宇宙人系ヒロインの絶対に死ぬおまじない

シャナルア

本篇

〜10年後の未来〜


「我々は降伏します」

 地球人の代表はそういった。

「……」

 その言葉を聞いているガン星人の代表は、黙りこくったままだ。

 ただただ無表情だった。

 二人が話している場所は、地球の地下シェルター内にある一室だ。

 その部屋には、双方の代表のみが集められている。

 侵略したガン星人と侵略された地球人。

 勝敗はすでに決していた。

「……一つ、質問してよろしいですか?」

 地球の代表がそう尋ねた。

 ガン星人は黙ったまま、相手の目を睨む。

「あなた達は、何が目的でこの星に来たのですか?」

「………………この美しい地球を我らが手中に収めるためだった」


〜現在〜


「もし、地球を狙う宇宙人に攻められたらさ、君ならどうやって勝つ?」

「え?」

 俺は高校の一室、二人だけの将棋愛好会の部屋でそう尋ねられた。

 話相手の女子、俺以外のもうひとりの将棋愛好会のメンバー、夢子はつややかな黒髪ロングと、165cmはあるだろう女子にしては恵まれた身長でかつモデル体型だ。

 それが彼女の魅力だという者もいるが、俺はそれだけではないと思っている。

 地球がどうの、人類はどうの、文明はどうの、といった真面目な(というか普通の人の世間話とは少しズレた)ことばかり言うので案外話して面白いのである。

 彼女は普段おとなしく、お高いお嬢様オーラがあるため、皆距離をおいてしまい、その魅力に俺だけが気づいていると言っても過言ではなかった。

「そ。邪悪で悪い、そしてやばい兵器ばかり持っているやばい宇宙人」

「邪悪で悪い……ねえ」

 まあ日本語には突っ込まないとして、だ。

「その宇宙人はなんで地球を狙うのさ?」

「うーん……一言でいうなら奴らの狙いは、美しい地球そのものだよ」

「……美しい地球ね」

 宇宙人の話なんてそこまで興味があるわけではないが、夢子の表情は、いかにも真面目な話をしてます! といった具合だった。

「科学力は宇宙人のほうが上? 戦力とかも?」

「もちろんそうだね。正面からぶつかった場合、地球全人類がたとえ束になったとしても勝つことは不可能。それだけ科学力も戦闘力も格上。ライオンと子猫と言った感じだよ」

「水爆とかぶつけりゃなんとかなるんじゃないの?」

「核兵器ね……確かにそれがあたりさえすればダメージは与えられるけど……」

「けど?」

「奴らの宇宙船は短距離のテレポートとバリアが使えるからかなりの確率で無力化出来る。それに奴らの本国には大軍団があるから1、2隻程度の宇宙船を破壊しても無意味だね」

「うーーーん……」

 結構具体的な設定があるっぽいな……。

 ない頭で俺は考える。

「じゃあ、奴らの本国……の惑星に核ミサイルでも毒ガス弾でも打ち込めばいいんじゃないか?」

「時空間ワープが使えない今の人類のテクノロジーじゃあ、そういった直接攻撃出来ないね。それに対して奴らは、やろうと思えば本拠地から地球を一方的に攻撃することができる」

 それはもはや、ライオンと子猫どころか、人間と殻のないゆで卵ぐらいの戦力差がありそうだな。

「もう降伏するしかない。降伏したらどうなる?」

「奴らにとって人類はそれほど価値はないと思ってるよ。DNAを採取されたあとは、ほとんどが殺されて、一部の人間だけ動物園や研究所に連れて行かれる。あとは必要あらばDNAからクローンを作り出して様々な用途に使われるようになる。ペットとか食用とか、実験用のモルモットとか……」

「さすがに設定がハードすぎやしないか?」

「どう? 勝てる?」

 夢子の美しい瞳が、俺を見つめる。

 この質問にどう答えるのか、期待してやまないといった印象を受けた。

 俺は、更に、更に、頭の知恵をひねり出してみる。

 ……………………………………あ。

 これならいけるか?

 いけるかもしれない。

 勝ち負けで言えば、引き分けに近い負け、みたいな考えだけど。

「なら、こういうのはどうだ?」

 俺は自分の考えを夢子に伝えた。

「………………なるほど、それなら」

 どうやら俺の考えについて、彼女は納得してくれたようだ。


〜10年後の未来〜


 ガン星人の代表は憎悪の言葉を放った。

「お前達は一体何だ? お前達の足元の大地に対して、何一つ感謝せずに生きてきたのか? お前達ごときの知性では、自然の恵みがどれだけ素晴らしいことなのか理解すら出来なかったのか? 偉大な自然のゆりかごの中で育ったお前達が、なぜにここまで愚かなんだ!」

 ガン星人のその言葉に対して、その場にいた地球人は何一つ言葉を返さなかった。

「私達が宣戦布告の後、その時巨大で豊かな国の都市を攻めた。武器を向けた兵士と民間人の、およそ10万体を苦しませることなく殺してみせた。これからその数を増やしていき、70億ほぼすべての個体を排除する予定だった!」

 ガン星人の口元には翻訳機がつけられており、言葉の意味は地球人側にも理解出来た。

 そして、その場にいた全員、その悪魔の考えが冗談ではなく真意であることを理解していた。

「しかし! お前達が選んだ道は、我々への服従でもなく、反抗でもなく、愚かな自滅への道だった!」

 ガン星人が襲撃したとき、ある国が混乱に乗じて、核ミサイルを他国に向けて放った。

 国境付近で迎撃して直撃することはなかったものの、有無を言わさない攻撃に誰もが怒り、人類同士の戦争が始まった。

 そして、戦争の火種があらゆるところで爆発した。

 誰もが叫んだ、「あの国のやつらは宇宙人に支配されている」「宇宙人の侵略に対抗するため、奴らの国ごと駆逐しなくてはならない」、と

 その結果、ガン星人の意図と存在を無視したまま、地球人は勝手に暴走を始めた。

「お前達の戦争の結果、地球はどうなった? 空気は白と黄色に汚染され、海も川も濁ったヘドロしか流れず、放射能と猛毒の霧によって生物が生きることすら許さない! こんなものはいらなかった! こんなもののために、この星に来たのではない!!」

 ガン星人の代表は、失った地球の自然のために、涙を流していた。

「……あなたの言う通り、私達は愚かだ…………それでも」

 地球の代表は、力強く言葉を返した。

「この星は私達の星です。たとえ私達が生きていけない星であったとしても」

「……………………………………そうか」


 ガン星人は、地球人の降伏を受け入れた。

 その際、ガン星人は、地球人に何も求めることはなかった。

 これ以上何も奪うことなく去ることを決断したのだった。


〜現在〜


「そうして、宇宙人は地球への攻撃をやめ、人類は宇宙人に勝利する! 人類を守った君は英雄になるのかな?」

「俺は地球を滅ぼした英雄に……いやいや、それは誰からも永遠に恨まれ続けるだろ」

 俺の考えた作戦は地球の美しい自然が目当てで宇宙人がやってくるなら、その美しい自然とやらをぶっ壊してしまえばいい、というものだった。

 ……まあ、その未来の先、人類がどの程度長く生きながらえるのかは全く見積もってないけどな。

 そしてなんで俺が実行したみたいな言い方をしてるんだ?

「そもそも、机上の空論ってやつで実際にできるかなんて――」

「そう、英雄になった君は永遠に恨まれ続けることになるだろう!」

 夢子はまだこの話を続けたいみたいだった。

「その苦しみから逃れられない君のために、いいことを教えてあげるよ」

「……いいこと?」

「絶対に死ぬおまじない」

 その言葉の強さに、俺はギョッと驚いた。

「どういうことだよ、絶対に死ぬって?!」

「さあ一回しか言わないからよく聞いて」

 夢子は椅子から立ち上がり、俺の横に立った。

 そして、俺の耳元に口を近づけた。

 彼女の美しい声で、絶対に死ぬおまじないをつぶやいた。


「この戦いが終わったら、結婚しよう」


 びくん、と自分の体が跳ねた。

 俺は首を動かし、彼女の顔をすぐに見た。

 ……余裕がありそうな顔、人をからかうような表情だったのはいつもどおりだが……。

「……少し顔が赤くなってるな」

「そ、それはあなたがびくんってして私を驚かせたからよ!」 

「あぁ……それは済まない」

 夢子の言い訳のように聞こえなくもないが、驚かせたのはたしかだろう。

 確かに、このおまじないを口に出すやつのほとんどは死ぬと言っても過言じゃない。

 それにしても……。

 結婚か……。

「……そそそそ、それは、ぷ……プロポーズと考えていいのか……!?」

 動揺して言葉がうまくしゃべれない。

 俺と夢子が付き合って、イチャイチャして、結婚して、子供が出来て……。

 正直、全部今まで自分が妄想していたことだ。

「きみは、どう思いたい?」

「……それは」

 俺も自分の気持ちを伝えたいと思った。

「俺へのプロポーズだと思いたい……。おれは夢子が好きだ」

 言ってしまった。

 夢子はどう反応するだろうか?

 彼女を顔を見つめた。

 笑顔だった。

 彼女が、ここまではっきりとした笑顔を俺に見せたのは初めてだった。

「君のその言葉が聞けただけでも、私はうれしい」

 彼女はそう言って、部室から出ていってしまった。

「告白の返事か、それは?」

 付き合ってください、そうはっきり言ってほしかったが……。


 俺は、彼女とまた明日会えると思っていた。

 少なくとも、卒業するまでは、彼女と一緒に入られると思っていた。

 二人きりの将棋愛好会でいられると思っていた。

 しかし、彼女がこの高校をやめたことを、次の日に知った。


〜10年後の未来〜


 遠くの空から宇宙船が飛び去っていくのを見た。

「あれはガン星人の宇宙船か……」

 どうやら地球を去り、自分達の星に帰るようだ。

「ゆっくりと眺めてばかりはいられんな。酸素がなくなる」

 今の人類の大半は地下で暮らしていた。

 そして、防護服を着用せずに地表に出ることは死ぬも同然だった。

「夢子……俺はお前に会って聞かなくてはならないことがある」

 俺がいる場所は、高校時代に暮らしていた街だった。

 しかし、今は見る影もない廃墟になっていた。

 そうなった黒幕を俺は知っている。

 夢子だ。

 宇宙人が攻めてきた、というニュースを聞いた瞬間から、お前と最後に話したことが現実になりつつあることを俺は予感した。

 そして、その予感は当たった。

 俺は、地球が荒廃して死の星になるまでの姿、つまり俺達の妄想話が現実になる光景をリアルタイムで見せられ続けた。

 俺は夢子を探した。

 世界中の地下シェルターを中心に彼女の足取りを追った結果、ある場所にたどり着いた。

「まさか、俺達の学校の校舎にいるなんてな」

 校舎は薄汚れていたものの、倒壊せずに建っていた。

 俺は安全を確認しつつ中に入った。

 そして、ある部屋へと真っ直ぐに向かった。

「将棋愛好会の部室……10年ぶりか」

 彼女がやめたあと、将棋愛好会は廃部になり、それから一度も足を運ばなかったからな。

 俺は、扉を開けた。


「やあ、久しぶりだね」

 そこにいたのは、夢子だった。

 年相応に成長した顔立ちになったものの、黒髪ロングで、モデル体型なのは変わらず、見間違えようがなかった。

「やっぱりここにいたか」

「そうだね。君と過ごしたこの場所には、けっこう愛着があってね」

「……俺は、ずっとお前と過ごす日々が続けばいいなと思っていた」

「……まあ、座ってよ。あと、この部屋では防護スーツを脱いでも問題ないよ」

 有害物質の検知器を見た。

 確かに、この部屋の空気中は安全のようだ。

 防護スーツを脱ぎ、椅子に座り、彼女に向き合った。

 そして俺は彼女に語りかけた。

「やつらが地球から去っていくのをこの目で見た。きっとやつらは宇宙から、青色じゃなくなった地球を見て絶望しているに違いない」

「……」

「君の目的はなんだ? 地球の滅亡か? 人類の救済か? それとも、ただやつらに嫌がらせをするためだけに地球を巻き込んだのか?」

「しいて言えば、3番目、やつらを倒すためにあなた達地球人を巻き込んだ」

「……夢子、きみは一体何者だ?」

「私はノーウ星人。ガン星人に滅ぼされたノーウ星人の最後の生き残り」

「宇宙人……だったのか」

「6歳のときに故郷はすべて奴らのものになった。私だけが地球に逃げることが出来て、他のみんなは……それは言うまでもないね」

 夢子はつらそうな表情をしていた。

 ガン星人に対して、強い憎しみを抱いているのだろう。

「奴らの宇宙船には罠が仕掛けてある」

「罠?」

「宇宙船が奴らの星についた瞬間、その星全土に、特殊な催眠音波が流れる。たとえ、バリアを張っても、耳を塞いでもすり抜けるそれは、星にいるすべてのガン星人を永遠の眠りへといざなう」

「つまり奴らはもう……」

「数日後にはほとんどのガン星人は衰弱死する。奴らはもうおしまいだ」

 それは事実なのだろう。

 正直にいうと、ガン星人が死に絶えることに対しては特に思うところはない。

 夢子がやらなくても、誰かが似たようなことをしたに違いない。

「それじゃあ、この地球はどうなる?!」

「……」

「君は復讐を果たし、ガン星人の脅威は終わった。それはいい。けど君はこれからどうやってこの罪を償っていくんだ!」

 俺は怒鳴っていた。

 なにもかも間違いであってほしかった。

 しかし、彼女が地球の破壊者であった、ということは事実だった。

「ただ地球を巻き込んだだけの女に何を期待しているんだい?」

「っ……!」

「私は特殊な催眠音波を用いたことで、地球人の一部を操り、戦争を始めさせた。たくさんの犠牲は払ったが、その結果、奴らに人類が滅ぼされなかった。それだけで君達は勝利したも同然だ」

「それが真実だっていうのか?!」

「それに、もうすでに私は目的を果たした。あとは……まあ適当に何をするか考えるさ」

「夢子……!」

 カチャン。

 俺は拳銃を夢子に向けた。

「こんな結末が、お前が求めたものなのか?!」

「そうだとも。……そう。それでいい」

 夢子はなにも抵抗をしなかった。


パァン


 発砲音とマズルフラッシュ。

 弾丸が発射された。

「……なぜ?」

「なぜ、外したか? そう聞きたいのか?」

 俺は、彼女との最後に別れたときの言葉を思いだしながら話した。

「【この戦いが終わったら、結婚しよう】。これは、お前の言葉じゃないか」

「ああ」

「この言葉の裏には、【このまま地球を滅亡に追いやった私は生きることなんて許されないから、罪を償って死ぬほかないだろう。しかし、それでも私はやり遂げる!】……と決意的な意味合いがあったのかもしれない」

「…………かもしれない?」

「だがな、俺は未だにその言葉が、俺へのプロポーズに違いないと思っている。お前の返事を聞かせてもらってない」

「はあ?! そんな昔のプロポーズ無効に決まってるじゃん!」

「関係ない」

「私は地球を滅ぼしたんだよ!」

「関係ない」

「たくさんの命を奪った……最悪の犯罪者なんだよ……」

「関係ない……俺はお前のすべてを受け入れる」

 夢子は泣いていた。

 俺は無意識のうちに、彼女の元へ近づき、抱きしめた。

「これからどうする。本当のことを聞かせてくれ」

「……実は、今の地球汚染は半世紀以内に完全に浄化できる」

「……本当か?!」

「全ては奴らへのカモフラージュ。毒ガスも数年経過で無害化するし、海や川に流れるヘドロも微生物分解される。放射性物質も除去装置を用いれば無害化可能……。全部私達ノーウ星人の技術が用いられてるの……。そして無害化できるまでの間の食料や水も十分に貯蔵してある。私が人類に残したプランを実行すれば、完全に地球環境が元通りになるわけではないし、失った命も戻るわけじゃないけど、また、新しい命のサイクルを作れるようになる」

「……そうか」

 俺は心の底から安心した。

 彼女は決して、人類を見捨てたわけではなかったのだ。

「だったらなおさら、君を死なせるわけにはいかない。最後まで生きて、自身の行いの責任を取れ」

「……わかった。もう逃げないようにする。最後まで生きて、あなた達地球人のために力を尽くす」

「ああ」

 しかし、俺はこれだけでは気が収まらなかった。

 というか、俺が一番聞きたかったことが聞けてない。

「なあ」

「ん?」

「あともう一つ、言うことがあるだろ」

「あーええと何かなぁ……!」

 彼女の顔は赤くなり、しどろもどろしてる。

「プロポーズの返事は?」

「…………………………」

「どうなんだ!」

 彼女の沈黙は少し長かったが、顔をまっかっかにしながら言った。


「戦いが終わったから! ……約束通り、結婚しましょ」

 ……その言葉が聞きたかった。




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