばかりで、魔物や妖怪の気配などはしない。

きっと、臆病な誰かがここで何かを見間違え、それに尾ひれがついただけなのだろう。

そう思い、来た道を引き返そうとすると、竹林の間からやや下った辺りに小川があるのが見えた。

ゆっくりと竹林の中を進み、小川へと出る。

刀に手をやった、いつものように熱を感じ取る。

一気に砂利を蹴り、間合いを詰めてそのまま刀を引き抜く。

「ぎぇっ」

それが鬼の最後の言葉だった。

胴から真っ二つになった体は切られた部分が僅かに燃えている。

ある人から奪った私の刀で切られたからだ。

刀の血を払って鞘に納めると、どこからか拍手が聞こえた。

「お見事、お見事、お見事。わたくし大変、感服いたしましてございます。ややっ、刀に手を当てるのはおやめくだされ、決して怪しいものではございません」

「河童風情が。怪しくないとはどの口が言っている」

細めの河童が姿を現した。背丈は私より低いが、それは物腰のせいかもしれない。

「ややっ、ややっ、ややっ。これは手厳しい。しかしてですね、あなたの腕前、大したものではありませんか。ここは一つ化け物の頼みをお聞きいただけませんか?」

どこで覚えたのか薄汚い商人の真似事のように両手を重ねてにやにやとにやけている。

「俺は一人の修羅なのだ。魔物は切り伏せるのみ」

「いえ、いえ、いえ、もちろんただでとは申しません。こちらにあなた様への報酬を書き記しておきました。人間様の世界では『契約書』なるものが必要だとか、わたくしこう見えて心得ておりますので」

にやにやと河童は紙を差し出してくる。受け取って開いてみると何やらみみずがのたくったような鉛筆の文字が記されていた。

「字が読めん」

「あれ、あれ、あれ? 人間様を真似て書かせたつもりでございましたが、そうですか、違いますか。まあまあ、それならこう致しましょう。あなたは鬼を倒せるほど立派なお方だ、そこで私の村を救って欲しいのです。私の村はそこに転がる鬼達によって支配されております。わたくしは何とか逃げおおせましたが、仲間たちが囚われております。そこで・・・・・・」

「鬼退治をしろと」

「はい、はい、はい! いやいや話が早くて助かります。我々の仲間は鬼の怪しげな妖術で操られておりまして、わたくしを見ても仲間だとは気づいてもらえません。恐らくは頭目の大きな一つ目赤鬼を倒せばその妖術も解けるものと思います。契約書はございませんが、如何でしょう、助けていただいた暁にはあなた様の欲しがるものを何でも叶えて差し上げましょう」

「俺の願いは貴様ら魔物を屠ることだ。そなたらの命をくれるというなら応じよう」

「左様で、左様で、左様で! ええ、ええ、構いませんとも!」

河童の不気味な笑い声が小川に響く。

「いいのか? お前らを殺すのだぞ?」

「結構、結構、結構! ただ皆殺しではあんまりですので、あなた様がお一人だけ選んではくださいませぬか? 鬼を倒していただければ他のものは決して、魔物に誓って村に下りたり、人を襲ったりなぞいたしませぬ。もし破ったとあれば、どうぞ皆殺しにしておくんなさい」

河童は笑顔のままでそう言い切った。そういうならばと河童の後を追って行き、鬼に支配された村へと向かった。

「へぇ、へぇ、へぇ、あれが私どもの村でございます」

米でも植えているのか田んぼが幾枚かと、それらの中に家が建っている。傍から見ればただの村だろう。

「あの一番大きな家に我々の村長と、鬼がおります」

河童はそういうと村長の家まで案内した。家の前に着くと。

「さぁ、さぁ、さぁ、奴ら鬼めを懲らしめておくんなさい」

そう言われ格子戸を抜けて家に入ると、大きな鬼がこちらに気が付いた。

「やいのやいの、おめえさん。人だね? 人が何だいこんなちっぽけな村に。それとも俺が喰ってしまおうか」

ぎょろりとのぞく一つ目と真っ赤な皮膚をした巨漢の鬼がこちらを見下ろす。

なるほどこいつが親玉らしい、赤鬼の声に気づいたのか、家の奥から数人の鬼が出てきた。

「俺は一人の修羅なのだ。貴様ら魔物なんぞにくれてやる命はない。妙な縁で河童達を操っているお前を屠りに来た」

それを聞いた赤鬼は、数瞬呆気にとられたあと、大きな声で笑い始めた。天井に当たらぬようかがめていた背中を思い切り伸ばして、のけぞりながら笑う。

「ははっ、あまりにおかしなことを言う奴のせいで、天井に穴が空いてしまったわい。俺を屠る? なかなか、なかなか。今時いない青二才だ」

取り巻きの鬼も笑い出したが、気にせず続ける。

「河童達にかけている妖術を解けば、お前たちを逃がそう。俺も河童の使いなど良い気分ではないからな」

「そいつは言えてるな、河童に顎でつかわれちゃ世話なかろう。ただなお前さん。俺達が妖術を使っていると何故わかる?」

赤鬼の大きな目玉がこちらを見据える。

「それはこの村から逃げ出した河童がそう言っていたからだ」

「ふむ、だったらこうだ。もしそいつが、陰気な笑い声をあげる細目の河童が、逃げたのではなく『逃がしてやった』のだとしたら?」

鬼が不敵に笑った瞬間、後頭部に激痛が走る。

「ぐぁっ・・・・・・」

その場に跪く、何か陶器のようなもので殴られたらしい。

「堪忍、堪忍、堪忍、わたくしもかようなことはしとうございませんが、ほかにしようがございません」

道案内をした河童のかすれるような声が聞こえる。

「これが最近この辺りの魔物を殺しまくっている奴というのか、何とも歯ごたえのない。おい!」

赤鬼がそう声をかけると、取り巻きたちが頷く。

「赤鬼様、これで約束は果たしました。どうか、どうか、どうか我々を解放してくださいまし」

河童は悲痛な声で、何やら紙を渡している。

「ふむ、そのような契約だったな。しかし、俺は字が読めない。だからお前たちはこのままだ」

「そんなっ! 村で一番利口な私の息子が書いた人間の文字の契約ですぞ!」

「ええいっ、うるさいわ」

言うが早いか、赤鬼がぶんっ、と腕で薙ぐ。すぐに河童の上半身は吹き飛び、残った下半身だけが膝を着いてぐったりと倒れる。

「馬鹿な河童が」

赤鬼は自分の腕に着いた血を無造作に払うと、もう一度こちらを見た。

「お前はもう少し苦しんで死んでもらおう。俺の同胞もお前にやられたのだからな」

鬼達が足を掴み、そのまま引き摺ろうとする。

だが、

「俺は一人で修羅なのだ」

「あぁ?」

そう呟くと赤鬼と目が合った。

それと同時に、刀が赤くなりだし、それはだんだんと緋色に近付いてくる。

「お、親分・・・・・・」

「刀を奪え、何かまずい!」

赤鬼がそう言い、鬼の一人が刀に触れるが、

「ぎゃあぁぁぁっっっ!!!」

手から煙をあげながら地面を転がりまわる。

鬼の一人は血の気の引いた声をあげて、尻もちを着いた。

これで、体は自由になった。

ゆっくりと立ち上がり刀を鞘からゆっくり引き抜くと、刀身が緋色に輝いてる。今回のはなかなか扱いずらい。

「お、お前、その刀・・・・・・、まさか」

「見覚えがあるのか? そうだ、『修羅の刀』だ。修羅道にいた阿修羅から奪ったものだ」

人も魔物の区別もなく、皆際限ない苦しみを味わう、修羅道とはそんな場所。

ひとたび落ちれば救いはなく、ただただ争うばかり。

堕ちることも昇ることも許されない地獄の中で、俺は一人の修羅となった。

苦しみと争いの絶えない修羅で、俺は魔物と阿修羅を相手に戦い続けた。

「そして、俺は一人で修羅になった」

阿修羅が刀に封じていた修羅道を俺が奪い、阿修羅をその中に封じ込めた。

刀で切るときに炎を宿すのは、刀の中で人と魔物と阿修羅の苦しみと争いの炎が燃え上がっているから。

魔物を狩るのは、そうし続けなければ俺は刀に喰われてしまうから。

「俺は一人で修羅なのだ」

自分が傷ついたり、人間の真似事なぞをすれば刀は俺の束縛から己を解放しようと躍起になる。

しかし、その瞬間、刀には何人も寄せ付けない力が宿る。

「・・・・・・かぁっ」

頭から流れる血で前は良く見えなかったが、どうやら赤鬼を切ることができたらしい。

その切り口は、最初に切った鬼の時よりも赤く、緋色の炎が燃え盛っていた。

「お、親分が・・・・・・」

周りの鬼達は一刀にして屠られた赤鬼を見て顔を真っ青にしている。

「こうなりたくないなら、俺の前から消え失せろ。この近くでお前たちを見かけたら今度は忠告などせずに・・・・・・、切る」

緋色の刀身を光らせると、鬼達は我先にと家を飛び出した。

河童と鬼の死体だけが残った家に一人立っていると、騒ぎを聞いてか家の奥から小さな河童が出てきた。

河童の死体を見つけると、よろよろと近づいてその場に跪いた。肩がかたかたと震えている。

「父親か」

子供の河童はこくこくと首を動かした。

「すまない、父親を助けてやれなかった。だが、お前のお陰で助かった」

そう言って、小川で河童からもらった「契約書」を懐から取り出す。そこには鉛筆でこう書かれていた。

「これは罠です。鬼が狙っています」

河童の子供は下半身だけになった、父親の前で泣いていた。

村の離れに丘があり、そこに父親を葬るための墓を掘った。

土を掘るたびに刀が緋色に輝いていったが、何とか人一人が入るほどには掘ることが出来た。

「お前が入れてやれ、これ以上は俺にはできない」

傍に立っていた河童はこくりと頷き、粗悪な棺を墓に入れ、土をかける。

しばらくは眺めていたが、俺は丘を降りることにした。

村に戻ると鬼の支配から解放された河童達が大騒ぎしていた。

河童達は俺を見ると、涙を流しながらお礼の言葉を口々にしていたが、その度に刀が緋色に輝いていく。

しようがないので、俺はそれら全てを無視して村を去る。

竹林を抜けた後、茶屋で休んでいると飯を持ってきた茶屋の娘が言う。

「お侍さん、お侍さん。聞きましたか? 南の村に鴉の魔物が出たらしいですよ。ご注意なさい」

そう聞いて、次に俺が行くところは決まった。

刀はすっかり元の色に戻っている。

俺は一人で修羅なのだ。


所要時間3時間

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