藤原さんの短編集「みかと葵」
藤原蛍
朝
少しあいていたカーテンの隙間から、柔らかい朝の光が差し込んでくる。
「もう生きてられないよ。きょうちゃんがいない世界なんて光がないのと同じなの」
葵はほとほとと涙を流しながら、机に転がっている缶チューハイの缶をぐしゃ、と勢いよく潰した。
「葵。浮気するような男なんてろくなのがいないの」
葵が散らかした机の上を掃除しながらそう言うと、葵が少し笑った。
「でも、みかちゃん。きょうちゃんは、お前が一番っていってくれた。浮気してもお前が一番だって」
一番だって、といいながら、葵は、でも、と続けた。
「でも、わかってたよ。相手の女に本気なのも。ふたりで葵のこと笑ってたのも。ぜんぶみたもん、わかってた、わかってたのに」
「わかってたのに好きだったんだよ。わかってても、どんなに笑ってもいいから、葵と一緒にいてほしかった。2番目でもいいから、葵と…」
嗚咽混じりそういいながら、葵は窓の外に目をやった。
「今もふたり、一緒にいるのかな。あの部屋で、酒飲んで、セックスして、寝てるのかな。葵としたのと同じように…」
私はどうにも居た堪れなくなった。
葵の気持ちが痛いほどわかる。恋は盲目だ。だからこそ葵は散々浮気する男を見逃していた。
甘言に踊らされて、都合のいい女にされた挙句、振られた。
葵はこんなにも本気だったのに、男にとっては遊びでしかなかったのだ。
「みかちゃん、私、どうしたらいいかな?まだ好きでいていいかな?」
縋るような目で、葵はこちらをみていた。目が腫れて、顔立ちのいい顔が台無しだ。
「諦めろ、って言っても諦められないでしょ、あんたのことだから」
「うん…うん…」
「だから好きなだけ好きでいていいよ。誰もあんたを責めないから。悪いのは葵の心をもてあそんだあいつなんだから」
「みかちゃんの、そういうとこ、だいすき…」
そういって葵はへらりと笑った。
気のすむまで愛したらいい。
愛して愛して愛しぬいたら、きっと葵は成長できるから。
そしていつか、そんな男忘れるくらいのいい出会いが、葵には待っているのだから。
優しく差し込む光に目を細めながら、葵は元カレとお揃いで吸っていたタバコを吸いにベランダに出た。
やっぱりまずい、という声が、遠くの電車の音と共に、ここちよく耳に響いた。
藤原さんの短編集「みかと葵」 藤原蛍 @fjwr__kei
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