第16話 陽輝の出生

 「あなた、私の思っている以上に博識ね。」


 驚いていない累に感心したように美羽ははにかんだ。

 天使はもともと神の使い、誰かの下に付き、命令され、初めて何かすることを許される種族。

 だが、天使が皆、神と主従契約を交わすのかと言うとそうではない。

 神には絶対服従であるが、実際に神と主従契約を交わせるのは位の高い者だけなのだ。


 人間は元々神々が娯楽のために創り出した種族とされている。

 今ではその認識は消えてしまっているが、創られた当初は神に一番近い存在として今以上に傲慢で他の種族に対し差別的であった。

 今でもそれらが見られるのはその頃の名残からだろう。

 だが陽輝の出生は人間と似てはいるが全く違うと言ってもいい。

 創り出された人間に対し、陽輝は累の言葉通り神から生まれたのだ。

 神には性別など存在しないが、性別を自ら作ることはできるため、子供を作ることは可能なのだ。

 累が珍しいと言ったのは、そんなことをする神はほとんどいないからである。

 不老の神にとって子孫を残すことは不要であり、まして身の危険が伴うからだ。

 神は不老であっても不死ではない、滅多なことでは死んだりしないが絶対に死なない訳ではない。

 神などの高貴な者が子供を作る際、自身の力の大半をその子供に分け与えることになる。

 回復が早い者でも一瞬で回復する訳ではないため、一時的に弱体化するのだ。

 実際そこを狙われて殺されてしまった神もおり、【神殺し】という称号もある。

 だから身の危険を冒してまで作る必要のない子供を作る神などほとんどいない。


「天使の君に褒めていただき光栄だが、流石にこれ以上はお手上げだ。だから教えてほしい、陽輝君が神から生まれたのならなぜ彼は魔力を宿しているんだ?」


 どの神々もその身には妖力しか宿していない。

 創造神だろうが天照大御神だろうが魔力を持った神は存在しないのだ。

 神から生まれたというなら陽輝が魔力を宿している理由が累には分からなかった。


「言ったでしょう?まだ正解じゃないって。あなたの言う通り主は神から生まれたわ。けどそれだけじゃない、あなたなら魔力を宿す種族を知ってるわよね?」

「それはもちろん知ってるが…。」


 博識な彼なら知っているだろうが美羽はあえてそれを聞いた。

 この世界で魔力を宿す種族は、精霊族、妖精族、魔族、そして天使の一部、人間の一部だ。

 累も当然知っていたが何故それを今聞くのか分からなかった。

 仮に神が神以外と子を作ったのならそれは人間以外ありえない。

 だが人間との間に生まれたのが陽輝ならあの莫大な妖力の理由も魔力があることの説明もつかないのだ。

 全く見当のつかない累は肩をすくめて美羽に目を向けた。


「主はね、神と精霊王との間に生まれた子なの。」

「…なっ…そんな事あり得ない!他種族との子は人間以外不可能なはずだ!」


 興奮したように累は珍しく声を荒げて美羽の言葉を否定した。

 他種族同士の交配は繁殖能力の低さ故、お互いの遺伝子が生き残ろうと侵食し合い双方とも消滅してしまう。

 だから番いにはなれるが子供を作ることは不可能されてきた。

 例え第三者の介入があったとしても、それは生物と呼べる形になることはない。


「そんなこと子供でも知っている!私を莫迦にしているのかっ!」

「冗談でこんなこと言わないわ。それにあなたならもう理解できるはずよ。」

「っ!…確かに神と精霊王との子ならあの莫大な妖力も魔力を宿している事も説明がつく。怒鳴ってすまない。」

「想定内だしいいわよ別に。博識故に規格外のことを言われると理解できないことは知ってるから。」

「それは遠回しに頭が固いと言っているのか?」

「あら?それの理解は早いのね。」

「……だがどうして人間以外の他種族同士が子供を作ることが出来たんだ?」

「神だからよ。」

「…」


 累の問いに間を置かず即座にそう言ってのけた。

 冗談で言っている訳ではないのだろうが「神だから」と言う理由だけでは、累には分からない。


「美羽君、もう少し分かりやすく説明してくれないか?」

「まぁあれだけで分かったならあなたはもう人間やめたほうがいいわ。」


 なら初めから分かりやすく説明しろよと思ったが、累は黙って美羽の説明に耳を傾けた。

 陽輝の母親である神は、どうしても愛する精霊王との愛結晶を形に残したかったそう。

 だが、多種族同士では子供を作ることができない。

 考えに考え抜いてたどり着いた答えが、双方の遺伝子が侵食し合わないよう自身の遺伝子を組み替える、ということだった。

 しかし遺伝子というのは血液や骨、そして妖力など自身の体全てを作り出しているもの、変えるなんてこと出来るはずがない。

 だから神は自分の全ての遺伝子ではなく、子供を作る上で最も必要になる妖力のみを変えることにしたのだ。

 そして長い年月をかけて自身の妖力を変化させることに成功し、陽輝という子供が産まれた。


「それに精霊王は妖力ではなく魔力を宿しているの。根本的に違う力に合わせるなんて芸当、神以外には成し得ない。」

「それで神だから、なのか。」

「主は確かに普通とは違う生まれ方をしたわ。でもそれは決して使者や兵器としてではない。主はちゃんと望まれて、愛されて生を受けたの。」

「それは聞いていて分かった。愛した者のためにそこまで出来る陽輝君の母上はすごいな。」

「当然よ、あの方はすごいだけじゃなく素晴らしい方だわ。」


 そう自分のことのように嬉しそうに語る美羽。

 陽輝のそばにいるのだから会った事もあるのだろうと容易に想像できた。

 だが累はまだ一番聞きたいことを聞けていない。


「陽輝君の出生は分かったが、何故君がそれを隠しているのかという理由を聞いていないぞ。」

「私が主に隠していることは主の本当の出生じゃない。逆にそれ自体は隠すようなことじゃないの。」

「じゃあ何を隠しているんだ。」

「不可能だった事を無理矢理可能にしたのよ?何の障害もなく生まれてこれたと思う?そんな訳ない、1つの身に2つの力を宿してしまったのがいい証拠。主はその両親から受け継いだ膨大な妖力と魔力をコントロールしきれず、未熟なまま生まれてきてしまった。」

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