第7話 ”転”とは急転直下の”転”.2


 物語には必ず「起・承・転・結」と言われるものがある。


物語の設定や世界観、主人公や敵役などの配置を伝える「起」。

主題を明確にし本当の意味で話が動き始める「承」。

事態が一変し最終局面へ向かいつつ一番の盛り上がりを見せる「転」。

そして、すべてに決着がつき物語のフィナーレを飾る「結」。


 考え方に多少の差異はあれど基本的にはこの4部分から構成されるのが「物語」だ。

 ちなみに余談だが、某は「結」の部分はハッピーエンドになるようにと心がけている。誰かが報われぬまま終わる物語など、せめて架空の世界でくらい無くしたいものだ。


 少し話が逸れたが、おもしろいと言われる物語はどれだけ読む側の期待を裏切り結末を読ませぬようにしつつ、かつ、この期待にどこまで沿えるか。という矛盾をうまくクリアしたものなのだろう。


 読者は作者の意図を組むために起・承・転を読み込む。その見方で言うなれば、某は今回読み込みが足りなかった。とうことなのだろう。もしくはこの物語を考えた「誰か」にしてやられたと言うべきか。


 だらだらと何が言いたかったのかと言うと、ここまで某の異世界物語は「承」すら迎えておらず、またすでに「転」であったという事に気づけてすらいなかったという自嘲みたいなものだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あら、いけない。お塩切らしてたの忘れてたわ。」

「では某が買ってまいりましょう。」


 家に帰りしばしの団欒。その後はいつも通りにプラセルさんの作ってくれる夕餉を待ちつつ某は静かにネタを推敲する。・・・要するに何もせずサボっている。


 そんな最中巻き起こった大問題。調味料枯渇問題である。

このままでは某たちの夕餉は体裁ばかりを取り繕った中身の無いものになってしまう!カッコよく言っては見たが、意外と大問題だ。だってこのままでは某のスープがただの温めた野菜水になってしまうのだから。


「タイヨウ君はケガしてるでしょ?すぐ済むことだから大丈夫よ。少しお買い物に行って来るから大人しくしてるのよ?」

「また大げさな・・・」

「いいのよ。ちゃんとお姉さんの言うことは聞くものよ?」

「・・・そこまで言われては仕方ありませんか。了承しましたとも!某、精一杯この家の安全を守る役目お留守番を拝命いたしましょう!」


 「フフッ。おかしなな子。」と笑った後、少しばかりの準備をし家を出るプラセルさんを見送る。


「ふむ。では小説の続きでも・・・」


 そう思い白紙の紙にペンを走らせてみる。


 けれども頭の中は彼女・・・シルヴィアさんの事で一杯だった。

彼女のことと言うよりかは、昼間の出来事の事という方が正しいだろうか。


 この小一時間以上の間書いている体を装いながらも一文字たりとも紙にはインクが着いていない。


『凶兆の子』。プラセルさんの言ったその言葉の意味はいまだ量りかねるがやはりこれが「某を主人公とした異世界物語」の核と思えてならない。


「やはりここは王道にこの問題を解決しつつ、世の女性たちとイチャイチャしつつ。と言うのが筋だろう。」


 そしてまたも意味ありげなニヤリ。主人公になどなったことが無いのでこれが正しいのか分からないがとりあえずやっておこう的な浅はかな考え。


「それにしても。」


 プラセルさんの帰りが遅いのが気になる。街までは歩いて5分ほどで入れる距離。だと言うのにすでに2時間近く帰ってこず、そろそろお腹の虫も限界だ。

その証拠に先ほどからなんどもぐぅっ~~。と警告音を鳴らしている。


「・・・少し様子を見に行きますか。」


 椅子から立ち上がり今日の献立に思いを馳せながらドアノブに手をかけ――


―バンッ!

「いだぁ!!?」


 勢いよく開いたドアにぶつかり尻もちをつかされた。


「あたた、、。お、お帰りなさいプラセルさん。ちょうど今あなたを迎えに行こうかと・・・

「ご、ごめんなさい!大丈夫!??」


 某の今のところ唯一の取り柄であるこのフェイス。その中心にそびえる鼻が潰れたんじゃないかと思うほどの勢いだった・・・一体何をそんなに焦っ――ん??


「あれ?シルヴィアさん??」

「名前、憶えててくれたのね!」


 あわあわしていた彼女が一瞬とても嬉しそうに顔をほころばせる。その表情に何とも言えない衝撃が胸に去来した。


「~~っ。」

「あ、他にもどこか痛い??頭?頭が痛い??ほんとにごめんね!?」

「いや、ははは。頭がイタイとはよく言われますが今は大丈夫。それよりも、どうしてここに?」


 某の言葉にハッとした表情を見せるシルヴィアさん。なんとなくだが、少しばかり抜けた所がありそうな予感。


「そうだった!えっと、立てる?とにかく急がないと!」

「???何を急ぐのです??まだプラセルさんも帰ってきていなくてですね。お話はその後にでも・・・ってよく見たらまたケガをしているじゃないですか!??」

「ごめんね!説明している時間が無いの・・・とにかく逃げなきゃ!」


 外へと飛び出すシルヴィアさんを追いかけまったく事態が飲み込めないまま家の外へ出る。せっかくですしゆっくりお茶でも?なんて軽口でも叩けないほどに彼女は鬼気迫る雰囲気だ。


「い、一体何をそんなに焦っているのです!?」

「お願い!今はわたしを信じて着いてきて!少しでも遠くに――」

「どこに逃げるってんだ魔女様よ!!?」


 響き渡る怒鳴り声にも近い呼びかけ。目の前には松明を持った街の男が数人。手にはマンガや資料でしか見たことの無かった剣まで持って殺気立っている。


「ついに本性顕わしやがったな!この魔女が!!」 

「ちがっ・・・みんなも早く逃げて!!」

「訳の分かんねえこと言ってんじゃねえぞ!」


 必死に何かから「逃げろ」と訴えるシルヴィアさんだが男たちは聞く耳持たず。昼間以上に会話にならないほど頭に血が上っている。


「みなさんまで!??とりあえず一旦落ち着いて・・・」

「うるせえ、よそもんが!!やっぱり昼間にこんな奴殺しとくべきだったんだ!!」

「こっ、、、殺すなんてあまりにも物騒すぎるでしょう!」

「黙りやがれ!そうしとけばプラセルちゃんもあんなことにならずに、、、!」

「プラセルさん??彼女がどうかしたのですか!?」


 帰りが遅いことは気にかかっていた。だがその事と目の前にいるシルヴィアさんとにいったい何の関係があると言うのか?


「・・・目を閉じてて。」

「目?」

「もういい!とにかく捕まえて街の中へ連れてくぞ!」


 飛び交う怒号の最中、某にだけ聞えるように小さく囁いたシルヴィアさん。

 とりあえず言われるがままに目をつぶったものの・・・


発光フラッシュ


 もう一度、今度は英語ような言葉をシルヴィアさんが小さく呟いた。


 直後、目をつぶっていても分かるほど強烈な光が走り同時に某を呼ぶ声が聞こえる。


「こっち!」

「どっち!?」


 訳も分からず情けない声が出てしまいながらも少し眩んだ目で必死に彼女を追いかけあとをついて行く。


「今のは??」

「今のは下位魔法の発光フラッシュを少し強く使っただけ。大丈夫。すぐにあの人たちも目が見えるようになるから。」


 走りながら少し後ろを振り返る。


「目がぁっ!」

「くっそ!あの女!」

「プラセルちゃんをおいて逃げられると思うなよ!!」


 ・・・は?プラセルさんが死んだ?その上殺された、、、?誰に??


「・・・そんな訳無いでしょう。」

「気持ちはわかるけど止まっちゃダメ!今はとにかく離れないと!」

「そんなわけ・・・そんなわけ!!」

「待って!行っちゃダメ!!」


 後ろから呼び止める声が聞こえるが思考がうまくまとまらない。


 そんなはずが無いじゃないか。だって彼女は見ず知らずの某を助けてくれてついさっきまで話をしていて・・・


「そうだ・・・あるはずが無い、、、!だって物語なら彼女は某のハーレム候補第一位ですよ??」


 そうか!これはあれだ!彼女は死んだんじゃなく死にかけていて某の力がついに解放されて――


「――。なんです、これ、、、?」


 短いトンネルを潜り抜け町の現状を目の当たりにした。


 トンネルを抜けるとそこは――地獄絵図だった。


 何故か街中で人々が武器を手に殺し合う惨状。


「どうしたんだ急に!正気に戻れ!!」

「黙れ!彼女いない世界なんて、、、!のいない世界なんて生きていたって何の意味も無い!!僕は彼女を愛していたのに!」

「ぐわぁっ!」


 つば競り合いをしていた男性が斬られ力なく地面に崩れる。

 それでも、切った方の男性は剣を突き立て続ける。おそらくは事切れているであろう男性に何度も、何度も。

 柄を握る自らの手が擦り切れ、血が出ようとも構わず突き立てる。


 そんな光景があちらこちら、数えようも無い程多くの場所で起きている。


「おう”ぇぇぇ、、、!」

「大丈夫!?とにかくあなたは街を離れて!」

「う”ぇ・・・」


 初めて目の当たりにする人が人に殺される瞬間。その衝撃に何も入っていないはずの胃が痙攣を起こしその場で胃液を嘔吐してしまった。


「辛いかもしれないけどとにかく今は・・・」

「逃げろって?一体どこへ??」

「それは・・・わからないけど、、、。でもここに居ちゃダメなの!今はわたしを信じて!ほら、行こ――」

「何を根拠に信じろと言うのです!!」


 差し伸べられた手を、某は力一杯に


「あなたがどんな人かも分からないのになぜ信じてもらえると!?一体あなたはなんなのです!??『凶兆の子』?魔女??あなたがプラセルさんを殺した???もう訳が分からない!」

「あ、、、うん、、、。そうだよね、、、。」


 まるで子供だ。彼女の何を知っているわけじゃないが、それでもシルヴィアさんはチンピラに襲われていた見ず知らずの自分を助けてくれる優しい子だ。それだけは知っている。


 だと言うのに、この状況の恐怖や混乱、そう言った苛立ちや不安をこの子に一方的にぶつけてどうすると言うのだ・・・

 少なくとも彼女は今回も、本気で某を助けてくれようとしている。そんなこと痛いほど伝わっていると言うのに。


 見上げた先にある彼女の顔は今にも泣きだしそうなほど悲し気で。だというのに、とても優しげに笑っていた。


「そう。わたしは『凶兆の子』。それでも、あなたを助けたいのだから――きゃあっ!」

「見つけたぞこの魔女め!!」

「この男もさっき魔女と一緒に逃げてたぞ!魔女の手下かもしれねえ!」


 某が駄々をこねている間に、結局先ほどの男たちに追いつかれた。

 組み伏せられ殴る蹴るのそれはもうボッコボコ。先日のチンピラたちなど比にならない。


「お前らがプラセルちゃんを!」

「愛してたのに・・・愛してたのに、、、!」

「殺せ・・・殺しちまえ!!」


 顔を殴る拳から、踏みつける足から。節々から明確な殺意を感じる。


「やめて!お願い!その人は関係無いの!!だから助けてあげて!!」


・・・この局面でも某の心配とは。お人好しが過ぎますよシルヴィアさん。

 

――『君という存在そのものがある意味チートみたいなものだ。』


 あの自称神様はそんなことを言ってた気もするが。この期に及んでまだ発現しない辺り口から出まかせの適当みたいなものだったのでしょうね。まあ昔から、神頼みなんて信じてもいませんでしたから構いませんが・・・


「首を跳ねろ!プラセルちゃんに見せるんだ!おれが仇を討ったぞって!」

「何を言ってるんだ!?仇を討ったのは僕だぞ!」

「いいやおれだ!」


 それにしてもどいつもこいつもさっきからプラセルさんの名前を連呼したり愛してるだの人生に意味が無いだの。いくらなんでもおかしくないか、、?


「まあ、どうでもいい話ですね・・・」


 ボコボコにされ過ぎてもはや感覚は無い。だからこんなに悠長に考え事ができるわけだが。


 髪を掴まれ無理やりに体を引き起こされる。シルヴィアさんと二人まるで罪人のように並んであとはただただ首を落とされるのを待つばかりとなった。


「ごめんなさい、、、。ごめんなさい、、、!わたしのせいで・・・」


 泣きながら彼女は最後まで某を救えなかったことを悔いていた。


 小説家などとうそぶき多種多様な言葉を口にしたり書き起こしたり。そんな事ばかりしていたのに、彼女に掛けてあげられる言葉の1つも・・・某には浮かばなかった。


「だれでもいい!とにかくまずはこいつらを殺すぞ!」


 これにておしまい。この場を打破できる力も知力も気力すら無い。


 剣が振り上げられ、一瞬の溜めの後振り下ろされる。


「名前・・・わたしもちゃんと聞きたかったなぁ・・・」


 目に映ったのはそう呟きながら残念そうに微笑んだシルヴィアさんの横顔だった。

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