勇、広島へ②
一方、勇たち一行はといえば、広島で足止めを食らっていた。
今回の西下では、長州藩内に潜入し、動向を探ること、そしてできれば話し合いでもって幕府への恭順を約束させることが最終目標であった。よって、長州にたどり着けなければお話にもならない。
「これは、互いに無益な戦を避けるためのことでもある! 長州が恭順の意を見せれば、幕府は許すと言っているのだ。そのことを話し合いたいから長州に入りたいというのが、なぜ理解できぬのか!」
声を荒げるのは、幕府大目付の永井である。勇、伊東、武田は彼の後ろに鎮座し、黙ってやり取りを聞いていた。
「藩の意向で、承服できかねまする」
代表として出てきた長州藩士の
永井はなおも食い下がったが、宍戸は頑なだった。しまいには、今日はもうお引き取りくださいとはっきり言われてしまった。
すごすごと宿まで戻ってきた勇たち三人は、肩を落として反省会ともつれこんだ。
「あれは、長州が恭順する気などないというある意味意思表示ではないでしょうか。あくまで戦う、ということが長州の答えなのかと」
伊東が真剣な顔で言った。認めたくなかったが、勇は確かにそうだと思った。
「そう考えると島崎さんの報告にあった、長州に薩摩が武器を流しているかもしれないという話もあながち捨て置けない話ですね」
武田も同調した。だが、伊東はうーんと唸った。
「しかし、まだ確証がない。さすがにそれを突き付けて、何か優位に立とうとするのは無理筋でしょう」
「伊東さんの言う通りですね。下手をすれば、こちらが足元をすくわれる」
「確かにそうですが、近藤局長。これから我々はどうしたらいいでしょう」
伊東が冷ややかな目で武田を見た。それを考えるためにここにいるのではないのか、という呆れたような顔である。だが勇は、武田の問を真剣に受け取った。
「とにかく、長州に入れなければ始まらない。引き続き、交渉できそうな人を捕まえて、説いていくしかない」
伊東と武田は、暗い顔で頷いた。
その後何度か長州側の使者と正面から話し合いをしたが、答えは同じ。入国は許可しかねるというところから変わらなかった。
勇は、焦っていた。決死の思いでここまで来たというのになんという体たらくだと、自分を責めた。歳三やさくらの顔が思い浮かぶ。総司や周平も、万一のことがあったらしっかり後を継ぐのだと覚悟を決めて送りだしてくれたはずなのに。むろん、生きて帰って若い彼らに重圧を負わせないに越したことはないのだが、手ぶらで帰るというのはなんとも情けない。今回の随行のために手を回してくれた容保にも、合わせる顔がない。
何よりも、長州に幕府が舐められているような、この現状が許せなかった。幕府の使者としてわざわざここまで来たのだから、なんとしても成果を出さねば。
だが、どこからどうすれば。焦燥感を募らせる勇に、伊東がこんな情報をもたらした。
「近藤局長、広島に詰めている長州藩士のうち何人かが、近く長州に戻るそうです。彼らに頼んでみるというのは、いかがでしょう」
要するに、彼らをこちらの味方に引き込んで、この際身分も何もかも偽り供の者を装うことはできないか、ということだ。どさくさに紛れて長州の国境を越えてしまえば、こちらのもの。ぐっと動きやすくなるというものだ。
「一か八か、やってみましょう」
なりふり構っている場合ではない、と勇は伊東の提案に乗った。
次の日早速勇たちは長州藩士の宿舎に出向いた。迎え出てきたのは先日宍戸と一緒にいた二人の長州藩士だった。
「何度言ったらわかるんですか。今幕府の人らを長州に入れるわけにはいかんのです」
やはり、主張は変わらなかった。とりつく島もない。だが、勇はひるまなかった。
「我々は何も奇襲をかけようと言っているわけではないのです。然るべき方と、話し合いの場をもうけてほしい。ただそれだけなのです」
「そちらはそう思われるかもしれませんが、こちらは望んでおりませぬゆえ」
勇はぐぬぬと唇を噛んだ。あまり使いたくない手だったが、もうここまで来たからには致し方ない。殺し文句を放った。
「このままでは本当に戦になりますよ。幕府の軍勢の方が、明らかに多い。長州藩は、それでいいのですか。昨年の御所での戦のこと、忘れたわけではないでしょう」
勇としては「我々だって戦はしたくない」という主旨の回答を予想したが、見事に裏切られた。
「まあ、もしそうなったら仕方ありませんな。悲しいですなあ、日本人同士で戦だなんて」
勇は、隣に座る伊東が身じろぎするのを感じた。伊東も同じことを考えているのだろうか。
牽制するつもりでいたのに、牽制されているのはこちらである。
流れはもう、取り戻せない。この日の会談をもって、勇たちは長州への入国をきっぱりと諦めざるを得なかった。
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