その女、島崎朔太郎③
三ヶ月程前、新選組は約二年間拠点とした壬生村の前川邸・八木邸を引き払い、西本願寺に屯所を移していた。広大な敷地に巨大な本堂と阿弥陀堂があり、見る者を圧倒させる。
新選組は、敷地内にある北集会所と太鼓楼を借り受けた。竹矢来で区切り、新選組の屯所と、元から西本願寺にいた者たちのための場を、明確に分けた。
移転早々、副長の
局長の
だが人が増えたからといって各人が暇になったわけではない。新選組はいっそう忙しく働かねばならなかった。将軍の上洛を控えた近ごろは、入京を禁じられている長州の人間から氏素性のよくわからぬ者まで、揉め事を起こす浪士が後を絶たないのだ。
天敵・長州藩は、前年のいわゆる「禁門の変」で
こうした動きを察知した幕府としては再び長州に討って出る必要があるということで、二度目の長州征伐が計画されていた。そして、満を持しての将軍上洛が決まった。
加茂屋に
「ご苦労だった」
勇と歳三はさくらからの第一報を聞き、満足げに頷いた。
「だが」
歳三は眉間に皺を寄せた。
「あの近辺なら、
「伊東さんたちを呼んだら、この格好を見られるだろうが」
「だから。そもそもお前は居場所を突き止めたらそのままずらかる手はずだったろうが。そしたら見られるなんて心配も無用だろ。何ちゃっかり加勢してやがる」
「いやあ、あわよくば、久しぶりに……なんてな」
さくらは取り繕うような笑顔を見せたが、歳三は険しい顔を崩さない。
「とにかく。これ以上任務を逸脱するようであれば謹慎させるからな」
「サク、すまんがわかってやってくれ。トシもこう見えて現場に出たくてうずうずしてるんだ。もちろん、おれもな」
歳三の表情とは反対に、勇は柔和な顔をさくらに向ける。
「まあ、勇も歳三も、最近は自ら出張るってわけにもいかないしな」
新選組が大所帯になってからというもの、勇と歳三が直接出動する機会はぐっと減っていた。勇は会津や見廻組との会合を主とした渉外の仕事が増え、歳三は各隊からの報告を取りまとめて、巡察の配置を考えたり指示を出したりすることが多くなっていた。結成当初の、とにかく皆で虱潰しに巡察していた頃が懐かしい。
「近藤先生」
部屋の外から声がした。
「お、もうそんな刻限か」
勇は思い出したように言うと、声の主に入りなさいと告げた。
襖が開いて現れたのは、勇の養子・周平だった。最近は息子というより勇の小姓のようになっている。「いいご身分だなあ」なんてやっかまれるぞとさくらは止めたのだが、自分の仕事を間近で見せることも必要だと勇がいうので一応承服していた。
周平は、さくらの姿を見るなり、ぽかんと驚きの表情を見せた。
「し、島崎先生……? 本当に女子だったんですね……」
「ああ、周平はこの姿見るの初めてだったな。私がお前の伯母たるゆえんがわかっただろう」
「はあ。改めてすごいですよ。いくら道場の一人娘だからって、師範代になって、そのまま名前まで変えて新選組に入ってしまうなんて」
「慣れればなんということはない。だが、新入りのやつらには気取られるなよ。特に伊東さんたちには」
「重々心得ております」
古参隊士の間では、さくらの正体は公然の秘密となっていた。近藤勇の義理の姉にあたるが、名を変え、月代を入れ……さらに新選組の副長助勤としてあの池田屋事件でもきちんと役に立ってみせたということも。
だが、人数が増えるにつれ、「女が隊内にいること」を許容できない者も増えてくるだろうことは容易に想像できた。その者たちが、いずれよからぬ行動に出る可能性も当然考えられる。
故に、隊士が激増したここ半年は、徹底的な方針転換がなされていた。「バレても仕方ない」から「絶対にバレてはいけない」へ。当然、さくらの女子姿を見た者は数える程しかいない。
「そんな格好でこんなとこまで来るから、説得力がねえんだよお前は」
歳三の指摘はもっともだった。だが素直に謝るのも癪なので、さくらは拗ねた子供のように「はいはい」と受け流した。
そして、勇は黒谷の会津本陣に行かねば、と周平に連れられ部屋を出ていった。
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