夢の種
地球人類のものとみられる古い宇宙施設ユニットの中には、窒素約80%、酸素約20%の空気や、水が検知された。メンテナンスがしばらくされていなさそうな外見を見ると、数十年前に廃棄されたスペースコロニーか、宇宙ステーションの一部だ。浮浪者のたまり場にでもなっているのだろう。彼らには価値の分からない機械や部品がたくさんあるに違いない。道に捨てられているものは、もらっていったって構わない。むしろ宇宙のごみを片付ける慈善事業だ。政府が何もやらないから私たちがやっているのだ。廃品あさりコンビのシャーリーとディモカは貨物ハッチから船外へ出ると、ジェットパックを器用に操作して施設の外壁に飛びついた。ディモカがエアロックのハッチを手際よく開き、二人は中に滑り込む。エアロック機構はかろうじて稼働していた。与圧が終わると、ひとりでに内側の扉が開いた。二人は施設内へ足を踏み入れた。
「人口重力かよ。先に教えてくれ!」
ディモカは施設の床にしりもちをついてしまい、尻をさすりながら叫んだ。
「外から見たら200年は超えてると思ったけど、意外と新しいのかしら。いや、きっと後から人口重力発生装置を取り付けたのね」
シャーリーは要領よく両足で着地した。センサーで大気が安全なことを確認すると、シャーリーは船外活動服のバイザーを上げた。くさい、と顔をしかめる。
「やっぱり浮浪者のたまり場だよ。よくこんなところで暮らせるもんだ」
ディモカもバイザーを上げると、鼻をひくつかせた。
「こんなところに税金も払わずに住んでるやつらは、全員エアロックから放り出してもいいのよ。あとは私たちが貴重な資源を回収して、銀河中に再分配するわ」
「税金を払ってないのはお前も俺もいっしょだろ」
ディモカは腰の帯革から拳銃を抜くと、施設の奥へ歩き出した。
幅数メートルの無機質な通路を進んでいくと、二人は床に座ったり寝転んだりする数人の浮浪者とすれ違った。シャーリーとディモカを見ると、ぎろりと睨みつけたり、興味なさげに見送ったり、奥の方へ身を隠したりと反応は様々だ。
「組織化はされてないみたいね。生体反応の数からして、予想通りだわ」
「ラッキーラッキー。さ、早いとこ金目のもんを探そうぜ」
「非遠心力式の人口重力発生装置、エッセンシャルサプライ循環機構、もしかしたら初期の食料合成装置もあるかも。学者やマニアに高く売れるわ」
「どれも、取っていったらここの住人は全滅じゃねえか。血も涙もない女だぜ・・・」
「子供のころに事故で宇宙に投げ出されたとき、全部蒸発しちゃったの」
シャーリーとディモカは、勘に従って廊下をずんずん進んでいく。壁面に案内板らしき表示はあるのだが、スタンダード言語ではなく、地球のどこかの国の固有言語のようで全く読めない。やけに線の多い複雑な文字だ。とある扉の前で、シャーリーは立ち止った。
「ディモカ、見てこれ。何やら貴重なものがありそうな気配じゃない?」
シャーリーはとある廊下の中ほどで、とある表示版を見て言った。
「そうか?・・・俺は地球人の文化には詳しくないんだが、なんとなく嫌な感じの記号じゃないか?」
表示板には、これまでのような複雑な線による文字に加えて、いくつかの円を組み合わせたような記号が表示されていた。先端の切れた3つの輪と、中心にも輪。
「詳しくないなら余計なこと言わないで。これでも私は
シャーリーは表示板の下の制御盤を見た。緑と赤のボタンが表示されている。これまでの扉と同じように、緑を押すと開くはずだ。しかし、この扉は違った。
「スタンダード語の数字のテンキーが出てきたな。暗証番号が必要なんじゃないか」
「やっぱり、貴重品の保管庫ね」
シャーリーはベルトの道具入れから、小さな端末を取り出した。いくらか端末を操作した後、扉の制御盤に密着させる。制御盤の表示が明滅して、ピピッという音とともに扉が開いた。
扉の向こうは一本道で、いくつかの扉といくつかの部屋を通り過ぎて進んでもまだ部屋があった。居住室、執務室、食堂、そういったものとはどれも様子が違うらしい。二人にはそれらの部屋のどれもが、なじみがないものだった。ディモカはそれが不安だったが、シャーリーは気にしていないようだ。奥には金目のものがあるとすっかり思い込んでいる。いつものやつだ。
「なあ、なんだかやっぱり嫌な予感がしないか?」
「これだけ扉が多いんだもの。きっとすごく貴重なものよ」
「それかすごく危ないもの、かもな・・・」
二人は、ひときわ大きな扉の前に出た。左右に開くタイプのゲート型で、まるで防火扉だ。扉の中央には、先ほどの輪を組み合わせた形の図形が描かれていた。
「こりゃあ開けられないね。制御盤も見当たらないし、爆破は危険すぎる。引き返すかぁ」
ディモカがそう言うってふと横を見た瞬間。
ガシャーン!
シャーリーはバールのようなものを片手に、部屋の側面にある大きな鏡をたたき割っていた。鏡の向こうには部屋があった。暗いが、端末からわずかな光が漏れていた。
「マジックミラーっていうやつね。地球の古い刑事モノ映画なんかで見たことあるわ。こっちから見ると鏡だけど、反対側からはこちら側が見えるの」
「ああ、そう・・・」
シャーリーはマジックミラーがはめ込まれていた窓をさっと乗り越えて、制御室へ入った。腰からハッキングユニットを取り出して、部屋の制御端末へくっつける。ゴゴゴ、と重々しい音を立てて、ゲートが開いた。
ゲートの向こうは非常灯だけが点いて薄暗く、10以上のテーブルが整然と並んでいた。シャーリーは部屋を歩き回って、いくつもあるテーブルの上を眺めた。どのテーブルにも縦横1メートル、高さ50センチほどのガラスケースが載っていて、その周りには見たことのない古い機械や道具があった。ディモカは部屋の反対側を同じようにして見て回りながら、部屋の奥へと進む。部屋の奥で二人は合流した。
「シャーリー、どうだ?」
「・・・どれも見たことないわ」
「おまえ地球人だろ。こいつらが一体何で、というかここは一体何の部屋か、くらい検討つかないのか?」
「さっぱり」
はあ、とディモカはためいきをついて、首を左右に振った。すると、部屋の最奥部にあるテーブルのうえに、何かを見つけた。シャーリーはディモカの視線の先を見た。このテーブルにもガラスケース。ケースの中の中央には、茶色のぶよぶよした物体が置かれている。
「一番奥に、さもありがたそうに置かれてるのがコレ?お宝には見えないし、きっと売れないわ」
うんざりした顔でシャーリーがディモカの顔を見た。ディモカは怪訝そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「なあ、ここはだいたい200年くらい前の地球人の宇宙ステーションなんだよな?」
「ええ、多分」
「地球人とプリセニアンが初めて出会ったのは、だいたい80年くらい前だよな?」
「初めて学を見せたわね。もしかしてあなたも学校に行ったことあるの?」
シャーリーがイラつき始めたのを感じ取り、ディモカは慌てて言った。
「この茶色いスライム、プリセニアンの生体機械なんだ」
「だから何よ」
はあ、とシャーリーがため息をつく。
「ここで使われている非遠心力型の人口重力発生装置だって、地球人がプリセニアンからもらったものよ。誰かが最近になってから出入りして、設置したんでしょう。このブヨブヨだって誰かが最近持ってきたのよ」
「なんのために?それと、この生体機械の型は200年以上前のものなんだよ。しばらく専門で取引してたから分かる。200年前のプリセニアンの生体機械が、なんで200年前の人間の施設にあるんだ?」
「さあね。いくらでも説明はつくでしょ」
シャーリーは既に興味を失って、部屋から出ようと歩き出した。
「つまらんやつだな。もっと世の中に・・・金以外のものに興味を持とうぜ」
ディモカはそう言いつつも、このミステリーに興味を持たせることを諦めて、シャーリーに従った。
二人が興味を失ったいくつもの実験テーブルのうえには、いろいろなものが載っていた。どのテーブルにも密閉ガラスケースが載っていて、その周りには検査用の、当時最新鋭の機械類が置かれていた。密閉ケースの中身は、亜空間航法発明前の人類は出ることが難しかった太陽系の外からの飛来物、やっとの思いで到達できた火星からの発掘物、宇宙に出て思わぬ変化をした地球の物質、などだった。二人にはそれらが何なのか、知る由もない。二人が部屋を出ると、ゲートが閉まった。非常灯の明かりに照らされて、過去の人間の夢の残滓がまた、静かに忘れ去られていった。
「でもまあ」
ディモカは自分の体以上の大きさのコンテナを、船の貨物室のハッチに投げ入れ、自分の体も投げ入れ、最後にシャーリーの手を取って貨物室に招き入れ、ハッチを閉めると言った。
「今回はまあまあの成果だな」
ハッチが閉まると人口重力が作動し、二人は船の床に着地した。
「あなたが止めなければ、あの貴重な食料生成装置から部品をたくさん取れたのに」
「さすがに10人相手はやばかっただろ・・・。いや、お前なら大丈夫か」
「あのブヨブヨだけど」
シャーリーが船外活動服を脱ぎながら言った。
「私のおじいちゃんから聞いたことがあるの。わたしのおじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんが、宇宙人のウンチを見つけて、そのあと大冒険をする話」
「はあ?おまえに家族なんかいたのか」
「いたのよ」
シャーリーはイラっとしてそれきり、話すのをやめてしまった。シャーリーは今日の戦利品を検品するのもそこそこに、自室に戻った。いつもならディモカが分け前をくすねるのを警戒して全ての品を確認してから部屋に戻るが、今日は違った。シャーリーは自室に着くと、キャビネットを漁った。少ない私物の中から、古くて小さい手帳はすぐ見つかった。祖父の書いた読めない文字は、先ほどの施設内で使われていたものによく似ていた。シンイチ・アマノというスタンダード文字で書かれた背表紙の署名だけが読め、あとは祖父の祖父の、そのまた祖父より前の先祖の母国のものだという字で書かれていた。そういえば、おじいちゃんからいろいろは話をしてもらった。小さいころの私は、宇宙船の乗組員になりたかったんだっけ。確かに、なってはいるけれど。
『船長から通信です』
「通して」
船内コンピューターが、ディモカからの通信を中継した。
「とりあえず、亜空間飛行に入ろう。いまんとこ有力情報は無いんだが、次はどのあたりに行く?」
「行ったことのない場所へ行きましょう」
考え事をしたまま適当な返事をすると、シャーリーは窓の外を見た。先ほどの施設の白い体がゆっくりと傾いて、その向こうには銀色にぼんやりかがやく月が見える。船が亜空間飛行に入ると、施設は白く細長い線になって宇宙の向こうへと消えていった。
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