第2話 序章 事実は小説よりも奇なりと言うものの・・・.2

 

 今更ながらに自己紹介。某、ペンネームを月夜野 ツキヨノ キボウという名で執筆活動をしている小説家。星と書いてキボウと読む。

 本名は翌檜 太陽アスナロ タイヨウ。4月1日生まれの二十歳。と言っても10日ほど前に成人したばかりなのだが。


 身長173cm体重61㎏。いたって平均的な体つきに学力は中の上。運動神経は走る、跳ぶ、投げるなど激しい運動でなければなんでもござれだ。・・・人には向き不向きというものがあるという事にしておいて欲しい。


 取り立てて長所があるとすれば、まあ、顔だ。

 少々童顔であることはコンプレックスだがそれを差し引いても有り余るお釣りがくる程度には整っている。貰ったラブレターの数は数え切れず、100%の確率でフラれてきた人生だ。


「どう?おいしいかしら?」

「・・・おいしいです。」

「よかった!おかわりはたくさんあるから遠慮しないでね?」


 そんな某はただいま絶賛朝食中。

 クリームシチュー的なものとパンを順番に口に放り込み思案する。


 ・・・妙だぞ。日本と朝食と言えば相場は味噌汁にご飯。そこに焼いた鮭と納豆もあればもはや言うことは無い。朝はパンの方もいるかもしれないが某は根っからのごはん派である。


 しかーし。問題はそんな所には無い。


 今この状況を見た方々にはいろいろの疑問がお有りだろう。

「お前はどうやって家へ帰ったんだ?尺の都合で割愛か?」や「その女性は誰だ!!美人なお姉さまとか、隣の家の幼馴染か!!?」とか「ペンネームダサすぎるだろう」とか。


 一つ一つ簡単なものから答えていこう。


 まず、ペンネームはダサくない。思考の名前である。そう思った奴には後程「締め切りに追われ、溜まったイライラを乗せた渾身の肩パーン」を喰らわせてやろう。


 二つ目にどうやって帰ったかだが。前述したように本当に記憶に無い。気付いたらベッドの中だった。


 そして一番大きな問題なのだが――

「失礼ですが・・・あなたは誰なのです?」

 目の前の女性に見覚えが無いことだろう。


 某には姉弟の距離感を越え世話を焼いてくれるような姉妹も朝勝手に部屋に入って来て起こしてくれるような幼馴染もいない。そんな相手を持っている奴が実在するならば本当に頭を固い何かでドンッ。だ。


 そして某の家はベッドではなく床に敷布団。もちろん花のような匂いもしない。

 本来こんな風に悠長に朝食を摂っている場合でも無いかもしれないが、そこはそれ。カロリーは摂れるうちに摂っておかねば。


「あら?ずいぶん今更な質問ね?」


 パンを頬張るこちらを頬杖をつきながら楽しそうに眺める謎の女性。


「まあたしかに。」

 だが少しばかり見えてきたがこちらが彼女を認識していないにもかかわらずここまで優しくしてくれるということは・・・


「なるほど・・・そういうことでしたか。」

「どういうことなのかしら?」

「ふふふっ。照れずともよいのですよ。某、ファンには優しくする男!小説家である前に・・・紳士なのですから。」


 目のあたりまで伸びた髪をかき上げこれでもかと言わんばかりのドヤ顔。そしてトドメのウィンク。

 

 対する彼女は先ほどまでの笑顔はどこへやら。ぽかーんっ。という擬音語を擬人化したらこんな顔だろうと言う顔でこちらを見ている。


「ふぁん??急に片目を瞑ってどうかしたの?」

「・・・なに・・・ゴミが、入ったようでして、、、。」


 穴があるならばいっそ埋めて欲しい。


「大丈夫?」

「はははっ、、。大丈夫。大丈夫ですとも。」

「ならいいのだけれど。それじゃあ改めて自己紹介するわね?私はプラセル。プラセル・ラーシルよ。」

「なるほど。外国の方でしたか。それでは某を知らぬのも仕方の無いことです。」


 しかしそうなるとますますわからない。某のファンでも無い見知らぬ誰かがこうまで真摯に介抱をしてくれる理由もわからないし、外国の方という割には驚くほど日本語が堪能だ。そしてシチューがおいしい。


「某は翌檜 太陽。しがない物書きをしている者です。さて、自己紹介もすんだところで少々お聞きしたいのですが、某は一体どうやってここへ?何があったのでしょうか?」

「何も覚えていないの?どちらかと言うと何があったのか聞きたいのはわたしの方なんだけれど、、、。」


 少し困ったように思案する表情を浮かべるプラセルと名乗った女性。


「朝方目が覚めて川へ水を汲みに出た時に川辺で意識の無いあなたを見つけたの。見たことも無い服装もしていたし・・・とりあえずうちへ連れ返ったというわけ。それ以上のことはわたしも分からないわね、、。ごめんなさい。」

「いやいや!謝られるようなことは何も!むしろ某を引きづってここまで運ぶなど女性にはさぞ大変であったでしょうに・・・」

「フフッ。わたしこう見えても力持ちなのよ?」


 微笑む彼女と視線が合いつい反射的に逸らしてしまう。美人だから。と言うのももちろん大きな要因の一つだが、それ以上になにかこう・・・気圧されるような不思議な魅力のある人だ。


「もう一つ伺いたいのですが。」

「なあに?」

「某が転がっていたところに、女性は転がっておりませんでしたか?」


 もう一つ気がかりだったのは一緒に階段を転がり落ちた女性だった。

大事には至らぬよう庇えた気ではいたが・・・歩道橋を一番上から転がり落ちたのだ。無傷とはなかなかいかないだろう。


「女性?さあ・・・あの場所にいたのはあなた一人だったわよ、タイヨウ君?」

「そう、、、ですか。」


 まあ某が階段から落ちたのが夕方頃。プラセルさんに川辺で発見されたのが朝方という事であればおおかた先に目が覚めその場を去ったのか・・・


「・・・ん??」

「まだ何か聞きたいことでも?」


 待て待て。某が川辺で転がっていた?転がり落ちたのに?


 日本の首都である東京のコンクリートジャングルの真ん中で意識を失ってなぜ川??


「失礼ですが・・・ここは何県になるので?」

「けん??」

「えっと・・・ここは、東京、、ですよね?」

「ん~・・・東京と言う場所には聞き覚えが無いけれど、、、。ここは『アッシャムス王国』の東の端に位置する街、『ラークス』よ?」

「・・・・・・・は??」 


 聞き慣れない単語に聞き慣れない単語を被せてきた為思考回路が追い付かず頭がショートする。


「東京どころか、、、日本ですら無いと??」

「その・・・日本ってどこかしら??」


 困惑を織り交ぜたような笑顔でこちらを眺めるプラセルをその何倍もの困惑を浮かべた顔で某は見つめているのだろう。


 日本語が通じる場所で日本を知らない??そもそも『アッシャムス』なんて国名聞いたことも無い!


「じゃ、じゃあ!ここは一体何大陸に位置するのでしょう!!?アメリカからどれほどの距離でどの海を越えればここへたどり着けるのですかっ!?」

「お、落ち着いてタイヨウ君!ほら、お水飲んで??」

「はぁはぁっ!んぐんぐっ・・・・はぁ。」


 差し出された水をいったん口に含み気を落ち着かせる。


「そんなこと、あるはずないでしょうに・・・」 

「タイヨウ君??」


 水を飲み干し空になったグラスを机に叩きつける勢いで置き、間髪入れずに椅子から跳び上がる。


「はははっ・・・そんな小説のような話、、、あるはずが無い!!」

「ちょっと!タイヨウ君!?」


 制止する声も聞かずそのまま扉に体当たりする勢いで押し開ける。

「ぐぉっ!??」 

 が、扉に見事なまでにはじき返され尻餅をついた。


「だ、大丈夫??その扉内開きなの。」

「これは何とも間抜けなところを、、、。」


 だが、尻からくる痛みで若干ばかり冷静さを取り戻せた。

 少なくとも、今この状況が夢では無い。としっかりと認識できる程度には。


 気を引き締め直し扉を開ける。


目の前に広がるのはいつも通りの殺風景なコンクリートジャングル。――の面影はどこにも無かった。


 目の前に広がるのは東京では見たことも無いキレイな草原。草が青々と茂り、空には鳥がさえずっている。

 少し先には石造りの壁?のようなものがありかなり縮小した万里の長城を思い浮かべる建造物も目に入る。


「あ、あれは、、、?」

「あの壁の向こうが『ラークス』の街。見に行ってみる?」

「ええ、、、。ぜひ。」


 目に映る光景をいまだに飲み下せてはいないがここで呆然としていたところで何も進展はしないだろう。

 フラフラとプラセルさんの案内に釣られて城壁に空いた入口、小さな10mほどのトンネルを抜ける。


 一瞬の暗闇の後、照りつける太陽。その明かりに目が眩みながらも再度、目の前に広がる信じがたい光景に目を奪われる。

「事実は小説より奇なり。とはいうものの・・・」

 

 並ぶ建造物。来ている衣服。そのどれもが、自分の知るいつもの東京日常のモノとは違っていた。


 建造物やそれらを含めた街並みは明らかに日本の物では無く、時代背景も現代の物より古くイメージとしては中世ヨーロッパを思い浮かべるような雰囲気だ。

 コンクリ造りの物は見受けられずどの家屋も石や木でくみ上げられた物ばかり。


 服装もその街並みによく合っており、トレンチコートやデニムなどを着ている者は皆無。もちろんタピる女子もいなければ、インスタに勤しむ若者もいない。


 端から端まで、どこをどう見ても今まで暮らしてきた街とは全てが違っていた。


「少しは落ち着いたかしら?」

「落ち着いたと言うよりは・・・呆然としている。が正しい表現かと、、、。」


 何の因果か。とりあえず某は今、日本ではないどこかに居る事だけはようやく諦めて理解できた。


「それで・・・結局この国は世界地図で言うとどの辺りなのでしょう?ほかの国へはどのように向かえば??」

「ほかの国??逆に聞くけれど、この『アッシャムス』以外に国なんてあるの?」

「いやいやいや!それはあるに決まってるでしょう!国連加盟国だけでも193か国!海を渡れば、、、いや!渡らずとも他の国ぐらいいくらでも――」

「わたしの知る限り地続きの範囲に他の国なんてもの存在はしないわ。というか、そもそも他の国という物自体聞いたことが無いのだけれど・・・」


 本日何度目か分からない脳の思考停止に陥る。


「ほかの国が・・・無い、、、?」


 力なく膝から崩れ落ちその場にへたり込む。ようするに今聞いた話をまとめ、常識的にとかありえないとかいう固定概念を排して行きついた結果が――


「冒頭の書き出しは・・・『トンネルを抜けるとそこは、異世界でした。』に決まりですね・・・」


 小説よりも奇なりで、しかして小説にありきたりな展開に巻き込まれた。というものだった。

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