夫婦で輪廻

泡盛もろみ

夫婦で輪廻

まさか少子高齢化の波は輪廻転生の列にまで影響していたとは。


私と妻はそれぞれ天命を全うし、いわゆる死後の世界と呼ばれる場所で再びこうして一緒に過ごしている。

前生、私は62歳まで、妻は86歳まで生きた。

不思議なもので、私が死んでから妻をここで待つ時間はとても短いもので、此岸と彼岸では時の流れが異なるようであった。


生前私達が出会ったのはお互いに50を過ぎた頃。

高齢での初婚であったために子供はいない。

お互い、次の人生ではもっと早く出会い、子供を儲けたいという話をしていた。


ここで二人で過ごしてどれだけの時が経っただろうか。体感としてはかなりの時間であったが、現世ではどれほどの時間が経ったのかわからない。

ここでの生活は決して不便などなく、不自由もないものだ。しかし、ここでは子を成せない。

二人とも転生して再び出会い、子を成すことを願っていた。


輪廻転生の手続きは以前に済ましてある。

あとは順番待ちだ。待機順は連番なので同齢での転生を期待している。

転生の際には前生の記憶は消去されるので必ず出会えるとは限らないが、私達は互いに再び一緒になれると信じている。ロマンチックと笑ってくれてもいい。


ほどなく、妻が転生課に呼ばれた。

連番なのですぐに呼ばれるであろう私も付き添う。

しかしそこで聞かされたのは衝撃的な告知であった。


「少子高齢化が激しいため、転生手続きは当面の間停止します。再開は未定です。」


産まれる子供の数が少なすぎるため、当面の子供には新しく生まれた魂の割当で埋まってしまうらしい。転生に割り当てられる子供がいないというのだ。


愕然としている私の隣で、妻が係の人間と話をしている。

「私は彼と一緒でないのなら転生は諦めます。」

「いいのですか?これを逃すと転生はもうできないかもしれません。他の方に譲るということでよいでしょうか?ここで譲られますと、また1から手続きをして頂くことになります。再開時期も未定ですので、もう転生が可能かどうかも不明ですが…。」

妻も悩んでいるようだった。


妻だけでも転生し、新しい愛を育むというのもありかもしれない。

正直そんなこと悔しくて想像したくもないが、彼女が新しい幸せを得られるのなら。今このまま少しの後悔を持ち続けるよりは。転生しなければ何も新しいものは得られないのだから。


「君だけでも…」

そう言いかけたとき、隣で手続きをしている男性の声が聞こえた。

「…説明させていただきますね。この後、あちらの扉をくぐると転生できます。最終確認のためにこちらの内容をご確認ください…」


あの扉をくぐればいいのか!

そう思ったとき、体が勝手に動き出した。

妻の手を引っ張り、係の人の制止を振り切り、二人で扉へ向かって駆け出した。


「やめろ!」「危ないぞ!」「未処理の魂が扉へ !」「二人一緒に!」「止めろ!」

もうすぐ転生課が無期休業になるせいか、人が少なく扉の周りは手薄だった。

最終日の最後の最後に問題を起こす馬鹿が現れるとは思わなかったようだ。

これ幸いと私達は扉へ飛び込んだ。


***


3歳の誕生日の朝、私の脳に前世の記憶が突然蘇った。

これまで断線していた回路が繋がったかのようにパッと全ての記憶が蘇った。


そうだ、私は妻と出会うために無理矢理転生をしたのだ。はやく妻を探さねば。

そう思いあたりを見回すと、なんとそこに妻がいた。僥倖。なんという幸運。なんという運命。

姿はまったく異なるが、私にはわかる。

そう、目の前にいるその、私の双子の妹。彼女が私の妻だ。


妹?双子の妹と、私は今そう言ったか。

なんてことだ。兄妹では結婚できないじゃないか。

二人で同時に飛び込んだせいか?

まさかこんなことになろうとは。


若干の困惑の中、妹に呼びかけるも妻の記憶は戻っていないようだった。

個体差があるのだろうか。

もしかすると最悪の場合、妻の記憶は戻らないかもしれない。

もしそうなっても、こうして近くにいられるだけで幸せだと思えるよう尽くそう。

私は妻の記憶が戻る日まで待つことにした。


ただし、それは簡単なことではなかった。


幼稚園で、小学校で、中学校で、妻に近寄る男がいれば、私は邪魔をせずにはいられなかった。

妻は顔立ちが特に優れているわけではないが、笑顔と立ち居振る舞いの可愛さで人気があり、近寄ろうとする虫は耐えなかった。

私はそれらを片っ端から妨害した。酷いときには人を殴りもした。

妻は優しかったが、その時ばかりは私も叱られたので暴力はその一度きりだ。

おかげでシスコン兄貴と呼ばれているが、私にはどうしても妻に寄る虫を許容することはできなかった。


そして現在、もうすぐ高校生になる今でも妻の記憶が戻る気配はない。

高校は少し離れたところに通う。もちろん妻と一緒だ。

私のシスコン兄貴ぶりを知らない学生諸君には、妻に手を出そうとすることの愚かさを嫌というほど思い知らせてやる所存だ。


もし二十歳までに妻の記憶がもどらなければ、その時は輪廻の秘密と私の気持ちを打ち明けよう。

そのときまではシスコン兄貴を貫き通してやる。


-----


「先輩、また彼らを見てるんですか?」

元転生課の職員が現世の様子を確認している。

「彼ら、お咎めなしだったんですよね?何でそんなに気にしてるんです?」

あのとき2つの魂が強引に扉に飛び込んだ後、順番を抜かされた魂は転生を辞退した。

「いや、ちょっと気になってね…。」

「先輩、ロマンチックな話好きですもんねー。どうです?二人で転生して双子でしたっけ?イチャイチャしてるところあんまり覗くのは悪趣味っすよ?」

「イチャつくどころか、何もないよ。奥さんがあの調子だからね。旦那さんの方は相変わらずたくさんトラブルを起こしているけれど。」

「まじっすかー。奥さん、記憶戻ってるのまだ隠してるんすか?」


二人の視線の先には、今日も必死に虫を追い払う夫を見つめて幸せそうに笑う妻の姿があった。




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