第62話 聖夜祭 2人の青春物語は、まだまだ続くのだろうな……
「新子友花さん! 忍海勇太君! 不純異性交遊――学園行事のまっしぐらで! キスはちょいと待ちんしゃいじゃいな!!」
大美和さくら先生が、
国語教師なんだから……言葉をきっちりとお願いします。
「お、大美和さくら先生?」
「先生……?」
唇がチューする3秒前――
ハッと我に戻った2人。
清く正しい……とは言い過ぎか、聖ジャンヌ・ブレアル学園の2年生の新子友花と忍海勇太の恋路に割って入ってきたのは、ラノベ部顧問で国語教師の大美和さくら先生。
……慌てて先生が、舞台中央まで駆けてくる。
「はい! そこまでにしましょうね!!」
寸止めおもむろに、2人の間に入り引き離した。
会場の皆々様――
付属幼稚園と保育園の立ち上がっていた子供達も、拍手喝采入りで『キス!』なんて大合唱していたのだけれど、先生が舞台に上がってきたら『あの……ひと。だれだろう?』と今度は隣同士でヒソヒソと。
隠れキャラと化した大美和さくら先生を、疑問符を頭の上に掲げて見上げている。
「新子友花さん。忍海勇太君。――付属幼稚園と保育園の子供達の前で、そういう不純な行為はダメダメですからね」
と指でバッテンを作りながら言うなり――
「だから! はいっ、ダメです!!」
「ちょ、先生」
「先生……にゃんにして」
2人を裂きイカの如く、ズバッと裂いた大美和さくら先生であった。
「ダメなものは、ダメですから。そういう行為は学園外の治外法権――バス停とか深夜料金の映画館とか、またはエレベーターの中でチュッチュしてくださいね」
まるで、春先の家の庭で盛っているオスメスの野良猫の交尾中に、水をぶっかけてる家主のように『したけりゃ……庭の外でやれ』である。
「子供達に、見せるもんじゃありませんよね?」
ニッコリと微笑んで見せる先生――でも、目が笑っていなかった。
「あ! あとエレベーターの中には24時間体制で監視されていますから。誰かさんが必ず見ていて録画されているので気を付けてくださいね♡」
つまり、職員会議扱いにしたくないっていうことですか。
「……て、先生が始めた聖夜祭でしたよね?」
新子友花が率直に質問する。
「はいなっ、です!」
慌てて舞台中央に掛けてきたもんだから、髪の毛がちょっと乱れていることに気が付いた大美和さくら先生、会場で生徒達は勿論のこと、付属幼稚園と保育園の子供達と保護者の前で、このヘアーは教師としてもいかがなものか?
両手を手櫛にして、乱れを直しながら彼女の質問に返事した。
「その聖夜祭の寸劇も、行事の一環だし~」
「だ、だったら……どうして聖夜祭の寸劇が、ロミオとジュリエットなのですか?」
代わって、忍海勇太が至極当然の疑問を尋ねた。
「……それは、どういう意味でしょう?」
手櫛を終えて一安心、両手を前で重ねる。
「……先生、その寸劇をしろって言われたので……、そのロミオとジュリエットって……」
新子友花もたまらず話し掛ける。
「……て?」
「その……キスする……、ストーリーじゃないですか!」
それを隣で聞いていた――
「お前って、やっぱ俺とキスしたかったのか?」
「……んにゃい! にゃいにゃい!! だから寸劇のストーリーの話じゃい!!」
忍海勇太からのワンクッションも入れてこない大胆発言に、あわわっと頬を赤くする新子友花。
「アホ! バカ! なんでそうなる?」
「だって……、そうなんだろ」
「何が、そうなんだ! 勇太って」
もう、何がなんやら……聖夜祭ですよ。今宵は――
「新子友花さん。忍海勇太君。実は、聖夜祭の寸劇ロミオとジュリエットにはね。とっても深い意味があるのです」
「……ほ、んとうですか。大美和さくら先生」
会場のドン引き、仰天、他の教師からの冷たい視線もなんのその……、先生はまったく気にもせず。
可愛い教え子からの素直な驚きに、
「……ほら、見上げてください」
兎に角、その気持ちに応えたくて……、先生が見上げながら指をさした先には、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像がある。
舞台中央で繰り広げられている光景に、子供達は見入っていた。
これも寸劇のお話なのかな?
まだ、寸劇続いているのかな……という具合に、みんな注視していて――
全然、寸劇じゃありませんからね。
「ロミオとジュリエットはね、叶わぬ恋物語ですよね」
「はい先生。存じています」
ゆっくりと、そして大きく頷く新子友花。
「……聖人ジャンヌ・ダルクさまも、先生が思うに恋が叶わないまま……亡くなったのでしょう。だから、その追体験をね、……こうして寸劇でやろうって思ってね」
「やろうって思ってね……。って、先生?」
忍海勇太も話に入る。
「どういうことですか? 大美和さくら先生」
2人は共通の疑問を抱いた。
……思ってね。
先生のその言い回しに、いつも部室や授業で会っているものだから違和感を感じざるを得ない。
でも、先生の性格を考慮すると、なんとなく想像できるけれど……。
新子友花と忍海勇太はこの時、
文化祭のメインイベント――『殿方争奪バトル!!』で途中乱入してきて、豹変した大美和さくら先生を思い出した。
「まあ、こういうことです。勇太君……」
と、先生は両腕を組んだ。その姿、なんだか嫌な予感がする。
「……聖人ジャンヌ・ダルクさまの叶わぬ恋を、一番端的に近く表現できている物語が『ロミオとジュリエット』だろうって。先生が学生の時に、理事長に聖夜祭でロミオとジュリエットをやりましょう! ……って嘆願しちゃったんだな」
また嘆願だ……。
なんと、聖夜祭にも『大美和さくら』の影響力が効いていた。
「でも先生。去年の聖夜祭は、ロミオとジュリエットじゃなくってシンデレラだったと……」
右手を挙手して質問をする新子友花……、しかも舞台中央で。
その姿、第一章の始まりを思い出させる。
「……そうでしたね。去年は生徒会から猛反発食らいまして」
「猛反発……ですか?」
「はい。ロミオとジュリエットってキスシーンあるじゃんって……。先生、それマズいでしょ……てな具合に演目は変えられました」
「……そ、そなんだ。生徒会に決定権があるんだ」
声のトーンを下げながら、新子友花は、
「あんにゃろ! 愛め……どうして演目を変えないかな」
当然、そう恨むよね……。
でもさ、神殿愛は彼女なりに学園のバリアフリーに力を入れていたから、聖夜祭の演目まで考えが回らなかったんだと思う。
「……あの先生」
続いて忍海勇太が、
「はい。 何でしょうか??」
ニッコリと唇を上げる大美和さくら先生。
「あの、寸劇のロミオとジュリエットで2人がキスしたら、というか、そういうストーリーですよね これって、その……本当にキスするって場合には、どうしたんですか?」
彼もこっそりだけれど、右手を挙手して質問する。
「どうしたとは……ん?」
大美和さくら先生は、首を少し横に傾けた。
「いや……したふりじゃなくって。本当にキスする生徒もいるじゃ……ないですか」
「それは、勇太! あんただけだ」
思わず何言いだすんだ! 新子友花が肘鉄を脇腹へとお見舞いした。
「ん! ああ……、そういう質問ですか。忍海勇太君も青春してますね~」
「こ……これが青春なんですか?」
「ふふっ……ふへ……ふへへ!」
大美和さくら先生が、不敵なほくそ笑みを表情に見せる。
……そして先生が、
「まあ! 私がジュリエット役の時には、キスしちゃいましたけどね〜♡」
推定年齢27歳(あえて書かせろ!)の国語教師――大美和さくら先生よ。
作者には分かるぞ!
あんた、自分がキスすることが目的で聖夜祭を始めたんだろ!!
「……あの大美和さくら先生」
こんなことだろうと……なんとなく想像できた新子友花。
まったくうろたえることもなく、続けて質問をした。
「は~い! 何でしょうか? 新子友花さん」
どうしてテンション高めになった?
「さっきまで、子供達の前でキスするのはダメだって仰っていましたっけ? それが自分が学園の生徒の時にはオッケーっていうのは、いかがなものなのでしょう」
生徒よりも先生が大事?
学生時代の思い出として、ここは聞き流しても……できないか。
「そうですね……。なんて言えばいいのだろうな」
顎に人差し指を添えて、大美和さくら先生は舞台上に掛けてある照明を見る。
「本当に……、何て言えば?」
「まあ、聖夜祭の後で職員会議やら理事長室に来い……とか、面倒ですしね。ここは教師として……その建前を貫こう」
「た、建前……ですか。先生」
たまらず、忍海勇太がツッコむ。
「はい! 大美和さくらは、あなた達の先生で~すから♡」
仰るとおりです……。
新子友花と忍海勇太はそれ以上は……ダメだなって。
そう、思って――
新子友花と忍海勇太の寸劇を、さっきからずっと、舞台の後ろで見つめていた聖人ジャンヌ・ダルクさまの像。
勿論、像なのであるからして、その表情はまったく変化はしない。
するはずがない。当たり前か。
けれども、その聖人ジャンヌ・ダルクさまの像には確かに『救国の聖女』ジャンヌ・ダルクの魂が入っている。
*
「……なんともまあ、折角の聖夜であるというのに。お前達は……とくに大美和さくらよ。相変わらずムードっていうものを知らないのか。お前は……はあっ」
嘆息ついたのはジャンヌ・ダルク――
牡丹雪が積るガーデンから、神通力のようなテレパシーのような思考で、教会内で巻き起こった一部始終を覗いていた。
「……自分の初恋の話を堂々と書ける勇気があるくせに、いざ、目前に新しい恋芽生える瞬間が訪れると、億劫になってしまう新子友花。――お前、お前と言い続けることで、まるで野良猫にそろそろと猫じゃらしを揺らしながら近寄り、相手の気持ちを手探りで感じていこうとしている忍海勇太……」
頭に積もった雪を半ばあきれ顔に手で払いのけながら、そうブツブツと銀色におさまる雪化粧の上で呟く。
「……お互い、本当は気になっていて……好きなくせに。なんともまあ……この2人の恋路のゴールであるライスシャワーは、まだまだ、おあずけか? ふふっ……」
と、ジャンヌ・ダルクは口元を手で押さえながら吹き出した。
見ていて、飽きんぞ――
だから、2人の青春物語はこれからも、まだまだ続くのだろう。
「くくっ……ふぅ。ふ……ふふっ」
ジャンヌ・ダルクは独り、笑いを堪えている。
それでも、羨ましいぞ――
「ねえ、ジャンヌさま……」
ジャンヌ・ダルクのコートの裾をグイっと引っ張るのは子供ヴァージョンである。
「なんだ……」
笑うのを止めて、子供ヴァージョンの頭に掛かっている雪を払いながら、優しく撫でた。
「どうして、あの2人はキスしなかったのですか?」
「……ああ、お前も見ていたのか」
「うん!」
どうやら、子供ヴァージョンも神通力でテレパシーのような力で教会内の顛末を見ていたようだ。
「だって2人は、お互いのことを……」
「さあー。それはどうかな?」
わざとらしく、ジャンヌ・ダルクは顔を左右に振る。
「どうかな……?」
当然、幼い子供ヴァージョンには分からない。
「好きだからといってな……。そう簡単に、自分の唇を許せるような……年齢でも無くなったってことだ」
「ジャンヌさま? それ、どういう意味ですか?」
コートの裾を更にグイっという具合に引っ張って、
「それはな、新子友花が書き残した文芸誌を読めば、分かるぞ……」
「読めば……?」
「って、子供ヴァージョンには漢字が難しすぎるかのう?」
口角を上げながら、足元に縋っている子供ヴァージョンを見つめて、ジャンヌ・ダルクは言う。
ジャンヌは笑った――
「ジャンヌさま?」
見上げている子供ヴァージョン……眉間を狭める。
すると、その表情をしばらく見てから、察して――
「じゃあな、分かりやすく教えようぞ」
「はい! ジャンヌさま!!」
子供ヴァージョンの曇らせていた表情が、一気に明るくなった。
「つまりな……誰かを好きになれば、また新しい出逢いを受け入れることになるから……だぞ」
「なるから……だぞ?」
「ああ……、だぞ。そうなるからな」
それ以上は言わなかった。
「えー! それじゃ~分かんないって」
身体をグイグイとひねって、子供ヴァージョンが駄々をこねる。
それを見たジャンヌ――
「新子友花にとって彼は……、本当に大好きな彼だから……だ」
「だから……だ? もう! 分かんない、分かんないって!!」
桃の節句に菱餅たべた~い! まだ、飾ってあるから、後で食べましょうね。
振袖を着た女の子が雛壇の前で、身体をくねらせておねだりしているようだ。
「……彼にはな、忍海勇太に誘われることを……。そう誘われることを、彼女はひそかに思っていてな……。そう思っていることが、『あたしにとっての。今の幸せなんだ』と、……そういうことだ」
幼い子供ヴァージョンに、青春時代まっしぐらの2人の心情を説明するなんて難しい。
というより、説明しなくてもよいのだけれど……、我が分身としてここは親切になろうとジャンヌ・ダルクは思った。
「……もう! 分かりません」
頬を膨らませる子供ヴァージョン、ついでに両手を腰に当てる。
「……ジャンヌさまのいじわる」
「ふふっ……。そう膨れるな。本当の恋仲となった男女とは、そういうものなんじゃないかな?」
子供ヴァージョンを優しく撫でた――
「そういうもの……ですか?」
「ああ、そういうものだぞ。ほれっ、雪だるまを作ったように……あれ、時間が掛かっただろう」
一度は上の球がコロコロと転がって失敗してしまったけれど、その後ちゃんと作り直した雪だるま――
牡丹雪に包まれながら堂々とガーデンで存在感を見せている。
これ、明日通学してくる学生が見たら驚くよね。
だって、ジャンヌ・ダルクの像と同じ大きさだから……よく作ったね。
――ジャンヌ・ダルクは手の平に雪の小粒をすくった。
その小粒の雪は、すぐにジャンヌ・ダルクの体温(神様にも体温?)によって、水へと状態変化する。
「ホワイトクリスマスか。ドンレミのクリスマス・イブ――」
ジャンヌ・ダルクは天を見上げてそう言い放った。
その姿を不思議に見上げるのは、子供ヴァージョンで……。
「ジャンヌさま?」
「火刑に処される運命を……、あの時の我には気が付くこともありえん……かな」
チラリと子供ヴァージョンへと視線を返す――
*
聖夜祭もなんとか収束して、
ここは聖ジャンヌ・ブレアル学園から、数十分くらい歩いた路地である。
しんしんと……、雪が降る。
朝から晩までずっと降っている。
やむ気配はない。
その中を新子友花と忍海勇太が、揃って帰路に向かっている――
「あ~ なんか気が抜けた。大美和さくら先生って、なんだかんだ言って大胆だよね」
「……ああ本当にな。普段はニッコリと微笑んでくれているけれどな」
真冬の深夜――
1人じゃ危ないだろって、忍海勇太が新子友花の自宅まで付き添ってくれている。
「ありがと……。勇太」
「何がだ?」
「その自宅まで付き添ってくれて……」
そう呟く新子友花、コートを羽織り直してからマフラーを口元まで覆った。
雪は朝からずっと降り積もっていて、京都でここまで積雪するのは珍しかった。
誰かが除雪してくれたおかげで、帰路に歩く道路にはそれほど雪は積もってはいない。
塀の端っこに雪の山が作られていて、歩き易く滑らないようにしてくれている。
それでも、しんしんと……雪は降ってくる。
「そりゃ……男として、当然だわな」
「……あ、あんたにもさ、男としてって気持ちあったんだ」
あからさまに、新子友花がオーバーリアクションを見せた。
恥ずかしさ……の裏返しだった。
ちなみに、いつも一緒の登下校の東雲夕美花、駅前のスーパーの安売りでそそくさと下校して。
神殿愛は、生徒会仲間と聖夜祭の打ち上げを友達の自宅でするという話である。
新城・ジャンヌ・ダルクは……どこに行った。帰宅したのだろう。
「……ゆ、雪だね」
「ホワイトクリスマスってか……」
新子友花がそっと手の平を広げると、その手に小さな雪が乗った。
乗ってすぐに、水へと状態変化してしまった。
忍海勇太は、その彼女の手の平で水になってしまった雪の粒を見つめて――
「……聖夜だな。まさに」
小さく、そう呟いた忍海勇太。
「聖夜だよ……ね」
つられて、新子友花も呟くと頷いて――
「あのさ……」
「うん……。何、勇太」
両手をはぁ~と自分の息で温める新子友花に、
「お前がラノベ部に入部してから、いろんなことがあったな」
忍海勇太が話し掛ける。
「うん。そ……だね」
もう一度、大きく頷いた。
「……、………ああ。あった……け」
「ゆ……、う………」
『た』が出ない新子友花――
しばらく、無言になって帰路を歩いてから。
「……合宿で子供達に紙芝居を読んで聞かせたり、文化祭では文芸誌のメインを書かせたり、なんか新入部員に大変な事を任せてっきりで……」
「まかせて……なに?」
「任せて、ラノベ部の部長としてすまん」
「す……すまん」
「ああ……」
「ゆ、……うた?」
今度は言えた……けれど。
でも、ほとんどかすれて語尾は忍海勇太には、聞こえなかっただろう。
2人は畳み掛けるように、早口になっていることに自分達は気が付いていない――
「勇太……」
チラッと横目で彼表情を見ようと……思ったけれど。
ずっと降り続く牡丹雪が邪魔になって、……よく見えない。
「……ゆうた?」
珍しかった――
彼から誤る言葉なんて、今まで聞いたことが……なかったから。
新子友花は再びマフラーを、しっかりと口元から鼻のあたりまでぎゅっと覆った。
「……おいって」
新子友花の縮まった姿を見る忍海勇太――
彼女の肩にかかった雪を、ささっと払う。
!
えっ? ちょい勇太!?
という驚きの声と同じく、ドキッと心をバクバクさせる新子友花。
歩みを止めた……
!?
続いて、忍海勇太もである。
「…………」
目を合わせようとは思っているけれど、何故か無意識にそらしてしまう。
新子友花は視線を据える方向を探していた。
「……ついてきてくれるか? 俺にさ」
と、そしたら、忍海勇太が前触れもなく――
「それ……勇太。……それって、もしかして告白。あたしへの」
聖夜に―― あたし告白されちゃった。
新子友花は直観、そう気付く――
かぐや姫もびっくりじゃん。
でも、お姫様は月に帰っちゃったっけ……。
シンデレラは、12時を過ぎてガラスの靴を片方脱げて、帰っちゃったっけ……。
……ジュリエットなんて、叶わぬ恋のまま最後は。
そんなこんなの御伽噺――
あ……、あたしなんかが幸せに、幸せになっていいのかな?
新子友花は俯き、こんな雑念を考えていた。
否か?
高校2年生の女の子には、切実な恋愛慕情だよね?
「あたし……さ、頭悪いし、おっちょこちょいだし」
……新子友花、告白されたことは嬉しかったのだけれど。
なんだか、聖夜祭で子供達の前でキスさせられそうになったり、大美和さくら先生から学生時代のことを教えられたりしたために、
今日は、もう……帰りたかった。
でもさ。その矢先に告白って――
「……お前」
「だから、あたしの……ことを」
「ラノベ部の部長の俺はな、部員も少ないし、来年新入部員がどれだけ入ってくれるか。……ほんとに俺は困っていてな……」
「へ?」
雪は深々と……この街を。
聖ジャンヌ・ブレアル学園が、すでに遠目に見えている帰り道。
しんしんと降る牡丹雪に隠れ
……あの教会の中、聖人ジャンヌ・ダルクさまは……今は一人。
祭りの後の教会内で、もちろん何も言わない。もう、言わなくてもの仲だからかな??
っていうか、
さっきまで、ガーデンで子供ヴァージョンと結構喋っていましたよ。
ジャンヌ・ダルクも……そんなに思う程に独りじゃないって。
「へんてこりんな……ラノベしか書けていないお前だけど、それでも部員は部員だ。部員がいないとラノベ部がピンチになるからな」
腕を組む忍海勇太、うんうんと自分で何やら納得している。
「あ……あのさ、勇太?」
状況が、いまいち理解できないのは新子友花だった。
告白……だよね?
「あっ! お前がいてくれるだけで、ラノベ部として、お前、ありがたいんだ」
「はあ……? ありがたい、とな」
「そうだ……」
忍海勇太がそう返事すると、こんなしんしんと雪降る中で、彼には似合わないニッコリとした微笑みを見せた。
「はあ……」
「そうだぞ……」
と、彼は新子友花のコートの雪を払ってくれた。
「……はあ?」
だけれど、
新子友花は自分の肩に掛かった雪を、払ってくれている彼の手を払う。
「な……にゃにそれ?」
相も変わらず緊張すると、語尾が……緊張するわな。
新子友花は数歩前へと歩み寄って、クルッと向きを彼へと向けて……
彼女も、ふふっとニッコリと微笑んでから、
「ほんっとに、呆れちゃう!! ねえ?」
でも、なんだかホッとした新子友花だった――
彼女はそれからも、数歩前へとスタスタスタと歩いて……。
それを、不思議そうに見つめているのは忍海勇太だった。
太宰治の桜桃、走れメロス――
寸劇で演じた、シェイクスピアのロミオとジュリエット。
あたしには、まだ似合わないよ。
「ねえ! 勇太はどうして、勇太なのよ!!」
両手を口で覆って、新子友花が叫ぶ。
それを聞くなり、
「おま……え。じゃあ、友花はどうして、友花ってことになるぞ!!」
負けじと、忍海勇太も大声で言い放った。
「さあ~。どうしてかな」
「なんだそれ……。じゃあ、俺もどうしてかなって?」
「ふふっ……、あはははっ」
「ははっ……、あははっ」
新子友花と忍海勇太の笑い声が、聖夜に広がって、
雪は、相変わらず降り続いていて――
しんしんと、しんしんと。
――これって、どうやら明日も雪になるみたいだね?
もしかしたら、ずっと雪かもしれない……って、そんなことないかな♡
第六章 終わり
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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