沖田氏縁者➀

 一気に十人以上も隊士が抜けたというのに、新選組は案外問題なく回っていた。

 気になる御陵衛士の動向だが、あちらはあちらで割かし軌道に乗れているようで、斎藤からの便りも来ない。便りが来る時は何か相当なことが起こった時と決めてある。大した用もないのに頻繁に文のやり取りでもしようものなら、伊東側に怪しまれるのは必至であるためだ。


 差し迫って伊東たちのことで頭を悩ませる必要はなくなったわけだが、近ごろさくら達にはある別の懸念事項があった。

「今日こそ、行くからなっ」

「大げさですってば。ただの風邪ですよ。こんなことでいちいち来られては医者も迷惑です」

「駄目だ。これは局長命令だっ」

「島崎先生は局長じゃないでしょう」

「局長の命を受けた私の命なんだ。同じこと!」

 言い争いながらも、さくらは総司を無理矢理引っ張りながら屯所を出た。

 年が明けてからひいた総司の風邪はなかなか治らなかった。気が付けば、いつもコホコホと空咳をしている。本人は「大丈夫だ」の一点張りだが、一度見てもらった方がいいということで勇も心配していたのだ。

 総司は観念したのか、大きなため息をつきつつ、さくらと共に歩き始めた。

「で、医者と言ってもどこに行くんですか」

「お菊さんの家の近くに、松本先生のお弟子さんのお弟子さんがやってる、病院っていうのがあるんだと。そこに行ってみようかと思ってな」

「びょーいん……。お弟子さんのお弟子さんって、大丈夫なんですか?」

「腕は確かな蘭方医だそうだ。いっちょ前にそういうところは気にするんだな」

 さくらはニヤリと笑ってみせた。総司は拗ねたようにそっぽを向く。すると、またコホコホと咳を出し始めた。さくらは慌てて背中をさすってやった。

 本当は、籐庵・福親子のいるあの診療所も候補として思い浮かばぬわけではなかったが、さすがに気まずいであろうと思い、避けた。それに、勇は松本に胃薬を処方してもらってからというもの、すっかり蘭方贔屓である。大切な弟分である総司を診てもらうなら、松本に繋がりのある医者はもってこいというわけだ。

 しばらく歩いていると、少し遠くの角から女性が歩いてくるのが見えた。大きな荷物を背負っている。

 次の瞬間、女性はふらりと体勢を崩し、その場に倒れた。

「総司!」

「はい!」

 二人は女性に駆け寄った。背負っていたのは、荷物ではなく赤ん坊だった。生後間もないようで、ひどく小さい。さくらはひとまず赤ん坊を抱き上げ、総司が女性を起こして声をかけた。

「大丈夫ですか!? ……え? 」

「総司、その人……」

 その女性は、かつて総司が恋仲となっていた福であった。気絶しているようで、総司の呼びかけには答えなかった。

「とにかく、どこか安静になれるところに寝かせなければ……ここから近いのは……」


 駆け込んだのは、半年ほど前まではさくらの妾宅だった、菊の住む家だった。

「島崎はんに沖田はん? どないしたんどすか、血相変えて……その方は?」

「そこの道で倒れていたんだ。悪いがお菊さん、ひと部屋借りますよ」

 大変や、と菊は今にもはちきれんばかりの腹をさすりながら水を汲みにいってくれた。その間に、さくらが勝手知ったる様子で布団を並べ、福と赤子を寝かせた。

 福は目を覚まさなかったが、大人しかった赤ん坊はぐずり始めた。

「お菊さん、この辺りでお乳をあげられそうな女性にょしょうが住んでいるかとか、ご存知ですか?」

「そんなら、通いで来てくれてはる女中のお美代はんが、今年二歳(※数え年)になったばかりのお孫はんがおるって話ですわ。せやから、娘さんなら……。お美代はん、もうすぐ買い出しから戻ってきはると思いますから、聞いてみます」

「そいつはありがたい。総司、私は医者を呼びに行ってくるから、ここは頼んだぞ」

 さくらは、福の父親を呼びにいくべきか迷ったが、これから診てもらおうとしていた医者の方が近いので、そちらを呼びにいった。

 ――それにしても、お福さんはあんな小さな赤子を抱えて、どうして一人でこんなところに。

 それが一番の謎であったが、福が目を覚まさないことにはどうしようもない。さくらは大急ぎで医者のもとに走った。話を聞いた松本の弟子の弟子・白石は二つ返事でついてきてくれた。



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