松本良順、来たる②


 三々五々、食べ終えた者から「健診」を行うことになっている部屋に移動していった。

 松本の「怪我人が多すぎる」との指摘があったあと、歳三がすぐに風呂の整備と養豚を手配した。病人用の部屋も用意し、賄い担当で雇った非戦闘隊士に看病も命じた。その間、松本の部下がたびたび往診に来てくれていた。

 今日はその成果を見るのも兼ね、屯所にいる隊士全員の「健康診断」を行うという。

 歳三が、平隊士から診断を行い序列が上の者ほど順番が後になるように采配した。もちろん、さくらの順番を最後にして正体を悟られないためだ。

 さくらは、稽古や書き物仕事で時間をつぶし、皆が終わった頃に松本のもとへ向かった。

「おや、島崎さんで最後ですね」

 どうぞ、と促されさくらはちょこんと座った。

「この聴診器で胸の音を聞きますので、前を開けてください。……と、言いたいところですが、無理にとは言いません。医者とはいえ、男の前で着物を開くのは抵抗があるでしょう」

「えっ……」

「島崎さん、あなた、女子ですよね」

 男装姿の時に面と向かってこう言われるのは初めてだったので、さくらは些か狼狽した。だが、松本は医者だ。性別を理由に新選組をやめろだのと人事に口を出されることはないだろう。その考えのもと、無理に隠し立てする必要もないと勇・歳三の了承は得ていた。

「ご存知でしたか。さすが、奥医師でいらっしゃいますね。このことは、どうかご内密に」

「まさかとは思いましたが。実は、最初にお会いした時からそうではないかと思っていました。いやはや、よくこの状況下でやっておられますな。月のものなんか、どうしているんです。おっと、すみません、驚いてつい」

 松本は、興味深げに目を丸くしていた。無理もないが、さくらはなんだかおかしくなって笑みを零した。

「近藤や土方、新選組創設時の幹部は皆知っていますので、体調が思わしくない時は非番なんかを宛がってもらって、なんとかやっています。それに最近は女子姿で町の探査に出ることも多いので、案外うまくいっているんです」

「そうでしたか。それならいいのですが。やはり、男と女では体のつくりが違います。それはどうあがいても埋められない。あなたが男と同じようにと気張れば気張るほど、体には負担がかかっていきます。……いつか、年を取った時に、ガタが来るかもしれませんよ」

 年を取った時のことなどを言われるとは想定外だった。さくらは「ほー……」と気の抜けた相槌を打ってしまった。

「そんな先のこと、考えてもみませんでした……。まあ、構いません。明日斬られて死ぬかもしれない身の上ですから。婆さんになった時の心配して今の隊務に全力を注げなかったら本末転倒ですし。……ただ、今の時点で、おかしなところがないかは、診てもらえますか」

 さくらはそう言うと、ばっと衿を開いた。さらしできつく巻かれた胸が露わになる。松本が驚いたように数回瞬きをした。だが、すぐに「聴診器」と言っていた器具を手に取った。

「では、失礼します」


 結果、さくらの体に異常はなかった。ただやはり、新選組の隊務は女子の身には負担が大きいので、せめて月のものがきている間はゆっくり休むようにと助言をもらって終了した。

「さて、最後に少しお話をしたいので。近藤さんと、山崎さんを呼んできてもらえませんか」

「山崎も、ですか?」

 なぜか、というのはその場では教えてもらえなかった。腑に落ちないながらも、さくらは勇と山崎を呼んで、先ほどの部屋に戻った。

 揃うなり、松本は書付かきつけを三人に提示した。

「とりあえず、巡察に出ている方たちの診察はまた行うとして。先月ざっと見たところでは、風邪、瘡毒そうどく、怪我に伴う炎症で約七十名。ですが、今日はだいぶ風邪っぴきも減ったようですね。瘡毒はまあ、これは治るというよりは付き合っていく病気ですから、悪所通いもほどほどに、といったところで……」

 ハハハ、とさくら達は苦笑いした。

「山崎さんをお呼びしたのは他でもない。あなたは医術の心得があるようですね」

「はあ、まあ、医術いうか、実家は鍼屋ですさかい、人間の体の仕組みみたいなもんはそれなりにわかっとるいうくらいですかねえ」

「そう言い切れるなら十分だ。このひと月、私や部下が往診していろいろと見てきましたが、そろそろ京を離れなければいけません。そこで、山崎さんに怪我や軽い風邪の応急処置を中心に医術を教えます。我々がいなくなったあとも、ぜひ、活用してもらえたらと」

「えっ、いや、そやかて……」

 山崎は戸惑っているようで、交互に勇とさくらを見た。いつもは余裕綽々よゆうしゃくしゃく、偉そうな態度の山崎が明らかにあたふたしている。さくらは笑いをこらえるべくぎゅっと口を結んだ。そんなさくらとは正反対に、勇は安心しろとばかりに山崎に優しい笑みを向けた。

「山崎君には調役の仕事も引き続きやってもらう。二足のわらじになって大変かとは思うが、調役の方は島崎も補佐するし」

 おい、補佐とはなんだ、諸士調役兼監察の頭はこの私だぞ、と言いたいのをさくらはぐっと我慢した。今は松本の前だ。

 山崎はちらりとさくらを見た。一瞬だけ、山崎の表情から「不服」の文字が読み取れた気がしたが、すぐに消えた。山崎も、松本の前ゆえ心の内――おおかた「島崎先生に借り作るなんて御免や」か何かだろう――は表には出さないつもりらしい。

「松本先生。過分なご配慮、おおきに、ありがとうございます。近藤先生も、新たなお役目、ありがとうございます。島崎先生、よろしゅうお願いします」

 なんだかしおらしすぎて気持ち悪いな、などとは言えず、さくらは「うむ」と難しい顔をして頷いた。

「よろしくな、山崎君」

 勇は純粋に「よかったよかった」みたいな顔をして、山崎の肩をバシンと叩いた。

 具体的なことはまた追って決めましょう、などと松本らが話しているのを見ながら、さくらはふっと笑みを漏らした。

 ――まあ、なんにせよ新選組にとっては有益なことだから、いいか。

 自分は豚肉のおいしい食べ方を考案せねば。そうして、皆に負けない腕力を手に入れてやる。さくらは胸中、意気込んだ。

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