第3話 目を奪われるとはこういう事
「よお、兄ちゃん!今日もおつかいか?」
「せめて家事手伝いと言ってほしいところではありますが・・・このメモに書いてあるものいただけますか?」
「はいよ!おまけしとくよってプラセルちゃんにも言っといてくれよ!」
「しかと伝えておきますとも。」
訳も分からぬまま異世界?に文字通り転がり込みはや1週間が経っていた。
最初のうちは帰り方も分からずかなり狼狽していたと自分でも思う所だが、悩みに悩んだ結果出た答えは「ま、なるようになるか」であった。
今は無いものに悩んでいる時では無い。今あるもので何ができるかである。byヘミングウェイ。まさにその通り。どうやって来たかもわからぬ以上戻り方など探してみた所でそう簡単には見つからぬだろうし。
「それになにより・・・こういった「転生系」にはチートなスキルやかわいい女子とのウハウハな生活がつきもの。フフフっ。考えただけでも胸が躍る!」
と言うわけで存外元気に、かなりに暢気に日々を過ごしている。
「プラセルさん。買ってきた物こちらに置いておきますので。」
「毎日ごめんなさいね。」
「お礼を言うのはこちらの方であれば。身元もわからぬ某を家に置いていただけるだけでも感謝のしようがないと言うのに。」
住居は相変わらずのプラセルさん家。
「こんな行き遅れたわたしなんかの所で良ければいつまででもいてね?一人は寂しいなと思っていたところだったのよ。」
そんなご厚意に甘え日々彼女の家で寝食を共にし、執筆活動を続けながら周りを散策してみたりと有意義に過ごしている。
「まあ帰ったところでいつも通りのもやし生活が待っているのみ。こうしてゆっくり過ごすのも悪くは無いでしょう。さてさて・・・」
今日はどこを散策してみようかと思案しながらコーヒーをすするりつつ紙へと文字を連ねる。
こちらに来て得た情報はいくつかあった。
まず一つ目は言語として使われているのは「日本語」。英語を含めた外国語はこの世界には無く一切通じなかった。
二つ目。これが分かりづらいのだが”言語”としての英語は無くとも”固有名詞”としての英語は存在する。
例えば、某の世界と同じく牛乳の氷菓子である”アイス”は通じるが凍ると言った意味での“アイス”と言った言葉この世界には無い。また、同じような物でも名称が若干違っていたりもするし、諺と言ったものも某の世界のとは違うモノばかりだった。
さらに話す言語は同じでも文字は全く違ったものだった。
こちらに関しては見たことも無い造形をしており1週間たった今でも全く読めない。話しを聞く限りローマ字のように母音と子音の組み合わせになるようだったが形が違い過ぎて何とも苦戦中である。先に言ったように小説の執筆はしているがこれはあくまで自分の世界の文字での話。
さらにはこの世界には「創作小説」というものが存在しない。歴史上の出来事を書いたものはあるそうだが某が生業とする「ファンタジー物」は全くの未知。結果、現状の某は無職であった。
三つ目はやはり王道。こちらの世界には「魔法」と呼ばれるものがあった。
こちらも某は今のところ使えないがこういうものは土壇場の必要な場面で開花するパターンだと踏んでいるので特に焦ってもいない。
正直なところあまり詳しくも分かっていないので仕組みや使い方の理解すらしていない。
この世界には人が自分の身から発する「詠唱魔法」と何かしらの式を組んで発動させられる「術式魔法」と言う二つに分かれているそうだ。
そしてその術式をあらかじめ組み込んであるものを「魔具」と呼ぶらしい。
プラセルさんのような一般人は身体能力を少し引き上げる程度の魔法以外はこの魔具を使用することでようやく使えるらしく、コンロや冷蔵庫などと言ったものもこの魔具で代用されている。
そして外観上の大きな差はこれ。この世界にはなんと「月」と「太陽」が2つもあるのだ。これにはかなり面食らった反面心躍ったものだ。
「ふむ。とりあえずはこんなものか?」
「何を書いてるのかしら?」
「うわぅっ!」
書くことに集中している間にいつの間にか隣に座っていたプラセルさんに声をかけられる。その距離がやたら近くあわや椅子から転げ落ちるところだった、、、。
「そんなに驚くことないじゃない?おもしろい子ね。」
「これは失敬、、、。」
からかうように笑う彼女の瞳を見ていると何とも不思議な気持ちになる。
こう・・・なんというか、、。飲み込まれるような、落ちていくような。言葉では形容しがたい不思議な感覚だ。
それが何とも心地よくそれでいて、たまに少し怖くなる。
これだけ良くしてもらっている相手に何とも失礼な物言いだとは思うのだが・・・
「で?何を書いていたの?それともお仕事中だったかしら?」
「いや、これはそのような大層なものでは無くですね。今のところ某がこちらで見つけた相違点などをまとめたものでして。」
「そう。そんなにあなたの国とは文化とかも違うのかしら?」
「まあ基盤の部分ではそこまでの違いは無いのですが。やはり細かな部分ではかなり違っているようで。」
今のところ、某は『異世界人』ではなく海の向こうから来た『異邦者』という事にしてある。
実際問題ここが異世界である言うのは半ば確定ではあるのだが、いくら彼女がいい人だとしても初対面の人間が「おれ異世界人なんだ。」と言い出せば少なからず訝しむだろう。
某ならば確実に正気を疑い然るべき機関への受診を勧めているところだ。
何も分からないこの状況で住居すら失うのは正直避けたい。
まあこの話をしたところ「海の向こうから??凄いわね。海には『鮫』もいるでしょうに・・・」と結局少し訝しがられたわけだが。
見た所こちらの世界は魔法こそあるものの科学技術の進歩は元いた世界よりもはるかに遅いように見受けられた。必要が無いのかもしれないのかもしれないが、電化製品はもちろん石炭や石油と言った資源すら見かけない。
そのレベルであれば確かに『鮫のいる海』というのはさぞかし危険な所なのだろう。
「では、本日も少し辺りを散策してまいりますゆえ。夕餉までには戻ります。」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね。あと、外れの小さな森には近づいてはダメよ?」
「『あそこには。呪われた魔女が住む』・・・でしたかな?肝に銘じておきますとも。」
「覚えてくれているみたいで良かったわ。」
にっこりと微笑むプラセルさんにもう一度「行ってきます。」と告げ扉を潜る。
「ふむ、”魔女”か。少しばかり気になるところではあるが・・・危険な香りがするイベントはやはり何らかの主人公スペックに目覚めてからにしておきますとも。」
それよりも、である。この1週間悩んでいるのはいつまで経っても訪れない”能力開花イベント”と”ハーレムになる女の子との遭遇イベント”である。
「まあ流れ的にプラセルさんは堅いでしょう。しかし。あの手の女性はメインヒロイン属性では無い。となると、そろそろどこかでそのような方との出会いというものがありそうなものですが・・・」
独り言を呟きながら街をブラブラと練り歩く。やはり王道と言えば何かしら困っている女性の出現であるとか、悪者の登場だとかなのですが。
「いや~・・・それにしても。まさかかような事に某が選ばれようとは、、!フフッ、、、フフフッ!胸が躍りますなあ!!」
膨れ上がる妄想が抑えきれず自然と笑みがこぼれ、さらには勢い余って拳を空へと掲げる。
「ごふうっ!!?」
そして同時に耳に届いた鈍い声。拳には何かにぶつけた衝撃が走る。
「・・・・へ?」
「て、てめえ!!」
「いきなり何しやがんだ!ああぁん!!?」
「いや、、、ちが、、、これは、その、、、。」
「ちがも何も血が出てんだろうが!!ちょっとこっち来いおらぁ!」
ああ。デジャブ。なんかすごくデジャブ。
胸ぐらを掴まれまたしても人気のない路地へと連れ込まれる某。
「いたいっ!」
「こっちの方が何倍も痛てえっつうんだよ!!治療費出せごらぁ!」
石畳の上に投げられるように転がされる某。
「フフフフッ・・・」
「ああ”?何笑ってんだテメエ?」
飛んで火にいる夏の虫とはこのことでしょうね、かわいそうに。
見えました。ええ見えましたとも。このパターンは突然発現した力が制御できずチンピラはビビッて逃げ惑い、あまりの出来事に某自信も口をあんぐり。のパターン!
何事も最初が肝心。何かしらの目覚めのパターンはすでに112通りほどイメトレ済みですので!
「まったく。引き立て役と言うのは本当にかわいそうだと思いますが・・・」
体を半身に構え軽く握った右拳を前へ。左拳は腰元へ。
「さあ・・・どこからでもどうぞ?しかし、某も力加減ができるかは保証しかねますがね?」
余裕の笑みを浮かべてチンピラどもを見据える。
「なっ、、、なめてんじゃねえぞぉ!!」
激昂したチンピラが繰り出す大振りの右拳。
「見え見えですよ!」
それをしっかりと見極め華麗に頬で受け止める。
「あぐぅっ!??」
「おらぁ!」
続く右の前蹴り。
「おごっ!???」
これもしっかりと視認し鳩尾へ。そして地面へと崩れ落ちる某の膝小僧。この間わずか8秒。
「な、なんだこいつ??死ぬほど弱いぞ!?」
「なんであんなカッコつけれてたんだ?」
「・・・とりあえずボコっちまえ。」
その後は亀のように丸くなる某への一方的な殴る蹴る。
「ちょ、、、ちょっとターイム!!」
そして急な大声に驚いたチンピラの手が止まりその隙を縫って少しばかり距離を取る。
「な、なぜなのです、、、?こういう場合は某の覚醒って相場は決まって、、、げふぅ!」
「なに訳わかんねえこと言ってんだ!?」
束の間のインターバルもむなしくボコボコにされる某。おお、神よ・・・なぜこのような仕打ちを、、、?
「やめなさい!!」
「ああ??だれだおま――」
「な、なんでお前がこんな所に、、、?」
遠のく意識の中聞こえた女性の声。その一喝にチンピラたちの手が止まった。
「は、はは。なる、ほど、、、そちらのパターン、、、でしたか・・・」
その後の経緯を見届けることすらできず、開始から1分36秒でTKOされた某だった。
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頬に触れる柔らかな感触と優しい温もり。
なんとも言えぬその感触とほんのり漂う干した布団を思わせるような心地よい香り。
「んんっ、、、至福・・・」
「あっ!目が覚めた?」
重い瞼を開くと、某を覗き込む見覚えの無いようなどこかで見たような・・・そんな顔がぼんやりとした視界の先にあった。
「・・・ここはだれ?わたしはどこ?」
「なに言ってるのかちょっとわからないけど・・・とりあえずは無事みたいで良かった。」
状況を整理しよう。某は不運にも悪漢3人にボコボコにされ気を失ったようだ。そして起きて見れば女性の膝枕の上と来た。ようするに――
「なるほど。さては某、死んだな?」
「ううん。生きてるよ?」
「そうですか、生きてますか。」
ならよかった。あれで死んだのではあまりにも某が不憫で・・・
「・・・というかあなたは?いつつっ、、、。」
「ああ、まだ動かないで?わたしに膝枕なんてされたくないかもしれないけど・・・何もしないから。ね?」
起き上がろうとしたところを優しく膝へと戻される。それにしても不思議な事を言う女性だ。「なにもしないから」とは。逆ならばいざ知れず。
それとも、それほどまでに某が弱く情けなかったと言うことだろうか?
「嫌だとは不思議なことを言いますね。あなたのような美人の膝枕など、ボコボコにされたことを差し引いても男には余る幸福ですよ?」
「へ?美人??わたしが???」
「あなた以外に誰がいると――」
目を奪われる。と言う慣用句はこういう時の為にあるんだなと身を持って痛感した。
ぼやけていた視界のすりガラスが晴れその先にある声の主の顔をようやくしっかりと認識する。
顔の美人さでいうのならプラセルさんだって負けてはいない。いやむしろ彼女の方が美人だろう。あの人はまさに100点だと思う。
対して目の前の女性は85点といった所か?某風情が人に得点つけるなどおこがましい話だが・・・
日が傾き始め辺りは一時の黄金色に包まれ全ての景色が美しく見える時間帯。マジックアワー、と言うのだそうだが。その中においても尚、他の全ての追随を許さない「美しさ」があった。
白銀としか形容できない一面雪景色のようなキレイなセミロングの髪の毛。肌も負けず劣らずの白。少し目じりのつり上がったいわゆる猫目の真ん中には満月を思い出させる金色の瞳。
見た所某よりも少しばかり幼そうな印象の顔つきだ。
「・・・綺麗だ。」
気づけば呟いていた。先ほどまでの軽口ではなく、本心が漏れ出てしまった。
人生で生きてきた中でこうも何かに見惚れたことがあっただろうか?少なくとも自分には無い経験であった。
『トンネルを抜けるとそこは、異世界でした。』
あんなもの本当にどうでもいい風景描写であった。
今、この瞬間から。翌檜 太陽が紡ぐ物語の第一章のページが開かれたのだ。
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