第5話 ”転”とは急転直下の”転”


「はぁ・・・」

 

 夕食を一口、二口と含んでは溜め息。理由は明白。


 あの日、シルヴィアと名乗った女性と出会ってからすでに4日。暇を見つけては街を徘徊し彼女の姿を探してみたものの結局一度もその姿を見つけること叶わず。

 日に日にもう一度会いたいと思う気持ちばかりが大きくなっていたからだ。


「これが、、、恋というものなのでしょうか、、、?」

「なあに?急にどうしたのかしら?」


 優しいながらも若干呆れを含んだ目でこちらを見るプラセルさん。これだけ目の前でため息をつかれれば優しいあなたでもそういう顔にもなろうものでしょうとも。

「はぁ・・・・・・」


 分かってはいるものの溢れるこの気持ちに比例するように溢れ出す溜め息。ここまで探しても見つからないという事は彼女は旅の途中で立ち寄っただけのことだったのだろうか?


「何か悩み事?わたしで良ければ聞いてあげるわよ?」


 温かそうな湯気を立てるコーヒーを差し出しつつプラセルさんが声をかけてくれる。


「プラセルさんは、、、恋をした事はありますか?」

「恋?誰かを好きになって好きになられてってやつの事であってるわよね?」

「はい。その通り、その恋です。」

「ん~~~。」


 指を口元にあて彼女は考え込む。


 今にして思えばこれほどの美人でありながら彼氏の1人もいないのが不思議だ。

人当たりも良く街のマドンナである彼女。彼女に対し好意を抱いている人の声も少なからず聞いたものだ。


 だと言うのに彼女には男の影らしきものがまったく見えない。確かに、安易に手を出すにはあまりに高嶺の花感があるのは否めないところだが。


「その恋っていうのがどういったものを指すのかにもよるけれど・・・わたしは誰か特定の人に恋したことは無いかしら?」

「あなたほどの美人であれば、その、悪い言い方かもしれませんが・・・選び放題では?」

「ふふ。嬉しいこと言ってくれるのね。」


 そう言ったプラセルさんの妖艶さにドキリとしてしまう。いや、ゾワッと?まあとにかく、今まで出会った人の中でもとりわけ不思議な雰囲気のある人だと再認識する。


 キレイな人を「まるで天使のよう」と形容するのをよく目にする。確かに彼女は人並み外れた美人であることには間違いないのだが、この人の場合天使というよりはいい意味で「悪魔」っぽいなと思う。


「こう見えても結構モテる方ではあるのよ?」

「どう見てもそうでしょう。」

「けれどダメなのよ。昔から誰か一人を特別視して見ることが出来無いの・・・これでも人は大好きなのよ?知っている人も知らない人も、全員愛しているわ。」

「はははっ。全員とはまた大仰な――」


 冗談だと笑う某をいつも通りの眼差しでプラセルさんは見つめていた。前にも感じた吸い込まれるような深い、深い黒の瞳。


「―――っ。」


 一瞬抱いた感情をそのまま飲み込む。なんともこののんびりした空気に似つかわしくない感情を抱いてしまった・・・


「あら?冗談では無いのよ?肉屋のマートも八百屋のベルも服屋のテラも。誰も彼も皆愛しているもの。もちろん、あなたのこともよ。タイヨウ君?」

「そう言ってもらえるのならば某も捨てたものでは無いですなあ!」


 相変わらず綺麗さと可愛さと妖艶さが絶妙なバランスで混在した笑顔でこちらを眺めている彼女。何処からどうどの角度で眺めても疑いようもない美人。


 はて?この胸のドキドキは一体?



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「今日もいい肉が入ってるよー!」

「3番地の奥さんがまた――」

「――だってさ!」

「ヤダ、それ本当なの?」


 街行く人々の会話に聞き耳を立てながら思い募らせる彼女を探し5日目。

今日も今日とて、まったくそれらしき人には出会えない。


 少し話は変わるが、こうやって人の会話に聞き耳を立てているのは昔からの癖なのだ。

 いつどこでどんなネタとの出会いがあるか分からないのが世の常。平凡な日常の中や奥様達の井戸端会議からでもハッと何かしらのインスピレーションを得られることがあるのでバカにできないし、話し方一つでもキャラのイメージ造りに役立っていたりする。


 なので決して不審者では無い。


「聞いた?」

「聞いたわ・・・今度は4番地のウェルズさんとグラムさんが・・・」

「なんでもあの『魔所』がその場にいたそうよ。立ち去る姿を窓から見た人がいたんだって・・・」


 そして最近聞く中でも特に物騒な話題が、今ちょうど聞こえてきたマダム談義の一幕に上がっている。

 いわゆる”通り魔事件”。某がこちらに来てからの間でもすでに3人の犠牲者が出ているそうだ。犯人は”魔女”と最新情報も加えられていた。


「いつの世も・・・物騒なことはあるものなのですなあ。」

 

 これは何やら某の異世界生活にも動きが在りそうな予感。そんな不謹慎な事を思いながらニヤリと1人意味ありげに笑ってみる。


「ん?何やらあちらが騒がしいですね?」


 1人妄想に浸っていると聞えてくる賑やかな声。


 だがその賑やかさは明るいお祭り的なものでは無く怒気をはらんだブーイングとも呼べるものだった。


「お願――!信――く――い!」

「うるせえっ!!」

「誰がお前なんかの言うことを信じるもんか!!」

「今までの事件だってお前がやったんだろうが!!!」


 両手を縄で縛られ地面を引きずられながら道を這う人影。フードで顔は見えないが声や体つきから女性であろうことはわかる。


 その女性は必死に何かを訴えるように声を発するがその言葉のほとんどが回りからの罵声で掻き消され10mほどしか離れていない某の所へさえまともに届かない始末。


「な、なにがあったというのです!こんなのただ事では無いでしょう!?」

「あ!?ああ、なんだ。プラセルちゃんとこの兄ちゃんか。あいつは外れの森に住む魔女だよ。おれらが関与せずにいてやったのを良いことに、街に来たかと思ったら「急いでこの街を離れて!」だとよ!」

「いや、そんなことを言うからには何か理由があるのでは、、、?」


 言葉だけならばいざ知らず、そばに落ちている石やゴミまで投げつけられる女性。それでも彼女は何かを訴え続けている。


 この世界に来てから今ほど異世界補正が働いていない状況を悔やむ場面はなかった。せめて何かしらの力に目覚めてさえいれば、少しくらいしてあげられることもあったかもしれないのに・・・


「その理由ってのも言ってやがったさ!例の殺人の犯人がこの街に居るんだとよ!大方、自分が犯人扱いされて危ないと思ってそんな事言ってんだろうさ!!」

「しかしですね――」

「お願いです!!石なんていくらでも投げていいから!話を聞いてください!!!」


 場を埋め尽くすほどの罵声を潜り抜け耳に届いた叫び声。それは嘘をついている人間が発するようなものとは思えぬ誠心誠意の悲痛な叫び。


「・・・そんな・・・」

 けれども、某の頭に浮かんだものはそんな冷静な感想では無かった。


 聞こえた声は、あの日・・・某を助けてくれ思い続けた彼女のモノそのものだったのだから。


「そんな、、、まさか、、、!みなさん、、、やめ、、おちつい、、、!」


 やっと出会えた。止めなければ、助けなければ。自分に何ができる?怖い。前に出れば某も、、、。


 色々な思いが頭を駆け巡り言葉が上手く口から出てこない。喉が張り付いたように硬直し、何もしていないと言うのに膝は震えている。

「神様・・・某にチートがあるのなら早く、、、。早くっ、、、!」


 願う様に小さく呟いた言葉に呼応するかのように、人々の罵声が止まった。

だけどもそれは某の力などでは無く――

「やめなさい!!」


 ひときわ大きな、勇気ある女性の行動によるものだった。


「ぷ・・・プラセルさん?」

 

 地面に倒れ伏しゴミや泥でぐしゃぐしゃになったあの子を庇う様に両手を広げ周りを睨みつけるプラセルさんの姿がそこにあった。


「そ、、そうですとも皆さん!!こんなよわいものいじめみたいなやり方間違っています!一度落ち着きましょう!!」


 人ごみを押しのけ輪の中心へと走り出しプラセルさんに加勢する。我ながら、まあ、、、何とも情けない気はするが、、、。


「よいですか皆さん!?頭に血が上っている時こそ深呼吸です!はい、吸ってー・・・吐いてー・・・すっ――」

「るせえ!よそもんが出しゃばんじゃねえ!」

「ひっ、、、!」

「プラセルちゃんもだ!そんなとこにいちゃあぶねえだろう!??」 

「どかないわよ!どうしてこんなことするの!??確かに彼女は魔女かもしれないわ!でも、だからって何でもしていいわけじゃないでしょう!!?」


 群衆の男性の一喝に縮み上がった某とは対照的に負けじと言い返すプラセルさん。ど美人なうえに男前って、あんた、、。


「だ、だけどよプラセルちゃん?例の事件だってそいつが犯人に決まってる!それ以外にはあり得ねえ!」

「それは何か証拠があって言ってることなの!!?それに、証拠があったとしたってこんなこと・・・やってることはその犯人と同じような事じゃない!!」

「うっ・・・」


 プラセルさんの勢いに押され、あれだけ騒がしかった人々が押し黙る。


「大丈夫ですか?って・・・大丈夫では無いですよね。」

「あ、あなた、、、。」

「覚えてくれてましたか。あの時と状況が少しばかり逆転してしまったようですがね?」


 某とプラセルさんを見た後も尚怯えた表情のシルヴィアと名乗った彼女。

 縄を解きゴミや泥だらけの顔を拭いながらできる限りこの状況にビビっているのがバレないよう作り笑いを浮かべる。


「大丈夫ですよ?何もしませんから。」

「そんな、、、なんで、、、??」

「困っている女性を見捨てたとあっては物書き以前に男の名折れ!・・・とは言っても事態を納めたのは彼女でお恥ずかしい限りですが、、、。」


 信じられないと言った表情を浮かべるシルヴィアさん。これまで、ここまでのことは無くとも似たような扱いを受けてきたのだろう。

 服から見える体には小さな生傷がいくつも残っていた。


「な、なに勝手に縄解いてんだ!」

「タイヨウ君危ない!」

「なっ!」

 

 せっかくひと段落かと思ったのも束の間。一人の男性がまだ落ち着き切っていなかったのか手に持ったままであった石を投げた。


「あぶ―ぬごっ!」


 間一髪、シルヴィアさんを抱きかかえ庇えたものの石は某にクリーンヒット。鈍い痛みが額から走った。


「だ、大丈夫??」

「~~~~~~っ。」


 痛い。すっごく痛い。転げまわりたいくらい痛い。これ絶対血が出てますよ!?

 うずくまる某にシルヴィアさんが心配そうな声をかけてくれているのが聞こえる。


「い~~~ったくない!某、昔から頭が固いだの石頭だのと言われてきたもので!」


 聞こえたので精一杯の強がり。満面の笑みと親指を立てた仕草で大丈夫だという体裁を取り繕う。・・・痛い。


「タイヨウ君、大丈夫?血が出てるわ、、、!とりあえずここを離れましょう。」

「その方がよさそうですね!さあ、シルヴィアさんも!」

「あっ、、、。」


 某の差し出した手をそルヴィアさんは戸惑ったように見つめ、一度は少し伸ばした手も胸元へと戻ってしまった。結局人目につかない所まで離れる間、その手がこちらへ伸びることは無かった。



「ここまでくれば大丈夫かしら?タイヨウ君、傷、見せて?」

「なんのこれしき!大したケガではありませんので!それよりも、彼女を。」

「そう、、、。そうね。じゃあせめてこれで傷口を押さえておいて?家に帰ったらちゃんと消毒もしましょう。」


 額の傷口にプラセルさんから受け取ったハンカチをあてがいとりあえずの止血。実際のところ止血を急がねばならないほどの出血量でもない。せいぜいが2針3針縫うかも程度。


「さ、あなたの番よ。ケガもしてるでしょうし少し手当をしたらうちへ来なさい?そこで多少の手当と汚れた体がぐらい流せるからね?」

「、、、っ!いやっ!」


 そっとフードを外すプラセルさんの手を叩くように振り払い飛びのくようにして立ち上がったシルヴィアさん。

「あっ・・・その・・・ごめんなさい、、、!」


 そのままこちらが声をかける間もなく彼女はその場を走り去ってしまった。


「ちょっ、、、。・・・行って、しまいましたな。」

「そうね・・・」


 フードが外れた一瞬見えた彼女の顔。かわいかったな・・・では無く。そこには見ているこちらの胸が痛くなるほどの恐怖が刻まれていた。


「あの・・・彼女は、、、?」

「あの子はね・・・誰からも愛されることの無かった子なの。魔女と蔑まれ、疎まれ続けてきた子。」

「それは、なぜ?彼女が人と違う姿をしているからですか?」


 2度目にして気づいたことだが。彼女の容姿はそのほとんどが某達とほぼ相違無い。ただ唯一違ったのは少しばかり長く尖がった耳。マンガなどでよく見る「エルフ」と言われるものを想像してもらえるのが分かりやすいだろう。


「あら?エルフを見たのは初めてかしら?」

「こちらにはエルフは普通に暮らしているのですか?」

「あなたの国にはいなかったの?」


 エルフっぽいどころか正真正銘のエルフでした。エルフが美人そろいと言うのはこちらでも同じなのか?であれば某の異世界ハーレム計画の基盤はぜひとも・・・では無いだろう。バカか某は。


「実際にあったのは初めてです。ですが・・・普通に暮らしているのならば何故あそこまで?」


 彼女の容姿を見た時、彼女が魔女などと呼ばれている理由の一端が見えた気がした。


 人とは往々にして自分の理解の及ばぬものに対してする行動が限られている。

それは、「隷属させる」か「迫害する」だ。

 自らが御せる範囲の未知は、物のように所有し御しきれないと見るやその存在を弾こうとする。


 そうすることで歴史とは紡がれてきたのだと某は思う。悲しいかな。それは、この異世界でも変わらないのだろう。


「この国にはね、「人間」「獣人」「エルフ」の3種族が暮らしているわ。前者の2種族はまあそれなりに友好関係を築いているのだけど・・・エルフとは、敵対してはいなくもまだ隔たりがあるのよ。」

「ではなぜ彼女はこんな所に?この街ではエルフは彼女しか見かけていない気がするのですが。」

「ええ。この街には「人間」しか暮らしていないわ。他種族はあの子だけ。あの子は・・・『凶兆の子』だから。」

「??」


 『凶兆の子』。話しから察するに字はこうだろう。一体彼女の何がそんな物騒なものなのだろう?


 この話をしているプラセルさんの表情が一体なんの感情からくるものなのかが読み取れない、某史上初の表情している。


「とりあえず一回うちへ帰りましょう?傷の手当てもしたいし。お話はまたあとで。ね?」

「はあ。それではそうしますか。」


 話の詳細が見えぬままに話は打ち切り。


 そして、ここから――物語は急転直下で動き始める。

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