芸術の灯火 ファイアー・ランプ 12
ジーン・ペトグリフは、相も変わらず炎を扱う練習をしていた。真夜中の公園を照らし続けるように、彼は炎を生み出し続けた。
その炎は火の玉のような小さなものではなく、まるで大蛇のようにうごめく炎の渦だった。練習の成果があったようで、着実に上達していっていた。
区切りが良いとこでいったん休憩に入った。忘れずにランプに火をともし、ベンチでくつろいだ。
ぼんやりと、真っ暗で果てしなく続く公園の先を眺めていると、何かが近づいてくることに気がついた。ランプを持ち上げ、それで前を照らすと、その何かのシルエットを確認することができた。
「まだ、ここにいたんだね」
そのシルエットは人の形をしており、ペトグリフに声をかけてきた。その声は、どこかで聞いたことがあった。
そのシルエットがランプの光が届く距離まで近づいてくると、ようやく何者かなのかを理解することができた。
「あなたは、いつかの」
数日前にこの広場で、今のような夜更けに出会った見知らぬ人物。最初は女性かと勘違いしたが、話すうちに男性だということが確信を持てるようになった。
「お久しぶり。元気だったかな?」
男はペトグリフに許可を得ると、彼の隣に座った。
ペトグリフは、初めて出会った時には男のことを警戒していたが、少し話すうちに心を通じあっていた。なので、今回再び話すことになった時に、気まずさはそれほど感じなかった。
「ええ、まあ。ぼちぼち」
少年は浮かない顔をしていた。練習はうまくいっているというのに、何か悩んでいる様子だった。
「……彼女のこと、残念だったね」
「驚きました」
彼女というのは、今世間で話題になっているヴィトゥ・フォーティアのことだった。ペトグリフは尊敬していた彼女が、違法魔薬に手を出していたことを知り、ひどいショックを受けていた。当然といえば当然の結果か。
「てっきり、練習をやめてしまっていると思っていた。だから、今日ここで会えて、少し驚いているよ。それほど、傷ついてはいないのかい?」
「傷ついていますよ。なんど練習しても紫にはならなかった時に、実は違法魔薬のおかげだったことを知ったんですよ。俺は、無意味な練習をしていただって思ったら、急に馬鹿らしくなりましたよ」
法を犯していたことによる彼女への怒りというよりは、自分の追いかけていたものが崩れ去った虚しさに近い感情を抱いていた。
「じゃあ、なぜまだ続けているんだい?」
男は話を聞けば聞くほど、ペトグリフが練習を続けている理由がわからないようだった。
「あなたが言ったんじゃないですか、答えは一つじゃないって。それを聞いてから、色をつけようとするのは控えてたんです。そのおかげで、思った以上に立ち直るのが早かったですよ」
ペトグリフは男に礼をした。僅かな時間しか話はしていなかったが、男の言葉が妙に胸に引っかかっていたようだ。
「だから今は、彼女がなしえなかったことをしようと思っているんです」
決意をあらわにしたペトグリフは、少しだけ表情が明るくなっていた。
「なしえなかったこととは?」
「規定内の魔薬を使用して、ファイアーダンスのトップに君臨することです。俺にしかできない答えを見つけ出して」
ペトグリフは拳を強く握りしめた。彼なりに、今回の騒動としっかりと向き合っていた。
「新たな目標ができてみたいでよかったよ。少しは力になれたみたいだね」
男は安堵していた。少年がもっと悩み苦しんでいるかと不安に思っていたようだ。
「そうだ、よかったら俺の新作魔法、見ていってくれませんか? まだ始めたばかりで、うまくはできないですけど」
少年は冬の寒さに負けないほど元気に立ち上がり、柔軟を始めた。男に、自分が見つけた答えを見て欲しくて仕方がないようだった。
「この前はあんなに恥ずかしがっていたのにね」
「あれは初対面だったからです」
夜遅くにこんな場所で炎を使用していることをばらすと男に脅され、いやいや踊りを見せたことを思い出した。
ペトグリフは手に持った魔薬を、素早く口にいれてかみ砕いた。そして、両手を宙にかざすと、思いっきり力を入れた。すると、両手の間に小さな真っ赤に燃える炎が顔を出した。その炎は次第に膨れ上がっていった。
ここからが彼が編み出した答えだった。その炎に全神経を集中させた。すると、不気味に揺らめきながら、炎が形を変えていった。めらめらと燃えるだけで形のなかった火炎が、何かの形状へ変化していった。
「これはもしかして、象かい?」
丸みを帯びた体に、長い鼻のようなものが模られている。まだ目を凝らさないとわからない程度だが、男はそれが象を表していることが分かった。
「はい、よくわかりましたね」
一度魔法を解き、ペトグリフはリラックスした。何をしようとしていたのかが男に伝わって、大いに嬉しそうだった。
「これが君が出した答え、か」
「これをもっと巨大にしていって、本物のような迫力を出したいんです。ヴィトゥさんの代わりにサーカスを引っ張ろうとしていた、猛獣使いのゲラップさんに刺激されて思いつきました」
大黒柱であったヴィトゥがサーカスを去ったため、非難の嵐と共にサーカスの客足は減っているという。そんななかで、世論に負けじと務めていたのが、ゲラップだったのだ。
「いいじゃないか。彼の操る猛獣たちと共演すれば、さぞかし華やかなショーになるんじゃないかな」
「共演なんて恐れ多いですよ。でも、いつかそうなれるように、練習を続けていきたいと思います」
少年は天真爛漫に笑ってみせた。どうやら、迷いは吹っ切れているようだった。
気合を入れなおした少年は、再び炎を作り出して、動物の形に変化させていった。
男は煙草を一本吸いながら、その光景を見守った。
彼はこのさき、何度も失敗するのだろう。火を灯しては消して、灯しては消してを繰り返すのだろう。もしかしたら、彼の前にも巨大な壁が立ちはだかるのかもしれない。
しかし、いつかきっとその壁を駆け上り、その先のステージへたどり着いてくれると、男は心の中で祈った。
少年は額に汗を輝かせながら、諦めずに炎を作り出した。
そして、闇に覆われた辺り一面を照らすように、ちっぽけな炎の獣が、夜空に舞い上がっていった。
【短編版】違法魔薬取締班 アリス・ローゼ 高見南純平 @fangfangfanh0608
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