第18話 陽輝の過去

人間は傲慢で欲深い生き物だ。

他の種族を見下し蹴落とし、数え切れないほどの罪を犯し続けている。

だが陽輝の両親、月読命と精霊王は全ての人間がそうではないことも、失敗から学び反省し、成長して改心する者も沢山いることを知っていた。

陽輝は双方の人類愛まで受け継いでしまい、自分を妖怪だと偽って、人間と関わりを持ち始めてしまったのだ。

その頃から陽輝は妖に襲われている者や、悪霊を滅したりと各地を回っていた。

その度に人間に感謝されるのが嬉しかったのだろう。


「私もあの方を殺した人間となんて関わってほしくなかった。だけど神の血を引いている主を止める術を私はまだ持っていなかったの。人間も主を犬神と勘違いして最初は崇め讃えていたわ。」


犬神とは、犬の魂が長い年月を経て妖怪となり、特定の者に仕えて、祝福をもたらすと言われており、一部の地では「神の使い」と言われている。


人間と関わることでますます人間に興味を持った陽輝は、その他の種族とも関わりを持ち始め、出会いと別れを繰り返した。

もちろん、全ての出会いが陽輝にとって悪いものだったわけではなく、新たな出会いのおかげで助けられたこともある。

だがそれ以上に他人と関わることで、陽輝の心には大きな傷が出来てしまった。


「主は自分の力が不安定な事を自覚していた、その原因が何であるのかも。」


陽輝は簡単に言ってしまえば異端者なのだ。

陽輝自身もそれは自覚していたが、簡単に受け入れられるかと言われればそれは否。

陽輝がいくら神と精霊王という高貴な者の子だとしてもまだ幼い子供なのだ。

他の種族と関わる度に、自分が他とは違うのだと、自分は異端者なのだと陽輝は感じるようになっていったのだろう。

「何故自分は他と違うのか」と嘆いていたことも少なくない。

そして陽輝がそんな不安定な時に事件は起こってしまった。


「悪魔に唆されて、人間が妖怪を殺し始めたのは丁度そのぐらいの頃からだったわ。人間は掌を返したように、今まで守られてきた恩も忘れて…」


妖怪は人間たちから逃れるために次々に地獄へと移り住み始めた。

そして人間たちは陽輝に狙いを定めて殺そうと隠れていた陽輝を探し始めたのだ。

美羽はもう人間にこれ以上大切なものを奪われてなるものかと、陽輝に人間を殺す許しを得ようとした。

だが陽輝も月読命同様、人間を殺したくはないと、美羽に手を染めてほしくないと、その首を縦に振ることはなかったのだ。

数年経てば妖怪殺しも収まるだろうと、陽輝は従者となった者達を連れて森の中でひっそりと暮らしていた。

だが人間は陽輝を余程殺したいのか、なかなか諦めず、陽輝の優しい性格を利用して陽輝を誘き出した。

そして、


「人間からの信頼、家族同然の従者、そして最愛の者。主はそれら全てを奪われ、遂には…主自身までもが……狂ってしまった。」


余程辛いのか、美羽は俯きながら途切れ途切れに累がかろうじて聞き取れる声でそう言葉を発した。

狂い、暴走した陽輝を止められるのは隷属の中でも美羽しかいない。

それが陽輝が美羽と主従契約を交わす際に出した条件だったから。


「主が人間を殺める前に私が止めたから邪神になるのは何とか防いだ。でも主の心までは、私達ではもうどうすることも出来なかったわ。」

「だから陽輝君の記憶を消したのか。陽輝君の心がこれ以上壊れないように。」

「これ以上?…っは、笑わせないで。あれ以上どう壊れるというの?…仲間を奪われ、信じていた者に裏切られ、愛した者が目の前で殺されてっ…そして自身までもが狂わされた主の心を!あれ以上どう壊せというのよ!?」


そう声を荒げて顔を上げた美羽はまるで累が陽輝の心を壊したかのような目で彼を睨みつけた。

その両目からは遂に耐え切れなかった涙が流れ、頬を伝って地面へと落ちてゆく。


『…み………オ、…ヲ………せ。』


あの時の陽輝の言葉が、陽輝の姿が、鮮明に頭の中を駆け巡った。

自分が知ってほしいと聞いてもらっていたのに、その聞いてくれている相手を怒鳴り睨みつけるなんて事、自分でも莫迦だと頭では分かっている。

でももう耐え切れなかった、あの時のことを思い出して口にするのは。

この話をするのは初めてではないのに。

あの時も同じように美羽は取り乱してしまった。


『「その狂ってしまった主を目の当たりにし、己の手でそれを防いだ君が1番辛かったのだろうな。」』


理不尽な怒りをぶつけられた累は、美羽に対して怒るでもなくただただ優しい表情でそう呟く。

その言葉を聞いた美羽は、驚きのあまり目を見開いた。

と全く同じ言葉を、目の前にいる彼が口にしたから。

累にも、そしてにも主を止めたと説明はしたが、どう止めたかまでは話していない。

彼女も累と同じように博識だった。

だから賢い彼女と累は、美羽がどう陽輝を止めたのか想像できたのだろう。

そしてそれを想像しても尚、2人は美羽に優しい表情を向けてくれた。

「君が1番辛かっただろう」という言葉と一緒に。


(あぁ、もう、ホントに…)

「…あなた達を選んで良かった。」


美羽は流れ落ちる涙を拭き取ると、ゆっくりと顔を上げて落ち着いた表情を見せた。


「聞いてほしいと言ったのは私なのに、ごめんなさい。」

「いや、私ももう少し考えて発言するべきだった。」

「いえ、あなたの言ったことは全く違うわけじゃないわ。」


陽輝が暴走する前の記憶を全て操作してしまうと同じことを繰り返しかねないと思った美羽は、全てではなく部分的にしようと考えた。

人間とこれ以上関わってほしくなかった美羽は、人間に関係することのほとんどを操作したのだ。

美羽は記憶の操作はできても、感情や性格までは操作できない。

だからどれだけ傷付けられても陽輝はきっと人助けはやめることはないと、それなら初めから人助けを記憶に入れておこうと考えた。

月読命と精霊王の記憶も操作したのは、思い出すきっかけとなる可能性があったからだ。


「私が主の記憶から消したのは、月読命様達の記憶と暴走した直後から落ち着くまでの記憶だけ。主が今の世界の現状を知らないのは私が人間と関わらせないようにしていたからよ。ここ1000年くらいはこの森に隠れ済んでいたから。」

「ものすごく長い引きこもりだな。だがそれならなぜまた人間と関わるのを許したんだ?」

「あなたが現れたから。」


美羽は累の疑問に間を開けることなくそう答えた。

累は美羽がどういった意味でそう答えたのか全く分からなかったのだ。

陽輝との出会いは全くの偶然であり、美羽も初めは累を毛嫌いしていたはず。

さらに言えば人間と関わろうと考えたから累と出会ったわけであって、累がきっかけと言われても分かるわけなかった。


「私はあの方を、そして主までをも苦しめた人間を決して許さない。でも主の心を癒すには人間であるあなた達が必要なの。」

「君が話す前に言っていた、陽輝君を拒絶しないというやつか。それは良いのだが、私がきっかけというのも、そのあなた達というのはどういう意味なんだ?」

「私からは何も言えない。でもあなたは知っているはずよ。」


累の疑問はもっともだが、今はまだ教えられない。

いや、陽輝の心を癒すため、美羽が教えるわけにはいかないのだ。

累が自分で答えを導き出さないといけない。


「そろそろ帰りましょう、これ以上遅くなると主が心配するわ。」

「…分かった。」


累に知ってほしいことは伝え終わった。

後は累の行動次第だが、美羽はもう大丈夫だと確信している。


(だから、私がいなくなる前に……。)


美羽は意味深な表情で累の方に顔を向けたが、下を向いて考え込んでいる累がその表情を見ることはなかった。

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成り損ないの守神 狼月 @showki0921

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