第十四話(4)
ぴんぽーん
「はーい」
翌日、俺達は智の家の前に来ていた。
チャイムを押すと、智の母親が出てきた。
彼女は玄関前に立つ、俺と未来、そして智を見て、嫌な顔をする。
「何か…用で?」
「えぇまぁ…」
彼女の問いに、未来が反応する。
「お父様は、いらっしゃいますか?」
「…呼んでくるわ」
未来は、母親では話にならないと判断したのだろう。智を家から出した父親を呼べと言った。
母親は智を見て嫌な顔をした。
そりゃそうだろう。智は今、俺の後ろにくっついているのだから。
「お待たせ…」
父親が出てきた。
そこには昴も、母親も、聖や薫さんまでいるのだった。妹の宵は出かけている様だ。
「それで何か、あったのかね?」
「えぇ…智くんを、うちで引き取ろうと思いまして」
未来は単刀直入に言った。
そんな未来に、父親は静かな眼差しで、未来を見つめていた。
ところが、母親や昴はそうではなかった。
「引き取りたいですって!?智はうちの子よ?好きにはさせないわ」
母親はそう言った。
自分で智を要らないと言ったんじゃ無かったのかよ…と、俺は思っていた。
それは智も同じだった様で…
「自分で、僕はうちの子じゃ無いと言ったんじゃん…」
そう、小さな声で言っていた。
その声は母親には聞こえていない様で、彼女は自分の矛盾には気付いていなかった。
「ほら智、迷惑が掛かるから帰って来なさい」
母親は智をこちらに呼ぼうと手招きする。
智は俺の服を掴む手により力を入れていた。怒りに耐えているのだろう。
俺は何も言わなかったが、後ろ手で智の手を握ってやった。
こんな時、喧嘩の原因である俺が何かを言ってはならないのだ。だからこそ、未来が来てくれた。彼女自身も、何か言いたい様だったから。
母親は智がこちらに来ない事に腹を立て、俺の後ろにいる智を引き戻そうと、手を伸ばし、一本前へ出る。
だがその身体は、父親の手によって阻まれた。
「やめなさい」
「でもあなた!」
父親は、静かな目で、母親を見てから、智を見る。
そんな父親の行動に、智は顔を覗かせた。
そして、やっと口を開き、こう言う。
「俺は智の気持ちを尊重すると言っただろ?やりたい事があるならやれば良い。誰を好きになろうが、お前が幸せならそれで良いと言ったはずだ。好きな人の所で暮らすなら迷惑をかけないようにしなさい。それだけだ」
その言葉に、俺や未来、後ろにいた聖は頷いた。
だが、母親はそれを許さなかった。
昴に至っては、ずっと未来を見ている。
「あなた!智は男が好きだって言ったのよ?そんなのあり得ないわ!」
そんなは母親に誰もがうんざりしていた。
そこへ昴が物を言う。
「男を好きな男なんて、あり得ないね!」
だがその発言が、未来を怒らせた。
「そうそう。私はあなたと別れるために来たの」
未来は嫌味を言うかの様に、相手を見下し蔑む口調で、昴に言い放つ。
俺達全員、そんな未来に恐怖を感じた。
正直言って、俺は未来が1番怖いと思っている。女は見た目の裏の強さがある。ましてや佐倉家の女だ。血を受け継いでいるのだろう。
強気な笑みはそれ相応のものでしか無かった。
未来は1人、話を続ける。
「佐倉家の人間は強き人と結ばれるべし。
私達の家に前から伝わる言葉よ。」
「え…?」
そんな言葉は初耳だ。
でも未来は昔からの習慣だから、今では言わなくなったのだと言う。
「昔から佐倉家と鈴村家では政略結婚が多くあった。私の母、佐倉夢は満さんの妹だもの。」
満さんは、智の父である鈴村満だ。
その妹である夢が、父さんと結婚したという話は昔から知っていた。
「今では政略結婚自体は無いけれど、血筋には抗えないのね…。現に明希と智くんもそうだけど、皐月と薫さんだって付き合っていたもの」
そうだ…薫さんも、皐月姉の死によって、人生を狂わされた人間の1人。
彼らは元々、結婚まで誓い合った仲だったのだ。だから薫さんも凄く悲しんでいたし、智の話からすると、それ以来、薫さんは彼女を作った事が無いらしい…
「だから昴くんに付き合ってと言われた時、何の問題もなかった…だけどそれ程好きじゃない相手との結婚に、何の意味があると思う?ただ強いだけでは、私の旦那は務まりません!
それと…今回の事でよく分かったわ。私、もう貴方に付き合い切れません。縁を切ります。」
未来はそう言うと、満さんを見た。
「…よく分かった。智は君たちに預けよう。それと、君が本気で決めた事なら、そうしてくれ」
満さんは、現状を理解し、最善を見つける事に関しては一流だ。
彼はそれだけ言って奥に帰ってしまった。
「おい!未来?それは無いだろ…」
昴が未来に言うが、未来はそれを無視し
「さ、行きましょう」
と、車へ戻っていく。
そんな未来を俺は少し止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「まだ何かあるの?」
未来はこんなところ、早くおさらばしたいと言わんばかりに、不機嫌な顔をした。
俺は未来では無く、聖に向き直り、ずっと後ろにいた智を横に立たせると、
「聖、一緒に来ないか?」
そう言って、彼に手を伸ばした。
聖も、もちろん母親や昴も最初は驚いた。だけど俺の言葉の後、智がさらに続けると、聖の顔には微笑みが。
「聖、僕も考えたんだ。聖がどこに居たら幸せか。答えは簡単だよ。僕と一緒に行こう。聖の好きなところへ行こう」
智は俺と一緒に手を伸ばし、聖に告げる。
聖もまた、そんな俺達の手を掴もうと、手を伸ばした。でも直前で引っ込む。
「俺は…ここから出られない。外が怖い…」
聖が外に出られなくなった理由を、俺達は知らない。だけど、少しでも可能性があるのなら、それを見つけてあげたいとすら思っていた。無駄だった様だが…
「大丈夫だよ」
智が言う。
「ちょっと勇気を出して、家を変えるだけ、また引きこもっても、今度は誰も何も言わない。僕と一緒に行こう?聖…」
そんな事を言う智の顔は穏やかで、本気で思っている様だった。
そんな智に流石に負けたのか、聖は一本踏み出した。
でもまた、ピタリと止まり、
「荷物取ってくる!」
家の奥へと消えていった。
俺と智は顔を見合わせ、やれやれと、首を振る。そして智は車へ、俺は家の中へと入った。
「ちょっと!勝手に入って来ないでちょうだい」
玄関から入る手前、母親に止められる。まぁそりゃそうだ。だけど、智が入る危険を考えたらこれが最善策。それに、薫さんがどうにかしてくれるはずだ。
「母さん。もうほっといてやれ…」
薫さんは母親にそう言った。
「薫!あなたまで私を止めるの!?前の女の子供のくせに!」
母親にそんな事を言われても、薫さんは顔色ひとつ変えなかった。慣れているのだろう…もしくは覚悟しているのだろう。
「ありがとう。薫さん」
俺はそんな薫さんにお礼を言って、聖の部屋へと向かう。
薫さんはそんな俺の言葉に驚いてはいたが、すぐに少し笑顔を見せてくれた。
俺が聖の部屋に着くと、聖は荷物をまとめていた。ドア付近には大量の段ボール。
「あ、そこにあるの智のやつ。」
「…持ってっとくね」
俺が階段を降りて、玄関に戻ると、薫さんが母親と昴を押さえつけている状態。
なんだこりゃ…とも思いつつ、通り過ぎた。
そんな事を何度も繰り返し、ようやく全ての荷物が車に運ばれた。
あとは聖を連れ出すだけだ。
「…やっぱり、出られないよ」
聖の足はガクガクと震えている。
相当、外で嫌な事があったんだろうな…と、聖が自分の足から出るのを、少し座って待っていた。
だが、そろそろ2人を押さえつけている薫さんも限界な様で、昴が先に動き出した。
「おい明希!お前…未来を俺から奪うなよ!」
「奪ってねぇし…大体お金返して貰ってないけど?」
俺はスバルに背を向けたまま、すぐに言い返す。昴は俺の言葉に反論も出来ないようで、泣きそうな目で歯を食いしばっていた。まるで子犬のようだが、正直可愛くは無い。むしろやめて欲しいほど気持ちが悪い。
ほら、言ったろ?俺は男が好きなんじゃ無いんだって…
そんな顔すれば許してくれると思っている昴にも反吐が出るけどさ、昴だけを甘やかしていた母親にも呆れるね…
「お、お金は今関係ないだろ!」
やっとの思いで言葉にしたのはそれかよ…
「じゃあ、未来からいくら奪ったと思う?」
俺は昴に問い詰める。
こいつがすぐ後ろに迫って、俺を捕らえようとしている事なんて、見なくても分かるさ。
ただまぁ…俺が怒らないうちに言った方が良いと思うけど?
聖はさっきまで、玄関前で震えていたのに、今は止まっている。でも玄関を出ているわけではない。
きっと彼は、俺の昴への殺気に気付いたのだろう。薫さんも、母親を押さえつける事だけに集中していた。
「奪ってないし、そんなの知らないさ」
「へぇ…知らない、ね。」
昴からは俺の顔は見えていないだろうから言っておこう。俺は今、少し楽しんでいる。
普段調子に乗って、未来からお金を根こそぎ取っていくこいつをどう貶めようかと考えてね。
「合わせて20万弱。デート代で払う金額じゃあ、無いな」
払ってしまう未来もダメだが、払わなければ店を出られないのだから仕方がない。
別に金を取った事を咎めようと言うわけじゃ無い。ただ、返す意思が無いのであれば話は違う。
「ま、未来がもう良いと言っているし、俺も追求するつもりはない…」
俺が立ち上がって、昴の方を見ると、怖気付いていた顔がゆっくりと、安堵の顔になるのが見えた。
でもそんな顔で終わらせるつもりはない。こういう奴は、落として終わらすのが1番面白いからな。
「追求はしないが…今後関わるなら、容赦はしない。そうだなぁ…金庫から金を奪っても良いぜ?」
俺は悪意満ちた笑みで昴に告げた。
もちろん本当にやるつもりはない。そんな事をしたら捕まってしまうからな。でも出来るという意味だ。
俺は昔、父さんからの試験で、この家の配置を全て調べ記憶している。
その際に見つけた金庫の位置。この家の全てが、あの時と変わっていない。
だからやろうと思えば出来るのだ。それは未来においても同じ事。
俺の話を聞くと、昴は表情を変えた。今度は怒りに満ちた顔に。
俺はそろそろやばいなと思い。少し離れる。
案の定、その感は的中し、昴は俺を捕まえようと、襲いかかって来た。
ま、捕まったらひとたまりも無いな…
薫さんも今度は手伝ってくれなさそうだし、何よりこの家の次男だ。それ相応には強いだろう。
俺は逃げるついでに、玄関でずっと自分と戦っていた聖を担ぎ上げ、退散する。
「おい明希!?やめろ、出たく無い!」
「じゃあずっとあの家にいるのか?」
俺が聖を担ぎ上げると、聖は暴れた。
でもすぐに止め、大人しくなる。
「それは…嫌だ。でも今のお前に捕まえられたく無い!」
聖は俺を怖がっているのだろう。そりゃそうだ、普段ならまだしも、今の俺は、昴を怒らせた悪魔だからな。
こんなのはアイドルとしてどうとか、ファンに見られたらどうとか、今はそういうのはどうだって良い。
俺はただ、智や聖がこの家から出たいと言う考えに、手を貸しただけなのだから。
俺達が車に着くと、未来が運転席に座り、笑顔で待っていた。
昴に一言いえたことが、嬉しかったのだろう。
だが同時に、俺たちを追ってきた昴に驚いて、急発進する。
そして笑いながら
「じゃあねー!」
と、運転席から手を振っていた。
これからは突然増えた家族と一緒にあの家で暮らすのだ。注意事項は沢山あるが、この2人ならすぐに覚えることだろう。
そんな夏の騒動は、あっという間に幕を閉じたのだった。
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