予期せぬできごと➀



 屯所に珍しい客人がやってきたのは、八月も半ばに差し掛かった頃だった。

「そなた。まだ懲りもせず武士の真似事などしておったのか」

 それが、局長室に通された佐々木只三郎ささきたださぶろうの第一声だった。月代姿のさくらに向けられた言葉である。


 佐々木は新選組と同じく京の治安維持を務める見廻組の組頭だ。新選組と違うのは、彼らがれっきとした武士身分であるということ。ゆえに、どうにも新選組は見下されている節がある。当初はたびたび巡察の行動範囲や職務の線引きなどを巡ってもめることもあったが、今では互いにつかず離れず一応市中で共存している。

 そして、佐々木はさくらが女であると知っていた。最初に浪士組として上洛する折、途中の宿場町で正体がバレた。もとい、バラされた。かつての壬生浪士組局長・芹沢鴨によって。その場に居合わせた佐々木は即刻江戸に帰れと息巻いたが、周囲の執り成しによってなんとかさくらは浪士組の一員として上洛を果たしたのだった。

 さくらが女だてらに新選組の一員として京の町を闊歩するのを、佐々木がよく思ってはいないのは明らかだったが、それで特段佐々木自身に火の粉がふりかかることもないわけで、今は黙認しているような状態だった。

 さくらはお言葉ですが、と佐々木の目を見据えた。

「真似事などではありませぬ。確かに仕官先もない浪人身分ですが、新選組は見廻組の皆様と同じく京の治安維持に邁進しております」

 この場に伊東を呼ばなかったのは正解だった、とさくらは胸をなでおろした。

 通常このように外からの客人、特に目上の人物に応対する時は、局長、副長、参謀の三役が揃うべきで、さくらはむしろ不要であった。しかし、佐々木がさくらの同席を所望したので、たまたま近くにいた斎藤と新八に伊東を遠ざけるように頼んだのだった。

 そして、佐々木の用件を聞いてこの行動は間違っていなかったとますます痛感することになった。

「今日は、忠告しに参ったのだ」

 佐々木はそう言って、一通の書状をさくら達に差し出した。勇が最初に手にとり、内容に目を通した。その間に、佐々木はさくらと歳三に概要を説明した。

「これは先日とある長州寄りの浪士を捕まえた時に押収したものだ。変名を使っているが、筆跡からみて坂本龍馬の書状であることは間違いないだろう」

「坂本の……⁉」

 三人は顔色を変えて佐々木を見た。

「中身は此度の戦の状況報告のようなものだが、あて先は薩摩の小松という人物だ。どうやら船を都合して大掛かりな物品の輸送を計画しているようだ。捕まえた浪士にそもそもなぜこんなものを持っているのかと尋ねたが、要領を得ぬ。いつの間にか紛れていたとかなんとか。まあ、ともかくだ。坂本が長州だけでなく薩摩とも繋がりあれこれ動いているのは決定的となった」

 それは一年近くも前にさくらが掴んでいたことだった。何を今さら、と思わないでもなかったが、続く佐々木の言葉が衝撃的で、そんなことはどうでもよくなった。

「その文の最後の方。『京に入る時は、新選組に気をつけろ。特に、女の密偵もいるようだから女であろうが油断はするな』と書いてある」

 勇がちょうどそのくだりを読んだようで、どんどん険しい表情になっていくのが見てとれた。さくらと歳三は慌てて勇の左右から書状を覗き込んだ。

 坂本の字は、男性の割には柔らかく流れるようで、薩摩やら長州やらとあちこち渡り歩いているのを象徴しているようだった。書状の真ん中あたりには簡単な帆船の絵が描いてあって、さくらは「ふざけたやつだな」などと思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。ざざっと目を通していくと、該当の箇所にいきついた。

「ほ、本当だ……」

 さくらは驚きに息を漏らした。確かに佐々木の言う通りだった。

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