Massacre

ユーゴ―・デュボワが地球への転勤を知ったのは、2週間前の朝だった。その日は半期に一度の異動発表の日で、出勤すると社内は既に異動の話で持ち切りだった。

「栄転じゃないか!」

ユーゴ―がオフィスに入ると、自席に座る間もなく、同期入社のシェンジョウが、ユーゴ―の肩をパシパシと叩いて言った。

「え?」

「うらやましいね。俺は今の部署のままだったよ」

シェンジョウは心底うらやましそうな顔で、手を振りながら去っていった。とても嫌な予感がした。果たして、PCを開いて異動発表を確認すると、ユーゴ―は生まれ故郷の惑星にある現在の部署から、地球の本社へと異動になっていたのだった。その日は1日、仕事にならなかった。


確かに、地球の本社への移動は栄転ともいえる。大学を出て、入社してからわずか2年での異動。大した才能もやる気もないユーゴーにとっては、ただのラッキーだ。オフィスの環境、得られる人脈、本社に若くして異動したという経歴それ自体。どれを取っても文句なしだ。ただ一つ、ユーゴ―が宇宙船での飛行を極端におそれていることを除けば。


旅客機シャトルが大気圏を出ると、ユーゴ―は窓から外を眺めた。母星の丸い地平線が青白く光り、飲み込まれそうな深い黒がその向こうから顔を出す。船内では非遠心力型の人工重力が作動しているのに、酔い止めの錠剤が胃で浮き上がって暴れている気がする。とりあえず一番おそろしい大気圏脱出を乗り越えて、ユーゴ―は一息ついた。地球圏のスペースコロニーにあるトランジットまで亜空間飛行で4時間。眠れるだろうか。ぼんやりと窓の外を眺める。

「お客サマ、席についてくだサイ。着席シテ・・・」

バシィッ、という熱エネルギー型拳銃の音とともに、ユーゴ―の真横の通路で、アンドロイドのキャビンアテンダントが倒れた。その前には、人間の男が仁王立ちしている。

「全員、動くな!」

別の男が、ドスのきいた声で客席の先頭から声を上げた。拳銃を持った4人の男が、客室の様々な場所に立ち上がった。ユーゴ―は胃の中の錠剤どころか、胃ごと吐き出しそうになった。

「・・・シャーリー、さすがにこの事態は想定してなかったよな?」

おののき固まるユーゴ―の一つ前列の座席で、プリセニアンの男性がうんざりとした口調で、隣にいる人間の女性に話しかけるのが聞こえた。

「もちろんしてたわよ、ディモカ。していたけど、対処法は今から考えるわ」

「さすがだな、頼りにしてるぞ。俺は寝てるからその間になんとかしておいてくれ」

女性が肘で男性の脇腹をしたたかに打った。ウッ、と男性はうずくまる。


拳銃を持った男たちが、アンドロイドのキャビンアテンダントを次々と破壊していく。ハイジャック犯のうち、最も前部にいた男が客室放送用のマイクを手に取り言った。

『我々は、 "地球の尊厳を護る会" であるッ!当機はこれより我々のものになる。抵抗しなければ危害は加えない。・・・今をさかのぼること83年前、邪悪な異星人であるプリセニアンとのファースト・コンタクトを前に、おそれをなした地球各国の政府は・・・」

ユーゴーには、すこし事態が呑み込めてきた。どうやらこいつらは地球人類至上主義の過激派だ。組織の名前は、ニュースで度々聞いたことがあった。地球人類が異星人であるプリセニアンと交流することを極端に嫌い、テロを繰り返す集団だ。一方で前の二人は、また何かを話している。

「いよいよどうする、ボス」

「誰がボスよ。予定変更。プランMでいきましょう」

「念のため、そのプランが一体何なのか共有してもらってもいいですかね」

Massacreミナゴロシプラン」

「もちろん却下だ」

ユーゴ―は二つの異常事態に混乱した。ディモカと呼ばれていたプリセニアンの男は、座席の下からアタッシュケースを引き出し、中から何かを取り出すと女性に渡した。何を渡したかまでは、座席に隠れてよく見えない。ハイジャック犯は長々と演説しているが、要はこの機体を奪って地球代表政府との交渉に使う気らしい。

「てっきり、ブツは地球でのテロに使うものだと思ってたが、まさに今日ここで使うために積んだのか・・・」

前の座席のプリセニアン男がつぶやく。

「ハヤブサは呼んだわね」

「300秒で着くはずだ」

「始めましょう」

前席の男女が、すくっと立ち上がった。一番近くにいるハイジャック犯の一人が、それに気づいた。ユーゴ―は首をすくめ、目立たないように姿勢を低くした。

「おい、そこのお前ら。座ってろ」

体格のいい男が拳銃を片手に後ろから近づいてきた。シャーリーと呼ばれた女は座るどころか通路に出てきて、振り返ると、握手でも求めるかのように細い腕をまっすぐに体の前に差し出した。

「ああ?」

ハイジャック犯が女の手の届くか届かないかのところまで近づき、女を見下ろす。すると女はハイジャック犯の首元まで手を伸ばし・・・襟もとをつかむと、次の瞬間、男の体は宙を舞っていた。綺麗な背負い投げが決まると同時に、女は拳銃を奪っていた。

「これ、持っていて。私は私のを使うから」

「え、ええ・・・」

シャーリーは男から奪った拳銃をユーゴ―に押し付けると、腰元から小型の拳銃を取り出した。

「おい!」

別のハイジャック犯が騒ぎに気付いた。ディモカが素早く、肩付けストックのついた拳銃をそちらに向ける。パシィッというエネルギー型拳銃に独特の音とともに、ハイジャック犯が倒れた。別のハイジャック犯が気づいてディモカに顔を向けるたびに、気づかれた順番に、ディモカが犯人を撃ち抜いていく。プリセニアン特有の反射神経だ、とユーゴ―は思った。プリセニアンと地球人類は遺伝子の多くが共通しているのだが、この抜群の反射神経、というより体感時間の違いのせいで、スポーツでも格闘技でも科学の世界でも、地球人類はプリセニアンに太刀打ちできない。ユーゴ―は、演説をしていた男が姿を消していることに気が付いた。座席の陰から、演説男がディモカを狙っていた。ディモカは気が付いていない。

パシィ、とエネルギーの銃声が響いた。倒れたのはディモカではなく、演説男だった。シャーリーが先に相手を撃ったのだ。最後のハイジャック犯だった。

「プランMと言ったじゃない。どうして麻痺スタンモードなの」

シャーリーは自分の拳銃のモードを見て言った。男から渡されたアタッシュケースの中身は拳銃だったらしい。どうやって持ち物検査を抜けたのだろうか。

「お前が船体に穴をあけないためだ」

ディモカは肩付けストックを折り畳み、拳銃を腰のホルダーにしまうと、ハイジャック犯たちの拳銃を一つ一つ回収しつつ、客室の後方へ歩いて行った。ユーゴ―はただただ、あっけに取られ、しばらく放心していた。


シャーリーは窓の外に目をやる。その目線に誘われるようにユーゴーが窓の外に目をやると、宇宙空間に、亜空間航法の終了の際に特徴的な細い線が現れ、ほどなく細長い銀色の中型船舶が実体化した。

「来たわね・・・あら、まずいものも来たわ。ずいぶん早い」

銀色の船の後方に、数秒遅れで赤色灯を明滅させた複数の船が現れた。船体には保安隊Security and Rescueの文字だ。助かった、とユーゴーは思った。船内放送に、保安隊の割り込み音声が響いた。

『諸君らのハイジャック行為は、地球代表政府保安条例に違反している。即時、投降しなさい』

赤色灯が見えて、ユーゴーは反対側の窓にも目をやった。別の保安隊の船が、この旅客機を包囲している。

「えー、もうかよ。なんで今日に限って早いかね」

ディモカが貨物室から戻ってきた。手には、何かの機械を抱えている。すこしゴツゴツとした凹凸のある黒い球体で、ウニのように細長いアンテナ状のモノが生えている。

「ちょうどいい。ブツの使いどころよ」

「な・・・1回で2,000クレジット分はセニバイタリウムを消費するんだぞ!」

「ふざけないで。ここで捕まったら5年はくらうわ。私は執行猶予持ちなの」

「この状況で逃げたら5年じゃ済まないぞ」

ギロリ、とシャーリーは、ディモカをにらむ。

「・・・分かったよ。ハヤブサに乗ったら作動させよう」

はあ、とため息をつくと、ディモカは手元で端末を操作した。ハヤブサと呼ばれた銀色の中型船舶が、旅客機と並走すると、ドッキングブリッジが伸びて旅客機に接続した。すると、保安隊からの呼びかけが再び旅客機内に響いた。

『諸君らの身元は分かっている。エイブラハム・ハンセン。アサド・ハシモト。カルビン・ミラー。スーユアン・チョウ。・・・ユーゴ―・デュボワ。銃を捨てて投稿しなさい』

「ええ!?」

名前を呼ばれ、ユーゴーは素っ頓狂な悲鳴を上げた。周囲の乗客がユーゴーを見る。シャーリーとディモカも、ユーゴーを見た。

「かわいそうに。そんなものを大事に抱えているから、生体スキャンで特定されたのよ。ご愁傷様」

ユーゴーは自分の手元を見た。シャーリーに押し付けられた拳銃が光っている。慌ててユーゴーは拳銃を取り落とした。

「もちろん俺らはジャマ―を持ってるから、身元は特定されない。まあ、どうとでもなるって。ドンマイ、ドンマイ」

ディモカとシャーリーはハヤブサに乗りこむため、踵を返し、ユーゴーを置いて出入口まで歩いていった。

「ま、待ってくれ!」

ユーゴーはシャーリーとディモカを追いつつ、二人の背中に叫んだ。

「俺、何もしてないのに。だいたいあんたたち、何なの!?」

ドッキングブリッジを通ってハヤブサに乗りこんでいく二人を追って、ユーゴーもブリッジに入る。

「俺、せっかく良い異動になって、地球に行くところで・・・保安隊ゴトに巻き込まれたなんて会社に知れたら」

ようやくディモカが振り返り、うんざりした口調で言った。

「おい、入ってくるな。こっから先はもう俺の船・・・」

ガタン!と船体が揺れた。保安隊が威嚇射撃をしたのだ。新人の射撃手が張り切りすぎたのか、警備規定よりもだいぶ近いところで、弾頭がさく裂した。ハヤブサと旅客機は激しく揺れた。

「まずい!」

ディモカは数メートルのドッキングブリッジのちょうど中央にいたユーゴーの手を引いて、ハヤブサの船内に引き入れた。ギシギシギシ、とドッキングベイが引っ張られた。威嚇射撃のさく裂弾頭のせいで、旅客機とハヤブサの距離が離れたのだ。ユーゴーがハヤブサの船内に完全に引き入れらたところで、ハヤブサの防圧扉が勢いよく閉まった。ドッキングブリッジは引き裂かれ、旅客機側の防火防圧扉も自動的に閉まった。ユーゴーは謎の二人組の船に取り残された。

「何してるのよ、いったい」

心底あきれた顔で、シャーリーが言った。

「ええい、もうしゃあなしだ。お前、邪魔すんなよ」

ディモカが抱えていたウニ型機械を床に置いた。ウニ型機械の上部に触れると、制御盤が現れた。ディモカがタッチパネルを操作すると、赤色の画面が表示される。

「やるぞ」

「早くしなさい」

ディモカが赤い画面をタップすると、ブゥン、と低い音が鳴った。ハヤブサの窓の外から差し込んでいた赤色灯が消えた。ユーゴーが窓から外を見ると、保安隊の警備艇から光が消えている。先ほどまで乗っていた旅客機からも、航行灯が消えていた。ハヤブサ以外の船からエネルギーが失われてしまったかのようだ。

「おっし!範囲指向性EMP、バッチリ効いてるじゃん。ハヤブサ、亜空間飛行開始!」

『既定のルートで亜空間飛行を開始します』

コンピューターが答えると、窓の外の船や星々が線状に伸びた。亜空間飛行に入ったのだ。ウニ型機械の電磁パルスのおかげで、保安隊の妨害フィールドが効いていないらしい。逃亡成功だと、ユーゴーは理解した。


「2,000クレジット分のセニバイタリウムはでかいぞ・・・クソ」

「そういうこともあるわよ」

「だいたい、お前の情報収集がザルいんだよ!どうしてハイジャック計画を事前に見抜けなかった」

「そういうこともあるわよ」

「殺すぞ」

ユーゴーはへなへなと座り込んだ。ハイジャック犯のテロ道具をくすねた泥棒コンビの船に、どうやら自分は乗り込んでしまったようだ。自分が大嫌いな宇宙船に乗っていることはすっかり忘れて、ユーゴーは床面に両手をついた。

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