裏「過去の恩返しを、今」

 今日はうちの家族がクリニックに来て、未来に彼女は居ないのかと言われた。

 確かに、高校以来作った事などない。もちろん俺は毎年バレンタインになると、行列が出来るほど告白された。

 医学部の女子達だ。その日だけは勉強をせず俺のためにチョコを作ってきたのに違いない。

 でも俺は貰ったことなどなかった。1人貰って仕舞えば、全員分貰わなければならない。それは迷惑だったのだ。多すぎて…

 可愛いと思う子は確かに居た。だけど、他のことを考えれば、彼女を作っている暇などなかった。

 医者になってからもそれは変わらない。


 そんな風に毎日を過ごしていたある日。

「院長!合コン行きましょ!」

 クリニックの先生達が俺を誘う。

 正直、暇なのか?と聞いてやりたい。

 けど今日は、未来に聞かれた影響か、少しだけ、興味が出た。

「おい!院長には可愛い妹さんいるんだから無理だって!」

 2人組の先生は、俺の目の前で話している。

 俺はそんな2人に笑顔でこう言った。

「いいよ。行こう」

 2人は、最初こそ驚いていた。

「乗った。」

「乗ったな…」

 お互いに顔を見合わせて…

「どう言う風の吹き回しで?」

 俺に聞いてくる。

 俺は至っていつも通り

「別に、何も無いよ」

 と返すのであった。


 俺にとって結婚は、する必要の無いもの。だから合コンなんて、今日であっても、興味は無い。

 そもそも俺は医者だ。このクリニックは主に小児科を中心としている。

 その為、ここには子供が多い。だから俺は、この子達が笑顔であればそれで良かった。

 俺を院長と呼ぶ先生達も、もちろん俺より年上だ。そんな人達の上に立つ者として、合コンなんて、行って何になると、ずっと思っていたのだ。

 だけど、こうやって、他の先生達と一緒に出かけるのも良いものだな、とは思っている。


 俺は2人に連れられ、店に入った。

 そこには3人の女性が並んでいて、俺達を見て目の色を変えた。

 もちろん標的は俺だ。

 だけど俺は明希の影響か、そんな女性達を気持ち悪いとさえ感じるのだ。

 警護の仕事でもクリニックでも、俺の顔が目当ての人は少なからず居る。

 明希程ではないが、俺にとってもここは生きにくいのだ。


「では合コンを始めましょー!」

 何故かノリノリの先生が司会を始める。

 そうして始まった合コン…とは言っても、先生2人も、俺を参加させたかっただけらしく、話題は俺の話になっていた。

「お兄さんは恋人とか居ないの?」

「居ないよ」

 女性は3人。濃いメイクをした人と、明らかに気合の入った、いろんな意味でキラキラした人と、静かに飲み物を口にする人。この子、明らかに高校生か大学生だろ…

「あぁこの子?」

 女性達が、俺の視線に気付いたらしい。

「最近バイトで入ったんだけど、面白そうだから連れてきちゃったの」

「そうなんだ…えっと、歳はいくつなの?」

「…19です」

 彼女は小さな声でそう答えた。

「へぇ…じゃあ俺の弟と同じ歳だ」

 俺がそう言うと、急に親近感が湧いた様で、うつむいていた顔が上がった。

「流石です院長。扱い慣れてるぅ」

 先生達にも冷やかされた。


「お兄さん、お名前は?」

「佐倉棗です」

 俺が食事をしていると、女性達が聞いてきた。

 すると少女が少し反応する。

「佐倉…」

 彼女は鞄から何か、小さな紙を取り出し俺に見せた。

「えっと…これがどうしたの?」

佐倉叶さくらかなえ。知り合い?」

「叶は、父だけど…?」

 俺が答えると、彼女は目をキラキラさせた。だが同時にガッカリもしたらしい。

「お父さん…歳、離れてた」

「えっと…どうしてそれを?」

 俺はどうして良いのか分からず、取り敢えず名刺を持っているのは何故かと聞いた。

「佐倉さん。警護のお仕事…」

 俺は彼女が言いかけた事を途中でさえぎり、口の前に手を出した。

「ごめん。それ以上は…」

 俺は険しい顔で言っていたのだろう。彼女は俺を見て萎縮してしまった。

「ケイゴ…?」

 他の4人は言っている事が何か分からず困惑していた。

「ごめん。父の話はしたくないんだ」

 俺は作り笑顔を浮かべて皆んなに言う。

 そして皆んなは、何もなかったかの様に合コンを続けた。


 少女は途中で俺の隣に来た。

「あの…佐倉さん。さっきの話を良いですか?」

「…良いよ。でも小さな声でね」

「はい」

 俺は彼女の方を見ないで話を聞いた。

「交通事故にあったお姉さん。覚えていますか?」

 彼女の口から出たのは皐月の話だった。俺は驚くが、目を見開いただけで彼女の方は見ない。

 あくまで他の皆んなの話に混ざっているかの様に、参加している。

「もちろん、覚えているよ」

「私、あの時あなた方に謝った女の子なんです」

 俺は数年前の事を思い出した。確かに、自分が殺したと言い張る少女が居た。そうか、あの時の…

「それでその後、叶さんと夢さんにお会いしました。夢さんには、いつでも相談して良いと言われ、叶さんには名刺を渡されました。その時に、私はお2人が警護の仕事をしていると知ったんです」

 正直、この少女と両親にそこまでの関係がある事には驚いていた。

 俺は時々4人から振られる話に

「そうだね」と、適当な相槌を入れながら、少女の話を聞いている。

「棗さんも、警護の仕事しているんですか?」

「…してるよ」

 俺は時々来る、彼女からの質問に、小さな声で答えるだけだった。

 それでも彼女は俺が聞いていることに安心し、話を続ける。

「私、少し前に、ご両親の活躍を見ました。凄かったです。言葉で表せられないくらい。私も憧れました。でもどうしたらそのお仕事が出来るのか、分からなくて…」

 彼女は、俺達と同じ仕事がしたいと言うことか…悪くはない話だ。だけど同時に危険だと言うことも分かっているはず…

「危険をかえりみらない心が君にはあるかい?」

「…分かりません。でも私もあんな風になりたい。あの日のお姉さんの様に、誰かを助けたいんです!」

 俺は、彼女を見なくても、彼女が心に宿した覚悟が分かった。

「そっか…」

 でも俺はこの時、それしか言わなかった。


 それから時間は経ち、合コンはお開きになった。結局、彼女にしたい様な女性はおらず、普通に帰ろうと思っていた矢先、少女の姿が目に入る。

 俺は帰り際、彼女に声をかけた。

 2人で他の皆んなから離れる。

「本気で、この仕事がしたいと思う?」

 俺はもう一度彼女に問いかける。

「…はい」

 彼女の目は強い意志に溢れていた。

「分かった。日曜日にもう一度ここで会おう。時間は12時で良いね?」

「わかりました」

 俺が何をしたいのか、自分自身でもよく分からない。ただ、この少女との出会いは運命なのではとも感じたのだった。


 俺は明希の様に天才ではない。

 才能も、そこそこしかない。

 こんな事を明希に言ったら、殴られるんだろうが、本当の事。

 うちで1番才能に溢れていたのは皐月だったから…それでも俺は才能を伸ばす事しかしなかった。

 明希は才能なんて、何も無く生まれたが、要領良く事を進める事自体が、彼を天才へと導いた才能なのかもしれない…


 正直、俺は不器用で、何に関しても無頓着。だけど、憧れを共にしたあの少女となら、うまく行く気がしたのだ。


 それから何日か毎に会う様になるのは、まだ先のお話。

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