〇〇村のかみさま
桐谷はる
〇〇村のかみさま
かみさまの役を振られたものはかみさまになる。
細かな規則はいろいろあるが、大きなルールは三つしかない。
このうえもなく清潔な姿。
気品があり重々しく、神秘的な態度。
俗世と離れた暮らしぶり。
これをなんとしても守らねば、○○村のかみさまでいられない。かみさまでいられなくなったものはどうなるか。千弥子は18歳の夏、前のかみさまがほろぶのを見た。年老いた村のまじない女は頭がもうろうとなる草を焚いて酒屋の土蔵に閉じこもり、ふるえる手で花占いをして千弥子を選び出したのだった。普段は山火事か迷子の知らせでしか使われることのない役場のアナウンスが村中に長々と鳴り響き、千弥子の栄誉を知らしめた。
「ええ~、○○村の皆様、当代のぉ、オンダイゴンジンノグウニョはぁ、□□高等学校のぉ、三年生。松原ぁ千弥子ぉさん、松原ぁ千弥子ぉさん。ええ~、つきましてはぁ……」
千弥子はその場で制服をはぎ取られ、冷たい白絹でぐるぐる巻きにされて△△神社に運ばれた。否も応もない。
以来、彼女が身につけるのは、よりぬきの絹を茜で染めたうすべに色の着物だけ。
食べるのは村で採れる作物と獣だけ。
飲むのは水と甘茶だけ。
機械には決して手を触れない。スマホやパソコンなどとんでもない。SNSのアカウントはTwitterもInstagramもLINEもみな削除された。絹の着物は季節に合わせて誂えが違う(冬はたっぷりとした綿入れが、夏は涼しい甚平が用意される)ものの、化繊に慣れた身体には寒くて暑い。村には果物や甘酒や米飴など、甘いものは工夫して作り出されているが乳製品は食べられない。牛もヤギもいないのだ。千弥子は生クリームを夢に見た。チーズケーキやアイスクリームの夢も見た。
かみさまの役を振られたものはかみさまになる。
かみさまでいられなくなったものは、ほろぶ。
千弥子の親兄弟は、遠くの街へ越していった。かみさまにとって家族は危険だ。かみさまの振る舞いがほころびる。先々代のかみさまは、子を哀れんだ母親が様子を見に来た際に思わず「お母さん!」と叫んで、ほろんだという。まだ10歳かそこらだったらしい。ほろぶとは要するに、天罰を模した私刑みたいなもので、まじない女が方法を決める。池に沈めたり、崖から突き落としたり、毒を飲ませたり、あまり苦痛が長引かないありとあらゆる方法がとられる。権威は大きければ大きいほど、崩れるときはひどいものだ。
このうえもなく清潔な姿。
厳かで重々しく、神秘的な態度。
俗世とかけ離れた暮らしぶり。
ほろんでなるものか、と千弥子は誓う。朝から晩まであらゆる村人が千弥子の一挙一動を見張る。もしも今ここに天災が起き、村人すべてが飢えることになっても彼らは千弥子の食物だけはなんとしても絶やさないだろう。いざとなれば村人の肉をこんがり焼いて「海で捕れたウミガメでございます」とでも言いながら食わせるだろう。しかし千弥子がかみさまとしての振る舞いを忘れ、例えば母を恋しがったり、スマホでソシャゲに課金したり、ポリエステルのセーターを着ればすべてをなかったことにする。千弥子ごとなかったことにする。
そんなことになってなるものか、一度も転ばず走ってみせる。
千弥子は念じ、漆の椀に注がれた甘茶の汁をぐいと飲み、神々しくまろやかなほほえみを浮かべて平伏する村人を見下ろした。彼女の自由になるものは今や、彼女の頭の中だけだ。フラペチーノがマジ飲みてえと思いつつ、今日も天からのお告げを与える。
〇〇村のかみさま 桐谷はる @kiriyaharu
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