さくら、孤立無援①



 さくらはぶすっとむくれ顔をしていた。勇と歳三は真剣な表情である。

「正気か、勇」

「おれは大真面目に言っている」

 当然とばかりに言う勇をキッと睨み、さくらはすううっと息を吸った。

「ばっかやろう!」

 その形相に、勇も歳三もびくりとのけ反った。

「勇。あくまで私たちは同志。主従ではない。お前は単なるまとめ役。それが新選組だろう。お前ひとりだけがそういうことをすれば、隊士たちとの間に軋轢が生まれるというのがわからないのか! 去年、新八や左之助らとあんなにもめたのを忘れたわけではないだろうな」  

「そりゃあ忘れたわけじゃないけどさ……しかしなあ……もう取り決めは交わしてしまったし……」

 勇の言う「取り決め」というのは、大坂の遊女を身請けするということだった。下坂中の将軍を警護するために京を離れたはずなのに、勇は耳を疑う事後報告を携え帰ってきたのだ。さくらの剣幕に、今日ばかりは新選組の局長も形無し。姉に叱られてしどろもどろしている弟の図である。

 さくらが何より恐れたのは、昨年の新八・左之助らを中心とした騒動の再来である。勇の調子に乗った態度が気に食わないとして会津藩主・松平容保に建白書まで出した彼らを容保が取りなしなんとか和解を見た一件である。

 その大坂の遊女というのは深雪みゆきという太夫格の遊女らしい。局長だけがそんな贅沢をすれば新八らが不信感を募らせるのは火を見るよりも明らかだ。

 しかし。がるるる、と今にも噛みつかんばかりのさくらをよそに、歳三は勇の味方をした。

「よし、こうしよう。……隊長以上の幹部は、遊女を身請けして妾宅を持ってよい」

「歳三っ! 鬼の副長が聞いて呆れる……! そんなことがまかり通ってなるものか! 勇のわがままのために隊規を曲げるなど!」

「曲げたわけじゃねえ。追加だ」

「ったく屁理屈ぬかして。おい勇、まだこの話、漏れてないだろうな」

「ああ。トシとサクに話したのが初めてだ」

 さくらは「ならば好都合」と言うとバッと立ち上がった。

「探りを入れる。私の味方を増やしてやる!」


 歳三があんなにあっさりと勇の肩を持つとは思わなかった。否、なんやかんやで歳三はいつだって勇の味方だ。さくらはどすどすと屯所内を歩いたが、やがてハタと足を止めた。

 ――このような話、安易に新八や左之助には話せぬ。総司……は駄目だ。「近藤先生がいいならいいんじゃないですか」とか言うに決まってる。となるとやはり……。

 こんな時の頼れる兄貴分、源三郎である。

「源兄ぃ!」

 返事も聞かず、さくらは源三郎の部屋の襖を空けた。

「なんだよ島崎さあん。今いいとこなんだよ」

 なぜか、左之助がいた。新八も。呑気に碁を打っている。他には主の源三郎、そして鍬次郎までいる。

「なんでここで左之助と新八が碁打ちしてるんだ」

「この間最後に使ったのがここだったからさあ。取りにきたんだけどここでやっちまった方が早いだろって」

「そ、そうか」

「さくら、何かあったか」

 源三郎が尋ねた。文机に向かって何か書いていたが、中断してさくらの方に向き直った。

「いや……えーと、なんでもない……」

「なんでもないにしては慌てた様子でしたが」

 新八のもっともな発言に、さくらは唸った。

「なんだあ? 源さんには言えて俺たちには言えない話か? あ、鍬次郎がいるからダメなのか? 幹部じゃないと聞かせらんないとか」

「うーん……そういうわけでは……」

「ホレ、場所開けるから座んなって」

「おい左之助、お前自分が不利だからって碁盤動かしてうやむやにしようとしてるだろ」

「人聞き悪いこと言うなよ新八っつぁん。ほら、こうやってそおっと運ぶからさあ」

 その言葉通り、左之助はゆっくりと碁盤を持ち上げ、部屋の端に寄った。さくらは仕方なく襖を閉めて腰を下ろした。西本願寺に屯所を移してからというもの、幹部は一人部屋を与えられていたがその広さは四畳半。五人入ればきゅうきゅうと狭苦しい。

 さて、どうしたものか。上手い誤魔化し方を即座に思いつかなかった。かと言ってそっくりそのまま話すわけにもいかない。さくらは迷いながらも切り出した。

「いさ……と、歳三がな、遊女を身請けしようかなんて言ってるんだ」

「へえーっ! あの土方さんが! ついにそこまで入れ揚げる女が!」

「さっすが歳三さん。江戸にいた頃もいろいろ武勇伝ありましたもんねえ」

 左之助と鍬次郎が目を輝かせた。なんとなく、勇の面目を守るためにとっさに歳三の名前を出してしまったが、別の意味で二人を食いつかせてしまったようだ。内心、歳三に謝ると共に、「武勇伝」の内容に興味が湧いた。知りたいような知りたくないような。

「しかもだ」

 と、さくらは会話の主導権を取り戻した。

「妾宅を設けてこう、そこと屯所を行ったり来たりするようなことを想定してるらしいんだ」

 さくらはコホンと咳払いをして語気を強めた。

「私は、そういうのは他の隊士にも示しがつかないし、やめろと言ってるんだ。そしたら、『隊長以上の幹部は外に妾宅を持ってもよいという規則を作ろう』なんて言い出してな。……勇が」

 さすがに「自分が妾宅を設けたいから自分で規則を作る」というのは外聞が悪すぎる。とっさにそう考え、結局話に勇を登場させてしまった。どちらにせよしょうもない二人組だ。まあいいかとさくらは開き直った。

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