Episode.5 Re:Bright―エピローグ

「一周年ライブ当たってよかったわ、まじで」


 しみじみと女性がつぶやいた。女性の手にはペンライトと、ライブグッズ。首にはライブ限定販売のタオルをかけ、手作りだろうか、うちわを片手に周りを見渡していた。

 女性の他にも当然、人はたくさんいることはほの暗い会場でもよくわかる。


「ねー、というか復活してくれてほんとにありがとうって感じ!!」

「わかる。まじこの1ヶ月ちょっと生きた心地しなかったもん」


 彼女たちがいるこの会場目行われるのは、アイドルの周年記念ライブ。2月の下旬から急な活動中止を発表し、丸々1ヶ月ほど音沙汰がなかったアイドルたちの1周年記念で、公言はしていないが――事実上復活ライブ。

 ファンである彼女たちも当然、彼らの帰還を心待ちにしていた。今この場に来ることができた幸せを噛み締めているところだった。

 が、その中に少し浮かない顔でスマホを見ている女性もいた。


「うぅ、陽くん……」


 画面には赤みがかった茶髪の、爽やかに笑う男性アイドルの画像。彼を見ては名を呟き、持参したうちわに力を込めていた。


「スマホ、そろそろ電源きったほうがいいよ……?」

「そうだけど、そうだけどぉ……」


 彼女の仲間内のファンが声をかけると、情けない声を漏らしつつ、泣く泣くスマホの電源を落とした。


「陽くんなら大丈夫だよ、この前『もう少し待っててほしい』ってツイートしてたんでしょ?」

「でも、でもさ、セゾンの空白の一ヶ月、なんにも音沙汰なかったんだよ?それで周年直前に突然のツイートだよ?なんか怖くない!?ネットでも色々出てるしさぁ〜!!」

「ビビリか」


 半べその女性をうちわで軽く叩く。「あでっ」と情けない声を上げて、涙目で頭を押さえた。


「そんなどこのムジナか知らんやつが書いた噂話よく信じるよね」

「だって、火のないところに煙はなんとやらじゃん……」

「なるほど。世界一の陽くんファンを名乗るのに、推しのことを信じることはできない、と」


 やれやれ、といった様子で首を横に振った。それを聞くやいなや頭を抑えていた手をばっと離し、クワッと目を見開いた。


「信じてないとは言ってないが!?最推しの幸せは常に願ってるが!?!?」

「うるさい限界オタク」


 2度目の打撃。「ひどし……」と再び頭を押さえる。


「推してるなら、帰ってくるって信じなよ。そのほうがあんたの推しもきっと嬉しいよ」

「うん、きっと、笑顔で『ただいま』って言ってくれるよ!」


 だから元気出して!と攻撃をしていない女性が元気付けるように微笑む。不安げだった女性も渋々と頷いて、願うように手を組んで、ステージの始まりを待った。


 ――神様、お願いします。SAison◇BrighTは、四人でこのステージに立ってくれますように。


 キュッと目を閉じた瞬間、照明がゆっくりと落ちた。ざわざわとしていた空間が一瞬で静寂に包まれる。この場にいる誰しもが、暗くなったステージを凝視していた。


 ドラムのカウントが鳴り響く。それと共にギターの音が響いた。これは会場の誰も知らない、これから復活するアイドルたちの、新たな曲。

 逆光のスポットライトが点灯する。その場に現れたのは3人のシルエット。

 低身長で短髪の男と、長髪で優雅な立ち振舞の男と、編み込みを携えたまだ幼さの残る男。

 バンドの生演奏が一気に盛り上がったと同時に照明がついた。待ちわびていたファンたちは黄色がかった透明な灯りのペンライトを振りながら黄色い歓声を上げる。

 三人も応えるように笑顔で客席に手を振った。


「皆ー!!今日はしばらく出せてなかった声、全力で出してけよなー!!」


 金髪のアイドルが大声で叫ぶと、再び歓声が上がった。


 オレンジの髪のアイドルが先導して歌う。生演奏の激しさと共鳴する美しい歌声が響いた。

 どんどんパートを分けてアイドルたちはステージに声を響かせて、指の先まで全身を使って、客席の奥の方まで届けようと、全力で歌って踊る。

 時々うちわに書かれたファンサービスを届けながら、彼らはステージを駆け回った。


 しばらく、三人の歌とパフォーマンスが続く。生演奏バンドも、彼らに負けじとその実力をふんだんに見せつけた。今この瞬間が一番楽しいと、そう吠えているような音が響き渡り、その感情に同調するように踊る三人の笑顔が、輝きBrightの名に恥じぬ光を見せてくれる。

 だが、本来彼らは……四人なのだ。


 曲は佳境に入り、ラストのサビが始まろうとする。それでも彼らは三人で踊る。始まるまでずっと不安げだったファンは、今にも泣きそうな顔でステージを見ていた。


 ――やはり、火のないところに煙は立たないんだ。彼らは三人になってしまったんだ。


 復活したのは嬉しい。嬉しいはずなのに、こんな形になってしまった現実が悲しくて、目をそらしそうになる。きっと、このフレーズが終われば、ラストのサビが始まって、最初の曲が終わってしまうのだ。

 そう思うと、胸が張り裂けそうなくらいに、痛かった。


 その時。

 照明が逆光に戻ったと思えば、ステージの真ん中の扉がスモークを焚いて開く。

 一人の男が立っていた。


『――♪』


 三人のものではない、この場で初めて聞く男の声が響く。

 強い芯があり凛として、しかし優しさがある、季節で例えるなら、――春のような声。

 目をそらしかけた女性は、その声に、姿に目を見開いた。


 ソロが終われば、その姿を再び照らした。三人だったアイドルは、四人に再集結し、肩を並べて、客席に向かって胸を張って立つ。

 曲も、彼を、彼らの復活を称えるように最後の盛り上がりにかかった。


 四人は満面の笑みで、歌って、踊っている。

 1年前、デビューしたときと同じように。……いや、それ以上の笑みで。


 ずっと彼らを応援してきたファンたちは、再び四人が集結したこと、1ヶ月以上の休止を経て、四人全員揃って再び輝きを魅せてくれた奇跡に涙を溢れさせながら、歓声を上げた。

 アイドルたちもその歓喜と祝福に応えるように、手を伸ばして叫んだ。


「「「「ただいま!!」」」」


 満点の星空の下、1度曇らせた輝きを、再び取り戻して見せたのだった。



『先日の周年ライブ、とても盛り上がっていましたね!休止の間はどれくらい準備なさったんですか?』

「休止になる前からずっと計画はしてました。ですが、まぁ……色々重なったもので。でも、彼らが……、純や叶、柊聖が中心になって頑張ってくれていたから、こうして素晴らしいライブを残すことができたんだと思います」

『なるほど、いろんな方の協力があってこその成功なんですね。今までもたくさんライブをしてきたと思います、今回はどんな思い出になりましたか?』

「……最高の仲間に巡り会えて、自分はきっと、世界で一番幸せ者だったんだと。そう実感したライブでした。

 彼等が、待っていてくれた皆がいてくれたから、俺は、俺達は再びステージに戻って来ることができた。一度曇らせた輝きを、再び取り戻すことができました。きっとそれは、奇跡のようなものだと思う。……だから、そんな奇跡を起こしてくれたみんなに、本当に感謝しています」


 朝の報道番組のインタビューを受けているアイドルを見ながら、柊聖は白い学ランの首元のボタンを閉めた。

 机の上にはファンからの寄せ書きや手紙。そしてカメラマンが撮ってくれたステージ上の自分達の写真。


「……俺、なんだか泣いてばっかりだなぁ」


 机に広げられた写真たちを見ながら、思わず苦笑い。ステージ上だから当然笑っているのだが、自分と純は汗のほかにも、水滴を頬に纏わせて笑っている物が多かった。

 今日は、プリローダ高等専門学校の始業式。柊聖は5年生。今年でこの学園も最後になる。晴天の中桜の花吹雪が、新たな一年を祝福するように舞い上がった。


『今年はどんな一年にしたいですか?』

「そうですね……、SAison◇BrighTのみんなで、最高の輝きをみんなに魅せられるような。そんな一年にしたいですね」


 インタビューを受けているアイドル……リーダーの櫻月陽は少し照れながら、嬉しそうに笑って応えた。今までの作っていた笑顔ではなく、心の底から笑っている彼を見て、柊聖も思わず笑みが溢れる。


 冬から春にかけての間、苦しい時期が続いた。

 苦しく、高い壁をみんなで乗り越えられたからこそ、今こうして自分たちは笑っていられるのだと思うと、陽の言うとおり、これはきっと奇跡なのかもしれない。

 そんな奇跡を起こすことができた自分たちはきっと、今後一生出会うこともできない、最高の仲間たちなんだろうと、改めて認識する。


「……よし、俺も頑張らないと」


 決意を胸に一人頷けば、柊聖はカバンを持って、靴を履いた。


「行ってきます」


 別に誰がいるわけでもない、寮のひとり暮らしの部屋に向けて、声をかけた。

 ――誰かが何かを返してくれるわけではないけど、なんとなく言ってみたかったんだ。

 柊聖は部屋の扉の鍵を閉めた。



 ――彼らの旅路は、これからも続いていく。

 きっとこれからもたくさん喧嘩もするし、困難に足を取られて、息もできないほどに苦しくて、もう諦めてしまおうと思う日は、何度も訪れるだろう。


 しかし、彼らはきっと、その度に手を引っ張り合って、肩を抱いて、背中を押して、再び前を向いて歩き出すだろう。

 その輝きが何度曇ろうと、何度だって輝くだろう。

 輝きの名を抱き続ける限り。


 ――これは、SAison◇BrighTが歩んだ、ある一年の軌跡。

 彼らが紡いだ、輝きの物語。

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SAison-BrighT 榎本 奏 @enomoto_sou

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