駄女神様バッドエンド ~異世界召喚は、用法用量を守って正しくお楽しみください~
スズヤ ケイ
とある駄女神様の結末
あるところに、純白の女神様がおられました。
かの女神様は、何の役目も授かる事無く、気の遠くなるような時の中、果てしない宇宙を放浪しながら気ままに過ごしておりました。
その道すがら、他の神々が創り出して管理しているいくつもの世界を覗き見る事で退屈を紛らわしていましたが、ある時不意にそれらを
無職の癖に無駄に有り余る御力で宇宙の一角を不法占拠し、自分の領域と定め、勝手に新たなる世界をお創りになってしまったのです。
晴れて創世神としてデビューを果たした女神様は、それはもう丁寧に世界の世話を焼き、生命を大切に育んでいきました。
そんな女神様の愛情とお慈悲を受けた生命は、様々な進化の枝葉を広げて見事に咲き誇り、そしていつしかその内から、女神様を模したかのような姿の種が生まれたのです。
この偶発的な誕生を大層喜んだ女神様は、他の神々に
女神様から、まさに我が子のようにたっぷりの愛情と加護を注がれた人間達は、その後大いに繁栄し、やがて世界のほとんどを掌握するまでに繁栄を始める事になります。
初めこそ我が子の自立を微笑ましく思いながら見守っていた女神様でしたが、次第に人間達が自らの意思で世界を動かし、女神様の助力を必要としなくなった頃には、すっかり飽きが来てしまいました。
やることのなくなった女神様がだらだらと惰眠を貪っていた、そんな折の事。
近頃他の神々の間では、「異世界転生」という遊戯が流行っているというお話が、女神様の地獄耳に届きました。
神々同士で自分の世界から選出した人間をトレードし、相手の世界でどのように行動するかを観察する、という悪趣味なものです。
いつの時代も神々とは、暇をもてあますとろくな事を思い付きません。
この流れには乗るしかない。
当然のように、女神様もそんな直感に心を揺さぶられてしまいます。
行動力だけは無闇やたらと並外れている女神様は、早速にも手近な他の神様が治める異世界へと不法侵入し、不慮の事故で命を落としたその土地の人間の魂を捕まえ、言葉巧みに勧誘して自分の世界へと連れ帰ってしまいました。
そして読めない文字で書かれた契約書へと強引にサインをさせると、異邦人を「勇者」として強制的に認定し、自らの世界へ赤子として放り出したのです。
訳のわからないままに転生を果たした勇者は、自分の知る
世界中には既に神託として、勇者が産まれた事を大々的に告知がされており、女神様の書いた筋書きを現地の人間達が演じる手筈が整っていました。
まずは勇者に産まれたはずなのに何の優れた能力もなく、両親からも無能の烙印を押されて迫害を受ける場面から幕が上がります。
暗い幼少期を過ごした勇者は見事に
その頃合いを見て、女神様が勇者の枕元へと現れて囁くのです。
「力が欲しいですか?」
と。
転生した時点で前世と女神様に関する記憶を封印されていた勇者は、そのあからさまに怪しい提言にも疑問を挟まず、首を縦に振ってしまいました。
さてさて、ここからがお立合い。
女神様に無敵の力を与えられた勇者は、目覚めるや否や前世の記憶も取り戻し、それをも駆使して今まで自分を虐げて来た者達を次々と血祭りにあげていきます。
ついには全世界を敵に回し、各国の連合軍と激しい争いを繰り広げました。
かくして死闘の末、世界を滅ぼした勇者──いえ、いつしか魔王と呼ばれていたかの者は、満足したように静かに眠りに就くのでした。
めでたしめでたし。
……と、女神様は大喜びです。
何これ、最高じゃない? 私脚本家になれるんじゃない?
そんな自画自賛に浸りながら世界を事も無げに復元させると、女神様は妙案を思い付きました。
魔王と化して死んでいった勇者を蘇らせて、改めて魔王として世界に君臨させる。そして新たに用意した勇者に討伐させれば、もう一つお話が書けるのでは? と。
思い付いたら即実行、が信条の女神様。
新たな犠牲者……もとい、勇者を求めて再び異世界を強襲するのでした。
女神様にとっては僅かな、世界にとっては何千年もの時が流れました。
女神様の異世界転生ブームは未だ冷めやらず、悪辣になる一方です。
勇者の転生方法も、現地へ跳んで攫って来るなどと野蛮な方法は改め、魔法によって方々の異世界にパイプを伸ばし、設定した条件に当てはまる者を自動で召喚するという画期的なシステムを造り上げておりました。
召喚に適応した時点で強制的に契約を結ぶという、とんでもないおまけ付きです。
その才を世界の為に振るえば良かろうものを……いえ、今言うのは無粋でしたね。
これにより犠牲者……失礼、勇者は次々と呼び出されては、女神様の玩具として散っていく……その繰り返しを経て、最早数え切れぬ者が召喚の餌食となっていたのです。
それらにすっかり味を占めた女神様は、またもや新たな生贄……もう訂正せずとも宜しいですね? それを呼び出す準備をしているところでした。
さてさて、今宵はどんなお話に仕立てようか。
イケメンなのに一生異性から毛嫌いされる呪いでもかけようか?
はたまた楽々無敵ライフを送らせてから、幸福の絶頂で恋人に殺させようか?
ろくでもないあらすじを想いながら、女神様は浮き浮きと召喚の魔法を起動します。
よし、今回の標的は陰湿な引き籠り豚男にしよう。
「トイレで溺死したら、何故かイケメンに転生したんだが」
そんなタイトルにしたりして。
女神様が含み笑いを漏らしつつ召喚の設定を終えると、基軸となる魔法陣から、どす黒い煙が立ち昇り始めました。
おや、これは妙な。今までこんな反応あったかしら?
女神様は小首を傾げますが、召喚そのものは首尾よく成功した様子です。
黒い煙が晴れた後には、何者かが佇んでおりました。
……何だろう、これ。
訝しんだ女神様は、ただただ魔法陣の上のものを眺めてしまうばかりです。
何故ならば、そこにいたのは真っ黒い丸い形をしただけの闇の塊……としか形容できないものだったのですから。
「……まあ、何者でも良いでしょう。召喚を果たした以上は契約済み。既に私の手の平の上なのです。人外ものに手を出してみたいとも思っていましたし」
女神様が仰ると、闇の塊はその輪郭を微かに歪めます。
「はて。存外に驚かないものだね。流石に肝が据わっているらしい」
どのように発声しているかは不明ながら、その者は確かな言語を並べました。男とも女とも聞こえる、涼やかにして軽妙な不思議な声色です。
補足しておきますと、召喚時の契約にはこの世界の言語を習得させる特典が含まれております。
それが得体の知れないものへも有効に働いたのでしょう。
女神様もそのように解釈し、別段驚きはしません。
「何者だろうと構いませんが、無礼な発言は慎みなさい。私には敬意をもって絶対服従する事。そう契約をしたでしょう」
威厳と共に放ったお言葉が衝撃となって、闇の塊を僅かに揺らします。
「ふふふ。契約、契約か」
揺らめきながらも動揺を見せず、闇の塊は笑いました。
「何がおかしいのです」
「君は契約を振りかざす割に、内容をよく確認しない性質なのだね。そう思うと、つい可笑しくなってしまったのだよ」
嘲けるかのような闇の塊の言に、女神様は憤慨されました。
「何を言うの? 私の契約書に不備などあるはずが……」
口走りながらも、手元に巻物を出現させると素早く目を通していく女神様。
文字を追っていたその目が、ある部分で見開かれました。
「な……!? 何ですかこれは!」
神の座に連なる者にあるまじき驚嘆の声を上げ、まじまじと紙面を読み返す女神様。
何故ならば、契約書の末尾に、本来存在しないはずの一文が書き加えられていたのです。
『尚この契約は、神界クーリングオフ制度に
と。
確かに女神様ご自身のサインで、そう締めくくられております。
「勝手に契約を解除したと言うのですか!? 不可能です! そもそもこんな事を書いた覚えはありません! 無効……そう、この文は無効です!」
「ふふふ。経緯はどうあれ、契約は既に結ばれてしまっているよ。こうして私は此処にいるのだから」
闇の塊には、いつしか三日月のような形をした赤い穴が浮かんでいました。
口──なのでしょう。両の端を吊り上げた唇のように、にやにやと弧を描いて揺れているのです。
「貴方が勝手に書き込んだのですね……!! 認めません……認めるものですか、こんな事!」
有り得ざる事態に動揺を隠せない女神様は、手にした契約書を破り捨て、闇の塊へと指を突き付けました。
「ほう。ならばどうするのかね?」
「このように生意気な者など願い下げです! 貴方は廃棄処分とします!」
神気を込めた声を闇の塊へと叩き付ける女神様。
かつて同じように反発した勇者も少なからずおりましたが、その末路は誰もが同じ。
どことも知れぬ闇の彼方へと投げ捨てられていったのでした。
「さあ! 我が眼前よりさっさと消え去りなさい!」
女神様が高らかに命じます。
……
…………
………………
静寂がその場を支配しました。
「……何故何も起こらないの? ほら、早くいつものように落ちて行きなさいよ!」
女神様の口調から、戸惑いのためか若干の地がはみ出しています。
しかし特に何も起こりません。
いえ、闇の塊の笑みが大きくなった点は変化と言えるでしょうか。
「何で落ちないの!? こう、ぱかっとなってひゅーんとなるはずでしょう! さあ! さあ!」
焦りから語彙力も低下してしまった女神様は、下へ親指を突き出した拳を振り下ろすという、下品な仕種までなさる始末。
完全に我を失っております。
「ふふふ。その
そんな落ち着き払った、しかし
「──もういい。廃棄などと生温い事は言わず、直接塵にしてあげる」
ぶちりと何かが千切れた女神様は、先程までの慌てぶりが嘘のように収まり、その表情に無を満たします。
真実の怒りに身を任せた時、その他の感情は全て追いやられる……それを体現されたかのような御顔でした。
それだけで射殺さんと殺意に
尋常な者ならば、本当に一睨みされただけで無に還る強烈な神気を纏った視線です。
しかし……揺らめく闇からは一切の動揺が窺えません。
それどころか、笑い声を更に大きいものとして見せたではありませんか。
「ふふふふ……ふふふふふ。この期に及んでまだ気付かないのかね? 本当に……本当に愉快な子だ」
心底たまらないとばかりに、赤い口の両端が吊り上がります。
それを見ても女神様は凝視を続け、更なる呪詛を叩き付けました。
「嗚呼、
恍惚としたような言葉が届いたのか、その頃にして、ようやく女神様は事の重大さを感じて我に返ります。
「何をした……どんな手を使って私の力を封じたの!? 白状なさい!!」
女神様が吠え猛りました。
そのお言葉の通り、今や女神様の視線には何の効果も含まれず仕舞い。
神の御力が失われる事など、あってはならない事態です。
「初めに指摘しただろう? 契約書にはきちんと目を通さなければいけないよ」
くつくつと聞こえる含み笑いを煩わしく思いながらも、女神様は大急ぎで破り捨てた巻物を拾い集めて元通りに修復しました。その程度の御力は残っていたようです。
そして再びじっくりと読み直します。
「……さっきと同じじゃない。どこに何と書き加えたのか、洗いざらい言いなさい!」
「ふふ。君にそれを問う強制力は無いし、応じる義理も必要も私には無いのだがね。余興とは、ネタばらしまでを含めてこそ。大サービスをしてあげよう」
闇の塊はそう勿体ぶって一拍置くと、子供の質問へ答える親の如き慈悲深い声色で告げました。
「その巻物の、裏を見てごらん」
「裏……?」
女神様はぱさりと紙面を裏返し、目を走らせ──
「そんな!!」
と一言放ち頭上を振り仰いでしまいました。
その手から巻物が落ち、乾いた音を立てます。
裏を上にして床へと広がった巻物。その表面には、
『本契約は、召喚者が被召喚者へ己の全てを譲渡する事で締結するものとする』
との一文が、小指程度の大きさで書かれておりました。
「冗談じゃないわ!! こんなの詐欺よ! 悪魔のやり口じゃない! 大体契約は破棄したんじゃなかったの!?」
「ふふふ。私は一言もそんなことは言ってはいないし、君がそれを言うかね? 多くの者へ有無を言わせずに契約を押し付けてきたのだ。さぞや愉しかっただろう。それで……
最早嘲りを微塵も隠さずに、闇の塊は嗤っています。
「認めない認めない認めない……!!」
ただただそう繰り返すだけの女神様のすぐ側に、いつの間にか闇の塊が寄ってきていました。
「さ、楽しい愉しいお遊戯の後は、お昼寝の時間だよ。ゆっくりと休むと良い」
子守歌でも口ずさみそうな程の優しい声。
それと共に、赤い口ががばりと大きく広がり、女神様の御身体を一気に呑み込んでしまいました。
悲鳴をあげる隙もあらばこそ。
憐れ女神様は、愕然とした表情ごと影すら残さず平らげられてしまったのでした。
「ふふふ……美味」
女神様を頬張るように、闇の輪郭がぐにゃぐにゃと蠢きます。
何を隠そうこの闇の塊。
宇宙へ満ちる暗黒そのもの。即ち全ての世界を内包し、始まりの暗き深淵を象徴する、唯一にして無二の偉大なる黒き
全宇宙のどこへも同時に存在する黒き御方は、白き女神様の所業を最初から今この時へ至るまで、余さず承知でおいででした。
同時に、かの者の横暴を
そこで今回の召喚の儀式に割り込む形で降臨をなされ、ちょちょいと契約書に細工を施し、この顛末と相成ったのでした。
しかし、黒き御方は善意で動くお方では決してございません。
自らの嗜好をも満たせると判断してこその、今回のお出ましです。
即ち……
「絶頂にあるものを、奈落の底へと突き落とす瞬間のこの快楽……何にも代え難い」
と、そんな訳でございます。
そのお言葉が終わる頃。
闇の塊は女神様の御姿を模した人型へとその形を変えておりました。
果たして生まれた暗黒の女神様。
その瞼を開かれると、美しい御尊顔へ満面の笑みを浮かべました。
「さてさて……私を召喚した事を、とくと後悔させてあげようか」
自分の身の一部となった白き女神様へ向けるように呟くと、黒き女神様はかの世界へ悠然と降りて行かれました。
以降の結末は、一つの世界が阿鼻叫喚の地獄と化した、とだけ述べておきましょう。
このお話はこれにてお終いでございます。
これを読まれた神々の皆様におかれましては、異世界召喚、転生を取り扱う際には、どうぞ細心の注意を払って正しくお楽しみ頂くよう進言致します。
呼ぶ対象は、よくよく吟味の上で召喚なされるのが宜しいかと。
かの駄女神様のように、禁忌に触れてしまう事もなきにしもあらずにて……
駄女神様バッドエンド ~異世界召喚は、用法用量を守って正しくお楽しみください~ スズヤ ケイ @suzuya_kei
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