すべてを聞かされたご令嬢

 それから話は、一時間近くに及んだ。

 ジョーンズさんの来た道。サワラビさんとの出会い。装甲探偵についてのあらましと、なぜ彼がそうなったのか。二人の関係性。ここしばらく、私を見ようともしなかった理由わけ。彼が背負っている、いくつもの事案。


「納得はいかねえだろうが、これが俺の抱えてきたモノだ。だからこそ、不用意に踏み込まれたくなかった。悪かった」


 すべてを話し終えた後、ジョーンズさんは私に深々と頭を下げた。それを見た私は、再び考え込むに至ってしまった。


「……」


 まず一つ。話された言葉の数々には、私が矛を収めるに足る要素が確かにあった。

 私だって、私の事情を他者に話せたことは少ない。簡単に話すようでは信憑性が疑われるし、どこで誰が耳をそばだてているか、わかったもんじゃないからだ。だから。今の今まで私が蚊帳の外に置かれていたのにも、正直納得せざるを得ない。

 しかしながら。今一つの考えが私を素直にさせてはくれなかった。それは意地である。意固地である。散々私を放っておいて、いざ危険なカードだと気付いたら謝罪に走る。そんな都合のいい話を、素直に飲み込んで良いのだろうか? 私にとって、それはあまりにも虫のいい話だった。


「一晩、時間をもらっていいですか。全部含めて、なんらかの考えは出します」


 結局。私の決断は、どっちつかずの代物となった。そうとでもしなければ、感情任せに極端なことを言ってしまいかねなかった。だから。


「いいだろう。ただし一晩は絶対だ。それ以上は難しい。ジョンも、構わないね」


「ああ、構わん。俺だって随分と虫の良いことを言っている。そのくらいの猶予は当然だろうよ」


 幸いにして、探偵の物わかりは非常に良かった。これまでの振る舞いが、逆に信じられないほどだ。なにが彼をそこまで変えさせたのか。私の存在が彼ら製薬会社にとって重要なパーツになりかねない。きっと、それは大きな構成要素だろう。だけど、それ以外のなにかを、私は感じ取っていた。


「……考えの整理に、少しだけ付き合うかい?」


 そんな私に、かかる声。一応は中立であろう、探偵の共犯者によるものだった。私は考え込む。いくら中立とは言っても、彼女は探偵の共犯だ。心情的にも、探偵寄りだろう。そんな存在を間に入れたら。


「なに。基本的には愚痴を聞くだけだよ。一人で塞いでいると、人は突拍子もないことをやりかねないからね。なんなら、時間だって区切ろう。一時間。それ以上については、キミがキミの考えをひねり出すと良い」


「……」


 私は考える。自分からサンドバッグになりに来たこの人物を、私は安易に信じて良いのだろうか。だけど同時に浮かんできたのは、あの日。すべてが始まった、偶然の遭遇における出来事だった。たった一言、『J・D』とだけつぶやいた私の声を捉え、強引に手を引き、ジョーンズ・デラホーヤへの面会にこぎつけた。その強引さに、当時の私はドン引きしつつも感謝した。今だって、感謝している。


「わかりました」


 ならば、答えは一つだった。少なくとも探偵とは異なり、彼女ならなんらかの結論を導いてくれる。そんな根拠のない確信が、私の脳裏を占めたのだ。ついでに言うのなら、今の彼女ならおそらく。


「何を言っても、受け止めてくださいね」


「いいだろう。罵詈雑言に物理打撃。なんだって引き受けようじゃないか」


 真の意味でサンドバッグになってくれる。そんな思いを込めて、私は口角を上げた。視界の外れで探偵が軽く震えていたのは、この際無視である。かくして、私達は隣室へと消えた。


 ***


「あの****探偵! 私の気持ちも知らないで!」


 隣室。私は初っ端から放送禁止用語乙女が決して口にしてはいけない言葉をぶちまけた。もう少し言いようがあるとか言われそうだけど、ハッキリ言って一時間で鬱憤を晴らし切れるか自信がない。ならば、全力全開の罵倒を尽くすほうが優先だった。物理攻撃じゃないだけ、マシだと言って欲しいぐらいである。


「アンタだってそうよ。ただの知己かと思えば、共犯者? 長年の腐れ縁? とんだアバズレじゃない!」


「アバズレとはとんだ言い草だねえ。だが、言われてみればそういう面もある。続けよう」


「続けてやるわよ! 一体全体、なんだってんのよ! 出会った初日にさらわれる! イチャイチャなのかなんなのかよくわからないシーンばかり見せられる! なんにも教えてくれない! 挙句の果てには勝手に謝ると来たわ! どういうことよ!」


「状況の変化と、それに対する判断だね」


 すべてを綴っていたら日が暮れてしまうので割愛するが、一事が万事こんな感じで話は続いた。後から思えば、この時の私は本当に頭に血が上っていた。他人のことなんて考えられなかった。怒りがすべてを遮断し、言いたいことだけを言わせていた。そして一時間後。


「……はあ」


「スッキリしたかい?」


 アラーム音を耳にして、ベッドに座り込む私。そこにかかる声は、普段と変わっていないように聞こえる。この時の私は、そのことに安堵と怖さ、そして敬意が入り混じっていて。


「……ありがとうございました」


「いいんだよ。ボクもキミを傷付けた下手人の一人さ。こんなことで罪が滅ぼせるか? って言ったら、とてもすすげないだろうけどね」


「……感謝します」


 私は頭を下げ、去っていくサワラビさんを見送った。疲れてはいたけど、それをしないほどの義理のなさは私にはない。彼女がなんでもない風に隣室へ入っていくのを見てから、私は再びベッドに腰掛けた。


「一応頭はスッキリした。こっからは私の時間ね」


 私は必死に頭脳を回す。今ある状況。探偵の状況。その共犯者の状況。私に与えられている選択肢。少しでも彼らの役に立つには。考えに、考えに、考えて。


「……コレね。意趣返しとしても、アリなんじゃないかしら」


 とてつもない一手を、私は捻り出した。


 ***


「……連中の学校に、通うだと!?」


 翌朝。珍しく三人揃っての朝食の場にて。私の打ち手を聞いた探偵は、面白いほどに思いっ切り驚いてくれた。ただ、私はそれを顔には出さない。あくまでなんでもないように、淡々と打ち手の意味を告げていく。そうしなければ、意趣返しだとバレてしまう。


「はい。あちらの思惑がなんであれ、私とて実質この探偵事務所の一員です。それが懐にいるのであれば」


「なるほど。『人質を取った』状況になるわけだ。そんな状況で逆らえるのは、よほどの強者ぐらいだ」


「そういうことです」


 適切なタイミングで解説を入れて来たサワラビさんに、私は素直にうなずく。だけど、やはりジョーンズさんは額に汗を浮かべていて。


「……そりゃそういうことにもなるけどよ。安全面の保証がねえぞ」


「大事な人質を、自分からぶん投げるマネはしないだろう? よほどの阿呆でなければね。彼女が時間を稼ぐ間に、我々は打ち手を入手する。そして決定的な打撃を与える。正直なところ、これぐらいしか手はないね」


「ぐぬ……」


 策の危うさを見る探偵。しかし共犯者は、冷静に説得してくれた。ここは私も、決め手を放つ時だ。


「私も、危険だとは思います。でもここで懐に飛び込まなければ、安全は決して得られません。ですから、お願いします」


 昨日とは逆に、私が頭を下げる。だが、その心境は不思議なほどに落ち着いていた。まだまだ彼には、色々と思うところはある。だけど、ここで手を組めなければ。


「……共倒れよりかは、マシ、か」


 観念したかのような探偵の言葉が、雑然とした部屋に小さく響いた。

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