第17話 美羽の隠し事

「未熟なまま?」

「そう、とは言っても生まれてすぐ暴走した訳じゃないわ。例えるなら、主は大きな爆弾を背負って生まれてきたの。もちろんあの方も精霊王も理解していた。だけど…」


2つの力を持って生まれてくる子など類を見ない。

そのため、妖力と魔力が混じり合うとどうなるのかは誰にも分からなかった。

だが、膨大な力を持て余した者がどうなってしまうのか知っている2人は、陽輝に宿る2つの力を、陽輝がある程度成長するまで封印しようと、神と精霊王は術を掛けようとした。

だがそれが実行されることはなかった、否、出来なかったのだ。


「まさか…」

「そのまさかよ、あの方は人間によって殺され、精霊王は神々によって封印され、それぞれ主の前からいなくなってしまった。」


その頃はまだ神々が天界に移り住んだばかりの時で、この世界とも確実には切り離せていなかった。

だから知らず知らず天界へと迷い込んだ人間たちが、その地を自分たちの地だと勘違いし、弱体化していた陽輝の母親である神を殺したのだ。

当然それは精霊王も同様で、弱体化している今、人間相手と言えど生き残れるかわからない状況だった。

だが彼らのそばには美羽がいたため、幼いながらも才ある天使である美羽なら人間を殺すことなど容易い。


「だけどあの方は殺傷を望まなかった。話し合いをしようと試みた無抵抗のあの方を、人間どもは無惨にも殺したのよ。」


その時のことを思い出しているのか、美羽の表情は険しく、手は力強く握り込まれていて僅かに震えていた。

美羽は元々陽輝ではなくその母である神に仕えていたのだ。

その慕っていた者が無抵抗で殺されてしまっている。

人間恨んでいてもそれは仕方のないことだろう。


(だからあの時あんなに必要以上に殺気立っていたのか。)


累の言うあの時とは、累と陽輝が出会った時のことを指している。

初めは良く思われていないだけだと累は思っていたが、話を聞いていると違ったのだと分かる。

恐らく美羽は何千年と経った今でも人間を許していないのだ、と。

そう考えている累をよそに、美羽は自分を落ち着かせるように深く息を吐き出すと話を続けた。


「だから、あの方はそれを察して自分が殺される前に精霊王と私に、まだ目を覚まさない主を託して私達を逃したの。だけどその精霊王も神の怒りを買って封印されてしまった。」

「?何故精霊王なんだ?人間じゃないのか?」

「もちろん人間も殺されたわ。それももう2度と生を受けることができないほど残酷にね。けどその神、天照あまてらすの怒りはそれだけじゃ収まらなかった。」


天照は太陽を司る神として、神の中で最も尊い存在として有名である。

生を受けることができないようにしたというのは、その言葉通り2度と転生できないようにしたと言うことだ。

人間はその命尽きると肉体は消失してしまうが、魂は天国へと行き浄化された後、新たな肉体へと入れられてまた生を受ける。

だが天照はその魂をも消滅させてしまい、この世から消し去ってしまったのだ。

それでも怒りが収まらなかった天照は弱体化した原因である精霊王、そして陽輝を封印しようとした。

精霊王を封印し、陽輝も手にかけようとした神だが、容姿が母そっくりであった故に情が移ったのか、何もすることなく去って行ったのだ。


「天照とあの方は姉妹で、人間で言う主の叔母にあたる方よ。天照はあの方を溺愛していたから、あの方そっくりな主には手を出せなかったのね。」

「天照大御神の姉妹というと、陽輝君の母上は月読命つくよみか。」

「様を付けなさい、人間が呼び捨てにして良い方じゃないわ。」

(天照はいいのか…)


美羽の一言で余程慕っているのだろうということが累にはよく分かった。

月読命は月を司る神として有名で、天照と同等の名高い神である。

だが、月読命は神話によく出てくる天照とは打って変わって、そのような話には全く出てこない。

歴史の書物にも月を司る神としか書かれていないほど謎に満ちた神だった。

だがそれもそのはず、月読命は何千年も前に殺されていたのだから。


「弱体化した上で殺されたのなら、代替わりするまで長い年月がかかるだろう。月読命様はまだ…」

「えぇ、その通りよ。まだ代替わりされていないわ。」


神の代替わりは魂はそのまま、肉体だけ新しくすることだ。

人間の転生と似てはいるが、全く別の人間に生まれ変わる転生とは少し違い、神の場合は肉体も生前の姿のまま生まれ変わる。

故に見た目は若返るが、中身ももちろん記憶もその神のままなのだ。

神は不老ではあるが、成長しないわけでななく、幼子からある程度成長すると老いが止まる。

だが神は殺されない限り死ぬことはないため、代替わり自体珍しいこと。

仮に殺されて死んでしまっても、代替わりはすぐに行えるが弱体化した上で殺されたのなら話は別だ。

代替わりには多大な妖力を必要とする。

殺されただけならば肉体生成だけに妖力を使えば済むのだが、弱体化しているとその肉体生成するための妖力が無いため、まず回復から始めないといけない。

だが妖力は肉体がないと回復にものすごく時間がかかる上に、魂のままだと邪念を取り込みやすく、邪神になりかねないのだ。

だから月読命の代替わりは何千年と経った今でも終わっていない。


「天照があの方の魂をしっかり管理しているはずだから邪神になる心配はないけど、あの方がいない以上私達は天界にいられなくなってしまった。」


天照が立ち去って行った後、他の神が陽輝を殺しにこないとも限らない。

だから美羽は陽輝を連れて、下界へと行くしか選択肢はなかった。

下界へと降り立った美羽は天界と繋がっていた天糸を自ら切り行ゆくへを眩ませ追っ手がこないようにしたのだ。


「もしかして陽輝君も人間を恨んでいたのか?母親を殺されたから。」

「いいえ、あの方と精霊王が居なくなった時、主はまだ目を覚ましていなかったから2人がどうなったかは知らないわ。だけど誰が母親で誰が父親なのかは知っているみたいだった。」


人間界へ降りたと同時に目を覚ました陽輝は、父親である精霊王から譲り受けた綺麗なアクアマリン色の瞳をしていた。


「あぁ、やっぱりこの子はあの方達の子なんだって、その時再確認したわ。」

「ちょっと待ってくれ、陽輝君の瞳の色は黄緑色だったぞ。」

「今はそうね、でも本来の色はアクアマリンのような水色なのよ。あなた、主が妖力を抑え込む結晶を付けていると見抜いたでしょう。でも主が抑え込んでいるのは妖力だけじゃない。」

「………そうか!だから〔今は契約できない〕と言ったのか、魔力も何らかによって抑え込んでいるから。」


魔力を感知できない累には知る良しもなかったことだが、美羽の言葉と陽輝の言っていた言葉をヒントに答えを導き出した。

陽輝の左胸には魔力を全て抑え込む結晶が埋め込まれている。

本来その結晶は何かを封印する際に使われるものだが、2つの力を持つ陽輝には抑え込むのに丁度良い代物となっていた。

瞳の色が本来と違うのは、精霊王から譲り受けた魔力を抑え込んでいるからだと推測できる。


「そう、けどその2つを手に入れることができたのは今から60年前の時よ。」


2つの結晶を手に入れることができたのは60年前、だが陽輝が生まれたのは何千年も前だ。

それまでは極力暴走しないよう気にかける他なかった。

美羽は当初、何がきっかけで暴走するか分からず接し方に困っていたが、そんな不安を打ち消すかのように陽輝は何の問題も起こすことなく、すくすくと成長していったのだ。


「私もあの時はまだ幼かったから、主があの方達の子だと認識していてもちゃんと理解はできていなかった。」

「どういう意味だ?」

「月読命様は好奇心旺盛で破天荒な方だったの。そして精霊王はとても大らかでどんな時でも笑顔を絶やさない方だった。」


陽輝はそんな2人を足して割ったような、好奇心旺盛で大らかな性格へと成長していった。

それだけなら何の問題もないのだが、陽輝は美羽が最も信じたくないことまで受け継いでしまっていたのだ。

それは月読命と精霊王の唯一の共通点でもあったのだ。


「あの方と精霊王は双方とも人間を、人族を愛していた。」

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