第4話 行商人コールテル

コールテルという名の行商人がとある街に訪れた。街の門番に恭しく丁寧に挨拶し、門番は笑みを浮かべながらコールテルを通した。

コールテルは初めて訪れたこの街で商売をするため、街一番の商会の事務所を探した。市場に近い大通りで親切そうな老人に話しかけ、商会の場所を聞くと老人は優しく親切に商会の場所をコールテルに教えた。コールテルは老人に深々と頭を下げ感謝の意を伝えた。

果たして紹介事務所は老人に教えられた通りの場所にあった。

コールテルは「この街の住人は何と親切なのだろう、是非ともここで商売をしたい」と神に感謝し、商談の成功を祈った。

商会で応対した手代にしばらく待つように言われ、広間の片隅の椅子に座っていると、正面玄関から軽装の兵士を2名つれた街の役人が入ってきた。役人の目は険しく、広間をぐるりと見渡し、番頭を呼びつけた。

コールテルは何事だろうと他人事のように思っていたが、役人と話した番頭が手代を呼び、手代が自分を指差しているのを見て、自分のことだと気づいた。しかし、逃げる間もなく兵士に捕らえられてしまった。

コールテルは代官所に連行され、牢屋に入れられたが、理由がわからなかった。

同心は取り調べに際して「お前は自分の罪を認めないのか、何と不届なやつか」とコールテルを罵った。

コールテルは縛られ、同心達に鞭で打たれ、顔を水につけられたが、自分の罪を白状しなかった。

コールテルは街に訪れる前に、飢えた親子に食糧を分け与えなかったことや疫病に冒された老人を追い払ったことなどを白状したが、肝心の大罪については何も話さなかった。

同心達は、爪を剥ぎ取り、指の骨を折り、コールテルの手足や背中に焼きごてを当てたが、それでも白状しないコールテルを裁判にかけることにした。

裁判では代弁人がつくことになっており、コールテルは代弁人に訴えた。

「自分はなにもしていない、一体何の罪でここに入れられたかもわからない、せめて何について疑われているか教えてくれ」

代弁人はコールテルの抗弁に呆れ果て、コールテルに対して「お前が自分の罪を自覚し、十分に反省しないと情状酌量を求めることもできない。もっと被害者の気持ちを考えたらどうか」と叱りつけた。

公判で、代官の前に引き出されたコールテルは怯えた様子で周囲を見まし、そこに街に来他時に道を教えてくれた親切そうな老人がいることに気づいた。

裁判はコールテルがいかに強情で、自らの罪を認めず、正義を嘲笑う悪漢であるかを代官所と聴衆に訴えながら進み、代弁人は何ら抗弁せず、具体的な罪状についても何も語られなかった。

そして、コールテルに道を教えた老人にが証人台に立った。

老人は、先日街に来た男がいかに恐ろしく、凶悪で卑劣かを滔々と訴え、その悪党こそその被告席に座っているその男だと指さした。

被告席のコールテルは、何を証拠にそんなことをいうのかと怒鳴った。

老人は「お代官様、見ましたか?何と恐ろしいことか、その男は発言が許されてもいないのに己が欲望と怒りに任せて怒鳴ったのです」と訴えた。聴衆も老人に同調した。

老人側にいた与力は、お前は自らの罪を否定しているようだが、一体お前が何もしていないなら、なぜこの老人はお前を訴えたのか、と問うた。

発言を許されたコールテルは必死に訴えた。

「自分は、その老人が訴えたことすら知らない、何について訴えられたのかも知らない、きっと何かの間違いです」

与力は、お前は被害を受けた哀れな老人を嘘つきだというのか、何というやつだ、と罵った。

コールテルは頭を振り、そうではありません、何かの間違いなんです、と涙ながらに訴えた。

しかし、与力は厳粛にこういった。

「先程は許されてもいないのに被害者である老人に対して怒鳴っておきながら、今度は泣き落としをしようというのか。お前は自分は何もしていないというが、何もしていない者がこのような場に引き出されたりするものか」

コールテルはうな垂れた。

与力の発言が終わると、代官が判決を述べた。

「行商人コールテルの罪状は許し難い。よって縛り首による死罪とする。刑は直ちに執行する」

与力や同心らが代官に向かい深々と頭を下げた。

コールテルは刑吏に引きずられて、死刑台に連れられていき、首に縄をかけられ蹴落とされた。

聴衆は一斉に拍手喝采をあげた。

コールテルというのは余程の悪事を働いたに違いない。

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空想寓話集 蟻島 @alishima

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