第十五話

 夏の騒動も終わり、4人での生活も数日が明けた。俺は4人分の食事を作る事だけが大変な事だと思っている…


 そんな中、棗から電話があった。

『皐月に助けられた少女を見つけたよ。明希と同い年だって』

「へぇ…それで?」

 電話越しの棗は心なしか嬉しそうだ。

『警護の仕事がしたいんだって、今度会うことにした。そっちに行っても良いかな?』

 なるほど…そう言うことか。

「いいけど…あ、今家の中が騒がしくなってる。」

『は?2人だけじゃないの?』

「鈴村家の双子がうちの家族になりました」

『…』

 棗は俺の話を聞くと、電話の向こうで固まっていた。

『そうか…でもまぁ良いや。改造しといて』

「了解」

 そんなやりとりだけして、電話は切れた。

 棗は2人が来たことについて、何も言わなかった。少し驚いてはいたが…

 そんな訳で、俺は家の改造を始めた。

 とは言っても、ボタンを押すだけ…


 父の部屋は厳重にロックし、3階に行く階段は封鎖した。

 3階は衣装部屋になっていたため、聖は反対したが、あと2日だと言い聞かせた。

 そして、当初の想定通り、聖は引きこもりになっていた。朝から晩までデザインを書いている。何をやっているのかは、誰にも見せてはくれなかった。


 そして当日。その日は智と聖を部屋から出ない様にと言い聞かせ、佐倉家だけで少女を迎え入れた。

 少女の名は、神楽紬かぐらつむぎと言った。今時珍しい苗字だが、それもそのはず。

 紬の家は昔活躍したとされる侍の家だったのだ。

 そして彼女自身も、警護の仕事がしたいが為に、道場などに通っていた。

 俺達はもう一度、彼女が本気なのを確認すると、地下室へ行った。

 地下室はすっかり模様替えされており、防音付きだが、道場になっていた。

 流石に弓道場を作るには大きさがなぁ…と、ガッカリもしていたが、道場は作れるから問題ない。

 ここで彼女の動きを確認するのだ。

 別に実践では武道の動きが全てではないが、ならこれで十分なのだ。日本なら…

 両親は海外で働いている為、稀に拳銃と戦うこともある。どうやっているのかははなはだ疑問だがな…


 彼女の動きは十分だった。

 俺達は彼女に警護の仕事が出来ると判断する。

 問題があるとすれば…実践を積めないことと、仕事をどうするか。

「はぁ…明希、やっぱりあの仕事受けるよ。紬ちゃんに、人助けだけじゃない事を知ってもらわなきゃ」

「…良いのか?」

「行きたくないけどね」

 あの仕事…とは、棗の顔を見たいが為に依頼してくる人もいる。その為に、棗が1番やりたくない仕事と化したものだ。

 それから紬のカモフラージュ用の別の仕事を、棗のクリニックの助手という事にした。

「まぁスパイみたいな物じゃないから、戸籍はいじらないけど、死を覚悟して挑む任務もある。日本じゃそうそう無いけどね…」

 棗は最初から最後まで、良い顔は見せなかった。本当は女性をこの仕事につかせるのは嫌なのだ。

 だけど、女性達にとって、その言葉は禁句。男女で分けられるのが1番嫌なのだ。

 そこを分かっている棗は、紬の事を止めはしなかった。だけど、言葉の節々から、諦めろとは言っている。

 それは彼女も分かっている様だった。

「私は…皐月さんに助けられた命です。だから人助けがしたいと思いました。これから、よろしくお願いします!」

 彼女は深く深く頭を下げた。

「はぁ…分かった。俺、指導はあまり得意じゃ無いんだ」

「それでも良いです」

 そんな訳で、紬は棗の助手となったのだ。



        ○


 今日は、俺が1番嫌な仕事を引き受けた。

 それは彼女のためでもある。最初の任務で早速人助けは荷が重いからだ。

「あのぉ…これどうすれば…」

 彼女はここへ来てから、完全に遊ばれている。彼女の周りに集まるのは小学生の子供。何人かに乗られ、頬を引っ張られている。子供を3人ほど持ち上げる力はある様だ。

 そして俺の周りには、幅広い年代の女性達だ。

「あら棗ちゃん。助手を雇ったの?」

「えぇまぁ…紬ちゃん、遊んであげて」

 俺は笑顔で彼女を送り出す。

「はい…」

 彼女も疲れて来てはいるが、俺もまた同じ事。

 今日は朝からずっと、女性達の話に付き合わされているのだ。明希なら耐えられないだろうなぁと思いながらいた。俺ですら逃げ出したいのだから…


 夕方になって、子供連れの女性達は帰っていく。

「それでは私も帰りますね。」

 俺はそう言って、ベンチから立ち上がる。

「えぇー、もう行っちゃうの?」

 女性達は俺を引き止めようとした。

 でも俺は我慢ならなくて、笑顔でこう言う。

「あぁそれと、こう言う仕事は金輪際、引き受けませんので絶対に依頼をしないで下さい」

 俺がそう言うと、女性達は恐怖を感じて頷いた。本当にそうしてくれるとありがたいが、これがまた依頼が来るのだ。かれこれ何回もやっている。

 だから断っていたのだが、今日は彼女の為だ。仕方がない。

「ほら紬ちゃん、帰るよ」

「あ、はい…」

 紬は疲れ切っていた。俺は彼女に忠告する。

「仕事中は、絶対に疲れた顔を見せては行けない。例え仕事が終わっていても、何が起こるか分からないからね。気を抜いてはいけないよ?」

「わ、分かりました」

 彼女はそう言って、また気を引き締めた。

「それじゃあ、また病院でね」

「はい!」

 彼女と別れると、俺はその日、実家へ帰った。



       ○


「っだぁー。疲れたぁ」

 家へ帰るなり、ソファーに転がる兄を見て、少々イラッとした。俺のテリトリーを荒らすな!

「お疲れ様です。」

 未来が、棗にお茶を出す。

「ありがとう」

「それで?どうだったの?」

 なんでこの家に来た!とも思いながら、それを表には出さず、普通に接する。

「俺ってやっぱり、指導向いてないわぁ」

 棗はソファーでとろけている。女性達に揉まれたのだろう。そこだけは哀れに思うが…はよ帰れよ!と、ずっと思っていた。

「佐倉家は殆どがそうでしょ?」

 未来が棗に言う。未来も、棗がこの家にいるのがあまり好きではない。

 歳の離れた兄が、早くに出て行ったこの家で、俺達は2人で暮らして来た。だから荒らされた気がしているのだろう。

「そろそろ帰ってはくれませんか?」

 未来は思っている事を隠さずに言う。

「うん。ちょっとだけ…」

 そのまま棗は寝てしまった。

 おい、はよ帰れよ。と、ずっと思ってイライラしてくる。そんな俺に気付いたのか、未来が俺に抱きついた。

「こんなやつ無視して部屋に行こ!」

 俺の事を優しく包む未来は、今日は割と機嫌が良かった。

 だが、あろうことか酷い事を考えている様で、悪魔の様な笑顔がにじみ出ていた。

「縛って外にでも放り投げておこうか」

 彼女はどこからか紐を取り出して、棗に巻きつける。変なやつ…とも思いながら少し手伝った。

 そのまま外へ置いてやる。

 こんな事は何度となくある。棗も分かっているはずだ。それでも来るから仕方がない。


 そんな夏休みのある日の事であった。

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Stage on the flying 松川巫雪 @matukawafuyuki

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