沖田氏縁者②

 福は微熱があり、白石の見立てによれば赤子の小ささからして出産後数日も経っていないだろうということであった。やがて美代の娘・とよも到着し、赤子にお乳をあげてくれた。激しく泣いていた赤子は少し落ち着いたようでひと時は泣き止んだが、布団に寝かせようとするとすぐまた泣き出した。豊や菊が交代で抱っこしてあやしたが、効果がまるでない。

「私も抱いてみていいですか」

 総司が名乗りをあげた。

「おい、大丈夫なのか」

「島崎先生、私だって親戚の赤ん坊を抱っこしたことくらいありますよ」

「でも、まだ首も座らんふにゃふにゃの赤子だぞ」

 さくらの心配もよそに、総司は菊から赤子を引き取った。なんと、それまでぐずって泣いていた赤子がすーっと眠りについた。

「驚いたわ。沖田はんに懐いたんやろか」

 菊が呆気に取られたような顔をしていた。

「殿方の腕は大きいさかい、落ち着くのかもわかりませんなあ」

 豊が感心したように言った。赤子が完全に眠り込んだのを確認すると、総司は布団に寝かせてやった。一連の様子を見ていた白石が心配そうに言った。

「しかし、いったいどんな事情があったんでしょうね。とても外を歩ける体ではないはずです」

 さくらも、総司も菊も、その不可解さに首を傾げるばかりであった。

 豊は一旦帰宅し、集まった他の面々は手持ち無沙汰になってしまった。茶を飲んだり、ぼんやり庭を眺めたりするだけの若干気まずい時が流れる中、半時ほど経った頃、福がうーんと呻いて目を覚ました。

「お福さん! 」

「気が付きましたか? 大丈夫ですか?」

 顔を覗き込んださくらと総司を、当初福はぼんやりと見つめていたが、ハッとしたように目を見開いた。

「お、沖田はん……!? それに、あんさんも新選組の……! うち、どないしたん……!? あ、や、やや子は……」

「まだ起きちゃ駄目です」

 ガバッと起き上がろうとする福の肩をさくらが掴み、布団に寝かせた。福は隣に赤子が横たわっているのを見つけると、安心したように息をついた。

「ここはお菊さんという……まあ私の知り合いの方の家です。お福さんが倒れたところに偶然私たちが通りかかって」

 さくらが説明した。総司は、ただただ福を見つめるばかりだった。手でも握ろうとしたのか、そおっと手を伸ばして引っ込めるのをさくらは見逃さなかった。するとそこへ白石がやってきて総司の隣に腰を下ろした。

「お福さんとおっしゃるんですね。赤子を産んだのはいつですか。その状態で出歩くなんて無茶だ」

 福は最初言いづらそうに口を結んでいたが、やがて

「一昨日どす……」

 か細い声でそう答えた。

「一昨日!? ご主人や親御さんは何も言わなかったのですか」

「そやかて、父や、旦那様の目を盗んで出てきよったんです……この子を、亡き者にしようなんて言うから……」

「え……?」

 その場にいた全員が息をのんだ。福は、ぼんやりと天井を見ながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

「双子なんや。うちが産んだんは。こっちがおなごの子で、もう一人が男の子。双子は縁起が悪いなんて言うけんど、うちは両方この手で育てるつもりでおったんや。そやのに、お父ちゃんも、旦那様も……」

 福は声を詰まらせ、涙を流した。総司が手ぬぐいを差し出してやった。

「跡継ぎの男だけおったらええからいうて……おなごの方は、こ、こ、殺してしまおうて……そう話してるんが聞こえたんや……。そやから、せめて、どっかのお寺にお願いしよ思うて……捨て子として育つことにはなるけんど……こないにすぐ死んでしまうよりはなんぼかマシやと思うて……この子を連れて、うちを抜け出してきたんや」

 福のすすり泣く声以外は何も聞こえないくらい、その場は静かだった。やがて、白石が絞り出すように言った。

「そうでしたか……それは、お辛かったですね……しかし、自分の体も大事にしなければなりませんよ。お家に残された男の子の方のお世話もしなければならないんですし」

 それは福も重々わかっていたようで、こくこくと頷くと白石から顔を背け、赤ん坊をじっと見つめた。白石が続けた。

「ですが、もしこの家の方さえよろしければ、少なくとも四、五日は母子ともに休ませてもらった方がいいでしょう。男の子の方は……近所に乳母になってくれそうな方はいますか」

「父の患者はんたちの伝手を方々ほうぼうあたれば、なんとかなるんやないか思います……」

 白石はさくら達をキョロキョロ見回した。この家の主が誰なのかわからなかったようだ。さくらは、少し離れたところで様子を見守っていた菊に声をかけた。

「お菊さん、しばらく置いてあげてもらえませんか。私も隊務のない時は様子を見にきますので」

「わ、私からもお願いします」

 総司も頭を下げた。菊は慌てた様子で頭を上げるよう総司に言った。

「そないに頼まれんかてそのつもりでしたえ。生まれたての赤子と暮らすいうんがどんなもんか、先に知れてちょうどええわ」

 こうして、福とまだ名もつけられていない女の子はひとまず菊の家にしばらく滞在することになった。

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