御陵衛士③
京に戻ってきた伊東が勇と歳三に告げたのは、こんな筋書きだった。
「事前に文で説明しました通り、新選組から『正式に分離した』という形を取り、屯所も別に構えて今後はそちらで活動を行いたいのです。実は篠原君を中心にすでに動いてもらっていて、我々は亡き孝明天皇の陵墓を守る『
伊東の目の前には勇と歳三だけがどっしりと座っていたが、隣室ではさくら、源三郎、斎藤が聞き耳を立てていた。最初は総司もいたのだが、風邪をひいたようで咳き込みがちだったため、水を飲んでくるといってその場を離れていた。
「そんなことを言って、薩長に寝返るつもりなのではないですか」
歳三の鋭い追及の声が聞こえた。さて、伊東はどう出るか。さくら達は固唾を飲んだ。
「寝返るなどとはとんでもない。あんな野蛮な連中と一緒にしないでください。彼らは幕府を倒して自分たちが天下を取ろうと目論んでいるだけ。私は、幕府を倒そうなどとは思っていません。中立の立場とでもいいましょうか、尊王の志はそのままに、幕府にも寄り過ぎずといったような立ち位置で動いていこうと思いましてね。むろん、敵に感づかれない程度には新選組とも引き続き交流し、情報交換なんかをできればと思っています」
本心かはわからなかったが、一応新選組と繋がりは持つつもりらしい。さくらは、これは案外悪い話ではないのではないかと思い始めていた。
「それと、もう一つ理由はあるんですがね」
伊東の声色が少し変わった。さくらは源三郎、斎藤と顔を見合わせた。
「はっきり言わせていただきます。狭量と言われてしまえばそれまでですが、私は新選組の隊務に女子がしゃしゃり出るべきではないと考えています」
さくらは、胃の腑で何かがうごめいているような感覚を覚えた。
今やすっかり新選組の幹部として馴染み、働いていたものだから、忘れてさえいたような気がする。女だから。それだけの理由で、同等には見てもらえない悔しさや歯がゆさを。
――こんな気持ちは、久しぶりだ。
だが、さくらは涼しい顔をして伊東たちの会話を聞くのに集中した。歳三が「それは」と重々しく言った。
「もう、島崎とは一緒にやれん、ということですかな」
「有り体に言えば」
平助から先に話を聞いていてよかった、とさくらは思った。
話が決まれば、あとはとんとん拍子に進んでいった。伊東と共に御陵衛士として新選組を出ていく人員も、程なくして決まっていった。その中にはあらかじめ歳三の意思を含んである斎藤と、案の定、平助もいた。
事前の取り決めとして、以降の新選組・御陵衛士間の移動は禁止ということになっていた。つまり平助も斎藤も、もうこの西本願寺屯所の敷居は跨がないことになる。斎藤のことはどうするのか気にはなったが、きっと歳三が何か考えているのだろうと、さくら自身はあまり深く考えていなかった。
さくらには、ひとつだけ気になることがあった。
「新八は行かないのか?」
身支度に慌ただしい彼らの様子を横目に、さくらは新八に尋ねた。あの宴会に呼ばれていたのは斎藤だけではない。新八も伊東から引き抜かれようとしていたのは察しのつくことだった。
「伊東さんが、正月の宴会のあと、さくらさんのことをダシに切腹を免れようとしたでしょう。それを、宴会の時に話してくれなかったということは、私たちのことを信じ切ってはいないのだな、と思いましてね。そういう人にはついていけない」
「……そっか。まあ、なんやかんや言っても新八は新選組が好きなんだものな」
「なんだか、そう露骨に言われるとこそばゆい気持ちになるなぁ……」
戸惑ったような表情の新八に、さくらはニッと笑った。新八が残ってくれたことが、なんだか無性に嬉しかった。
慶応三年三月二十日。こうして、御陵衛士としての役目を担った伊東たちは、新たな門出を果たすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます