さくら、孤立無援③

 


 伊東と連れ立ってさくらが現れたのには勇も歳三も驚いている様子だった。が、まあいいだろうと同席を許された。

 話の内容はやはりさくらの読み通り。妾宅制度を設けようと思うので伊東の意見を聞きたいというものだった。

 伊東が「恐れながら」とか「お言葉ですが」とかそんなふうに切り出すのをさくらは待った。しかし、彼の口から出たのは

「よいのではないでしょいか」

 という肯定の言葉だった。

「い、伊東さんっ!? いいんですか! こんなのを許せば、隊士から不満が……」

「まあ、そういう見方もあるでしょうがね。太夫を身請けできるなんてすごい、と評される、すなわち新選組の局長として箔がつくというものでしょう。考えてもみてください。我々新選組は今や立派に天子様・公方様をお支えする立場にあります。その顔たる近藤局長が、遊女の一人身請けできないなんて、なんともせせこましい話ではないですか」

 そういうものなのか。遊女を身請けすることは「箔付け」なのか。さくらの中にもやもやした気持ちが生まれたが、おそらくそれを表に出せば、のだろう。さくらは「それもそうですね……」と同意するほかなかった。完全に、さくらの劣勢だ。もっとも、最初から劣勢だったが。

 伊東の同意も得た。図らずも、新八や左之助の賛意も聞いてしまった。こうなれば、決定を認めるしかない。さくらがむくれ顔をしているのを無視して、勇、歳三、伊東の三人は話を進めていった。

「局長の新居は山崎に探させよう」

 歳三が当たり前のように言った。

「おい、そんなことに山崎を使うな」

「そんなこととはなんだ」

「ただでさえ、山崎は医術の仕事もあって忙しいんだ。本業がおろそかになっては困る」

「ほう、案外山崎のこと買ってるじゃねえか」

「そういうことではない!しわ寄せがこっちにも来ると言ってるんだ」

「局長の家探しだ。信頼できる者に任せたい……そうだ、島崎、お前が探せ」

「な、なぜ私がっ……!」

 さくらと歳三の言い合いを黙って見ていた勇が、「おお、それがいい」と手を打った。

「島崎君が探してくれるなら安心だ。おれからも頼む」

「頼む、じゃない! 百歩譲って、手伝いだ。お前が先頭になって探すんだ。わかったな」

「ありがとう! それでも充分だ」

 そして、一連のやり取りを見て、伊東が一言。

「あのー……今さらお聞きするのもなんですが、お三方は、どういったご関係で……もちろん、江戸で同門の仲だったということは存じているのですが」

 さくら達は、一瞬ぎくりと固まった。確かに今さらだ。だが、思えば伊東にとって「島崎朔太郎」が「局長」「副長」にこういう口の聞き方をしているのを見るのは初めてだろう。これまでさくらが伊東になるべく関わらないようにしてきたのだから、当然といえば当然。そういう意味では、今までのふるまいは功を奏していることになる。だが、ついに痛いところを突かれてしまった。

 ちなみに、このように聞かれた時の口裏はもちろん合わせてある。

「すみません、お見苦しいところを」

 さくらはコホンと小さく咳払いすると、伊東を見た。歳三が説明を請け負った。

「私ども、三人幼馴染といいますか。幼き頃よりつるんでおりましてな。ただ、島崎の方が近藤の父と縁戚にあったものですから、いち早く天然理心流に入門しまして。次いで近藤、そして私が入門したというわけで。近藤が一番実力のうえでは勝っていたので、近藤家の養子になったんですよ」

「そうでしたか。では、男まさりな姉御様のことも皆さんよくご存知で」

「ええ。本当に。私なんかはよく打ちのめされておりました」

 さくらがあはは、と乾いた笑いを交えて言った。

 伊東にさくらの正体を明かせないのは、勇が「男まさりな義姉」の話をダシに伊東の「女隊士許容度」を探った結果不首尾に終わったことにほかならない。さくらが勇にずけずけとものを申せる立場として妥当なのは「兄弟子」くらいだろうと設定は決めてあった。伊東はふむ、と相槌をうった。

「そういえば、私は婿養子になって道場を継ぎましたが、近藤局長はその男まさりな姉御様と夫婦めおとにはなられなかったのですね」

 これも想定内の質問だった。実際、さくらと勇の縁談は当初持ち上がったが、二人が「姉弟として切磋琢磨したい」と言ったのを父・周斉が快諾したのである。あの時の父の寛大さがなければ、今頃さくらは江戸で勇の子供を育てていたかもしれない。そんな自分は、想像もできなかった。勇と共に剣で身を立て、武士を目指す今の方が、やはり性分に合っていると思う。

「ええ。義姉あねは子を産んだら稽古ができなくなると言いましてね」

 勇の説明を聞きながら、さくらはふと、江戸にいる勇の妻・ツネのことを思った。

 ――ツネさんは、勇が妾を迎えることをどう思うのだろう。立派な武士なら妾の一人や二人いた方が箔がつくだなんて、ツネさんなら口では言うかもしれないが、内心どうだか……なんてことを考えてしまうあたり、私は結局女子なんだろうなあ。

 さくらがぼんやりしている間に、伊東と勇・歳三の質疑応答は終わっていた。要件も済んだのでと伊東は部屋を後にした。

「ったく」

 伊東がいなくなるやいなや、歳三が舌打ちした。

「さくらがぎゃーぎゃー騒ぐからやりづらくなったじゃねえか」

「何だと……! そも、勇の妾宅を私や山崎に探させようなんておかしいだろう……! それに、用意していた口裏合わせで伊東さんも納得してたみたいだしよいではないか」

「俺が言ってるのはそこじゃねえ。お前が妾宅反対派の姿勢を見せちまったから、『島崎朔太郎の妾宅』を構えづらくなったじゃねえか」

「は……?」

 さくらは、耳を疑った。

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