第61話 聖夜祭 キス! キス! キス! キス!! キース! キース!! キース!!

 この聖夜祭のために、朝っぱらから夕暮れまで――

 演劇部の部員達、コーラス部も誰もかれもが、この日のためにせっせと準備を整えてきたんだけれどねぇ……。



「は? はあっ?」

「なんだ……。なんだ、これ?」

 新子友花と忍海勇太――

 結構、熱を込めてロミオとジュリエットを演じている最中のことだ。

 会場が、何やらざわつき始めたことに気が付いた。

「うわー! すごーい!! 大人の恋愛だ~」

 聖夜祭に招待された付属幼稚園の男子1人が、ものすんごいテンション高めに大きく叫んだ。

 それが、まあ聖ジャンヌ・ブレアル教会の中では……、響くんだよ。


「大人の恋愛なんだ~」


 何故か、新子友花と忍海勇太が演じている姿をじ~と見つめて、憧れている様子で、

「ここから2人、付き合っちゃうんだ~」

 2人は学園の2年生ですけど……。


「……な、なあ勇太」

 新子友花が、

「お、俺達、何か変な演技でもしたっけ?」

 忍海勇太の袖をクイッとひっぱりながら尋ねたけれど、彼も当然のこと分からなかった。


「うわ~! ハッピーエンドだ~」

 その男の子のハイテンションは止まらない。

 ノンストップに椅子から立ち上がるなり、ピョンピョンと兎のように飛び跳ねて興奮を隠さない。

「へえ! じゃあこれで、ハッピーエンディングなんだ!」

 すると、その男の子の斜め後ろの席で聞いていた女の子も釣られた。


「これが、僕達の聖夜祭なんだ――」

 意味が分らんよ……。

 男の子の目の中に、キラキラと輝く星が見える。

 輝かせながら、その子は両手を胸の前で握って……十字を切る。

 付属幼稚園でもカトリックの教えを教えているのか?


「うわ~! すご~い」

「すご~い!」


「うわわ~!!」


 その2人の子供につられたのか……。

 周囲におとなしく座っていた子供達も、次から次に興奮し始めて、

「聖夜祭って凄いね。大人のハッピーエンドだ……」

 やんや、やんやと騒ぎ始めた子供達の中、1人着席している前列の女の子が、そうボソッと呟いた。

 いえいえ……、ロミオとジュリエットにハッピーエンドはないからね。


「……こ、子供達が、」

 新子友花が舞台上から見る光景は、はっきり言って『なんで?』だ。

「ああ、騒いでる……よな?」

 同じく、忍海勇太も教会の端から端までを一通り見渡して、

「……なんでさ。この寸劇で、こんな大合唱が」

「この寸劇って、悲愴なのにね。勇太さ」

 その通りである。

 ロミオとジュリエットにハッピーエンドなんて存在しない。


 あるのは……、バットエンド。

 つまり死亡フラグしかないストーリーだ。


「ロミオとジュリエットはね、最後にキスしちゃうんだよ」

 またまた、別の子供1人が言いました。

「キスしてね、リンゴを食べてね。そしたら生き返ってね……小人になっちゃうんだ」

 ……なんだか、白雪姫と間違っているような。

 それに、ストーリーが逆行しているぞ。


「ええ! 大人だ~。すご~い!!」

 その隣に立っている女の子が聞くなり、大興奮で感泣寸前だ……。

 だから、2人は17歳ですから未成年だよ。

「だからさ、ここは僕達」

「うん! 応援しないと」

「そだよね」

「うん! 応援していかないと!」


 どうしてそうなる?

 若気の至りと言うには、まだまだ早すぎる……。

 とまあ、次から次へと子供達が騒ぎ始める。

 すでに……この物語は寸劇で、つまりはフィクションである。ということを忘れている様子だ。

 ある意味こうして観客で興奮しまくっているのを客観的に見たら、寸劇は寸劇として成功を収めているのだろう。

 でも、私語はダメだからね。



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 大合唱はいつしか、コーラスに――

 こんな具合に、教会内が子供達の“キスキス大合唱”になってしまって、

 さっきまで在校生がサンビカを唄っていたけれど、それ以上に会場全体を包み込んでしまって。


 ……もう、神聖なるイエスさまへの祝福を込めた聖夜祭、どころじゃなくなっている。

 もはや夏祭りの夜市に近い。

 流石に盆踊りじゃないけれど、子供達が教会内で大合唱する光景は、さながら――似ているか?



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 ――舞台上に演技を忘れ、呆然と立っている新子友花と忍海勇太。

「……どうしよう、勇太」

 新子友花が引っ張っていた服の袖に更に力が入った。

「どうしようって……言われても」

 袖を引っ張られていることも忘れて、忍海勇太は会場の有り得ない雰囲気に為す術を考え中だ。

「これさ……、寸劇があたし達のせいで台無しになったのかな?」

「俺達、何もしていないだろ。どうしてそうなる?」

 その通り――観客が勝手にだ。

「キス、キスって……言ってるし」

「言ってるな……」



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 子供達の大合唱は継続中――

「あ、あたし達って、キス?」

「違う、俺達は俺達だから……」

 すでにキスの意味も忘れてしまうくらい新子友花の気は動転している……のだけれど、忍海勇太はまだ気を保っていたから、そこはしっかりとツッコんだ。

「キスって……さ、ロミオとジュリエットのことだよね?」

「……この後の、シーンのことだよな」

 その通り、

『ああ……、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?』

『愛しのジュリエット! 君はどうしてジュリエットなんだい?』

 夜のバルコニーで再会するロミオとジュリエットの名場面――

 傍から聞いていると、この2人『ねぇ? 桜はどうして春に花を咲かせるの?』という哲学的質問のようにも聞こえるのだけれど、あなたはどうしてあなたなのって聞かれても、聞く方も――


 おかしいよね?


 とかなんとか、要するにキスシーンがこの後に待っています。

「キ、キス……だよね。シーンを」

 日本語文法を無視した倒置法――それくらいに彼女は聖夜祭が変な方向へと傾いてびっくりしていることを表す。

「……しょうがない。責任をとって俺達するしか」


「にゃ! にゃに言い出す??」

 思わず新子友花が数歩彼から身を引いた――ドン引きだった。


「……まあ、なりゆきじゃん」

「にゃい! にゃいって!!」


 忍海勇太のその言葉に、パブロフの雌犬の如く彼を見た新子友花は、心の底からドン引きした。

 男子の下心、怪しい視線、隙を見せたら襲われる……。


 新子友花は女子としての本能を露に拒絶。


 そして気持ちを、人類から哺乳類ネコ科にまで還元させて、己の魂を守ろうとした。

 違った――己の唇である。

(どちらでも同じことかもしれない)


「勇太? なりゆきて……にゃいぞ!」

「お前、何言ってんのかな? ちゃんと喋れよ」



 ――向き合う2人……



「それに、俺にお前って言うな」

「い……いつも、勇太がお前って言ってるじゃんか!!」

 またも条件反射か?

 いつもいつも言われ続けて、頭にきているそのキーワード――お前。

 新子友花がドン引き状態から少し立ち直り、でも、顔は引きつったままに恐る恐る(本当な意味で……)彼へと近寄った。

「……付き合えって。そういうなりゆきだ。じゃ、するぞ」

「おい……するぞって。何を」

「言わせるな……お前」

「……だから、あたしのことをお前って」

 思わず彼から視線を逸らす。

 新子友花の、いつものお約束のセリフが聞けて一安心……。じゃないないって!


 彼女の肩に両手を添えて、忍海勇太が身体を寄せる。

「ア、 アホ! にゃ……に、その気になっているんじゃい!?」


 哺乳類ネコ科、必死の抵抗だ。

 思い切り顔を赤らめる新子友花は……もの凄く、恥ずかしかった。

 猫でもサカル時には恐る恐る後ろから近寄るという礼儀も知らずか……言い過ぎか?

 忍海勇太が、その……つまり。迫る。

「いいじゃんか? 減るもんじゃないし」

「減るわい! あ……あたしのメンタルが減るんじゃい」

 ……と、



 おんどりゃーー!!



 会場に聞こえないように少し声をトーンを落として、新子友花はボディーブローを一発忍海勇太にお見舞いした。

 君は、ハイスクール奇〇組に登場する河川唯みたいだったと思ったのに、百年の恋も冷めるから。

「……お前、意外に度胸ないな。でも、甘いぞ」

 と、思ったらその一発を軽く手で払ってしまう。


「……………」

「……………」


 お互い見つめている……。

「は、恥ずかしいって……そのキス」

「……台本に書いてあっただろ? この後にロミオとジュリエットはキスするって」

「そ、そだけど――」

 忍海勇太に……その、どさくさに紛れて迫られていることも、そうなのではあるけれど。

「……この後のシーンって。キスするふりだけでいいって言われたし」

 なにより子供達の真ん前でさ、こんな恋愛慕情を繰り広げなくても……

「誰に?」

「……お、大美和さくら先生に」


 2人、視線が合った――



「ふふ……」

 その大美和さくら先生はというと、

 おもむろに先生が……

「新子友花さんと忍海勇太君! 青春しちゃいなって……」

 舞台袖から、新子友花と忍海勇太に聞こえるように……

 ここテストに出ます。


 もう一度、聞こえるように。

「お客様は神様ですよ! 新子友花さん! 忍海勇太―君って! だから、キスしちゃいな!!」

「せ、先生って」

 舞台袖から……大美和さくら先生の目がキラキラしているのが見えた。

 目が合った。


「新子友花さん! ファイトですから」


「な……何が、ファイトじゃい!」

 こらこら、先生にお言葉が過ぎますって……

 ついでに、先生に向かって人差し指でツッコむこともですから。



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 子供達の大合唱は終わる様相を見せない――

 新子友花も忍海勇太も、もうどうしてよいものか?

 正直言って、困り果てている。

「……んも。 どうしよう勇太?」

 たまらず、忍海勇太の袖をもう一度引っ張る。

「……どうするもこうするも、多勢に無勢だしな」

 冷静に会場の状況を客観視して彼は諦めモードにそう思った。


「……………」

「……………」


 お互い見つめている……。

 否――ちょっと待て! 忍海勇太よ。


「……ま、まあ」

 視線を外して顔を下げながら、新子友花がモジモジとし始めた。

「い……いっかい。……くらいなら……」

 頬を赤らめながら、

「その、まあ……。いいかなって」

 新子友花ちょっと恥ずかしそうだ。当たり前である。

 どーして、子供達の目前でキスする羽目に?


 ……忍海勇太よ。


 お前の狙いは、実はさ、これなんだよな?

 パワハラめいたセクハラ行為に、心底呆れるから。


「……お前、いいのか。本気か?」

 忍海勇太が聞き返した。

 でも、結構驚きながらである。

 まさか、新子友花からOKがでるなんて……いつもだったらあり得ない。


「……んもー!! 女子に言わせるな……勇太から言ってきたんじゃんか」

「まあ……、そうなんだけれどな」


 今度は忍海勇太が頬を赤くする。

 女子の積極性――

 こういう時、男性は尻込みしてしまうのです……


 否!


 忍海勇太よ……あんた、何わざとらしい演技をしているんじゃい?

 本当は、子供達の大合唱を利用しているだけだろ?

 あんた、しょうがね~なとかなんとか! 何さ、良い人ぶっているのかな?


 うちの子供が……どうしてもって、本当にしょうがないですね♡


 子供を出汁に使ってからに……



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 ――そんな、バレない演技。

「いいのか……」

「……うん。一回くらいならね」

 上手い具合、忍海勇太のキス作戦に乗っかったのは新子友花である。

「……本当に、いいのか?」

「まあ、聖夜だしってことも……あるし」

 クリスマスは乙女を変える――

 雰囲気に惑わされてキスをしようとする新子友花は、さながら巣作りで雌鳥を誘う極楽鳥――


 まあ、2人の心の内には、

 ……しょうがないじゃない、

 この子供達の気持ちを宥めなきゃ、寸劇も終わるに終われないと思うし。

 という聖夜祭の成功があった。


 でも、その終演がキスでもいいのか? 2人よ――



「だから……いいよ キスしてさっ!」

 新子友花が目を閉じる……。

「……じ、じゃあ」

 身体を一歩前に寄せて、忍海勇太が彼女の両腕を握った。



「キス! キス! キス! キス!!」


「キース! キース!! キース!!」



 子供達の大合唱は止まらない……


「ちょ! ……ちょっと、2人って何やってんのよ」

 神殿愛がたまらず声を出す。舞台袖から――

「ちゃんと台本通りに演じてよね」

 台本通りの結果が、キスでしょが!

 勿論、彼女も目前の光景――ラノベ部員の2人が今まさにキスしようとしているのが、正直気に入らない。

 でも、赤面する……。

「って勇太様もやめてよね……。私の目の前でよりにもよって友花と……キスするなんて」

 ここで、思いっきり舞台袖から飛び出して、飛び蹴りをくらわすのもアリなのだけれど。

 主催者の立場から聖夜祭をぶち壊すわけにはいかないのだ。

 生徒会長でも神殿愛は、いたたまれない。


 思わず、ブレザーのポケットからハンカチ一枚取り出して、その恥を口で噛む。


 観客の……ノリに乗ったテンションを下げてしまったら。

 生徒会長としての実績に傷が付く。

 折角、バリアフリーの予算も付いたんだし……

「……いいですよ。勇太様。今回、聖夜祭だけは特別にしてあげます」

 神殿愛のその大胆な方針転換は、


 バリアフリーと勇太の唇を天秤に掛けて、前者を選択したに他ならない。


 それでいいのか? 生徒会長――



「じゃ……キスするからな」

「うん。は……はやく、してくれる」

「わ……かった」

 忍海勇太が、ゆっくりと新子友花に顔を近付ける……。


 聖夜祭――


 イエスさまの誕生を祝す聖なる日に、この日に私達もイチャイャして……。

 行く末、赤ちゃんを……。と企む日本人が多い中で(勝手な想像ですよ……)、

 いや、多分多いかも……。


 大体、クリスマス・イブって神聖な儀式なのだから……。

 何、ホテルでやってるんだと……(何を?)。


 それも……、聖ジャンヌ・ブレアル学園2年生の2人には難しいのか?

 いくら祈りの授業を受けたところで、カトリックは異文化でしかない……と言ってしまえばそれまでだ。


 そんなもんだけれど、それでも聖夜祭を……さ、ちゃんとやろうよ。

 ああ……、やっていたら、こうなったんだっけ?




       *




 そこへ――

 教師として教育者として、でも企画者として……



「新子友花さん! 忍海勇太君! 不純異性交遊――学園行事のまっしぐらで! キスはちょいと待ちんしゃいじゃいな!!」



 大美和さくら先生が、

 国語教師なんだから……言葉をきっちりとお願いします。


 あと、


『青春しちゃいなって……』


 って、ついさっきアドバイスしてたじゃね。

 なんだか、朝令暮改な展開って――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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